教師,礼拝のひとコマ

放送礼拝 石原先生

 聖書 ローマの信徒への手紙 12章15節~16節

 昨年もお話しましたが、私のこの時期の楽しみはやはり「FNS歌謡祭」です。昨年の放送礼拝では、NMB48の「ワロタピープル」の歌詞から思うことをお話しました。今年の「FNS歌謡祭」も寝る時間との兼ね合いがありますので、慎重に録画し、後日じっくりと鑑賞しました。今年の一押しは、高橋真梨子というベテランの女性シンガーが、ジュリーの愛称で知られる沢田研二の「勝手にしやがれ」をカバーした1曲です。「勝手にしやがれ」であれば、恐らくもう何百回と聴いていると思うのですが、いつもと違う高橋真梨子の「勝手にしやがれ」でしたので、とても新鮮な気持ちで聴くことができ、歌詞を深く味わうことができました。そのなかで、二番のある歌詞が今回ヒットしましたので、紹介します。「別にふざけて困らせたわけじゃない、愛というのに照れてただけだよ」。特に「愛というのに照れてただけだよ」の部分です。

 さて、12月は「寄付月間」だというにユースを先日、目にしました。「欲しい未来に寄付を贈ろう」を合い言葉に、2015年から毎年12月に全国規模で行われています。ホームページにコンセプト的な文章が掲載されていました。これも紹介します。

 1年の終わりに考えたいのは未来のこと
 もっと楽しい未来
 もっと優しい未来
 もっと平和な未来
 もっと多様性が認められる未来
 そんな未来を手にするために、あなたの気持ちを寄付にしよう
 寄付は意思、寄付は投資、寄付は応援、寄付は願い。
 だから、「ギビング ディッセンバー」。
 1年の終わりに、未来を考え寄付をする。
 そんな習慣を、はしめたいと思います。
 欲しい未来を叶えてくれる 様々な取り組みに、あなたの想いを託しましょう。
 さあ、年の終わりに、新しい「寄付」が始まります。

 日本は、欧米に比べると、寄付の文化が乏しい、と言われていますが、皆さんはどう思いますか? 私は、ここ数年、日本でも「善意の輪」がどんどん大きくなっているのを感じます。例えば、漫画「タイガーマスク」の、伊達直人を名乗る匿名の人物がランドセル10個を養護施設に贈ったニュースをきっかけに、次々に新たな伊達直人さんが現れて、全国の施設にランドセルや文房具が届けられました。東日本大震災では、日本中が被災地のことを自分のことのように考え、自分にできることは何か、それを素直に行動に表すことができました。その支援の輪は大きくなり、熊本の震災や西日本豪雨、北海道の震災でも見ることができました。英和の生徒会もすぐに行動に移していました。
 このように、私は、日本が欧米に比べて誰かを助けたいという心が弱いのではなく、「勝手にしやがれ」の歌詞にある、「愛というのに照れてるたけ」ではないか、というふうに思っています。しかし、この「ちょっとした照れ」、が、意外と高い「心のハード」ルになっているのではないでしょうか。そのハードルを下げるにはどのように思考すればよいのでしょうか?
 「見えざる手」で有名な、アダム=スミスという18世紀の有名な経済学者はこう言いました。人間は利己的だが、人間の本性の中には、他人に関心を持つ、「共感」の感情がある、と。 私はアダム=スミスの、「人間は利己的だが・・・」が心のハードルを下げる重要なファクターになると思っています。自分のことより、誰かのこと、自分を犠牲にしてでも困った人を助ける、それはなかなか出来ることではありませんし、できるとすれば、それは徳の高い人、特別心の清い人、この放送を聞いている人の中に、そう思う人がいるかもしれません。
 しかし、それをできるのが、徳の高い人だけ、とするならば、人類はとっくに滅んでいたのではないか。人類は「文明」や「科学」というものを手に入れるずっと前、何度も絶滅の危機にさらされてきました。例えば、気温の急激な低下で、食糧危機に陥いりながらも、何度もそれを乗り越えてきて、今の私たちがあります。なぜ人間は生存の危機を乗り越えてこれたのか? それは誰にでも等しく「分かち合う心」が備わっていたからだと言う人類学者もいます。
 人間は利己的、つまり、自分勝手な生き方をしてしまう生き物でありながらも、同時に他者の立場を自分のこととして想像できる、「共感する心」が神様から与えられているのだと思います。「利己的」と「分かち会う心」、この二つは相反する人間像なのではなく、人間、誰の心にも共存し、時に「利己的」が顔を出し悪さをしたり、そうでありながら、時に「分かち合う心」が誰かの苦しみに寄り添ったり。人を「二者択一」で測ることは愚かなことです。皆さんのなかに、自分を利己的だと嫌悪したり、その逆に「いい人でいること」に疲れを覚えている人はいるでしょうか?神様は利己的で自分勝手な私たち一人一人にも、ちゃんと「分かち合う心」を備えて下さっています。

 今、人類は、文明の生まれる前の原始の時代とは、また違う形の絶滅の危機に直面していると思いませんか? 温暖化をはじめとする環境問題、ますます広がる経済格差の問題。原始の人類が、「分かち合う心」で乗り越えたように、私たち、とりわけ、生徒の皆さんのような若い世代が、考えていかなければ、本当に地球が、人間社会がおかしくなってしまうかもしれません。
 先ほどの、寄付月間のキャッチコピーのなかには、「困った人を助けましょう」や、「あなたの100円で何人分の○○」などという言葉は出てきません。そうではなく、一緒に未来を築いていこう、いうメッセージが中心です。「もっと楽しい未来」、「もっと優しい未来」、「もっと平和な未来」、「もっと多様性が認められる社会」。どういう「未来」をつくるかは、私たちの行動しだいではないでしようか?

合同礼拝 大島先生

<讃美歌>   242番

<聖書>   詩編149篇1~3節

1) ハレルヤ。新しい歌を主に向かって歌え。主の慈しみに生きる人の集いで賛美の歌をうたえ。

2) イスラエルはその造り主によって喜び祝い/シオンの子らはその王によって喜び躍れ。

3) 踊りをささげて御名を賛美し/太鼓や竪琴を奏でてほめ歌をうたえ。

 今日(あさって)で11月も終わり,次の日曜日はアドヴェントです。今年もクリスマスを楽しみに待つ季節となりました。クリスマスになると,普段の美しさが,より一層輝くようになるものがたくさんあります。
 そのひとつ,今朝は,英和生には聖歌隊でおなじみのハンドベルについて,お話しようと思います。

 ハンドベルは17世紀に,イギリスの教会で誕生した楽器です。
 イギリスの古い教会には塔(タワー)があり,そこには,その教会のシンボルとなる大きなタワーベルが取り付けられています。ベルは普通,1つだけではなく,こんなふうにたくさんついています。

 これらのベルはそれぞれ大きさが異なり,違う音色がします。
 でもタワーベルひとつひとつはとても大きなものです。

 重さも非常に重いので,普通に揺らしたくらいでは全然音がしません。
 ではどうやって鳴らしているかというと,タワーベルひとつひとつにはこのように滑車が取り付けてあります。

 この滑車を回すひもはタワーの一番下まで伸びています。

 そしてそのひもを,タワーの下にいる人が一人一本ずつ持っていて,全力で引っぱります。

参考動画「Mathematical Impressions: Change Ringing」
https://www.youtube.com/watch?v=7Vl-_1F7dFE

 すると滑車が回転し,こんなふうにタワーベルも回転して音が鳴ります。

参考動画「Perth Swan Bells Change Ringing 」
https://www.youtube.com/watch?v=V-djwgPdVmA

 ひもを引っぱるタイミングによって,ベルを鳴らすタイミングを自在に調節することができます。ベルの組み合わせや音のタイミングを変えることで,教会からの様々なお知らせ,礼拝の時間や,結婚式,お葬式,火事や戦争などの緊急事態などを,人々に伝えるのがタワーベルの役割でした。

 しかし,ほかの人と上手にタイミング合わせたり,順番を間違えずにベルを鳴らすのはとても難しいので,しっかり練習をしておく必要があります。でも本物のタワーベルでへたくそに練習されては,聞いている街の人みんなが大混乱してしまいます。
そこで,タワーベルの練習用として考案されたのがハンドベルでした。

 その後ハンドベルは,独立した楽器として親しまれるようになりました。現在は,イギリス,アメリカ,カナダ,韓国などで広く演奏されるようになり,日本では伝統的なミッションスクールを中心に普及しました。キリスト教の信仰の中で生まれた教会楽器ですので,日本ハンドベル連盟の行事は今も必ず礼拝で始まります。なお,日本ハンドベル連盟の理事長を2017年までつとめていらっしゃったのは,昨年亡くなられた日野原重明先生でした。

 山梨英和のハンドベルの歴史は,今から45年前に始まりました。最後の宣教師だったミス・ロジャースが,1973年に2オクターブのハンドベルを寄贈してくださったのが始まりです。日本で最初のハンドベルクワイアは 1970年の金城学院ですから,英和はそのわずか3年後です。日本の中でもかなり早い時期から,山梨英和にハンドベルは根付いていました。
 私が初めてハンドベルと出会ったのは,小学校6年生で参加した英和の入学説明会でのことでした。素晴らしい音色と輝く美しさに感動しすぎて,入学後は中高6年間,聖歌隊に所属しました。

 当時の聖歌隊にはシューマリック社製のハンドベルしかなかったのですが,ある年,新しくマルマーク社製のハンドベルを買って頂くことになりました。

 届いたばかりの真新しい黒いケースを開けてみると,輝く金色のハンドベルがずらりと並んでいて,もう本当にきれいすぎて,みんなで大歓声を上げて喜んだ思い出があります。
 ハンドベルは1つ1つが手作りでとても繊細なものですが,大切に扱えば100年以上使うことのできる楽器です。教会で生まれ,宣教師の先生によってもたらされたこの素晴らしい音色が,創立130周年を迎える山梨英和に,これからも永く響いていってくれることを願って,お祈りをお捧げ致します。

 

 

天の父なる神様、おはようございます。

 今日も学校にお導き下さり、一日の始めに礼拝をお捧げすることができて感謝します。

 今年もあと1ヶ月でクリスマスを迎えます。美しいハンドベルの音色に耳を傾けるとき,神様が御子イエス・キリストを贈ってくださったこと,教会が生まれ,ハンドベルが生まれ,宣教師の先生方が遣わされ,山梨英和が建てられたことを覚え,深く感謝いたします。

 今ここに集う,山梨英和に連なる一人一人に,今日もこれからも,ずっと神様がつながっていてくださいますように。

 この祈りを、尊き主イエス・キリストの御名によって御前にお捧げいたします。

 アーメン

保健委員会 放送礼拝

ルカによる福音書 17.9-10

見えない所で善い行いをする事は、常にできることではありません。むしろ見えない所でだからこそ、行いがおろそかになりがちです。人は、褒められると嬉しくなって、もっと頑張ろうと思えますが、誰からもその行為を認められなかったり、その善意が報われないと感じると、悲しくなったり、モチベーションが下がってしまうこともあります。聖書には、見えない所でも見返りを求めない善意を行う事が天に富を積むことだと書いてあります。見られていないからこそ自分の行動を正し、善い行いをするという姿勢の積み重ねは、いつか自分の力になっていくだけでなく、周囲を変える力にもなります。

今日は、いつも綺麗に保たれている二つの場所を通して、掃除をする側の気持ちとそこで過ごす人々の気持ちに触れながら、見返りを求めない優しさのかたちについて考えて見たいと思います。最初の綺麗な場所については、曲を流します。そこからイメージされる景色を思い浮かべて下さい。

ディズニーランドに行ったことのある人は、エントランスで流れている曲であるとすぐに浮かび、綺麗な景色を思い出すのではないでしょうか。それは、ディズニーランドで働くキャスト一人ひとりが常にパーク内をキレイにしようと努力してきた証だと思います。ディズニーランドは地面までとても綺麗です。掃除をするカストーディアルキャストは、誇りを持ってパークを綺麗にし、私達ゲストが楽しい思い出を作れるようなお手伝いもしてくれます。ディズニーランドが多くの人に愛される場所になっているのは、パークの中で働いている人たちが、こうしたゲスト一人一人をもてなす気持ちを、綺麗な環境という目に見える形で伝えられていることも大きいのではないでしょうか。人目につかない所であっても、ゴミ一つ無い環境を保ち続けることによって、あの夢の世界ができ、訪れるゲストも、このパークを汚さないようにしようと思えます。綺麗な環境を保ち続けていこうという連鎖は、こうしたカストーディアルキャストのおもてなしの姿勢によって、広がっていくのだと思います。

もうひとつ綺麗な環境といえば、日本の空港も挙げられます。みなさんは羽田空港の新津春子さんという方をご存知でしょうか。彼女は30年間羽田空港の清掃員として働き、今では社内700人の清掃員を束ねるリーダーを務めています。17歳で清掃のアルバイトに出会い、初めはお給料を貰うためだけに働いていたものの、27歳で出場した全国ビルクリーニング技能協議会での優勝をきっかけに、清掃の仕事にやりがいと楽しさを見出したそうです。イギリスの「スカイトラックス社」が毎年発表しているランキングによると、羽田空港は世界にある550以上の空港のなかで、“最も清潔な空港”に選ばれました。それが、2013年、14年、16年、17年と、たった5年間で4回も選ばれています。一度選ばれたことに満足して、手を抜くことなく、それを糧にして努力を続けてきたから、このような結果を出せたのだと思います。

新津さんは、掃除をする際、ヒト、モノに対する「優しさ」を大切にしているそうです。たとえきれいにしても、使う人が誰もいなかったら、清掃をする意味がない、だから、まずは使う“人”のことを考えるそうです。いつもみんながどこに触っているのかによって、清掃の手順を変えていきます。例えばテーブルを掃除するとします。小さな子どもならきっと、脚の低い部分を触るだろうし、年配の方ならテーブルの面に体重をかけてイスに座るかもしれない。ものがある場所の環境や使う人によって汚れも変わるからこそ、どう清掃をするのかが大事だとおっしゃっています。また、そのテーブルがどういう素材で、汚れがどのように付いていて、どの洗剤を使うべきで、水拭きは何回すればいいのか、そういったたくさんのことを考えるそうです。これはヒトにも、また、モノに対する優しさでもあります。観察し、想定し、それをもとに限られた時間の中で実行に移すことができる優しさのかたちです。

いつもきれいに保たれている二つの場所で働く人は、その場所が綺麗になっているからといってゲストや利用者から感謝の言葉がいつもあるわけではないと思います。それでも、訪れる一人一人にその場所で気持ちよく過ごしてもらうための努力を惜しみません。人を思う優しさのかたちはこういうことなのかと思います。

皆さんも、英和がディズニーランドや羽田空港のように、綺麗な環境を保ち続けていこうという連鎖が続くように、まずは学校で過ごす仲間のことを思い、日常の掃除に向かう姿勢を見つめなおし、身近な所から綺麗にしていこうという気持ちが持てたら嬉しいです。

お祈りします。
神様、今日も礼拝から一日を始められることに感謝します。
今日は綺麗な環境についてお話ししました。私たちは常に神様の望まれている行為をし続ける事はなかなかできませんが、どうか皆のひとつひとつの努力が報われますように。そして私たちがいつも気持ちよく学校生活を送ることができるような環境作りに尽力して下さっている業務の方々への感謝も忘れず日々を過ごしたいと思います。クリスマス礼拝が近づき、一年の締めくくりをする時となっています。辛いことがあっても、嬉しいことがあっても、皆が充実した一年だったと思えるように皆の健康とこれからの道をもお見守りください。このお祈りを尊き主、イエスキリストのみ名によってみ前にお捧げいたします。   アーメン。

放送礼拝 市村先生

新約聖書  ヨハネによる福音書3章16~21節  
賛美歌21 235番「久しく待ちにし」
 神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。 御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。光が世に来たのに、人々はその行いが悪いので、光よりも闇の方を好んだ。それが、もう裁きになっている。悪を行う者は皆、光を憎み、その行いが明るみに出されるのを恐れて、光の方に来ないからである。しかし、真理を行う者は光の方に来る。その行いが神に導かれてなされたということが、明らかになるために。

おはようございます。寒い朝を迎えましたね。昨日の日曜日は、アドベント2週目を迎え、2本目のロウソクが灯りました。
昨日、家族で教会に向かう車の中で、こんな話をしました。世界一受けたい授業の番組で、ネアンデルタール人が絶滅したのは、なぜか?あるものが無かったからだ。わたしが答えに迷っていると、小学三年生の甥っ子が「ネアンデルタール人は、誰かと何かをすることができなかった。絆とかつながり、がなかったからだよ」と見事に答えました。『わけあって絶滅しました』の本では、想像力が足りなかった、協力して生活できなかった、なども理由として挙げられていました。

へぇ~と驚きながらそんな話をしていた時に、なぜか、私はふとドラえもんのアニメを思い出しました。タイトルは『のび太は独裁者』というお話です。のび太が野球でチームの足を引っ張って惨敗し、ジャイアンに「のび太のせいで負けた」と非難され、暴力を振るわれます。家に帰ったのび太は、それをドラえもんに話します。ドラえもんは「のび太が下手なのが悪い」と言い、練習を勧めますが、のび太は「ジャイアンが悪い、あいつさえいなくなれば・・・」と聞く耳を持ちません。すると、ドラえもんは「ふうん、そんな風に考えるんだ。じゃ、やってみる?」と“どくさいスイッチ”をのび太に渡しました。そのスイッチとは、自分の邪魔になる者を消し去るひみつ道具でした。物語の中でジャイアンを消してしまったのび太は、そのことに恐怖しつつも、今度はジャイアンに代わってスネ夫から意地悪をされそうになり、結局スネ夫も消してしまいます。

やがて夢の中で色々な人から馬鹿にされたのび太は「だれもかれも消えてしまえ!」と誤ってスイッチを押してしまいます。夢から覚めたのび太は、自分の手がスイッチを押してしまっているのに気付きました。自分一人を残して世界中の人間を消してしまいました。最初は「世界が自分だけのものだ!」と楽しんでいましたが、やがて夜になり、電気のつかない部屋に一人、何の音もありません。本当の孤独に、のび太は耐えられなくなり「ひとりでなんて…、生きていけないよ…」と泣き出します。そこにドラえもんが登場し、のび太に伝えます。「気に入らないからって次々に消していけば、きりのないことになるんだよ。わかった?」と。 最後には、もとの世界に戻してくれたドラえもんと野球の練習をするのび太君が描かれています。ジャイアンやスネ夫に「や~い、下手くそ。下手くそが練習してらぁ~。」と野次を飛ばされながらも、のび太はこう言います。「まわりがうるさいってことは楽しいね」と。

気に入らないからって誰かの存在を消していっても、本当の平安になりません。あの人がいない方が自分に好都合だ。あの人がいなければ、自分が傷つかない。自分が嫌な思いをしないで済む。心穏やかに過ごせるはずだ、と思ってしまいがちです。色々な人がいる現実世界に私たちは生きています。人と関わらずに生きていくことはできません。その中で傷つき、悲しみ、怒りを感じることもあります。また逆に自分が相手にそういう思いをさせてしまうこともあります。しかし、自分に関わる「相手」がこの世に生まれて存在しているということは、とても大きくてすごいことです。ここに「あなた」が生まれて存在していることも、とても大きくてすごいことなんです。この自分もその相手も、イエス様の十字架の犠牲の上に、存在しています。十字架で流されたイエス様の血の上に、その痛ましい傷の上に、私たちはいのちを受けています。イエス様を傷つけ、罵倒を浴びせ、死なせたのは私たち一人一人です。その傷をつけた私たちを、気に入らないから消す、と滅ぼすのではなく、むしろ私たちを救うため、神さまはご自分のひとり子を与えてくださり、イエス様がご自分のいのちを私たちのために捧げられました。

私は正直、気の合わない人なんていない、と答えられる自信はありません。みなさんにも受け入れがたい人、距離を置きたい、なるべく関わりたくない人がいると思います。しかし、その人のために自分のいのちを捧げてくださった方がいます。自分自身もそうですが、誰かに対して居なくなってくれれば良いのにと思ってしまう自分、心が整理できずに誰かを無視してしまったり、非難したり、一方的に相手を裁いてしまう自分がいます。思うように上手くできないと心がグチャグチャになる自分がいます。でも、そんな自分を丸ごと愛して、いのちを捧げてくださったイエスさまがいます。

協力することができなかったことから滅びたものたち、本当の孤独を知って心から「一人じゃ生きられない」と後悔したのび太。私達が共に生きるために必要なものは何でしょうか。イエス様の十字架が何のためであるかを信じて生きることです。誰かがいなくなれば良い、自分さえ良ければ、という滅びへと向かうのではなく、自分も相手も愛されている存在であると認め合い、神さまの愛に満たされる生き方へと歩んでいきたいです。

これからクリスマスを迎えます。イエス様が何のために生まれてくださったのか、自分と今生きている仲間と共に味わいながら、イエス様を、クリスマスを待ち望みたいです。

放送礼拝 中学生徒会 広島訪問報告

ヨハネによる福音書15章16~17節

○広島平和記念式典に参加して
あなたは突然、大切な人を失ってしまったらどうしますか。
73年前の8月6日午前8時15分、いつも通りの夏の暑い一日が始まろうとしていた朝の広島に、世界で初めて原子爆弾が落とされ、性別や年齢、国籍に関係なく罪の無いたくさんの命が一瞬にして奪われました。
私は広島で過ごした二日間、改めて戦争や命について深く考え直すことができました。私が広島に訪れたのは初めてではありませんでしたが、平和の鐘を実際にその場所で聞くのは初めてで、毎年テレビのニュースなどで聞くのとでは違ったような気がしました。黙祷をしている間、赤と黒だけになってしまった世界の中で「助けて」、「水をください」と叫ぶ人々の姿や、泣きながら母親を探して歩く子供の姿、そんな地獄のような光景が目に浮かびました。
私の祖母は戦争を経験した人の一人です。今回私が広島に行って平和記念式典に参加してくることを伝えると、普段は私が聴いてもなかなか話してくれなかった戦争の話を少しだけ聞かせてくれました。爆弾が雨のように降り、逃げることのできる場所も無く、祖母が住んでいた家の隣の家に爆弾が落ちてきた時には、もういつ死んでもいいよう家族全員で布団に潜り、死と隣り合わせの中、眠ることもできずにただひたすら息を潜めていたそうです。その話の中で祖母は何度も何度もくり返し、「戦争はもう二度とくり返してはいけない」と言っていました。「戦争は絶対にしてはいけない」という言葉は誰もが口にします。しかし、実際に戦争を経験した人の口から出たその言葉はとても重く、説得力があり、この声は本当に貴重な物だと感じました。そんな貴重な声を私たちがまわりの人や下の世代にも伝えていくことが大切だと思います。平和記念式典の中で、「私たちは無力ではないのです」という言葉が私の心に強く響き、印象に残っています。世界中の戦争や紛争をなくすために、直接私たちが何かをすることは難しいかもしれません。しかし、広島に行って感じたことや自分の目や耳で見たり聞いたりしたことを、たくさんの人に伝えることはできます。平和記念資料館には、思わず目をそらしたくなってしまうような写真や、当時のまま残された物がいくつも展示されていました。それらの展示一つ一つが、どれだけ原爆が恐ろしいものだったかを物語り、もう二度と同じ過ちをくり返してはならないと私たちに訴えかけていました。過去の過ちをなかったことにするのではなく、できるだけ多くの人がその事実を知り、認め、たくさんの人々に伝え続けていくことが大切だと思います。また、相手を思いやる心を大切にしていくだけで、その小さな一つ一つの積み重ねが世界中の大きな平和に必ず繋がっていくと感じました。
今日の聖書の箇所にあるように、神様は、私が広島に行き、平和という実を結ぶことができるよう導いてくださいました。そこでの経験をたくさんの人に伝えていくということが、今回神様が私に与えてくださった任務だと思います。 もう二度と同じ過ちを犯さないため、そして突然大切な人を失うことがないよう、互いに愛し合い、戦争の恐ろしさを伝え続けていくことが大切です。この二日間で経験させてもらったことや感じたことを自分の中だけにとどめず、できる限り多くの人に伝えていきたいと思います。

○広島の伝承者
今まで私にとって平和とは、いつも当たり前にあるもので、これからもずっと続くものだと思っていました。そして、自分が住んでいる日本には、平和でない時代がありました。しかし、この平和な時代を生きていると、日本で戦争があったという事実が本当なのか、よくわからなくなってしまうときがあります。いくら学校で習っても、どうしても現実味を帯びてこないのです。そんな思いを抱き、私はこの広島研修に参加しました。そして、肌で広島を感じ、戦争・原爆投下という事実を受け止め、死没者の方々のために祈ろうと決めました。
広島に到着後原爆ドームに行きました。近くまで来たとき、鳥肌が立つのがわかりました。写真で見るよりも鮮明に建物の質感や大きさを感じ、こんなに大きな建物さえも原爆は骨組みだけにしてしまうのだと思いました。鉄骨製の建物がこのようになってしまうのだから、当時広島に生きていた人はどれだけ大きな傷を負ったのでしょうか。広島が復興していく際、原爆ドームを取り壊すことも出来たはずです。しかしそうしなかったのは、後世の私たちやさらに未来の人々に、原爆の恐ろしさ、平和の大切さを伝える必要があると考えたからだと思いました。そして、原爆ドームがあるおかげで、今こうやって私が原爆の事実を知ることができるのだと思いました。
その後に訪れた原爆資料館で、私はさらに原爆の恐ろしさを感じました。資料館には目をつむりたくなる資料がたくさんありました。原爆の熱によって溶けたガラス瓶、亡くなった方々の衣服、そして体の様々なところにやけどを負った子供の写真。それら全ての展示品が原爆の恐ろしさを物語っていました。そして、これらはただ残っているのではなく、もう二度と原爆や核兵器の犠牲になることがないよう、私達の未来に切実に訴え、投げかけているのではないかと感じました。
広島訪問2日目の8月6日、平和記念式典の会場で上を見上げると青く澄み切った晴天が広がっていて、73年前の今日もこんな空だったのかと思いました。式典が始まり、8時15分に平和の鐘が鳴り、黙祷を捧げました。会場全体が静まりかえって、厳粛な雰囲気が漂っていました。広島市こども代表の平和への誓いの最後に、『73年前の事実を、被爆者の思いを、私たちが学んで心に感じたことを、伝える伝承者になります』という言葉がありました。これは広島市民の皆さんだけでなく、式典に参加したわたしたち、原爆の恐ろしさを知った全ての人が、国籍などに関わらず伝承者になるべきだと思います。そして、今回の広島研修への参加も神様のお導きだと考え、互いに愛し合うことのできる、御心にかなう人になりたいです。
今回広島研修に参加し、原爆投下という事実を受け止め、平和と向き合うことができるようになったと思います。これからの世の中を担う私たちが、平和とは何か、どうすれば平和をつくっていけるのか考え、たくさんの人に原爆投下、そして戦争の恐ろしさを伝えていきたいと思います。

放送礼拝 中原先生

マタイによる福音書第1章23節

私たちの人生において、「喜び」と呼べるものは大小様々、たくさんあります。自分の欲しいものが手に入ること、友人ができること、信頼されるということ、愛されていると感じる時、また、人生の計画が自分の願った通りに進むこと、、、しかし、喜びの数と同じだけ、いや、ともすればそれ以上に悲しみや苦しみを経験するのではないでしょうか。子供には子供なりの、若者には若者なりの、そして大人になれば大人なりの、悩み、苦しみ、悲しみというものがあるものです。そう考えると、私たちの日常は、一喜一憂の日々です。浮き沈みの連続です。

浮き沈みは、生涯、付きまとうのかもしれません。しかし、もし、全ての苦しみ、悩み、悲しみよりも大きな、そして確かな喜びが存在するならば、私たちは、しっかりとした足取りで、生きていくことができるのではないだろうかと、私は思うのです。依然として苦しみや悲しみはあったとしても、心に宿る確かな喜びを武器に、それらと戦っていける、と私は思うのです。そしてそんな喜びを獲得したいと、心から思います。

ちょうど今日から数えて、50日後がクリスマスです。少し気が早いと思われるかもしれませんが、私の尊敬しています、あるカトリック神父は、お正月を迎えた途端に、「今年ももうすぐクリスマスだな」というのが口癖だったようです。それくらいクリスマスというのは待ち遠しいものです。私もクリスマスが楽しみで仕方ありません。喜ばしい出来事だからです。

クリスマスは、なぜそんなにも喜ばしいのでしょうか。そのことを今朝お読みした御言葉から少しでも深く読み取りたいと思います。今日は時間の関係上、全てを読むことはできませんが、第1章から第2章を注意深く読んでいると、気がつくことがあります。それは、イエスさまの父ヨセフと、母マリアが一言も言葉を発していないということです。クリスマスの出来事の中で、明らかに彼らは重要な登場人物ですから、本当はその言葉があって良いはずです。事実、他の福音書にはしっかりとヨセフとマリアの言葉が書かれていますから、この違いは注目すべき点です。では誰の言葉が記されているのかというと、天使たちが告げる神の言葉なのです。私はある年に、このことに気がつきまして非常に驚きました。興味深いことはまだまだあります。このクリスマスの物語の中には、命令形の言葉がいくつも出てくるということです。第1章だけを見ましても、20節の「迎え入れなさい」、21節の「名付けなさい」、そして24節では「命じた通り」と、これらが命令であったことを念押しするかのように記されます。第2章にはさらにありますが、それは後でご自分で探してみてください。今、2つの特徴を見つけましたが、どちらも、筆者が意図していることだと思います。

命令形に関していえば、もう一つあります。これはルカによる福音書の第1章28節です。マリアがイエスさまを身ごもったことに、天使が祝福の言葉を告げるくだりがあります。「おめでとう、恵まれた方」と天使は言うのですが、このおめでとう」と訳されている言葉です。私が持っている、ある英語の聖書では、動詞一語で”Rejoice!”となっていました。「喜びなさい!」という命令形です。非常に興味深い言い方です。私たちは「喜べ!」と命令したり、反対に「喜べ」と命じられることはほとんどないように思います。ではなぜ、「喜びなさい」と命じられているのでしょうか。それは、私たち人間は、多くの場合、このクリスマスの喜びを受け取り損ねているからだと思います。だから、神の御使いは、「喜びなさい!嬉しい出来事なんだから!」と、命じなければならなかったのでしょう。そして、この私たちが受け取り損ねる喜びこそ、悲しみや苦しみや悩みに打ち勝つための武器です。

今、お話ししました命令形の言葉はみな、ヨセフに告げられた神様の言葉です。その御言葉にどんどん事を進められる神の姿が浮き彫りになっています。神ご自身が、クリスマスの出来事の中心におられるのです。マリア、ヨセフを始めとする登場人物たちは、どんどん事を進められる神様のなさることに、巻き込まれて行くだけです。しかも神様がどんどんことを進めて行かれるのは、ご自分に何か利益があるからではありません。ひとえに私たちのために働かれるのです。私たちのため、とは、一体どういうことでしょうか。それはしっかり22節で答えられています。インマヌエル、「神我らと共に」、このことを実現するため、そのために神ご自身が、ご自分の方から私たちの元に来てくださった、それがクリスマスです。これを自分のための出来事として信じ、受け入れるのか、それとも知識や教養として頭の片隅に入れておくのか。神が私たちと共にいて下さるために、まるで無我夢中で、どんどん事を進めてくださっているのに、どうして私たちが無関心でいられるでしょうか。

星に導かれるまま、非常に強い関心を抱いてやってきたのが、第2章2節に登場する占星術の学者達です。学者ですから、彼らが見た星に関する知識も教養も豊かだったに違いありません。しかし、もしも彼らがそのまま自分の国に止まっていたならば、知識は知識のままで終わり、主イエスにお会いすることはなかったはずです。でも彼らは、星に導かれるまま、クリスマスの真相を確かめるために、神様が起こした出来事を見るために旅に出ました。そうやって自分たちも、その神の出来事の中に入り込んで行ったのです。入り込んで行った時「学者たちはその星を見てこの上もなく喜んだ」とマタイによる福音書第1章10節はしるします。「この上もなく喜んだ」というこの言葉は、原文を直訳すると「大いなる喜びを喜んだ」という言い方がしてあるそうです。「大きな喜びを喜んだ」、おかしな言い方ですけれども、そうとしか表現することのできない大きな喜びがここにあるのです。そしてこの喜びは、2000年前に生きていた人々にのみ許された喜びではないのです。皆さん一人一人に、神さまが、「喜びなさい!私があなたと共にいる、それがクリスマスに実現したのだ!私もそのことが嬉しい!喜びなさい!」と、まず神ご自身が大きな喜びの中に立って、呼びかけてくださっているのです。本当に畏れ多い、感謝なことです。そういう心のうちからふつふつと湧き上がってくる喜びを、私は一昨年よりも、昨年、昨年よりも今年と、少しづつ深く理解し始めています。本当に嬉しいことです。

この世界は、冒頭で申しましたように、人に言えないような悩みがあり、あるいはまた独りぼっちで苦しんでいるのだと思うようなこともある世界です。自分のうちにある暗闇に、心閉ざす思いに暮れることも多々あります。人生の岐路に立って不安を覚えている人もいるでしょうし、これから先もそういうことは続いて行くでしょう。そういう私たちのところにイエス・キリストが来てくださり、「インマヌエル・(私はあなたがたと共にいる)」と一人ひとりに約束してくださっているのです。そしてこのことを、神ご自身が誰よりも喜んでいてくださるのです。暗闇の中にいる私たちのもとに来くることを、ご自分で選ばれた神の御姿をイエス・キリストに見る時、私たちはもはや、暗くなることはなく、喜びのうちに力を得て、確かな思いに生きることができます。この喜びをみなさんにぜひ知って頂きたい。この喜びを知りたい、得たい、味わいたい、クリスマスって私にとって何なのだろう、教えてくださいと、祈り始めるとき、神様はきっと分からせてくださいます。それは神様の願いなのですから。今年のクリスマスが、皆さんにとってそんな「大いなる喜び」を味わい知る歩みの始まりとなりますよう願って止みません。それでは一緒にお祈りいたしましょう。

神様、私たちは、あなたが与えて下さろうとする、本当に大きくて確かな喜びを受け取り損ねます。おろかな私ども許してください。自分たちがいかに大きな喜びを受け損なっているかに気づき、へりくだってあなたに祈り始めることができますように。そしてどうか私どもにあなたが与えてくださった大いなる喜びを、去年よりも今年、今年よりも来年、と深く知り続ける歩みをさせてください。このお祈りを主イエスキリストの御名によって祈ります。アーメン。

放送礼拝 スポーツデー実行委員会

イザヤ書43章18節19節
「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き砂漠に大河を流れさせる。」

私は、中学1年生から毎年スポーツデー実行委員を務めています。小さい頃から水泳をやっていたこともあり、運動するのが好きでスポーツデー実行委員に立候補しました。中学1年生の時のスポーツデーがとても印象に残っていて、6年間スポーツデー実行委員をやりたいという気持ちが強くなり、また毎年前に立って活躍している先輩の姿を見て高校2年生になったら私も委員長をやってみたいと思っていました。
そして、高校2年生になり、委員長をやりたいと高2の委員会のメンバーに言ったところ皆が私を推薦してくれて中1の頃からの目標だった委員長をやる事ができました。その時はとても嬉しかったですし、全校生徒が楽しめるスポーツデーにしたいと強く思ったことを今でも覚えています。
今年のスポーツデーのための会議は4月から始まりました。中高一貫行事と言うこともあり、交流を深めながらクラスを越えて協力し、みんなが楽しめるような種目、ルール、運営にできるよう何度も何度も会議を重ねて決めていきました。意見がまとまらず何度も話し合ったり、雰囲気が悪かったりすることもありました。しかしそんな中でもお互いの力を合わせることの大切さを実感しながら準備をしていきました。そこから生まれたのが今回のスローガンでもある「全力合強(ぜんりょくごうごう)~輝け6色の絆~」でした。
スポーツデーを通して学年を越えて力を合わせて強くなれるようにと考えました。強くなるというのはただ単に勝負に勝つ事だけではなく、精神的にもどんな時でも全力で物事に取り組もうという想いも込められています。また、6色というのはチームカラーだけではなくて中学・高校合わせて6学年ある英和全体がスポーツデーを通して絆を深めていきたいという思いが込められていました。今振り返ると、このスローガン通りのスポーツデーにすることができたのではないでしょうか。
1週間という短い期間での練習でしたが上級生が中心となって練習している皆さんの姿に一体感を感じましたし、当日は各クラスの実行委員を中心にそれぞれのチームが力を合わせて協力している姿を色々なところで見ることができました。
各チームが優勝を狙ってこれまで頑張ってきたので結果を見て喜んでいる人や悔しい人がいると思います。でも結果だけに囚われるのでなくこの短い期間の中で頑張って練習してきた事や3学年で協力した事、先輩や後輩と仲良くなれた事。この今までの過程が1番大切だと思います。本番を全力で戦っていた皆さんは本当に輝いていました。
そしてこんなにも今年のスポーツデーが楽しく、大成功に終わったのは私だけの力ではなく周りの人の支えや協力があったからです。私が前に立ってまとめなければいけないのに自分のせいで沢山迷惑をかけみんなを不安にさせてしまいました。委員長をやめようかと思った事もあり、悩んでた時にある友人が、「あなただからみんなついていくんだよ。裏切らないんだよ。」と背中を押してくれて、自分が委員長としてやらなければいけないことを再確認しました。全体会議や本番で沢山意見やアドバイスをくれたり無理なお願いも沢山聞いてくれた実行委員の先輩と後輩、ルールに従って素早く動いてくれた全校の皆さん、いつもより朝が早いのに私より早く起きてお弁当をかかさず作ってくれて放課後も遅く帰ってきたら夕飯を作って待ってくれていた母、そしてなによりこんな頼りない私を1番近くで支えてくれて信じてついてきてくれた高2の実行委員メンバー。本当に感謝しています。1人ではなにも出来ませんでした。でもこの素敵な”仲間”がいたから辛い時も支え合うことができました。最後のスポーツデーを委員長として全力を尽くせたことが自分にとって変わる大きなきっかけでした。
ここで今日の聖書の箇所をもう一度読みます。「初めからのことを思い出すな。昔のことを思いめぐらすな。見よ、新しいことをわたしは行う。今や、それは芽生えている。あなたたちはそれを悟らないのか。わたしは荒れ野に道を敷き砂漠に大河を流れさせる。」 
「新しいこと」は人それぞれ違うけど、スポーツデー実行委員長をしたことが私にとって新しいことをする第一歩になりました。神様はいつも私たちの近くにいて支えてくださります。神様が荒れ野に道を敷き砂漠に大河を流れさせてくださったように、スポーツデーを通して私たちに綺麗な六色の絆をも輝かせてくださったと思います。
苦しいこともたくさんありました。けれども、その度に仲間の大切さと神様がいつも近くにいてくださることを心から感じました。失敗することがあってもそれを恐れず神様が共におられることを忘れず、1日1日を大切に過ごしていきたいと思います。
お祈りします。神様、今日も新しい朝を迎えられたことに感謝します。今日は私が悩み、その度に仲間のおかげで成長できたこと、神様の支えがあったこと、そして新しいことに挑戦することについてお話ししました。沢山の人の支えで今年のスポーツデーが成功したこと、心から感謝いたします。私たちは一人一人ではとても弱い存在です。だからこそ隣人を愛し、神様を信じ、共に歩んでいくことの大切さをこれからも胸に刻みたいと思います。今日一日も皆が健康に過ごすことができますように。また私の話で至らない点があったらあなたが補ってください。願いばかりの祈りですがこの祈りを尊き主イエスキリストの御名によって御前にお捧げ致します。アーメン。

放送礼拝 黒田先生

10月29日(月) 放送礼拝 詩編81編11節
<お話>
 皆さんは、「祈り」は聞かれると信じていますか、思っていますか?キリスト教では「祈り」を大切にします。実際キリスト教学校に通う皆さんも日頃、朝の礼拝、昼食の前、帰りの礼拝で祈る機会、また友人の祈りに心を合わせる機会が多くあると思います。ジョージ・ミュラーという人物は、キリスト者の中でも「祈りの人」として良く知られています。ミュラーは、19世紀にイングランド南西部のブリストルという町で、ただ「祈る」ことを通して、孤児院を設立・経営した人物です。当時イギリスは産業革命を経て世界一の座に君臨し、繁栄をしていました。しかし一方で、貧富の差は拡大し、労働者階級は貧困に苦しんで、親や頼る人のいない多くの孤児が生み出されました。その孤児たちは「救貧院」という国の施設に収容され、そこでは最低限の食事しか与えられず、設備は不潔・不衛生であり、さらには子どもであっても、勉強はさせてもらえず肉体労働を強制されました。ミュラーはそのような状況に心を痛め、貧しいスラム街に暮らす孤児たちを養い、またキリスト教教育を施す働きに生涯を捧げました。

 ミュラーの孤児院では、経済的に厳しい状況が幾度となく訪れましたが、ミュラーたちが祈った時に、必要なものは全て満たされました。例えば、ある時100人近くの孤児たちが朝食として食べるものが何もありませんでした。しかし、何もない状況で食前の感謝の祈りを捧げた時に、元々他の人に注文されていたけれどもキャンセルになったパンと牛乳が孤児院に届き、皆が食事にありつくことが出来ました。また、ある時には孤児院の孤児の数が増え、近所から騒音への苦情が寄せられ、孤児院を引っ越す必要が出て来ました。経済的には不可能な状況でしたが、祈り続けた時に、多くの献金が寄せられ、無料で設計や工事を請け負ってくれる建築家が現われました。さらには格安で土地を譲ってくれる地主が現れて、多くの孤児を養える広い土地を得て、大きな孤児院を建てることが出来ました。ここで驚くべきことは、ミュラーが経済的不足を外部の人々に対して、口外することは一度もなかったということです。それは、人間の力によるのではなく、ただ神のみが養ってくださる、養うことが出来るということを彼が証明するためでした。口外せずとも、実際に不思議な方法で一番良い時に一番良いものが孤児院に与え続けられました。

 この事柄は、わずか200年前に起った出来事です。これはミュラーが信仰深い人だったからなし得たことでしょうか。そういう面はあるかもしれません。しかし、それ以上に大切なことは「彼が自分の弱さを認めて、神の力に頼った」ということです。今日読んだ詩編81編11節の「口を広く開けよ、わたしはそれを満たそう」という御言葉は、ミュラーが孤児院の働きを始めるべきか否かを悩んでいた時に、決心を与えられた御言葉です。彼はただこの御言葉を信じて、孤児院を始め、神に必要を求めて、その祈りは聞かれ続けました。

 当然、私たちが祈る祈りが、自分の思っているような形では聞かれないことはあります。祈っていたけれども望んでいる道が閉ざされることがあります。聞かれたとしても、聞かれるまでにとてつもない時間がかかることがあります。そのことは私たちにやりきれない悲しみや怒りを時にもたらすことだと思います。これまでの私自身もそうですし、ミュラー自身にもそういうことは多くありました。そのようなことに対して、私は他人に、「残念だったな。次に向かって頑張れよ」とか「我慢して、頑張れよ」などと軽々しく言うことは出来ません。それは、私が他人の思いを100%心の底から理解することは出来ないからです。けれども、神だけは私たちの全てを知って下さっています。人となってこの世に来て下さった神は私たちのこの世での痛みや悲しみも経験してくださっています。そして、聖書はエレミヤ29:11にあるように、神の計画は私たちに「平安」と「将来」と「希望」を与えるためのものだと約束しています。ですから、私たちは、自分の弱さを認めつつも、大胆に口を広く大きく開けて、祈りによって私たちの必要を神に求めてみませんか?私たちの願いを神に知ってもらいませんか?神の限界を勝手に決めてしまわずに、祈りは聞かれると信頼してみませんか?そのような主体的な祈りによってこそ、私たちは祈りの力や大切さを、身を持って知ることが出来るのではないでしょうか。

放送礼拝 YWCAひまわり部

ローマの信徒への手紙12章15節

私は夏休みに群馬県草津で行われたYWCAカンファレンスに参加し、ハンセン病について学びを深めてきました。

ハンセン病は手足などの末梢神経が侵される感染病で、知覚麻痺により熱や痛みといった感覚がなくなったり、汗が出なくなったりします。また、体の一部が変形する後遺症が残ることもあります。感染力が弱く非常にうつりにくい病気でもあり、特効薬が開発されてからは薬で完治する病気となりました。現在日本でハンセン病にかかる人は0名に近く、たとえ感染したとしても、ほとんどの人に免疫が備わっているため発病は稀です。しかし19世紀後半、ハンセン病は恐ろしい伝染病であると考えられていました。初め患者たちは治療を受けるために自主的に療養所に入所していましたが、諸外国から「文明国なのに患者を放置している」と非難され、患者の隔離政策が制定されました。この時は病気に対する差別や偏見から住み慣れた故郷を離れて放浪していた患者のみが収容されました。ハンセン病と診断されると、市町村の職員や医師が警察官を伴って度々自宅を訪れるようになったので、そのうち近所に知られることとなり、家族も差別や偏見の対象とされることがあったため、患者は故郷を離れることを余儀なくされていました。このような状況のもとで、全ての患者の隔離を目指した法令が成立し、各県で競い合うようにして患者を入所させようとする運動が起こりました。患者の自宅は真っ白になるまで消毒され、人里離れた場所に作られた療養所に送られていくという光景が、人々の心にハンセン病は恐ろしいというイメージを植え付け、それが差別や偏見を助長させることとなりました。

私は実際に国立ハンセン病療養所栗生楽泉園を訪れ、当時の様子を聞きました。入所者は、重傷者の看護や目や手足の不自由な患者の介護、食事運搬、土木工事、さらには亡くなった患者の火葬までさせられたそうです。また、十分な教育は受けられず、療養所内での結婚の条件は優生手術を受けることでした。こうした措置に不満を漏らせば、次々に特別病室という名の重監房に入れられました。病室とは名ばかりで、ここでは一切治療は受けられず、ろくな食事も与えられませんでした。冬にはマイナス20度に至ることもあり、ここで沢山の人が亡くなりました。

私は重監房資料館で実寸大の展示に入り、隣の人の顔も見えないほどの暗闇とコンクリートの壁や床から発せられる底冷えしそうな寒さを体感し、愕然としました。人が人として扱われなかった歴史を肌で感じ、人の命の尊さと人権の意味を知りました。

人権が侵されてよい理由なんて一つもないのだと思います。なぜなら神様がすべての人に命を与えてくださり、一人一人の人権は誰からも侵されないものだと憲法でも保障されているからで
す。神様や他者と共に生きるためです。私たちは誰からも人権を制限されることがない代わりに、誰の人権を制限することも許されていません。それはつまり私たちは誰もが何だってできるし、何にだってなれる可能性を持っていて、誰もがそれについて人の邪魔をする権利を持っていないということだと思います。私たちは神様から命をいただき、憲法によっても権利を保障されているから安心して何にでも挑戦できるし、そうやって私たちが歩んでいくことを神様は許してくださっているのだと思います。けれどもかつての日本においては、ハンセン病患者の人権は無視されました。

さて、このハンセン病問題が起こった原因の一つに、人々の無知・誤解・無関心がありました。私はハンセン病問題に触れて、正しく知ることで解決に向かう問題もあることを知りました。社会問題に対してただただ無力感を抱くのではなく、目の前の問題から目を背けず向き合うこと、そして心を開いて理解しようと努めることをこのカンファレンスで学びました。

ハンセン病患者を強制隔離するという法令は、最近やっと撤廃されました。しかし入所時に家族に迷惑がかかることを心配して、本名や戸籍を捨てた人が故郷に帰れずにいたり、根強く残る差別や偏見により社会復帰が果たせない人もまだいます。その方々一人一人を覚えてお祈りを捧げたいと思います。そして今も人権を守られずに過ごす人のことを理解し、学ぶ姿勢を持ち続け、今日の聖句にあるように「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣く」あり方をしたいと思います。

放送礼拝 谷井先生

エフェソの信徒への手紙3:16-19

今日のテーマは「内面の強さ」についてです。明日は待ちに待ったスポーツデーですが、スポーツの分野においても、「内面の強さ」は重要視されていますね。これが欠けていたら、真の意味でアスリートとは言えません。最近では、大坂なおみ選手の急成長の鍵としても注目されました。
私自身はというと、日々、内面の弱さを痛感しているので、今日の御言葉にある、「内なる人を強めてください」という祈りは私の切なる祈りでもあります。

そもそも「内面の強さ」とは何なのでしょうか。聖書には次のようにあります。「寛容で、親切で、人をねたまず、自慢せず、高慢にならず、礼儀正しく、自分の利益を求めず、怒らず、恨まず、不正を嫌い、全てをがまんし、全てを信じ、全てを期待し、全てを耐え忍ぶ」ことです。実はこの箇所は愛について語られているのですが、内面の強さにも通じると思いました。

この全てを完全にクリアできるのは、この世の中どこを探してもイエス様だけです。イエス様しか当てはまらないのです。一つ一つ福音書を読みながら確認していけばわかるのですが、今日は代わりに、英和でよく賛美するあの歌の歌詞を朗読します。
「まぶねの中に、産声あげ、たくみの家に人となりて、貧しき憂い、生くる悩みつぶさになめしこの人を見よ。食する暇も打ち忘れて、虐げられし人を訪ね、友なき者の友となり、心砕きしこの人を見よ。全てのものを与えし末、死の他何も報いられで、十字架の上にあげられつつ敵を許ししこの人を見よ」

私は、イエス様の内面の聖さと、強さに本当に憧れます。ほんの少しでも近づけることができたらと願っていますし、だからこそ、今日の御言葉にある、「キリストが心のうちに住んでくださいますように」と祈る必要性を覚えます。では、キリストが心のうちに住むとは、具体的にどういうことでしょうか?それは、常に自分の心に「イエス様ならこの状況でどうするか?」と尋ねることです。

例えば、今日は月曜日、宿題結構あったのに週末遊びすぎて宿題をしていない。先生に嘘をついてごまかそうかな…。友達とケンカした。私は悪くない。むこうが謝ってくるなら許してあげてもいい…。こんな状況の時に、自分の気分に左右されるのではなく、まず、「イエス様ならどうする?」と自分に問いかけてみましょう。答えとして、聖書の御言葉がすぐに心に思い浮かんだ人は、普段からしっかり御言葉を蓄えていますね。次は行動に移してみましょう。すぐに思い浮かばなかった人は、心の土をよく耕して、御言葉の種を大切に育てていきましょう。この繰り返しが私達の内面を強くしていくのです。

また、英和生である皆さんには、見習うべきすばらしい信仰の先輩方がいらっしゃいますね。例えば、初代校長のウィンミュート先生です。先生は、25歳という若さで、祖国カナダを離れ、キリストの愛を携えて、一人遠くこの山梨の地に来てくださいました。130年前、しかも女性一人です。想像もできない程の勇気です。また、第10代、12代校長のグリンバンク先生もそのお一人です。第二次世界対戦中、カナダ人宣教師達はスパイとみなされ、多くの人は祖国に帰る選択をしましたが、グリンバンク先生だけは日本に残る事を決め、横浜で一年間、辛い抑留生活を耐えられました。愛するお母様をカナダに残しての決断でした。お二人の先生方の内面の強さ、美しさはキリストの愛に根ざしたものです。

この愛を土台とする英和に連なる私達は、先頭を歩いて下さるイエス様を見上げ、今日も御言葉をしっかりと握りしめて歩みましょう。そして、日々、御言葉によって訓練され、磨かれ、内側から鍛えあげていただきましょう。