生徒,礼拝のひとコマ

放送礼拝 新体操部

詩編91編11節~12節

私が部長になって5ヶ月がたちました。最初の頃は、私に務まるのか、ちゃんと周りを見て指示を出せるのかと不安でいっぱいでした。けれども今は私なりに少しずつですが、まとめられてきているのではないかと思います。この5ヶ月で私は色々なことを悩みました。部員とのちょっとした行き違いや意見の違いがありました。
私は、嫌な事や大変な事があったりすると、今日の聖書の箇所を思い出します。私には、大変な事や辛い事があって、その石に当たっても立ち止まらず、主が御使に命じてくださって、私がいるどんな道の上でも手を差し伸べてくれる。少しずつでも前に歩ける様にしてくれるという箇所だなと、読んだ時に思いました。
そして主は石に当たり立ち止まっている私に、私を助けてくださる方達を送ってくださいました。そうして、相談した方達に色々アドバイスをいただいた時、心が楽になったし、私がこれからどうして行くべきか見えた気がしました。聖書に書いてある通り、神様が私をどの様な場合にも守ってくださったのだと思います。
部活に行くことが苦になっていましたが頑張ろうと前向きに考えられるようになりました。悩んでいたからイエス様は私に、先生方や前部長のところまで私を導いてくださったのではないかと思います。
まだ私は、どう指示をしたらみんながわかりやすいのかや、どうしたらみんなが付いて来てくれるような部長になれるのかなど手探り状態です。それでも「役職は人を成長させる」という言葉がある通り、この期間は私を成長させてくれたように思います。まだまだ部長としてスタートしたばかりだし先は長いのですが、少しずつ色々なことができるようになり、私自身も部員全員も成長できたらと思います。
現在は、中学生は10月13日に高校生は10月28日に行われる新人戦に向けて練習を頑張っています。あと少ししか練習期間がありませんが、自分たちで少しでも時間を見つけその時間を大切に頑張っていきたいと思います。

お祈り
神様今日も放送を通してですが、礼拝から1日を始められた事に感謝いたします。今日は、私が悩み、たくさんの方達の言葉に救われた事についてお話ししました。色々な事に悩んでいる人達がたくさんいると思います。その人達の悩みもあなたが救い導いてください。
この祈りを主イエスキリストの御名によって御前にお捧げいたします。
アーメン。

放送礼拝 テニス部

箴言15章15節

私が中学2年生のとき、当時の国語の先生がこんなことをおっしゃっていました。「何をするにも、自分の考え方次第で物事は違って見えてくるものだ。辛いことがあっても、その中に楽しみや喜びを見いだすことが出来れば、気持ちが楽になる」。この言葉は今でも私の励みになっています。
私は去年、高1の7月にテニス部に入部しました。私がテニス部に入った一番の理由は、中学生の時にソフトテニス部に入っていて、仲間とラリーをすることが好きだったからです。部活に入って最初の頃は、「またテニスができる」という嬉しさがあり、毎日の練習を待ち遠しく感じていました。
高校2年生になり、1つ上の先輩方がもう少しで引退という時期に、私は先輩とダブルスを組んで試合に出させてもらうチャンスを頂きました。ダブルスの練習のとき、先輩は、私のプレーが上手くいってもそうでなくても、いつも私に声をかけ、励まし、盛り立ててくれました。試合当日はとても緊張しましたが、「なんとか初戦を突破して、2回戦の第1シードの学校と対戦したい」「すべての力を出し切って、先輩にとって最高の引退試合になるようにしたい」との一心から、先輩に助けてもらいながらではありましたが、精一杯試合に臨みました。
先輩方が引退してからは「私も先輩方のように部活をまとめていきたい」と考えていましたが、なかなかうまくいかず、それまで「ただ楽しい」と感じていた部活に行きたくないと思うこともありました。部長としての責任の重さに戸惑うことが多く、毎日の部活は不安でいっぱいでした。そんなとき、顧問の先生や先輩方に、「最上級生は、技術面だけでなく、声出しやトレーニングなど、何事にも率先して一生懸命取り組むことが大切。そういう姿に後輩がついてくるんだ。」
とアドバイスをして頂きました。私は自分の夏休み中の部活のモットーを「全力、本気、楽しく」として練習に臨みました。炎天下での練習はとても大変でしたが、この期間の活動を通して、部員1人1人の技術が向上したことはもちろん、部活としてのまとまりや一球一球を大切にプレーする姿勢など、部活の雰囲気はこれまで以上によくなったと感じています。

今日の聖書の箇所には「貧しい人の一生は災いが多いが、心が朗らかなら、常に宴会に等しい」とあります。私はこの「心が朗らか」というのは、「夢や希望を持っている人」と解釈しています。1ヶ月後には新人戦があります。現在高校テニス部は部員が4人しかおらず、7人制の団体戦を闘うには、最初からとても厳しい状況にあります。しかし一戦一戦を大切に、精一杯プレーすることを目標にし、さらに技術面で上達できるよう練習に励みたいと思います。また高校での部活動に悔いが残らないよう、これからも支えてくださる全ての方々に感謝して、全員で頑張っていきたいと思っています。

中学合同礼拝 中学2年生

中学合同礼拝
聖書 マタイによる福音書6:25~31

私たち中学2年生は9月14日~15日まで山中湖にキャンプに行ってきました。今回のキャンプは中学校生活最後の宿泊行事となるため、とても楽しみにしていました。私はこのキャンプを最高の思い出にするために、みんなの中心になって働きたいと思い、キャンプ実行委員長になることを決めました。夏休み前から何度もキャンプ委員で話し合いを重ね、準備をしてきました。みんなで意見を出し合った結果、今回のキャンプのテーマは、Enjoy Nature’s Wonders(自然の不思議を楽しもう)に決定しました。
キャンプ一日目は、大平山、平尾山、石割山を約5時間かけて登りました。天候にも恵まれ、全員が登り切ることができました。途中は急な坂や滑りやすいところが多く大変でした。しかし、仲間で手を取り合い、声を掛け合って励まし合いながら登ることができました。1人では諦めたくなることも、みんなでやれば乗り越えることができると実感しました。登山の後は、チームに分かれて飯ごう炊飯でカレーライスを作りました。薪に火がなかなか付かず、苦戦しながら何度も挑戦しました。最初小さかった火がだんだんと強くなってきた時はとても嬉しかったです。それぞれが自分の役割を果たし、どの班もおいしいカレーライスを作る事ができました。後片付けは、自分のチームのものだけではなく、他のチームの調理器具も洗ったりして助け合いました。なかなかスタッフの方からOKが出ず、何度も鍋や飯ごうの洗い直しをしましたが、最後まで諦めずにできました。夜はキャンプファイヤーをしました。この時のために、キャンプファイヤー係が事前に何回も打ち合わせをして、様々なゲームを考えてくれてとても盛り上がりました。
2日目は、チームに分かれて、オリエンテーリングをしました。地図を見ながら周辺を散策し、カヌーやボートに乗ったり、ゲームをしてポイントを競い合いました。私達の班は、途中道に迷ってしまうこともあり不安になりましたが、みんなで助け合って無事にゴールすることができました。
今回のキャンプを通して学んだことはたくさんありますが、その中でも2つのことを特に学ぶことができました。
一つ目は、自然を通して感じた神さまのすばらしさです。私は今回、登山を初めてしました。山にはこんなに沢山の草花があることを知り驚きました。私の身長くらいある草や、道ばたに咲く小さな花も見ました。また、様々な種類の鳥のさえずりも聞こえてきました。今日の聖書の箇所にあるように、働きも紡ぎもしない野の花や鳥さえも神さまは大切に養ってくださっていることがよくわかりました。そして、それら以上に私達を神さまは大切に思い、養ってくださることを知ることができました。
二つ目は、1人ではできないことも、みんなとなら乗り越えることが出来るということです。今振り返ると、登山や飯ごう炊飯、オリエンテーリングで、もし1人だったら諦めてしまったことが沢山あったなと思います。今回のことで、仲間がいることのありがたさを改めて知ることができました。
これらの学びを通して、同時に私たちの課題も見えてきました。キャンプ中の糟谷先生の礼拝で、次のことを聞きました。私たちは、世界の中心が自分であることがほとんどですが、それでは、誰かのために動くことはできません。困っている人を助けるためには、一歩中心からずれなくてはいけません。それはなかなか難しいことですが、それができた時、1人1人が成長し、さらに互いの絆が深まっていくと思いました。一泊二日の短い間でしたが、多くのことを学び、貴重な体験をすることができたことを感謝しています。

放送礼拝 図書委員会

2017.9.12図書委員会放送礼拝

「ヨハネによる福音書1章1節〜3節」

私は小さい頃から本を読むことが好きでした。小学生の時は、休み時間になれば学校の図書室に、休日には母と近所の図書館に、というように毎日本に囲まれた生活を送っていたのを覚えています。授業の前に読んでいた本の続きが気になって授業中もずっとその本のことを考えていたり、寝る前にどうしても最後まで読みたくて布団に入るふりをして暗がりでこっそり読み続けたこともありました。

でも中学、高校と学年が上がっていくにつれて段々と図書館に通う足が遠のいていきました。特に高校に上がってからは授業時間が増えたり、部活動や他の活動に精一杯で本を読む時間を作ることも難しくなっていきました。それでも久しぶりに本を開いたとき、そこには昔読んだときと変わらない世界が広がっていて、もう少し頑張ってみようと思わせてくれました。

本は年齢や性別、また国籍の壁を超えて辛いことを忘れさせてくれる時間や、背中を押してくれる言葉を私たちに与えてくれます。皆さんの中にも本によって慰められたり力をもらったりした経験のある人もいるのではないでしょうか。本を読むことはいま幸せな人にも、苦しんでいたり悩んだりしている人にも新たな一歩を踏み出すきっかけを与えてくれると私は思います。

私たち山梨英和の生徒が最も身近に手にしている「本」は何でしょうか?毎日朝と帰りに開く「聖書」だと私は思います。聖書を開くとそこには多くの人々が登場します。イエス・キリストはもちろん、ペトロやヨハネなどの弟子たち、マリアや徴税人のザアカイ、旧約聖書ではアブラハムやイサク、モーセなど。聖書の「言葉」は、私たちに時代も場所も越えて、彼らの活き活きとした姿や、喜びも悩みも苦しみも伝えてくれます。私たちが、図書館や書店で手にするそれぞれの本にもこんな力が秘められているような気がするのです。

皆さんが最近本を読んだのはいつですか?慌ただしい毎日の中でなかなか本を読む時間が取れなかったり、そもそも文章を読むことが苦手な人もいると思います。私たちは学校にも地域にも多くの本を手に取ることのできる環境にいます。最近では電子書籍などの普及に伴い、いつでもどこでも、気軽に本を読めるようになりました。身の回りにある本に目を向け、気軽に手に取ってほしいと思います。また今年も図書委員会では読書週間イベントを行う予定です。是非この機会に図書室に足を運んで、新しい一冊と出会ってみてください。

お祈りします
神様、今日も礼拝から1日を始められたことに感謝します。私たちが少しでも周りにある本に目を向け、たくさんの言葉と出会うことができますように。今日1日の歩みをお守りください。
このお祈りを尊き主イエスキリストのお名前によって御前におささげします。アーメン。

放送礼拝 水泳部

テサロニケの信徒への手紙 一 5章16~18節(新p.379)

 私は水泳を始めてから今年で12年目になりました。始めたばかりの頃はタイムが順調に伸び、試合に出場できることが嬉しく水泳が大好きだったのを覚えています。しかし最近では、思うような泳ぎができずタイムも伸びず、水泳を続けることが辛いとか、水泳をやめたと思うような時が多々あります。毎日、一生懸命練習していても周りの友達のように速くなれず、センスや才能のない自分が嫌いで仕方ない時もありました。そんな私が今も水泳を続けていられるのは仲間や家族の支えがあったからです。

 今日の聖書の言葉を考えたいと思います。「いつも喜んでいなさい」の「いつも」は、なかなか難しいことだと思います。喜べるときに喜びなさい、楽しいことがあったら喜びなさい、ではありません。「いつも」と書かれています。心配事を抱えても、辛い中におかれていても、「いつも喜びなさい」とあります。しかし、ここには、神様の大きな約束があると思います。「わたしが、どんななかにあっても喜ばせてあげるから、いつも喜びなさい」という神様が言って下さっているのです。

今年の高等学校総合体育大会では、昨年に引き続きメドレーリレーとフリーリレーにも出場することができ、学校対抗でもチームとして目標としていた4位に入ることができました。みんなが力を合わせた成果であり、そのことで今までの自分の努力が無駄ではなかったのだと思うことができました。

 私たち高校3年生は部活動の引退まで残りわずかとなりました。今月24日25日には関東高校予選会が行われます。この大会に勝ち抜くと来月22日~24日には関東高校本大会があります。水泳はこの関東大会がインターハイ予選に位置づけられています。私自身、高校に入学した時からインターハイ出場を目標としてきました。高校1年生の時も2年生のときもあと少しのところでインターハイ出場権をとることができず、悔しい思いをしてきました。今年こそは入学時、心に決めたインターハイ出場という目標を達成するため、そして、今まで支えてくれた仲間や家族に感謝の気持ちを伝え恩返しができるように、最後の最後まであきらめずに自分の力を出し切りたいです。

放送礼拝 演劇部

箴言 13章4節

私は演劇を観るのが好きです。また、観るだけでなく「演じる」ということにも興味がありました。しかし、私の出身中学校では文化系の部活が少なく演劇部はなかったため、そういった活動をすることなく、私の興味を満たすことはありませんでした。

高校に入学して新入生歓迎会で見た演劇部は楽しそうで、入りたい気持ちが高まり、すぐに入部を決意しました。しかし、同じ時期に入部した中学生たちは、経験者もいれば未経験者とは思えないくらい演技の上手いものもいて、楽しい気持ちはありつつも不安な気持ちが大きくなってきました。学園祭の役決めの頃は、まだ演技の技術が身についておらず、残念ながら役はもらえませんでした。それが悔しくて、自主練をしていました。それが良かったのか、大会に向けての活動が始まると、私は初めて役をもらいました。先輩には勿論のこと、後悔にも遅れを取っていると感じていた私は、その日から毎日必死になって練習をしました。先輩に指摘された部分を少しでも周りに近づけるよう、また少しでも上手くなれるように、家に帰ってからも何度も何度も練習しました。初めはセリフを覚えるのに必死でしたが、先輩から「上手くなったよ」とか「声が出るようになった」と言われるのが嬉しく、「演じる」ことの楽しさを感じられるようになってきました。さらには、今演じている劇の世界に入り込めるようになりました。

今日の聖書の箇所にある「勤勉な人」というのは、言葉の通りコツコツと努力をしています。普段から努力をしているからこそ、自分の望みを叶えるための努力を惜しむことはありません。だから豊かに満たされるのではないでしょうか。私もそうなりたいとおもい、日々努力を続けていきたいと思います。

今年の演劇部は新入部員も増え、また先輩方もこの学園祭で最後となります。今年も部のみんなと劇を作り上げる楽しさや嬉しさを感じられるように、昨年以上に頑張っていきたいと思います。

放送礼拝 バスケットボール部

ローマの信徒への手紙8章18節

私たちは日々の生活の中で、様々な悩みや壁にぶつかることが多くあります。私は、幼い頃から自分にとっての困難や苦労に立ち向かおうとせず、いつも逃げてばかりいました。中学生の時、私は小学校の時のミニバスの仲間と一緒にバスケ部に入部しましたが、先輩とのいざこざや自分の練習に対する意識の低さからすぐにバスケ部を退部しました。そんな自分と決別するきっかけがほしいと考えた私は、英和高校に入学すると同時に、もう一度バスケ部に入りたいと思うようになりました。しかし、遠方から通っていることや入学前に両親と決めた、勉強のために高校に通うから部活には入らないという約束、何より中学生の時の自分の経験があって、なかなか決断することはできませんでした。中学生の時の自分と同じことを繰り返してしまうかもしれないという弱気な思いと、自分を変えたいという思いの中で葛藤し、顧問の先生や両親と何度も話し合いを重ねた結果、同じことは繰り返さないと自分に誓って、バスケ部への入部を決断しました。

入部してからは、様々な悩みにぶつかりました。私は遠方から通っていたため最後まで練習に参加できないことや、自分が思ったようにプレー出来ず悩んだことはもちろんですが、何より悩んだのが、部員との関わり方です。バスケ部では、中高一貫で練習しているため、入部当時から先輩も後輩もいるという環境に戸惑い、なかなか馴染めずにいたのを今でも覚えています。さらに、そんな私を不安にさせたのは、高3の先輩の引退でした。それまで集団をまとめた経験がなく、いつも誰かに付いて行っていた私が、気づいたら中高全体の最上級生、しかも必然的に副部長という立場になり、チームをまとめなければならなくなったことに焦りと不安しか感じることができませんでした。

その環境に馴染めないまま、私は部活で何をしていてもどこか孤独に感じていました。自分の不安を周りの環境のせいにばかりしていましたが、今思うと孤独の原因は周りだけではなかったと思います。バスケはチームスポーツです。全員の気持ちが一つになり、同じ方向を向いていなければ、誰かを感動させられるようなプレーは生まれません。仲間から見ればチームが一つになれない原因の一つに私の存在があったと思います。一緒に練習していてもどこか孤独で、いつしか練習に対する不満ばかりを募らせるようになりました。どうして私だけなのだろう、いつもそう考えていて、練習に楽しさを見出せず、何度も辞めようかと考えました。当時の私は常にネガティブ思考で、何をしても物事を良い方向に考えることができず、過去の自分がそうであったように、楽な道へと少しずつ向かっていたように思えます。そんな私を救ってくれたのは、顧問の先生方、共に闘う同級生、情けない先輩を頼りにしてくれた後輩たち、引退した先輩、私の話を聞いてくれる友人、家族、私の周りにいるたくさんの人の言葉でした。多くの人に教えてもらったのは、前向きに物事を捉え、勇気を出して伝えることの大切さと、人に頼ること、頼られることの大切さでした。誰かに頼れば、必ず自分にとってよい助言が与えられ、その一つ一つが新しい自分に生まれ変わらせてくれました。

自分に精神的余裕が生まれてくると、先輩や顧問の先生にコミュニケーションを取らずにいる後輩のことが心配になり、後輩たちが最上級生になったときに私と同じ思いをして欲しくないという思いが芽生え、新入部員を中心に、自分の方から少しずつ後輩たちともコミュニケーションを取るようになりました。後輩たちを支えているつもりが、そのことで自分を成長させてくれていたことにも気付きました。私を支えてくれた全ての人が、私にとっての恩人です。バスケ部での時間を振り返ると、この時の悩みがあったからこそ、今の自分があるのだと思います。

先日の高校総体では、県内随一の強豪校と対戦する、とても貴重なチャンスを与えられました。試合を通して、チームとしては強豪校相手に自分たちのプレーが少しでも通用するという自信につながる大きな成果を得られた一方で、自分自身はなかなか思うようなブレーができず、試合のほとんどをベンチから、満身創痍で戦う仲間の姿をただ見守ることしかできなかった自分をとても情けなく感じていました。応援に足を運んでくれた高校一年生と落合先生、校長先生、家族の声援が飛び交う中で、私はただ自分の自覚のなさを再確認し、見守るだけの辛い時間が流れました。試合中の怪我によりコートに立ちたくても立てない仲間がいて、相手チームにはベンチに入ることさえ許されない人がいて、自分が何をするべきだったのか、改めて考え直すきっかけになったと思います。

私たちに残されたのは、インターハイまでの残り僅かな練習時間のみとなりました。大きな山を何度も乗り越えた今、部員の気持ちが一つにまとまってきているのを日々の練習で強く感じることが出来ています。チームとして技術的にも精神的にも今がとてもよい状態であり、自分自身とても前向きな気持ちで日々を過ごしています。チーム一丸となって挑む目標は「勝利」です。引退を迎える私たちだけでなく、部員全員にとって、このメンバーでコートに立てるのは、インターハイが最後となります。これまでの積み重ねを信じ、共に闘った仲間を信じ、自分を信じて、これまで支えてくれた全ての人への感謝を忘れず、最後のブザーが鳴るその瞬間まで、1つのボールに必死に喰らいつきたいと思います。今の私があるのは、ここまで何度も迷惑をかけ、ぶつかり合い、一緒に戦ってくれた部員みんなのおかげです。見ている人に感動を与えられるような、英和らしいバスケを最後まで追い求めたいと思います。

私は、バスケ部に入ったことで変わることが出来ました。そのことを次のインターハイではプレーで表現し、ここまで私を支えてくれた全ての人に恩返しをするつもりで挑みます。これまで数え切れないほど悩み、そのたびに涙を流してきましたが、流した涙の分だけ成長した自分を証明し、試合に対するプレッシャーを跳ね飛ばし、これまで自分が積み重ねたもの全てをぶつけて、最後まで仲間と走り抜けたいです。そして、残された僅かな時間の中で、私にしか感じることのできない思いを、少しでも多くの人に伝えていきたいです。

お祈り

神様、今日も新しい朝をありがとうございます。礼拝を捧げる機会を与えられたことに感謝します。私たちが乗り越えた困難の分まで成長していくことができますように。今日一日、皆が安全に過ごせるようお見守りください。
 この祈り尊き主、イエスキリストのお名前を通して、御前にお捧げいたします。
アーメン。

放送礼拝 美術部

コヘレトの言葉12章1節

 私が美術部に入部してから5年が経ちました。小さい頃から絵画教室に通っていて絵を描くことが大好きだった私は、中学生になったら美術部に入るという強い思いで英和に入学したのを今でも覚えています。

美術部に入って最初に取り組んだのがUTY教育美術展でした。最初の作品は楽しく制作でき納得のいく作品ができ、また嬉しいことに良い評価も頂くことができました。後に祖母がその絵を刺繍で作ってくれて思い出深い作品でもあります。美術部として良いスタートができたと感じていました。

しかし、2年目に私の考えが大きく変えられることがありました。前年同様、UTYの作品を仕上げ提出し結果を待っていました。結果は、作品を提出した友達はみんな良い評価をもらったのに私だけ何にも引っかかりませんでした。「なんで私だけ? 何が駄目だったの?」と本当に悔しくて原因を考えました。みんなの作品と自分のを見比べて考えたら、私の中で一つの考えにたどり着きました。私に足りなかったのは、その作品を通して何を伝えたかったということです。コンセプトがなかったわけではありませんが、私の作品には伝えたい思いが込められていませんでした。その時に、「ただ楽しく作り自己満足で終わっては駄目なんだ。見てもらう人に伝わるようにしなければいけないんだ」と学びました。それからは、見てくれる人に作品に込めた思いが伝わるような、楽しんでもらえるような作品を目標に制作しています。

 ところが、今度は考えすぎて自分でどうしたいのか分からなくなってきてしまいました。「何を伝えたいの? そもそも何を描きたいの?」と。仲間が持っているそれぞれの世界観や得意分野があることが羨ましくて「どうして私には何もないんだろう」と悩みました。また、私は高校2年生の始めまで掛け持ちでダンス同好会に入っていました。姉の影響で入部しましたが、ステージで踊っていくうちに踊りで表現する楽しさを知りどんどんダンスが好きになっていき、絵を描いている時より踊っている時の方が楽しく感じました。これらのことから大好きだった美術が苦痛になりました。「さんざんやってきたんだしもうそろそろやめてもいいんじゃないかな」と辞めたいと思う時もありました。しかし、辛いのはアイデアを出す段階だけであって、大きなキャンパスに色を付けられなくなってしまうと考えると寂しくなり、またずっとやってきた美術からきっぱりと離れることもできず、もう少し頑張ってみようと思えました。

 今までを通して見つめ直すと美術部を辞めなくて良かったなと思います。悩みは今でも無くならないし技術面が一段と向上したかときかれると「はい」とは言い難いですが、多くのことを学ぶことができました。思い通りに作品ができなかったり、良い評価がもらえなかったり2つの部活の掛け持ちが大変だったりと辛いこともたくさんありましたが、これがあったからこそ私は成長することができ、良いことも悪いことも全部含めて私の青春の思い出だから、逃げずに頑張ってこれて良かったです。

 6年目を迎え、現在美術部ではUTY教育美術展の作品に取り組んでいます。この作品が高校3年生にとっては最後の作品となります。楽しく制作することはもちろん作品に込めた思いが見る人に伝わるように楽しんでもらえるように最後まで諦めずに精一杯制作していきたいです。

放送礼拝 語学部

マタイ による福音書6章34節

ちょうど5年前、英和に入学して初めての新入生歓迎会のことは今でも覚えています。中学生
になり英語の勉強をがんばりたいとは思っていましたが、それまで英語で会話がペラペラできる
とか、英語が得意、というわけではありませんでした。クラブの紹介が進んでいき、語学部の紹
介が始まりました。先輩がステージでドレスやスーツを着ている姿に釘づけになっていて、部活
として何をするのかもあまりわからないまま、気づいたら入部を決めていました。
そんな私でしたが、中学1年生の学園祭では先輩と一緒にアンネフランクのステージに立ってい
ました。今まで演技をしたことがあったわけではなく、英語もそんな得意と言えるほどでもな
かった私は、学園祭まで心配と不安だらけの毎日でした。しかしそんな私に、先輩方は根気強く
発音指導をしてくださったり、演技のことなど私ができるまで優しく教えてくれました。実際に
演じている先輩を近くで見たとき、経験の少ない私は圧倒され、鳥肌の立つような感覚もありま
した。日ごとに、私も先輩方のように上手になりたい!と強く思うようになりました。アンネフ
ランクの上演を通して、希望を失わずに強く生き抜いていけるような女性になりたいと思いまし
た。

中学二年生のときはジャンヌダルクを演じました。多くの戦いのシーンは、どのシーンよりも
難しくて本当に大変で、練習では何時間も費やしました。国の危機に立ち向かい、神様の声をき
き先頭に立って引っ張っていくジャンヌの姿に心惹かれました。

中学三年生では、レミゼラブルを演じました。この劇は、私の中で一番印象に残っていて今で
もあの時のことは忘れられません。一言では言い表せないくらいの、達成感や感動を実感しまし
た。それが、中学最高学年だったからか、3年の経験があったからかは、わかりませんが、あの
とき感じた達成感を私はそれ以降大切にしています。

そして、私が高校一年生の時、部員が急激に増え、戸惑うことも増えました。上級生より中学
1年生の数が多く、何をどのように指示していいのか、よくわからないことも多かったと思いま
す。また、そのことが後輩たちを不安にさせていたとも思います。
しかし、私は、中学生の時、自分のことに必死になりすぎて、周りを気にかけることが出来な
かったことを思い出し、高校生になったら自覚を持って周りに気を配り、引っ張ってくださる先
輩方の力に少しでもなれるよう心がけられるようになりました。先輩方のリーダーシップで、大
人数だからこそのアリスインワンダーランドやピーターパンを語学部らしく作り上げることがで
きたと思います。

高3となり、今まさに私たちが部活を引っ張っているところです。私の中で先輩方の存在は偉大
で憧れで、私自身が最高学年であることは今もまだ実感できません。今まで先輩の背中を見て、
頼ってばかりで部活をしてきた分、いざ自分たちが上に立ってまとめてくとなると不安でいっぱ
いになります。どうすれば上手くまとめられるか、どうすれば部員みんなが楽しく活動できる
か、など悩みが尽きることはありません。逃げたくなることも何度もありました。しかし、そん
な時にふと今日の聖書の箇所である、「明日のことはあす自らが思い悩む。その日の苦労はその
日だけでも十分である」という御言葉を思い出します。私は、自分のことを話すことが得意では
なくとても苦手です。周りを巻き込んでまでこんなこと言っていいのか、とか周りに迷惑をかけ
てしまうくらいなら1人で解決してしまえばいいんだ、と思ってしまいすぐ抱え込みます。しか
し、それが逆に空回りして結局迷惑をかけてしまうということも何度もありました。そんな時
に、初めてこの箇所を目にし、今までの考え方が変わるきっかけとなりました。後のことをちゃ
んと考えるのも大事だけど、後のことをいろいろ考えすぎて、今の自分のこうどうに迷いや戸惑
いが出るくらいなら、壁にぶつかった時に周りの力を借りながらでも乗り越えていけばいいん
じゃないか、と思うようになりました。これから学園祭に向け、練習が始まります。今年の劇は
私が経験した5回の劇と違った感じに仕上げる予定です。本番までにはいろいろな試練があると
思います。そんな時は、逃げずに立ち向かい、劇を見てくださるすべての人に、あー今年の語学
部は今までと違った感じだったけどよかったよ、と言ってもらえるよう、お互いに補い合い、部
員全員で協力して頑張っていきます。

合同礼拝 高2担当

マタイによる福音書5章9節

(沖縄・長崎コース)
平和。この言葉を聞いてみなさんは何を思うでしょう。今は平和でしょうか。憎しみや争いの中で、飢えている人や悲しんでいる人がいるのなら、平和とは言えないと私は思います。

私たちは昨年度、修学旅行の事前学習として、映画を鑑賞したり、班ごとに調べ学習をしたり、プレゼンテーションを行い沖縄・長崎についての学びを深めました。特に、沖縄の歴史についてはほとんど無知と言っていい程知識がありませんでした。しかし、この修学旅行をきっかけに、実際に沖縄に行き、壕体験や資料館を見学したり、講話を聞いたりしたことでたくさんのことを知ることができました。その中でも一番こころに残っていることは、轟壕に入った事です。自然の鍾乳洞である洞窟の中は、湿度が高く、足場も悪く真っ暗で、懐中電灯に照らし出されたかすかに見える内部の様子やなんとも言えない空気感に恐怖を感じました。あるポイントで足を止め、すべての懐中電灯を消したときは、驚くほど真っ暗で、誰がどこにいるか、何がどこにあるか、全く見えませんでした。当時の沖縄の人々はこの暗さの中で、家族と共に生活をし、日本兵からの脅しや死に対する底知れぬ恐怖におびえながら生きていました。子どもが泣いたり騒いだりすると日本兵が来るため、母親が子どもの口元を自分の胸に強く押さえ付け、その結果子どもが窒息死してしまうことも少なくなかったといいます。また、日本兵が、いつまで経っても泣き止まない子どもを母親から無理矢理奪いとり殺してしまうこともあったそうです。弱い立場の人々をいとも簡単に殺してしまう異常な精神が、追い詰められた人間の心の闇を映し出しているようでとても恐ろしかったです。また、瀕死の状態の人、泣き叫んでいる人、困っている人がいたとしてもお互いに助けあうことができず、「多くの人が人を殺して生きてきた」というのは、想像できないほど残酷で悲惨な経験だったにではないかと感じました。

長崎では、原爆について資料館や講話などから詳しく学びました。原子爆弾が爆発したことにより発生した熱線、放射能、爆風が約7万4千人もの人々の命を奪いました。その中でも特に心に残っているのが、講話をしてくださった講師の方やガイドさんから言われた「二度と被爆者を出してはいけない」という言葉です。これは、核兵器廃絶。すなわち、核兵器をゼロにするということです。「もし一発でも残っていたら、その一発によって何万人もの命が奪われてしまう。だからゼロにしなくてはいけいない。」という言葉が胸に重く響きました。

この修学旅行を機に被害、そして加害の両方の側面から戦争や平和について深く学ぶことができました。世界では今もなお争いが絶えず、多くの人々の命が奪われています。しかし、人の手によって人の命が奪われることは決してあってはなりません。修学旅行の経験を通して、私たちには平和を実現するためにできることを考え、平和の大切さを未来に生きる人々に伝えていく使命がある事ことに気づくことができました。また、平和は人々の心が安定することによってもたらされると考えます。心が安定し元気になることで、自分や他者を愛することができるようになります。聖書にはその心の栄養の源となる御言葉が記されています。神様が私たちに語りかけてくださる御言葉を心に留め、一日一日を大切に生きていきたいと思います。

(韓国コース)
「許しこそすれ、忘れること勿れ」私は、この言葉を忘れることができません。5日間の修学旅行を終え、一番印象に残っている場所、それは提岩里(チュアムリ)教会です。私は提岩里教会を訪ね、自分が戦争に対してどれだけ浅はかな考えであったかを実感しました。

1919年に韓国で起きた三・一独立運動は、日本の植民地からの独立を求め、次第に韓国の各地へ広まって行きました。宗教指導者が主導的な役割を果たしましたが、当時の日本軍はこの運動を鎮圧させるために手段を選びませんでした。そのような中、同年の4月15日に提岩里教会事件が起こりました。事件は、陸軍79連隊に所属する有田俊夫(としお)中尉が指揮を取り決行されました。教会に集められた15歳以上の成年男性21名は教会に閉じ込められた後、窓から銃撃を受け、放火されて亡くなりました。また、家族を心配して駆けつけた夫人ふたりも刀により殺害されました。その後、この事件は現場の視察に訪れたアメリカ総領事館・領事、アメリカ人宣教師、AP通信の特派員により日本軍の虐殺事件として世界中に報道されました。また、カナダ人宣教師フランク・ウィリアム・スコフィールド牧師が、凄惨な事件現場や家族や友人が悲しむ姿を写真に収めそれらの記録が連日報道されました。しかし、事件の指揮者である有田中尉は放火・殺人の罪で処罰されることはなく、謝罪すらありませんでした。

「このような残酷な行為を本当に人間ができるのでしょうか。」提岩里教会記念館で私たちに説明してくださった方がおっしゃいました。私も受入難い出来事ですが同じ日本人が犯した過去の過ちなのです。「私は日本を許すことができません。」とはっきり言われた時に、韓国と日本の間にある大きな壁を感じ胸が痛みました。

 日本は、戦争に負けた事を決して敗戦記念日とは言いません。また、歴史の教科書にも日本が加害者として犯した残虐な行為はほとんど記述されていません。約70年たった今でも、日本は事実に触れようとしないのです。私達はまず、過去に起きた出来事を知り、学ぶ必要があります。そして、二度と同じ過ちが繰り返されないようにしなければなりません。
私が冒頭で紹介した言葉「許しこそすれ、忘れること勿れ」は、現代を生きる私たちの心に強く訴えかけています。「あなた方の敵を愛しなさい」まさにイエス様がおっしゃったことと同じことです。加害者である私たちが罪を許されたとしても、決して自分達が犯した過ちを忘れてはならないのです。そして私たちの世代が後生に語り継がなければならないのです。韓国と日本の間にある壁を越えるためには、私たち日本人が加害者であったことを自覚し、私たち若者が両国の架け橋になるよう努めていく必要があると思うのです。しかし、そのような思いとは裏腹に、最近ニュースや新聞で、核ミサイル実験や戦争を匂わせる報道がされています。決して他人事ではないということを私たち一人一人が真剣に考え、目を向けて行くべきたと思います。過去に起きてしまった出来事は、今どんなに悔やんでも変えることはできません。修学旅行で学んだ事や得た思いを無駄にすることのないよう、自分にできることを模索しながら生活していこうと思います、今ある平和に感謝して。