生徒,礼拝のひとコマ

5月2012

放送礼拝 文芸部

放送礼拝  マタイによる福音書7章13~14節                  文芸部

 

私は、今までの学校生活の三年間を文芸部という英和ではほとんど目立たない部活で過ごして来ました。今年で四年目になります。

私が文芸部に入部したきっかけは何といってもその活動の「気軽さ」にひかれたからでした。しかし、その他にも理由がありました。活動の内容が私の趣味と合っていたからです。私は小学生の頃から、アニメや漫画、絵を描くことがとても大好きでした。もちろん本を読む事も好きでした。私の趣味とぴったり合って、さらに物臭な私の性格にもぴったり合う気軽な活動をしている文芸部が気に入って、入部しました。正直なところ、とても居心地の良い雰囲気が嬉しかったのですが、同時に嫌になったら気軽に辞めることも出来るかもしれないとも考えていました。

中1の学園祭で初めて文芸部の部誌に短編を載せることになりましたが、中学に入るまで、沢山の本を読んできていると自負していた私は、その分作品だって上手に書けるはずだと考えていました。日常系と呼ばれる、ほのぼのとしたギャグコメディーでした。

仕上がった部誌を家族に見せ、特に兄に酷評されたことで初めて自分の文才の無さに気がつきました。兄には「こんなのは読む気になれない」と冷たく言われました。

その後の私は惰性と義務感で創作活動をしていたように思います。しかし、中学での部活の時間を振り返れば、とにかく楽しかった思い出もあります。愉快な先輩や当時一緒に部活に入っていた同級生と趣味の話をただ永延と続けているだけでも、共に過ごした中学三年間の部活は楽しいものがあったのです。しかし、一つだけ問題がありました。部員がとても少なかったことです。楽しかった部活動の影の部分が目立つようになっていきました。当時の文芸部はせっかく入部しても、部を去ってしまう人も少なくはありませんでした。その上、文芸部自体の新入部員も少ない、慢性的な部員不足だったのです。

今年、私が高校に入学してすぐ、文芸部は廃部の危機に直面しました。ほんの数人でこの事態を解決しなければいけなかったのです。そして決まったのは『今までの』気軽な活動ではなく、他の高校と交流会をしても恥ずかしくないような高校の文芸部として活動することです。そのためには私たちの意識改革と行動力が必要とされるのです。私はこの改革や部の存続を話し合う会議に出ながらも、「この部活を辞めてしまおうか」という思いも芽生えてしまいそうになりました。しかし、この年、高校から入学してきた同じクラスの友達や中三の新入部員の後輩を思うとそうはいかず「やれるだけ、やってみようか」と思うことができ、四年目の活動をすることを決心しました。

ちょうどその頃、今日の聖句でもあり、高校一年の聖句である「狭い門から入りなさい。滅びに至る門は広く、その道も広々として、そこから入る者も多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見出す者は少ない」を何度も聞いたり読んだりする機会がありました。そのたびに、この聖句は今日の私のために神様が語りかけて下さっているのだと思いました。気楽で楽しかった「広い門」のような以前の文芸部の楽しさを残しつつ、初めてのことに挑戦して辛く、苦しく、厳しかったりしても文芸部を存続していくために新しく改革を起こす入口となる「狭い門」。これからも楽しく、まさに努力して皆の活動が充実するようにしてゆけば良いのではないかと思うようになれたのです。これも先輩方一人一人の意見が私たち下級生を励ましてくれたおかげです。

大きな問題であった部員不足も、不思議に思えるほどどんどん新入部員が入ってくれて、まるで私たちの決断を神様が見ていてくれるような気がしてなりません。

「狭い門」はとても進みずらく、新しく取り入れてする事ばかりなので前の見通しがまったく利かないと思います、だけどこれは文芸部に対するチャンスだと私は思うのです。

今までの活動は無駄ではないのです。むしろこれまでの経験を糧に新しい文芸部のために皆が楽しく創作活動ができるように未来への道を切り開いてがんばって行きたいと思います。

 

放送礼拝 YWCAひまわり部

YWCAひまわり部放送礼拝  詩編126編5~6節        2012.5.15

 

2011年3月11日。この日は日本中が恐怖に包まれ、忘れられない日となりました。それから、1年2カ月以上たった今、みなさんはどんなことを感じ、また何を考えますか?

私たちYWCAひまわり部は、今年の3月に仙台でのボランティアに参加してきました。昨年11月に全校修養会の講師としておいでくださった片岡謁也先生が関わっておられる「エマオ」というキリスト教の団体で企画しているボランティアでした。

仙台駅に到着して、あたりを見回すともう私たちのやることはないのではないかと思うほどに、高いビルが立ち並び、たくさんの車や人が行き来をし、駅周辺はプロ野球のオープン戦を控えて仙台に本拠地を置く楽天の応援ムードに包まれていました。

しかし、私たちのボランティア作業をした場所は、駅から1時間もかからない仙台市若林区七郷(ひちごう)の荒浜地区というところでしたが、そこは津波の被害にあい、まだまだ復興しきっていない状況でした。農地が多いなと思っていましたが、それらは全部津波に流された家などの建物を取り壊し、そこを平らにした場所でした。私は自分の想像力のなさが嫌になりました。

作業は5~6人が1つのグループになり、ビニールシートはりや畑の整地、石や土などの運搬などの作業をしました。私は津波にあった畑に埋まっている大きな石やがれきを取り除く作業を行いました。慣れないスコップを使って作業することやもう以前に他のボランティアの方が1度同じ作業をやってくださったため、掘っても掘っても取り除くべき大きな石やがれきなどが少なく、見つからないことが多かったので、正直肉体的にも精神的にもつらかったです。でも、作業のリーダーの方が、「ゆっくりでいいから、何度も何度もやることが大切なんだよ。」とおっしゃってくださり、そのことできついと感じなくなりました。今は仮設住宅に避難しておられて、自宅がもとのように住めるようになっても、なかなか自宅に戻る思いになれない方も多くおられると聞きました。家族が命を落としたりしているため、またあの日のことを思い出すのがつらくてなのだそうです。けれども私たちが畑を整えることでその方たちが少しでも希望を持ってもらえればとこういうワークが準備されていることも知りました。

また、津波がおそった荒浜海岸にも連れて行っていただきました。海岸周辺はこれが同じ仙台か、と思うほどにうって変った光景を見せていました。津波に流された家などの建物の土台だけが残り、あの地震や津波がおこるまでここで本当に生活をしていたのだとわかるほどでした。また海岸沿いに生えていた松は全部津波によって傾いていました。今は穏やかできれいな海が怖く恐ろしいものに見えました。

2日にわたっての作業はあっという間でした。東日本大震災をテレビなどを通してなんとなくわかっていた気がしていた私でした。しかし、現地の方々に配慮して写真は撮らないほうがよいということや、作業後の道具を洗う際に電力を使って出ている水の使いすぎに注意を受けたり、津波の被害の様子や今の仙台の様子など、実際に行き、体験しないとわからなかったことがたくさんありました。また、1回作業すればいいというものではなく、私たちがしたように、時間をかけて何度も作業することが必要ともわかりました。私たちにできることは限られています。しかし、その限られていることで、精一杯のことをしたいと思っています。

今日の聖句には「涙と共に種を蒔く人は 喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は束ねた穂を背負い 喜びの歌を歌いながら帰ってくる」とあります。私たちが行うことは小さいものかもしれませんし、また泣きながら行うようなこともあるかもしれません。けれども聖書には涙と共に種をまいた人が喜びの歌と共に刈り入れると書いてあります。神様は私たちの行いを全部見ていてくださり、支えてくださるのだと思います。

この礼拝で話すことが私のできることの一つです。これを機にまた今の私はなにができるか、考え、1日でも早い復興を願いながら過ごしていきたいと思います。

お祈り

神様、今日の朝も礼拝をできたことを感謝します。今日の礼拝では、昨年起きた大震災のボランティア活動の報告をしました。被災された方たちの今日の生活をどうかお支えください。また私たちにできることを行うことができますように。
このお祈りを主、イエスキリストの御名において御前にお捧げします。
アーメン。

中高合同礼拝 高3修養会

中学・高校合同礼拝                   2012.5.16  2012.5.18

今日は先月行われた高校3修養会についてお話します。

私たち高校3年生は今年の4月20日から21日の2日間河口湖へ行って修養会を過ごしました。私たちの修養会のテーマは、「Born This Wey∼君と出会えた奇跡∼」でした。

高校3年生にとって最も重要であるこの修養会を実りの多いものにするため力を入れたのはテーマ決めでした。全員が納得のできるものにするため私たち修養会委員会は何度も何度も会議を重ねました。テーマへの様々な思い入れや、真剣に決めたいという気持ちがそれぞれにあり、まとめるのがとても大変でした。また準備をしていく中で、期待よりもそれ以上に、「絶対に修養会を成功させなければ」という大きな責任を感じていきました。

私たちは、修養会の目的を5つ掲げました。

①  神との出会い、キリストとの出会いを経験する
②  聖書基づいた生き方を確認する
③  英和での3年間、または6年間の生活の締めくくりをする
④  自分の将来に対する考え方を確立し、前向きに生きる勇気を養う
⑤  新しい友の発見、友情を深める         です。

講師には塩谷直也先生をお迎えしました。先生は青山学院大学の宗教主任をされている方です。先生は何も包み隠さずに、ご自分のお話をされ、明るい方でとても親しみ易く私たちが共感のできるお話を沢山してくださいました。お話の中で先生は得意の漫画を用いて神様のお話を理解し易いものにしてくださいました。

主なプログラムは、塩谷先生の3回の講演、分団での話し合い、塩谷先生にもっと近い距離で自分の意見・疑問・悩みを話し、先生にお答えいただく、講師を囲む会を希望者と先生とで行いました。私はこの講師を囲む会の司会進行を担当しました。その中で学年のみんなが悩んでいることが私と同じだったり、よく将来や自分自身を見つめている人もいて感心し、刺激を受けました。そして1日目の夜、キャンドル・サービスでは4人の友達に証をしていただきました。

修養会を終えた今感じることは、①②③④⑤の目的が達成できたということと、高校3年生全体に一体感が生まれたことです。またこの修養会で友達になったり親密になった友達もいて、友達の輪が高校3年生にして大きく広がりました。そして何よりも修養会で学んだことの重要さを日々確認することができています。

これから2人の方に修養会の感想を発表していただきます。宜しく願いします。(高野 愛)

修養会感想

一泊二日のこの修養会は、英和高校の宗教行事の中で最も大切なものであり、私達にとっては最後の宿泊行事でもありました。たった二日間ではありましたが、この行事を通して私は今までにない大きな何かを得たような気がします。

まず、講師の塩谷先生の話は一つ一つが心に響く話でした。知らず知らずの内に、先生の話に自分が引き込まれ、その一言一言が心に染みていくようで、この感覚はまるで自分でも気づいていない私の心の深いところが、その言葉を求めていたかのようでした。

たとえば次のような言葉がありました。「そのままでいいと気付いた時、人は変わる。」、「動きながらハンドルをきりなさい。」、「自分から探さなければ出会いはない。」私はこれらの言葉を聞いたとき、スッと肩の荷が下りて、心の中のモヤモヤが消えた気がしました。そして、先生の言葉の中で一番心に残っているのは、「涙や苦しみの土台があるから喜びがある。」という言葉です。これを聞いたとき、今自分が受けている苦しみが喜びの土台となるのなら、その苦しみも長い目で見れば、苦しみではないと思えました。逆に涙や苦しみの土台がなければ、喜びはないこともわかりました。このことに気付けたことは、受験や進路に悩む今の私にとって大きな救いでした。

また、分団での話し合いもとても充実していました。今まで話したことのなかった人の話を聞くことが出来たのは、新鮮でした。話し合いの最後に、「英和での3年間または6年間で得たものは何か?」という題で語り合いました。答えは様々で、友達・部活動での達成感・夢などで、どれも共感できました。そして、私の番が来て次のように話しました。「ごめんなさい」が素直に言えない自分を、理解し、受け入れてくれた仲間との出会いだ、と言うと皆が聞き入ってくれているのが分かりました。私は人前でそのようなことを改めて語ったこともなく、言葉も詰まりながらでした。それでも熱心に聞いてくれた友達を見て、話をして良かったと思いました。

英和に入学していなければ、このような友との出会い・語らいはなかったと思います。この出会いを用意してくださった神様に感謝したいです。「あなたがたが私を選んだのではない。私があなたがたをえらんだのである。」英和に入学した時に聞いたこの聖書の御言葉を実感する修養会でした。(井上のぞみ)

修養会感想

 「大切なことは、メモや目ではなく耳が拾う」この言葉は講師の塩谷先生からお聞きした言葉です。私は、この先生の言葉通り、今回の修養会で沢山の言葉を拾い、その言葉から多くを考えさせられ、自分自身と向き合いました。塩谷先生の言葉の中で「嫌いだと思う自分と仲直りして、ありのままの自分を受け入れることで人は変わることができる」と教えてもらいました。私は、自分の好きになれない所が多く、またそんな駄目な自分から変わることができず、落ち込むことが多くありました。しかし、先生のその言葉を聴き、こんな自分でもいいのだと思えるようになりました。

 また、分団では他のクラスの人たちといくつかのグループになり、未来のことや過去のことについて話し合う機会が与えられました。私は、自分のことを話すのがあまり得意ではなく、将来の夢や進路もあいまいであるということから始めは、乗り気ではありませんでした。しかし、話し合いを始めると皆が自分のことを話してくれている姿に刺激を受け、自然と私も自分のことを少しずつ話し始めていました。分団の中には今まであまり関わる機会がなかった人もいましたが、互いの意見に共感したり、異なる意見や夢に刺激を受けたりと、とても中身の濃い時間を過ごすことができました。私は皆と話したことによって真剣に夢や進路のことと向き合うことができ、人に自分のことを話すことや人の話を聞くことがいかに重要かを学びました。また、互いの夢を応援し、高めあうことができる友人たちを誇りに思い、改めて大切にしていきたい存在だと思いました。私は、今回の修養会で考えたことや聞いたことを忘れずに残りの高校生活を実り多いものにしていきたいと思います。(遠藤 優)

マンドリン部 礼拝

ペトロの手紙一 4章10節

昨年の3月、私たちマンドリン部の定期演奏会が行われました。テーマは「GIFT」とし、皆さまに元気や勇気を与えられるGIFTを届けようと部員一同、練習を続けてきました。演奏会当日は先生方や生徒の皆さんをはじめとする多くの方々にお越しいただき、大成功をおさめました。しかし、演奏会が成功したのは私たちの力だけではありません。私たちはGIFTを届けようという思いで演奏していましたが、演奏が終わった時、実は私たちの方が多くのGIFTをいただいたということに気付いたのです。今までの部活生活を振り返ってみると、神様からのGIFTで溢れていることに気付きました。

私が中学1年生だった時、部活に入る気など全くなかったのになぜかマンドリン部が気になって、体験入部もせずに入部を決めました。基本的な練習を繰り返して、ひたすら体に教え込みました。最初は楽しく参加していたけれど、次第に練習が苦痛になり部活が嫌いになりました。何度も辞めようと思ったけど、その度に何か都合が良くなくて辞めるタイミングを逃していました。今思うと神様が「今は辞める時ではない」とおっしゃってくれていたのかもしれません。

高校1年生の夏、初めて全国大会に参加しました。今まで自信満々に演奏していた自分が恥ずかしいと思えるくらいレベルが低く、全国の土台にすらのれませんでした。結果は言うまでもなく悪いものでしたが、その時の悔しさや先輩達の思いを引き継ぎたいと部員で話し合い、翌年の全国大会に向けて練習を重ねました。

そして高校2年生の夏、新たな思いで再び同じステージに立ちました。みんなで積み上げてきたものを思う存分発揮でき、優秀賞を頂くことができました。神様が与えて下さった悔しさで、大きく成長することができました。今まで辛い練習に耐え、ついてきてくれた後輩達には本当に感謝しています。また、どんな時も私の一番近くで支えてくれて、辛いことも嬉しいことも一緒になって分かち合ってくれた同級生の仲間にも感謝の気持ちでいっぱいです。そして、私たちに演奏することの素晴らしさを教えて下さった聴衆の皆様にもお礼を言いたいです。そのような素敵な出会いを私に与えて下さったのも神様のお恵みだと感じています。

もし今、部活に入っていて「辞めたいな」と思っている人や、部活に入ろうか迷っている人がいたら、ぜひ辞めないで続けて下さい。そして入ってみて下さい。想像以上のGIFTに出会えると思います。実際に私がそうでした。神様が与えて下さった大切な仲間や喜びをかみしめて、これからも生活していきたいと思います。

お祈りします。神様、今朝も放送を通してですが皆と礼拝を守れたことに感謝します。新学期が始まり約1カ月が経ちました。疲れている仲間もいると思います。その人たちに神様の癒しを与えて下さい。日々の生活の中で、たくさんのGIFTに気付くことができますようにお導き下さい。

感謝と願いを、主イエス・キリストの名によって祈ります。アーメン。