生徒,礼拝のひとコマ

華道同好会 放送礼拝

マルコによる福音書16章15節
 
私は華道同好会に所属していて、中学校に入学してからずっと生け花をしています。私たちの同好会では、木曜日と金曜日に協議会室でたくさんの生徒がおけいこをしています。しかし、全国的に見ると今生け花をしている人の数は年々減少していて、流派の継承が難しくなっています。

その原因のひとつは家元の高齢化で、消滅する流派も多くあるそうです。若い世代の私たちは華道を日本の文化として受け継ぎ、発展させていく必要があります。華道という文化を守り、広めていくためには、まず私自身が同好会での活動に励み、日々技術を上げていく必要があります。その次に、華道を知らない人の輪の中に一歩踏み込む必要があります。そこで華道の魅力を伝えられるようになりたいと思っています。

さて、今日の聖書の箇所の御言葉は、復活されたイエス様が弟子たちの前に現れ、天に上げられる前に最後に語られた言葉です。イエス様が死んでしまって悲しみに打ちひしがれていた弟子たちの前にイエス様が現れて、「全世界に行って、すべての造られたものに福音を述べ伝えなさい」と命じられたのです。弟子たちはみなガリラヤの出身で、学問も財産もないような人々でした。

そのような一人一人が行くことのできる範囲は限られているはずなのに、イエス様は全世界に福音を伝えることを求めたのです。これは自分の生活圏から出て、よいしらせを広めていくことを意味していて、私たちにも求められていることです。

華道を伝えるのと同じで、何かを伝えるためには、そのことを知る必要があります。私たちは山梨英和で聖書に出会いました。よいしらせとは何か、私たちはどのように振る舞うべきか、聖書を読んで学ぶことができると思います。イエス様の求めに対して、まず知ることから始めたいと思います。

お祈りします。天の父なる神様、今日も新しい朝をありがとうございます。イエス様の弟子たちが全世界に福音を述べ伝えたように、私たちもよい行いをしていくことができるようにお導きください。このお祈りを、主イエスキリストの御名によって御前におささげいたします。アーメン。

放送礼拝 山田先生

2018.9.10放送礼拝
マルコによる福音書 2章1~5節
「ためらわず信じなさい」

今年の夏の暑さは本当に記録的な猛暑でしたね。ある病院では、冷房が故障したまま放置されて、お年寄りが何名も亡くなったという痛ましい事件もニュースで耳にしました。
今年の夏のニュースや天気予報では、「ためらわずに冷房を使ってください!」と繰り返し訴える言葉が耳に残りました。「ためらわず」という言葉は、私にとってなぜか印象に残る言葉でした。今年の流行語大賞にノミネートされるかも、などとそんなことまで考えるほどでした。
考えてみると、私たちはエアコンを入れるとき、普段はどこかにためらう思いがあるのかもしれません。地球環境によくないかもしれない?!電気の無駄遣いになるのでは?!何よりも電気代が高くなってしまう!このような心配をしながらエアコンのスイッチを入れているのではないでしょうか。学校生活でも、冷房を使うルールがあり、いつでも「ためらわず」にスイッチを入れることはできません。
ためらうという言葉は、もともとは高ぶった気持ちを元の状態に戻すという意味からできた言葉です。中学生も高校の古典で勉強すると思います。先ほどの冷房の話でいうと、「もうだめだ、暑くてたまらない!冷房を入れたい!」という高ぶった気持ちを、「そうはいってももう少し我慢できるかもしれないぞ、一度よく考えてからスイッチを入れた方がいいかな?」と考え直してみる心の動きが、ためらうということなのです。現代語では、よい状況でも使えるし、よくない意味でも使うことのできる表現となりました。
皆さんの生活の中でも、ためらうことはけっこう多くあるのではないでしょうか?たとえば、お年寄りに席を譲りたいけれど、ことわられたらどうしようとためらう。お菓子は食べたいけれど、ダイエット中だから食べるのをためらう。悩み事を相談したいけれど、相手に迷惑がかかるかなとためらう。風邪っぽくて、お医者さんに看てもらうように言われたが、市販の薬飲めば大丈夫 ?それとも寝てれば治るかな?と病院に行くのをためらう。だれでも 経験が ありますね 。
では、今日の聖書の4人の男たちはどうでしょうか?中風の病人を寝床に乗せて、人の家の屋根に上り、屋根をバリバリはがして穴をあけて、イエス様のところに病人をつり降ろしました。この行動には、まったく「ためらい」は感じられません。ただ病気の人を治してもらいたい、イエス様ならば必ず治してくださる!と信じる気持ちのままに行動しています。高ぶった気もちのままに「ためらわず」に突き進んでいると言えるでしょう!
私たちにこのような感情の高ぶりはあるでしょうか?ためらわずに信じることはできますか?
私たちは毎日、神様のみ言葉に耳を傾けます。イエス様の救いのみ言葉は心を震わせます。その高ぶりをそのまま受け取る時が、礼拝の時間なのだと私は思います。夏休みが明けて、学校にも毎日の礼拝の時間が戻ってきました。今年の夏、私の流行語大賞は「ためらわず」でした。新学期を迎えても、毎日ためらわずに讃美し、ためらわずにみ言葉に聞き、先生や友達の話に耳を傾けて、新学期の礼拝を大切に守っていきましょう!
 
お祈り
 神様、今日も礼拝の時をありがとうございます。私たちは毎日、あなたからの愛のみ言葉をいただいています。どうか毎日の礼拝を大切に守り、後期も、安全に豊かな日々となりますように導いてください。尊き主イエス・キリストのみ名によりお祈りします。
アーメン

放送礼拝 加藤先生

聖書イザヤ書40章31節
先週、学園祭が無事に終了しました。今年のテーマ「ひまわり」が太陽を呼んだかのよ
うに、学園祭期間中に梅雨が明けましたね。私は高校2年3組の担任ですが、今朝は合唱
大会で3組が歌った曲についてお話したいと思います。その曲は「明日へ続く道」といい、
作詞は星野富弘さんです。

先生が星野さんを知ったのは、教会の方から素敵なカレンダーを頂いた時でした。その
カレンダーには草花の絵が描かれ、星野さんの詩が添えられていました。素朴ですが力強
いタッチの絵と、自分の素直な心情を飾らずに書いた詩に共感を覚えました。後に、その
絵や詩は星野さんが筆を口に加えて描いたと知り、大変驚きました。

星野富弘さんは群馬県の出身で中学の体育教師でした。1970年、24歳の時、新任
教師として着任した2ヶ月後、体操部の指導中に宙返りの模範演技での失敗により頸随を
損傷し、肩から下が麻痺してしまい、9年間に及ぶ入院生活を余儀なくされました。体育
の先生ですから、身体を動かすことは得意なはずです。そのような方が動けなくなったわ
けですから、どんなに辛かったでしょうか。

入院生活中に、大学時代の先輩がお見舞いにきました。その方は大学卒業後、神学校に
行き牧師になられました。最初は神様のことを受け入れることができなかった星野さんで
すが、先輩が三浦綾子さんの本『塩狩峠』を貸してくれました。その本に感動した星野さ
んは、三浦綾子さんの本を次から次へと借りて読みキリスト教に興味を持ったそうです。
先生も教会に行くきっかけは三浦綾子さんの『塩狩峠』を読んだ影響だったので、感慨深
いです。

星野さんは1974年、病室でキリスト教の洗礼を受けました。1972年から口に筆
を加えて絵や詩を描き始めたそうですが、信仰を持ってからは「すべてのものを神様が作
ってくれた」「色も形も調和を持っている」、そのように絵の描き方が変わったそうです。
79年には入院中に前橋で最初の作品展を開き、その後はニューヨークやハワイ、サンフ
ランシスコ、ロサンゼルスなどでも絵画展が開催され、2005年には富弘美術館が開館
されるという、大活躍をされています。

話は合唱曲に戻りますが、「明日へ続く道」という曲の歌詞を読んだとき、これは星野
さんの人生を歌詞にしたのだと思いました。特に印象深い箇所は「折れた枝に桜が咲いて」
というところです。「折れた枝」は星野さん自身を指しているのではないかと感じました。
なぜなら、こんな詩があるからです。

私の首のように
茎が簡単に折れてしまった
しかし菜の花はそこから
芽を出し花を咲かせた
私もこの花と同じ水を飲んでいる
同じ光を受けている
強い茎になろう

普通、枝や茎が折れると植物は枯れてしまします。星野さんもご自分の首が折れてしま
うという絶望の淵にいて、生きる希望を失う状況だったでしょう。しかし、自由な心と夢
が与えられ星野さんの描く絵や詩、その生き方は日本だけでなく世界の人々に感動を与え
ています。このように活躍されたのは星野さんに強靱な精神力があり、ご家族や周囲の支
えがあったからだと思いますが、それだけではないと思います。神様を信じる信仰心が星
野さんに希望を与え、道を備えて下さったのではないでしょうか。

今朝の聖書の箇所をもう一度見ましょう。29節から読みます。「疲れた者に力を与え、
勢いを失っている者に大きな力を与えられる。若者もうみ、疲れ、勇士もつまずき倒れよ
うが主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張ってのぼる。走っても弱ること
なく、歩いても疲れない。」

私達は日々の生活の中で、疲れを覚えたり、悩み傷つくことがあります。また、今、大き
な試練の中にいる人もあるでしょう。落ち込み、くじけてしまいそうな時。絶望し先が見
えないと思う時、神様は共にいて下さり、星野さんに夢や希望が与えられたように、私達
にも必ず「明日へ続く道」を備えて歩ませて下さると信じていきましょう。

お祈りします。「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張ってのぼる。走っ
ても弱ることなく、歩いても疲れない。」
愛する天の神様。あなたの御名を賛美します。今朝は星野富弘さんの生き方から、神様に
望みをおく人は試練があっても、力強く生きることができることを考えました。神様は悲
しみの涙を希望に変えて下さる方です。今悩み、傷ついている人がいるなら、あなたが慰
め力をお与え下さい。また、暑い日が続いています。健康が守られ来週からの定期試験で
日頃の学習の成果が発揮できるように。このお祈りをイエス様の御名を通してお捧げしま
す。アーメン

放送礼拝 長田先生

詩編37編 23節~24節

 「主は人の一歩一歩を定め みむねにかなう道を備えてくださる。
  人は倒れても、うち捨てられるのではない。
  主がその手をとらえていてくださる。」

 放課後あちらこちらから歌声が聞こえてくるようになりました。校舎に歌声が響くようになると、学園祭の取り組みが本格的になってきたことを感じます。
 クラスや学年の企画・部活動など、さまざまな取り組みを通じてみなさんは成長し、トラブルを乗り越えるたびにクラスや部活のきずなが強くなっていくのでしょう。
 今朝は、みなさんに英和との出会いで自分の進むべき道を探し出した人達の話をしたいと思います。
 そう思ったきっかけは、『礼拝と音楽』という雑誌に、英和の先生だった方の記事が載っていたことです。
 その先生は、国語科の教員として2年間英和で働いていらっしゃいました。現在は、ステンドグラス作家として活躍されています。どうして国語の先生からステンドグラス作家になったかが掲載された文章に書かれていました。
「大学を卒業した私は、念願であったミッションスクールの国語科教員になりました。教員の仕事もたいへんやりがいのあるものでしたが、授業で伝統工芸などに携わる職人さんたちを描いた話を取り上げたとき、『ああ、自分も本当は、こういうことがしたかったんだよなあ』という思いが自分の中に湧いてくるのを感じました。そして、今まで封印していた願いに気づいたとき、人生は一度しかないのだから、本当にやりたいことをやったほうがいいのではないか、と思うようになりました。」

そして、彼女加藤(現鈴木)摩耶子さんは、英和を辞めてステンドグラスの学校に入学したのです。その後フランスにも9ヶ月間留学しさらに学びを深めました。
 この、伝統工芸の職人さんの話しというのは、中学1年生でちょうど今学習している『ものづくりに生きる』というお話です。江戸切り子の職人さんと、金属メーカーで機会を作る方のお二人の例が挙げられています。覚えている人も多いことでしょう。摩耶子さんの場合、生徒としてではなく教師として出会った教科書のお話が、彼女の人生を変えたのです。
 生徒の中にも、英和での出会いによって人生の進路を決めた人は多くいると思います。その中で、私の知っている方に桧垣清水(きよみ)さんがいます。彼女は英和でパイプオルガンに触れ、高校卒業後スイスにオルガンを学ぶため留学しました。そこで、6年間学び、厳しい試験に合格しました。現在スイスで教会のオルガニストとして活躍しています。年に一度帰国した際には、私の通う教会でオルガンを弾いてくれるのですが、同じオルガンとは思えないほど深い音色の奏楽を聞かせてもらえます。
 彼女の働きは、それだけにとどまりません。清水さんが洗礼を受け、スイスに旅立ってから、彼女のお母さんも洗礼を受けたのです。現在、教会でこどもの礼拝のご奉仕を担ってくださっています。清水さんの祈りが、お母さんを神様につなげてくださったのです。英和との出会いが自分の道を決めただけでなく、その姿勢が家族にも神様とつながるという恵みを与えることとなりました。
 さらに、今年4月、桧垣さんと同じ教会に通っていた卒業生が、高校卒業と同時にスイスにオルガンを学びに旅立ちました。
 今お話した人達はみな、英和での出会いによって人生の道筋が与えられたのです。
 何がきっかけで、どのような時期に、どのような形で、その道は一人一人の上に現れるかはわかりません。けれども、神様はその人にあった道を必ず備えていてくださいます。英和での何気ない毎日、行事の一つ一つ、どれもがみなさんの道を決める糧となることでしょう。
 悩み苦しみいつまでも出口が見えないと感じることもあると思いますが、今日の聖句にあるように、神様は「みむねにかなう道を備えてくださ」います。
 そして、あなたがたの手を「とらえていてくださる」のです。みなさんのこれからの生きる道が示され、これから困難なことにあっても、英和での日々が支えとなっていくことを信じて祈っています。

放送礼拝 剣道部

コヘレトの言葉4章9節〜12節

みなさんは、憧れているものがありますか。私は、英和に入学する前から剣道部に憧れていました。なぜなら、見た目がかっこいいからです。英和に入学してから何回も剣道部に見学に行きました。

その中で先輩方が一生懸命稽古をしていた場面が今でも印象に残っています。そして、自分も剣道をしたいという思いが強くなり、入部を決意しました。高校から剣道を始めることに対して不安なこともありましたが、先生方や先輩が全力でサポートしてくださったので、最初から部活に行くのが楽しみでした。時には優しく、時には厳しく指導してくださり、「先輩みたいな早い打ちができるようになりたい」と思うようになりました。

そして、数週間後、以前に注文していた剣道着が届き、「やっと私も剣道を本格的にできる」と思いました。しかし、現実はそう簡単ではありませんでした。体育着で剣道をやっていた時よりも、はるかにやることが増えて、「私は、本当に剣道部に入部してよかったのだろうか」と毎日のように考えました。自分の想像していた剣道よりも、はるかに覚えること、気をつけること、心がけることが多く、なぜ入部したのかもわからなくなり、苦しい日々が続きました。

しかし、「剣道が上手になりたい」という気持ちをいつも持ち続け、粘り強く頑張りました。部活にもだいぶ慣れ、高2に進級する頃、剣道部に大きな変化がありました。それは練習予定や練習内容、部費の管理などの役割を決め、自分達で部活を運営するようになったことです。そして、何度も話し合いを重ね、「テーマ」が完成しました。自分達で部活を運営しながら、テーマを達成するために、部長、主将、会計の仕事を担うリーダーがいます。月に1回リーダー会を開き、翌月の計画を話し合い、部会で部員全員に提案して、部員全員が現在の部活の状況が分かるようにしています。

その中で私は主将という役職についています。毎回の練習メニューの作成、稽古中に練習メニューの指示を伝える、また、試合があった日には部長とも話し合いながら試合の分析会の予定をたてるなどが仕事です。この他にも、私は主将として部員1人1人の様子を見て、積極的に話しかけることを心がけています。

様々な経験をすることができた部活も引退まで残りわずかとなりました。これまで私が部活を続けることができたのは、試合の時に送迎してくれた両親、剣道初心者の私に、最後まで丁寧に教えてくださった先輩、いつも真剣に私の指示を聞いてくれる後輩、そして全力でサポートしてくださった顧問の先生方のおかげです。

残り少ない活動期間となりましたが、今日この礼拝を担当するにあたって、今までの活動を振り返って、今日の聖句が思い浮かびました。この聖書の箇所は私が入部した時には部室に画用紙に書いて貼ってあったので、私は代々先輩が仲間との絆とこの聖書の箇所に重ねて頑張ってきたのだと思います。しかし、私は学年でたった1人の剣道部員です。先輩たちが考えた同級生との絆は、剣道のなかではありませんが、かけがえのない後輩の絆を持ってこの聖書の箇所を選びました。週末には最後の試合があります。今までにみんなと考えた得意技で1回戦突破できるように全力でのぞみます。そして、1分1秒の時間を大切にして最後の最後まで頑張りたいと思いました。

放送礼拝 水泳部

箴言17章17節
「 真の友はどんな時にも愛しつづけるものであり,苦難のときのために生まれた兄弟である。」

私が水泳という競技に出会ったのは、5歳の時でした。体が弱く入退院を繰り返していた私に、 体力づくりとして、両親がいくつかのスポーツを習わせてくれたものの1つでした。 5歳から通っていたこともあり、スイミングスクールにたくさんの仲間ができました。

水泳というと、個人競技で「1人」というイメージが強いと思います。しかし、実際泳いでるのは1人だったとしても応援してくれたり、毎日一緒に練習した仲間がいてくれます。辛い練習を一緒に乗り越えてきた仲間は本当にかけがえのない仲間になります。

大会では違うスイミングスクールだったり、県外の選手だったとしても同じ種目だったり、練習の話をするうちに仲良くなり学校も住んでいる地域も違うのに、「水泳」という共通点から親しくなった仲間もいます。タイムが悪い時も、お互いに気遣える。言葉を発しなくても、意思が伝わっている。そんな仲間に出会う事もできました。

私は泳いでいる時の孤独な時間が好きです。泳いでいる時は私にとって、自分と向き合える大切な時間です。何かモヤモヤする時も泳いでいれば自然と解決策が出てきたりします。将来のことを考える時も泳ぎたいと思うぐらいです。でも、中学三年生の時、水泳を高校に行っても続けるか、と大変悩みました。泳ぐことは大好きですが誰かに強制されて泳いだり、大会のためだけに泳いでいる自分が嫌になり、スイミングに行くことが苦痛になりました。

調子がいいのにタイムが出ずどうしていいのか、どうして泳いでいるのだろうと沢山悩みました。泳ぐのが好きだったはずなのに、いつの間にか嫌いと言っている自分に気づきました。仲間や親にもうまく自分の気持ちを伝えることが出来ず、一人で悶々と悩んでいました。そんな時に英和に行っていた先輩に、「英和の水泳部おいでよ!」という風に声をかけてもらいました。先輩に高校の事や、勉強と水泳の両立など相談しているうちに、自分の中で悩んでいた事が1つずつ小さくなっていきました。そして、再び泳ぐ事が楽しくなっていきました。

今朝の聖書の箇所をもう一度読みます。「真の友はどんな時にも愛しつづけるものであり、苦 難のときのために生まれた兄弟である。」私はたくさんの人に恵まれて今もこうして大好きな泳ぐ事を続けられています。そこには今日の聖書の箇所にもあるように、「本当の仲間とは、自分が悩んだり苦しい思いをしているときに側で愛を持って接してくれる人」だと感じました。

今年は高3になり、引退も間近です。また、出場できる試合も少なくなってきました。だから、時間を作って悔いの残らないように練習をしていきたいです。引退してからも、自分自身と向き合うために泳ぐ事を辞めずに休みの日などに泳いでいきたいです。そして、私が先輩方にそうしてもらったように悩んでいたり苦しい思いをしている仲間に、愛を持って接する事ができるように行動していきたいです。

お祈りします。 神様今日も朝から放送を通してですが皆と共に礼拝を守れたことに感謝いたします。 今日は私の経験を通して、真の友についての話をしました。今日、苦難の時にある人が救われ、手を差し伸べてくれる兄弟のような仲間に出会えますように。また、最近は天候の変化が激しく体調を崩しやすくなっています。皆の健康を お護りください。このお祈りを尊き主イエス・キリストのお名前によってみ前にお捧げいたします。 アーメン

放送礼拝 演劇部

マタイによる福音書 6章31~34節

私が演劇部に入部したのは中三の初めの頃でした。その時私は部活に所属しておらず、周りの友達が部活動に全力で取り組む姿や、楽しんでいる姿をみて、羨む気持ちと共に焦りを感じていました。自分はこのままでいいのだろうかと心の中で思っていましたが、やる気が起きず、行動に移せないまま中学三年に進級してしまいました。そんな時に私が興味を持ったのが演劇でした。新入生歓迎会での和気あいあいとした雰囲気や自分でも演じてみたいという好奇心から入部を決めました。

入部してから発声練習、アドリブ劇、台本読みなどの練習を経て、自分なりの表現の仕方を少しずつ理解できるようになりました。昔から人前に立つのが苦手で、自分の意見も言えないままだった幼い私の心の殻をやっと破った感じがしました。初めて演者として舞台に立てた「生徒総会」という劇も、校内公演で発表した「アンソニアの胸元」という劇も、自分とキャラクターが違いすぎる役で、なりきるのが難しかったですが、私の知らない環境で生きている役に夢中になりながら劇に入り込むことができました。

高一となり、学園祭の時期がやってきました。そこで私は一つの壁にぶつかりました。昨年の学園祭では「無個性症候群」という劇をしました。この劇は遠野家六兄弟の次男「はるや」が、親や兄弟が個性的な中で自分が「無個性」だと感じ自己嫌悪に陥りますが、最後には兄弟全員でちゃぶ台を囲んで団欒をしながら、個性を意識して生きるのではなくありのままに生きることの大切さを観客に問いかけるアットホームな劇です。女子校ゆえ男子の役も女子がやるのは当たり前だと思っていましたが、いざ男子の役になると戸惑いました。台本を読み込み、稽古で先輩の厳しい指導を受けながら毎日悩みました。男子の小学一年生というキャラクターに入り込めずにいたとき、ふと聖書を開きました。するとしおりをはさみ入念にペンで囲んである箇所を見つけました。それが今日の箇所です。

中学の時にこの聖句に出会い、毎日いろいろなことで悩み、余計なことで考えすぎる日やまだ起きていないことを恐れて頭を抱える日もある中でこれを読むと、命があるだけでありがたいと感じることができ、少し肩の力が抜けて安心できました。今日の自分と明日の自分は違う、だから将来に悩みを持ちすぎる必要はないのだと学びました。そしてこの箇所はとても口ずさみやすく心地よいので、悩んだ時にすぐ脳裏に浮かんできます。だから、目の前にあることに精一杯力を注ぎベストを尽くすこと、思い悩みすぎないこと、この二つが「無個性症候群」の「たつや」を演じる時にこの聖句から気付かされたことでした。本番では自分なりに「たつや」に魂を吹き込むことができました。真剣に向き合い続ければ、道は開かれると確信しました。

今年も学園祭が近づいています。今年は「logic error」という劇を上演します。この劇は昨年の「無個性症候群」を脚本して下さった先輩が、私たちの為に書いてくださいました。今年は新入部員も増え、とても賑やかになりました。新しい仲間と共に、キャストと裏方の二人三脚で劇を作っていきたいです。そして高三の先輩にとって最後の学園祭となるので、部長を支え、部員一人ひとりを大切にしながら、また今日の聖句を意識しながらより良い劇を作り、上演を成功させたいと思います。

放送礼拝 御園生先生

「愛されることと愛すること」 2018.5.30(水)放送
                  聖書:マタイによる福音書22章39節(p.44)
                  讃美歌:520番

皆さんは「100万回生きた猫」という絵本を知っていますか?
出版されて40年たちますが、今まで、英語、フランス語、ロシア語、中国語などに翻訳され、電子書籍にもなり、またミュージカルで何度も上演されるなど、それこそ様々な形で生き続けている本です。
現在、山梨県立美術館で「愛されて40年『100万回生きた猫』佐野洋子の世界展」という特別展示会が6月17日まで行われています。興味のある人はぜひ行ってみてください。

作者の佐野洋子さんは、7歳の時中国の大連で終戦を迎え、その後山梨の伯父様のところに引き揚げ、一家で身を寄せ、3年ほど山梨で過ごしていたそうです。このまだ幼い時に大きな環境の変化がありしかも9歳から10歳にかけて大好きだったお兄さんと、幼い二人の弟を亡くしています。この時お母様が半狂乱となり、まだ小学生の洋子さんを優しく受け止めてくれるはずのお母様との間に溝が生まれました。洋子さんは、大きな悲しみとショックの中で、「生きること、死ぬこと」について深く考えざるを得なかったのではないでしょうか?

「猫には9つの命がある」と言われますが、聞いたことはありますか? おおもとはエジプトの猫の姿をした神様、そして中世ヨーロッパで猫が魔女の使い魔とされたことでなんとなくちょっと神秘的というか不思議な力を持っていると思われたのでしょうか。そして、1561年のイギリスのウィリアム・ボールドウィンの小説には『魔女はその猫の体を9回使うことを許されるのだ。』という一節から「猫には9つの命がある」と言われるようになったと言います。

さて、この「100万回生きた猫」はこのように始まります。

『100万年も しなない ねこが いました。
  100万回も しんで、100万回も 生きたのです。
  りっぱな トラ猫でした。
  100万人の 人が、そのねこを かわいがり、
100万人の 人が、そのねこが 死んだとき なきました。
  ねこは、1回も なきませんでした。』

この後のお話のあらすじは、このようなものです。
この猫は、ある時は王様の猫だったり、船乗りの猫だったり、サーカスの猫だったりします。それぞれの飼い主は、とてもかわいがり、その猫が死んだときは大泣きをしました。しかし、、どんなに愛されて、どんなにかわいがられてもその飼い主を好きにはなりませんでした。猫は自分以外が嫌いだったのです。その上、猫は 死ぬのなんか平気だったのです。
そのうち、猫は誰の猫でもない『野良猫』になります。立派なとら猫だったので、立派な野良猫になり、たくさんの雌猫がお嫁さんになりたがりました。でも、猫は「おれは、100万回も 死んだんだぜ。 いまさら おっかしくて!」と言いました。猫は自分が大好きだったのです。そんなまわりの猫の中に、1匹だけこのとら猫を見向きもしない白い猫がいました。この白猫に「俺は、100万回も死んだんだぜ!」と自慢しましたが、白猫は「そう。」と言ったきりでした。トラ猫は、少し腹を立て、毎日白猫のところへ行って、「君はまだ1回も生き終わっていないんだろう。」と言います。すると白猫は「そう。」と言ったきりでした。
そのうち、トラ猫が「そばにいてもいいかい。」というと、白猫は「ええ。」と言いました。
トラ猫は、いつまでもそばにいて、白猫は子猫をたくさん産みました。
そして、それまで自分が一番好きだったトラ猫は、白い猫とたくさんの子猫を、自分より好きなくらいになりました。やがて、白い猫がトラ猫の隣で動かなくなっていました。その時このトラ猫は、初めて泣いたのです。夜になって、朝になって、また夜になって、100万回も泣いたのです。そして猫は泣きやみ、白い猫のそばで静かに動かなくなりました。
絵本の最後は、こう結ばれています。
『ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした。』

このお話を読み終わると、泣いたことのなかったとら猫は、白猫が死んだことで100万回も泣いて泣いて、泣き止んだときには死んでしまいます。そして、もう生き返らなかったのに、これを読み終わった私達は「あ~良かった。」という気分になります。これは、なぜでしょうか? きっと、とら猫が、「愛することを知った」というのがわかり、安心するからでしょう。
作者の佐野洋子さんは、その晩年「人間は、何のために生きているかって言ったら、やはり他人を愛するために生きているし、多分、この世界を愛するために生きているんだと思うのね。」と語っています。

さて、このとら猫が死んだとき、とら猫をかわいがっていた飼い主は悲しくて泣いたのに、とら猫は 死ぬのなんか平気だったのでしたね。そればかりか、「おれは、100万回も死んだんだぜ。」と得意になっていました。ではなぜ「100万回も生きたんだぜ。」と言わなかったのでしょうか? それは、自分が生きていた世界に、何の未練も無かったからでしょう。なぜ、未練がないかというと、大切に思い、愛するものがなかったからですね。愛したものを残して死ぬのは、どんなに辛いことなのかは、想像がつくと思います。「死んでも死にきれない」とよく言いますが、そんな気持ちだと思います。しかし、「愛するもの」が何もなければ、「死ぬのは平気」だし、今を精一杯「生きている」という実感もないことになります。「生きている」という実感がない、その意義を感じることのできない毎日は、本当に空しいものです。

今日の聖書の『隣人を自分のように愛しなさい。』という聖句は、入学式の日からたびたび耳にしている聖句です。神様から無条件で愛されているのですから、その自分と同じように、周りの人を愛しなさいということですね。けれど、神様の深く広い愛に比べ、私たちにはそれを実行することが簡単ではありません。 どんなに愛されても自分以外は嫌いだったトラ猫のように、周りの人を愛せないことが珍しくありません。あるいは、その自分さえも愛せないことさえあります。そして、そんな時、周りの世界も愛せなくなります。世界には矛盾も多く、またせっかく愛していた対象を奪われることすらあります。そんな時「こんな世界はどうでもいい!」「こんな世界にいたくない!」と思うかもしれません。
このとら猫のように!

でも、自分も愛せないことのあるこの私でさえ、神様は何も聞かずに愛してくださっています。いつも両手を差し伸べていてくださいます。 隣人を愛することが難しいと感じたときは、まず手を伸ばして、神様の愛に包まれてみましょう。そして、素直にその愛に応えるとき、自分の世界が変わり始めます。そして、自分以外のこの世界を愛することができる自分が見えてきます。自分が生かされていることに気づくと、周りの人も同じように神様から生かされていることにも気づきます。自分は、大切にされている存在で、周りの人も同じように大切にされている存在なのだから、周りの人を大切にしようと思うことができます。そうすれば、豊かな毎日を過ごす第一歩を踏み出したことになるでしょう。そして、神様から頂いた命をしっかり生きるー真実に清く生きるーことができるはずです。

お祈りします。
御在天の父なる神様、今日という新しい一日を、礼拝から始められますことに感謝致します。神様が、どんなときも私を愛して下さっていることを感謝致します。それをわかっているはずなのに、同じように神様が愛している周りの人を愛せないことがあります。しかし、それでも神様は私を愛して下さり、このようにしなさいと教えて下さっています。その声に素直になる事ができますようお導き下さい。今日一日、神様の御心にかなう一日を送れますように。 この小さき祈りを、尊き主イエスキリストのお名前を通して御前に御捧げ致します。
                                    アーメン

放送礼拝 久木元先生

聖書の箇所:マタイによる福音書25章34~40節
そこで、王は右側にいる人たちに言う。「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。」
すると、正しい人たちが王に答える。「主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。」
そこで、王は答える。「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」

 一ヶ月ほど前に、テレビで「ペコロスの母に会いに行く」という映画を見ました。この映画は、岡野雄一さんという方の描いたエッセイ漫画を映画化したものです。原作の漫画は、学校の図書館にも入っているので、ひょっとしたら見たことがあるという人もいるかもしれませんね。この作品は、作者である岡野さんと、認知症を患って施設に入っている岡野さんの母親との交流を描いた漫画です。「ペコロス」というのは、岡野さんのペンネームで、「小さな玉ねぎ」という意味です。岡野さんがなぜそのようなペンネームをつけたかというと、岡野さんの体型と、つるつるに禿(は)げた頭が、ペコロスのように見えるからだそうです。
 映画のあらすじは次の通りです。62歳の漫画家ゆういちの母みつえ(89歳)は、父さとるが亡くなった後、振り込め詐欺にひっかかりそうになったり、死んだ夫のために酒を買いに行こうとしたり、汚れた下着を大量に貯めたりなど、認知症の症状を見せはじめます。ケアマネージャーの勧めで、ゆういちはみつえをグループホームに入居させます。それでも、みつえの認知症は進み、面会に来たゆういちが分からず、禿げ髪を見てようやく息子を思い出す始末です。また、夫が亡くなったことを忘れ、見えない夫と話したり、原爆で亡くなった幼い妹の幻を見て、妹をあやしたり、少女に戻って無邪気な様子を見せるようになります。ゆういちは、そんな母を優しく見守りながら、昔のことをいろいろと思い出します。ある日、みつえは、ゆういちに、亡くなった夫さとるや幼なじみのちえこ、妹のたかよが会いに来たと語ります。「死んだ父ちゃんに会えるのなら、ボケるのも悪いことばかりじゃないね」とゆういちは思うようになります。
 私はこの映画を見て、深く感動したと同時に、何か苦いものを噛(か)んでしまったような複雑な思いにとらわれました。というのも、実は、私の実家の父親も、認知症を患っているからなのです。たまに実家に帰って父親に会うと、ペコロスの映画と同じように、父親は私が誰なのか、まったく分かっていません。また、息子に会わせても、父は孫を認識できていないのです。私は実家に帰って父に会うたびに、悲しいような、やりきれないような、もやもやした思いを抱かずにはいられないのです。だから、映画の中で、当初は認知症の母親につらく当たりながらも、だんだん心を許して、最終的には優しい気持ちで母に接する岡野さんの姿が、とても羨(うらや)ましく思えたのです。
 それと同時に、認知症の患者に対して、いや、認知症の患者だけでなく、自分が理解できないものに対して、お前はつらく当たったり、無視したりしていないかという問いを突き付けられたような気がしました。お前は、小さい者や弱くされた者に対して、偏見を持ち、排除しようとしていないだろうかという問いです。私はこのような問いに対して、はっきり「Yes」と答えることができません。そして、そのような問いを私に投げかける存在に対して、私は忸怩(じくじ)たる思いを抱かずにはいられません。
 では、そのような問いを私に投げかける存在は誰かというと、それはイエス・キリストに他なりません。イエスは、常に、小さい者、弱くされた者の立場に立って行動していました。それは、子どもであったり、女性であったり、病人であったり、罪びとであったり、異民族であったりしました。イエスは、同時代の人が偏見を抱き、差別を行い、排除していた人たちを決して見捨てず、常に彼らの側に立っていたのです。それだけではありません。今日の聖書の箇所の40節を見てください。「わたしの兄弟であるこの最も小さい者」とは、実は、イエス・キリストのことなのです。つまり、イエスは、小さい者、弱くされた者の姿で私たちの前に現れるのです。イエスは、弱い者・小さくされた者の姿を取って、私たちに差別や偏見の心がないかどうか、問いを投げかけているのです。
 5月27日は山梨英和の129回目の創立記念日で、28日に私たちは花の日を守ります。私たちは病院や介護施設を訪問させていただきますが、そこには、小さくされ、弱くされた者の姿を取ったイエス・キリストが私たちを待っていてくださるということを心にとめていたいですね。

お祈り
神様、今日も新しい朝を与えられてここに集い、放送を通してですが、愛する姉妹たちと一緒に礼拝を捧げる機会に恵まれたことを感謝いたします。私たちは、小さな者・弱くされた者に対して、差別や偏見の心を持ってしまいがちです。しかし、私たちは、小さな者・弱い者としてこの世に生を受け、そして、恐らくは弱い存在としていずれ天に召されます。私たちが今現在、強い者の立場にいるとしても、それは単なる偶然であって、弱い者・小さな者に寄り添わなければならないと思う気持ちを忘れないようにさせてください。私たちは来週、花の日を迎えますが、どうぞ謙虚な気持ちでこの日の訪問ができますように、私たちをお導きください。また、今週から、前期Ⅰテストが始まります。中1の生徒にとっては、初めての定期試験です。不安や緊張を覚える生徒も多くいると思いますが、あなたが常に彼らの傍にいて、お見守りください。今日の一日の歩みが、あなたの御心に添ったものでありますように。このささやかな祈りを主イエスキリストの御名によって御前におささげいたします。アーメン。

中学・高校合同礼拝 加藤先生

2018年 5月17日、18日 礼拝原稿

聖書 コリント信徒への手紙13章 13節

 NHKで高校野球名場面という番組がありました。特に印象深い試合は、大リーグに行き、今は中日でプレイしている松坂大輔さんが在籍していた横浜高校対PL学園の試合で、延長17回という球史に残る名勝負でした。
当時、試合の行方を固唾をのんで見守っていたことが思い出されました。
横浜高校もPL学園もプロ野球選手を多く輩出した名門高校ですが、驚いたことに現在、PL学園は野球部が休部、事実上は廃部という事態になっているそうです。野球ファンとしては信じられず衝撃が走りました。

 このように一時期の繁栄が終わる例は身近にもありました。山梨でも105年間操業を続けていた老舗のスーパーが倒産した詳細について、15日の山梨日日新聞に掲載されました。また、遠く歴史を振り返ると、「すべての道はローマに通ず」と栄華を誇ったローマ帝国の滅亡や日本でも「平家にあらずんば人にあらず」と豪語した平家一族が、壇ノ浦で滅亡したことは平家物語に記されていて、皆さんも古典で勉強したことと思います。

 国家や企業、私たち人間も今はどんなに繁栄していても、それが続く保証はありません。このようなことを考えると、何のために生きるのかむなしくなりますね。私たちは、いつかはなくなるむなしいのもでなく、いつまでも永遠に残るものと共に生きることはできないのでしょうか。

 今朝読んだ聖書の箇所がその答えです。聖書は力強く語っています。「愛」こそはいつまでも永遠に残ります。それではその「愛」とは具体的に何をすればよいのでしょうか。13章4節~8節に記されています。一緒に読んでみましょう。
  
お金や名誉も大切ですが、まずは第一に愛を追い求め、愛をもって生きなければなりません。ノーベル平和賞を受賞されたマザーテレサは、講演の席で聴衆から、世界平和のために自分が何をしたら良いかと質問された際に「世界平和のためにできることですか?家に帰って家族を愛してあげてあげて下さい。」と答えたそうです。また、次のような言葉も残しています。「私達は大きいことはできません。小さなことを大きな愛をもって行うだけです。」聖書にも「あたなの隣人を愛しなさい」という言葉があります。

 皆さんの周りを見て下さい。困っている友達はいますか?悩んでいる兄弟や姉妹はいますか?私たちはそのような人に手をさしのべているでしょうか。
自分のことだけでなく他者に目をむけて下さい。そして小さな事を大きな愛をもって行うことができる人として、何ができるのか考えましょう。

お祈りします。
 愛する天の神様。あなたの御名を賛美します。今朝も礼拝から一日を始められることに感謝します。パウロはコリントの信徒への手紙で「わたしはあなたがたに最高の道を教えます」と書き、愛の大切さを述べました。 私達も愛をもって人と接し生きることができるよう神様が導いて下さい。また、今週の日曜はペンテコステです。聖霊が下り教会が誕生した日です。多くの人が教会に足を運ぶことができますように。
 5月ですが真夏のような気候が続いています。来週からは定期試験がスタートします。神様が健康を守って下さり、日頃の勉強の成果が発揮できるよう支えて下さい。このお祈りをイエス様の御名を通してお祈りします。アーメン