生徒,礼拝のひとコマ

4月2012

放送部 礼拝

皆さんにとって、神様はどのような存在でしょうか。今年英和中学に入学した人やほかの中学から英和高校に入学した人は、神様についてまだまだ分からないこともあると思います。4年間、英和で学んだ私も、神様を完全には理解できていません。しかし、英和の生活や授業などを通して、私はある一つのことを確信しました。それは、神様はいつでも私の心の中にいる、という事です。

新しく中学、高校に入学した人はまだまだ先のことが分からず不安でいっぱいだと思います。それ以外の人も、学年が上がるにつれて友人関係や勉強、部活、進路などで悩むことも多くなるでしょう。私も自分だけが苦しいのではないか、悩んでいるのではないかと思いこむこともありました。しかし、神様が心の中で私とともにいて下さると思うだけで私の心は軽くなったのです。私は一人ではない、と思えるようになりました。また、私は高校に入ってから放送部に入ったので一年前までは大会に出ることはおろか、読み方の基礎さえ知りませんでした。全くの初心者だった私は、入部するときにある一つのことを自分で誓いました。用事がない限り毎日最後まで部活に出る、家でもできる限り練習する、大会に出たら今までの練習を信じて上の順位を目指す。このことは、楽なことではありません。スランプになると、練習するのも嫌になり、部活に毎日出るのも無駄だと思うこともありました。そんな時は、だれも私の練習を見ていなくても、心の中で神様は必ず見ていて下さる、と自分を戒めて、奮い立たせていました。

神様は私を安心させて下さる存在であり、時には私を戒めて下さいます。24時間、365日神様が私を見ていて下さると考えると、それだけで安心できる気がします。自分で自分の身を守らなければならない時もありますが、神様はいつでも私たちの味方です。そのことを心にとめ、日々を過ごしていきましょう。

高校2年担当 中学・高校別 合同礼拝

~修学旅行での学びを通して得られたこと~

 

   沖縄・長崎

私は、3月5日から7日まで沖縄に、8日と9日は長崎に修学旅行で行きました。沖縄では戦争について、長崎では原爆について平和学習をしました。

沖縄戦の話や原爆の話を聞き一番深く考えさせられた事は、私達がこれから何を伝えれば良いのかという事です。また心を失うという事は、非常に恐ろしい事だと改めて感じました。

「辱めを受けぬ前に死ね
手りゅう弾を下さい 鎌で 斧で カミソリでやれ
親は子を 夫は妻を 若者は年寄りを
エメラルドの海は紅に
集団自決とは 手を下さない虐殺である。」

このメッセージは佐喜眞美術館の絵に書いてありました。戦争は人が同じ人間を簡単に殺し、生きている者の心も奪います。今の日本は、戦争がなく幸せに暮らせますが、これも沖縄戦や長崎の原爆という過去に犯した事を学んだからだと私は思います。

長崎の原爆では、一瞬にして全てが無くなり、被爆をされた方が沢山います。そして現在でも見えない放射能と戦い続けています。私達は、長崎で放射能が人や環境におよぼす害について学びましたが、それは決して過去の事ではありません。放射能汚染は昨年福島で起きてしまい、同じ過ちが繰り返されようとしています。この先、各地の原発が再稼働される事になった場合、それは本当に日本のためになるのでしょうか。

私はこの修学旅行で、「体験した事を発信していく」という事を学びました。
実際に経験していない私達でも、聞いた事や現地で感じた事は伝える事が出来ます。山梨に住む私たちが心配をしなくてすむ原発の問題も他人事にはせず、放射能について深く考えるべきだと思いました。今でも過去に負った戦争の傷を、一人一人が十字架として背負って生きています。その事を忘れず、未来を私達に託した方々に少しでも明るい社会を届けられれば、と思います。

 (高校2年 岸本夏実)

韓 国

時は流れるといいますが、流れない時もあります。あの戦争から67年。平和な21世紀の日本を私たちは生きています。しかし、いくら時が流れようとも67年前に日本が行った非道の数々は歴史の中、人々の中にはっきりと刻まれてしまいました。

 67年前、日本軍はチュアムリ教会に集められた韓国の人々を閉じ込め、火をつけました。必死になって逃げようとする人々を射殺し、その死体をもひきさかんとする残忍な行為を平然と行ったのです。チュアムリ教会を訪れ、まるで鬼畜のような日本人の姿を知りました。私はこれまで戦争に対して被害者の意識をもって生きてきました。だから、チュアムリ教会の牧師さんの語る言葉に、私は頭から水をかけられたような思いがしました。「許しても 忘れはするな」その言葉の裏側に、私たちに対する憎しみと悲しみがにじみ出ているように思えてなりませんでした。日本人に肉親を奪われ、豊かな文化を汚され、民族の誇りを踏みにじられた韓国人にとって、この歴史が思い出になることはあり得ません。悲しみの時を指して時計の針は止まったままでした。そして、いつしか韓国と日本は心が離れ、近くて遠い国となってしまいました。チュアムリ教会を後にし、パゴダ公園のユガンスンのレリーフの前に立ち、鉛のような胸の重荷を抱えたまま、私はイーファのペンパルに出会いました。

しかし、言葉を交わし、共に生活する中で彼女たちが心から私を理解し、受け入れてくれたと感じました。60年前、殺し、殺される日本人と韓国人であったけれど、今、神様は山梨英和とイーファを姉妹として引き合わせてくださいました。60年前も英和とイーファは、キリストによってつながっていました。そして現在も、キリストでつながっていたから再び姉妹になれたのだと私は思うのです。だからこそ、これからも私はキリストにつながって生きていきたいと思います。
神様は、21世紀に生まれし私たちに使命を与えられました。それは、消し去りたい過去を未来の私たちへ語り継いでくれた人々を想い、また戦火を懸命に生き抜き、命をつないでくれた祖父母たちを想い、「平和な未来を築く」ことです。

生きてこその平和、奪われていい命などありません。生きて、私たちが次の世代に伝えていくこと。それが、神様の望む家族の形になると思うのです。この礼拝は、私ができる平和活動の第一歩だと信じています。悲しみの時を指したままの時計の針を平和の時へと動かすのは、まぎれもなく今を生きる私たちです。                                   (高校2年 齋藤公美子)


梨花(イーファ)女子高校との記念撮影