11月2012

第23回グリンバンク杯中学生英語コンテストが行われました

2012年11月20日(火・県民の日)に、2012年度グリンバンク杯山梨県中学生英語コンテストがグリンバンクチャペルで行われました。
今回で23回目となる本コンテストは、山梨英和学院100周年を記念して、県内の青少年の国際感覚の育成と国際交流の推進を目的に始められました。昨年度からは山梨県近隣の長野県の中学校からも出場者を募り、今回、初めて茅野市からの出場者を迎えて開催されました。

第1部「1分間スピーチ」は”My Hobby”というタイトルで各自が準備してきたスピーチを発表しました。趣味について述べるだけでなく、継続して努力していることや将来の夢にまで内容をふくらませてスピーチをしていました。第2部「個別インタビュー」や第3部「集団インタビュー」では、質問者からの英語の質問に次から次へと英語で答える出場者のレベルの高さに、審査委員長はじめ3人の審査員の先生たちは大変驚いていました。今回の結果は次の通りです。また、上位3名には副賞としてiPodが贈られました。(贈られた(PRODUCT)REDのiPodは購入代金の一部が「世界エイズ・結核・マラリア対策基金に寄付されます。)

第1位(Gold Prize)朱宮幹子さん(甲陵中学校3年)
第2位(Silver Prize)小林ももほさん(山梨英和中学校3年)
第3位(Bronze Prize)川瀧英梨子さん(山梨大学教育人間科学部附属中学校3年)

おめでとうございます。

グリンバンク杯中学生英語コンテストは、事前に各中学校に送付した練習用テキストとCDで練習した内容について、質疑応答の形式で英語力を競う全国でも他に例を見ないユニークなコンテストです。第20回のコンテストからは「1分間スピーチ」部門も加えられ、出場者が互いの発表を聞けるようにしました。また、質問者からの英語の問に対して英語で答える「個別インタビュー」や「集団インタビュー」部門があり、流暢で、しかも正確な英語の文章の形で答えることが審査の対象になります。練習用テキストやCDを活用し、練習を通して、自分の考えや感情を英語で言い表す方法を習得し、英語の上達に役立ててほしいという願いが込められています。来年度以降も引き続き、県内および長野県の中学生の皆さんの参加を待っています。

山梨日日新聞「私も言いたい10代の意見」掲載(11/29付)

高校3年生の寺村志保さんが山梨日日新聞「私も言いたい10代の意見(11/29付)」に掲載されました。


山梨日日新聞 2012月11月29日付(PDF:857KB)

高校2年 齋藤公美子さん 第1回『湛山平和賞』最優秀賞受賞

山梨平和ミュージアムの開館5周年を記念して創設された『湛山平和賞』中高生の部で、
高校2年生の齋藤公美子さんが最優秀賞に選ばれ、山梨日日新聞に掲載されました。
山梨日日新聞 2012年11月28日付(PDF:995KB)

放送部の活躍

11月23日(金)に第12回やまなし県民文化祭朗読発表会が、甲斐市ふれあい文化館で行われました。第1部は、12作品19名、第2部は、9作品11名が出場しました。この大会は個人、朗読サークルが出場できる大会で、小学生から大人まで日頃の活動の成果を披露しました。第1部において、中学校放送部は「少女パレアナ」を2年の滝澤史さん、渡邉歩実さんが暗誦して発表しました。高等学校放送部は「夏の庭」を1年の石井こゆきさん、河西里奈さん、篠原美咲さん、高野ななさん、2年の金子杏さん、行田奈央さんが朗読しました。第1部の終わりに、出場した小中高校生と来年行われる第28回国民文化祭のマスコットキャラクター「カルチャくん」くんがなごやかに交流しました。
「放送部の生徒たちの態度は、礼儀正しく、中学生の暗誦、高校生の朗読共に素晴らしかった」と来場者より感想を寄せられました。放送部は、来年8月11日に行われる国民文化祭朗読部門第1部に出場する予定です。今後も熱心に練習を重ねていきます。学校内外のご協力、ご声援ありがとうございました。

秋の表彰 (高校)

秋の表彰 <高校>

 

33回山梨県高等学校芸術文化祭

◎美術・工芸部門 奨励賞
   デザイン   高2 竜澤君依
   絵   画   高2 矢島梨絵子

◎合唱部門 芸術文化祭賞
   聖 歌 隊  20名

 ◎放送・アナウンス部門
   優 秀 賞  高1 篠原美咲
  * 来年度の総文祭長崎大会への出場権を獲得

◎自然科学部門 理科部会特別賞
   自然科学同好会 17名

 

 

平成24年度山梨県高等学校新人体育大会

◎水泳競技
   400m自由形  1位 高2 萩原菜奈
     50m自由形  3位 高2 萩原菜奈
   
200m平泳ぎ  1位 高2 大瀬戸千晶
   200m平泳ぎ  2位 高2 雨宮清奈

◎新体操女子 
   個人総合 第3位  高1 古屋智香
          第5位   高2 河手桃子

 

 第56回日本学生科学賞山梨県審査会

   実験研究 県知事賞  自然科学同好会 17名

 

第1回甲州よっちゃばれ大会 

   ダンス 第1位  ダンス同好会 13

 

 19回大門碑林全国書道展 

   第2部 金 賞  高1 小山田結香 ・ 高1 望月柚香

 

「健やか山梨21」健康作り作品募集 

   標 語 佳作  高1 浅尾佳穂

 

放送礼拝 宗教委員会

放送礼拝 宗教委員会 ルカによる福音書15章11-32節

中学から英和に入った人も、高校から英和に入った人も、この箇所を知らない人はいないと思います。誰もがきっと一度は読んでいるであろうこの箇所は、放蕩息子のたとえというとても有名な箇所です。たくさんの先生や同級生が、この箇所についてのお話をしてくださっていると思います。では、なぜ私が今日の礼拝でこの箇所のお話をしようと思ったか。それは、私自身が、この箇所について深く考えてみたかったからです。

この箇所には、三人の登場人物がいます。家でまじめに働いている兄、お金をもらって家を飛び出し、放蕩の限りを尽くした挙句また家に戻ってきた弟、そして、その兄弟のお父さん。兄はお父さんに従い、家でお父さんを手伝いながら暮らしています。しかし、弟はこの生活に嫌気がさし、お父さんがまだ生きている間にお父さんが死んだ後に分けられるはずの遺産をもらって家を出て行ってしまいます。この時点で、弟がお父さんに対して愛情を持っていないこと、そして自分勝手でわがままな性格であることが分かります。家を出て仕事を始めたはいいものの、遊び暮らしてたくさんのお金を使い、お金が底を尽きてしまいます。また、この都市は大飢饉であったために、食べるものにも困るような生活を送らなければいけませんでした。そこで、弟は思いつきます。「家には食べるものもお金もたくさんある。お父さんに謝って、雇い人の一人にしてもらおう。」本当に反省していたかどうかはわかりません。演技の可能性も十分あります。しかし、家に帰ってきた弟を見つけたお父さんは、走り寄って弟に接吻をします。当時、父親が走るということは威厳を失うため、よくないことだとされていました。しかし、このお父さんはそんなことはお構いなしです。それほどうれしかったのだと思います。そして、弟に一番いい服を着せ、歓迎の宴を開こうと言います。これに怒ったのは兄です。今までまじめに働いていたのに、放蕩の限りを尽くした挙句、家に戻ってきてお父さんに歓迎をされている。そんな弟が許せなかったのでしょう。しかし、この兄の気持ちはとてもよく理解が出来ます。お父さんは真面目に働く自分なんかより、不真面目な弟の方が好きなのではないかと感じ、怒りや悲しみ、ねたみ、落胆などいろいろな感情が混ざってお父さんに怒ってしまうのも無理はありません。私がこの箇所を読むたびに疑問に思うのはここです。なぜお父さんは無礼者だと言ってこの弟を追い返さなかったのか、雇い人のように扱わなかったのか。それ以前に、どうしてイエス様は頑張る人が損をするようなたとえ話をしたのか。私は考えても考えても、理不尽なたとえ話だとしか思えませんでした。

しかし、考えるうちに、この父親の愛は神様の無条件の愛情だと思えるようになりました。どんな人であっても、どんな行いをしても、神様は無条件で私たちのことを愛してくださいます。このお父さんは、弟に対しても歓迎しましたが、兄に対しても「私のものは全てお前のものだ」という言葉を掛けます。これは、まじめに働いて来た兄に対する、最高のほめ言葉だったのではないでしょうか。

もう少し深く考えてみると、弟の方が財産をお父さんの生きているうちに求め、お父さんがそれに応じたということは、とても異例のことです。ここから、このお父さんと息子たちの関係はそれほどうまくいっていなかったのではないかと考えられます。弟の自暴自棄の行動は、お父さんの愛を受けられない欲求不満の裏返しのようです。そう考えると、兄の方の怒りにも納得がいきます。つまり、この兄弟は、父の期待に添うことだけが父に愛される方法だと思い込み、一方は必死で期待に応えようと努め、一方は期待に添うことができない自分に対してやけになってしまったのだと思います。

テストで良い点数をとったり、良い学校に入ったり、よい仕事に就いたりと、何か素晴らしい行いをした場合にのみ、言い方を変えると、条件付きで愛される子どもは不幸です。そして、子どもにそのような思いを起こさせてしまうのは親のせいだと思います。このお父さんは決して息子たちに対して冷淡なわけではありません。しかし、考え方や伝え方の間違いにより、何かが食い違って、お互いを深くまで理解できなかったのだと思います。そう考えれば、この日、弟だけではなく、兄も救われたのです。二人とも「何があろうとわたしはお前たち息子を愛している」という父の言葉を聞いたからです。そして、それ以上に父も救われたのです。父は、この日、素晴らしい行いをしなくても、ありのままの子どもたちを受け容れる、無条件の愛を取り戻したからです。

私は、このお話をすることによって自分自身の理解も深まり、ようやくこの箇所を素直に受け入れる事が出来ました。親の愛、それ以上に神様の愛とは無条件であり、私たちが素晴らしい人間でなくても、素晴らしい行いをしなくても、私たちを受け入れて下さる。その事実を喜んで受け止め、また、私たち自身も隣人である自分の周りにいる人たちを無条件に愛することを心にとめ、日々を過ごしていきましょう。

梨花女子高校に留学中の大森麻裕さんから留学生レポートが届きました

皆さん、お元気ですか?更新がだいぶ遅くなってしまいました。韓国はもうすっかり寒くなって最近はコートとマフラーが手放せない季節になりました。

11月になり、韓国で国民のイベントといっても過言ではない“スヌン(修能)”というものが今月の8日にありました。スヌンとは日本でいうセンター試験のようなものです。日本のセンター試験と違ってスヌンは大学に行く誰もが受ける試験です。このスヌンの結果で行くことのできる大学が決まります。韓国ではスヌン結果次第で高校卒業後の人生が決まるといわれているほど、とても重要な試験です。それなので、スヌンの試験日は全国民が高校3年生を全面的にバックアップします。地方から受けに来る学生が試験時間に遅れそうになればパトカーが試験会場まで送ってくれるほどです。

なぜそこまでするのかというと、韓国の高校生にとって最も重要なことが、スヌンを受けて、ソウル市内の大学に行くことだからです。ソウル市内の大学に行けなければ普通の会社に就職ことはもちろん、安定した職業に就くことはできません。しかし今の韓国はいくら有名な大学を出ても就職するのが難しいのが現状です。日本でも今就職氷河期と言われていますが、韓国の就職難は日本の比ではありません。日本の2011年の大学卒業者の就職率は90.1%に対し、韓国の2011年の大学卒業者の就職率は58.6%ととても低いことがわかります。地方大学の場合20%以下だったところもあったそうです。この超就職難の韓国で有名大学を卒業することは、安定した職業に就くための必須条件となっています。そのため韓国の親たちは子供を有名大学に行かせるために幼稚園のころから英語塾などに通わせます。今では幼稚園に英語を母国語とする外国人教師を置き、幼稚園にいる間は英語しか使わないところも少なくありません。そのため子供たちは母国語である韓国語よりも英語がうまく喋れたりします。そして小学校に上がれば算数や英語の塾に行くのは当たり前になります。学校が終わって友達と遊ぶのではなく、塾に直行するのです。ほとんどの子供が塾に行くので、送り迎えのバスもあります。

高校に上がると“ヤジャ”というものがあります。ヤジャとは“ヤカンジャユラクスブ”を縮めた言葉で日本語でいうと、「夜間自律学習」といいます。夜10時、11時まで学校に残って自習をするのです。ヤジャを強制する学校もありますが、しない学校もあります。主にヤジャを強制する学校は特殊目的高校という外国語高等学校や、科学の教育に重点を置いた高校です。梨花女子高校もこの特殊目的高校の一つです。強制的に自習をやらされるのですから、夜間自律学習ではなくむしろ夜間強制学習といったほうが正しいでしょう。朝7時ごろ家を出て夜10時、11時まで学校にいるのが普通です。ですから家にいるより学校にいる時間のほうが長いので、家には寝るためだけに帰るのです。なかには夜まで勉強をして先生に“家に行ってきます”“いってらっしゃい”という会話をする生徒もいるそうです。

このようにほぼ生まれた時から大学に行くまで勉強尽くしの生活を送っているのです。しかし勉強ばかりしていたのでは社会人にはなれないのではないでしょうか。今韓国では協調性のない子供が増えているのが問題になっています。有名大学を出ていざ会社に入っても協調性がないために仲間同士で何かをしたり、仲間同士調和を図ったりすることができなくなっているのです。会社に入ることができても仕事(会社内の人間関係)に悩んでしまう人が多いそうです。ニュースでは幼いころから勉強ばかりしていたので、友達と遊ぶ時間が極端に少なかったからだといっていました。勉強をすることは自分がこれから生きて行くためにやらなければならないことですが、遊びや休息とのバランスが大切だと思いました。

今までの自分の人生を振り返ってみると、私は小学校の頃2年間ぐらい英語の塾に通っただけで、韓国の子供たちのように一生懸命勉強をしたことがなかったような気がします。韓国では、日本でスイミングスクールやピアノ教室に通うのと同じような感覚で学習塾に通っています。韓国にももちろんスイミングスクールやピアノ教室もあり、通っている子供たちはたくさんいますが、大半の子供たちは勉強のため、中学へ上がる前にやめてしまいます。今私は韓国でスイミングスクールに通っていますが、学生は私1人しかいません。それなので「学生なのによく来てるね!」と言われることも多いです。ここでも韓国と日本の文化の違いを感じました。

日本では普通高校の生徒のほとんどが大学に行くので「私も勉強は義務だからやらなければならない」、そういう受け身の気持ちでやっていました。しかし、韓国の生活の中で韓国人の同級生がこんなに一生懸命勉強をしている姿を間近に見ていると、同じアジアの国に住んでいて恥ずかしいと思ったのと同時に、「もっと高い意識を持って自分の目標のために勉強をしなければいけないなぁ」と痛切に感じました。

高校合同礼拝 オルガニスト横手先生

高校合同礼拝 コロサイ3章12節

「神に選ばれ、聖なる者とされ、愛されているのですから、憐れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容を身に着けなさい」

 

私たちが死ぬまで身に着けなければならないことがこの言葉に書かれています。その中で「憐れみの心」について考えます。この言葉は憐れむというよりも、「柔らかい心のいつくしみ」と読み取れるのだそうです。その心を育てる社会、学校、家庭が今、とても求められています。私はこの箇所を読むとき、名古屋のカトリックの女子修道院でのシスターたちから学んだことを思い出します。この夏まで12年間、月曜日と火曜日、名古屋のあるキリスト教大学でオルガニストを育て、礼拝のためのアンサンブルを指導して来ました。その間、日曜日と月曜日はイタリア系の「カノッサ養成の家」という女子修道院に泊めていただいておりました。そこにイタリア人シスターがおられます。朝食のときなど今まで知らなかったイタリアの家庭のお話を沢山聞きました。とくにクリスマスを迎える様子は忘れられません。今頃はどのように過ごしているのでしょうね。ヨーロッパではクリスマスに、なによりも家庭での食卓を大事にします。シスターはこんな話をしてくださいました。

ある家庭で、母親はいつもクリスマスに、とびっきりおいしい料理を用意します。一人の少年は母が毎年きまって、食卓に家族の人数よりも一つだけ多い椅子を用意していたことを思い出します。それはイエス・キリストがお座りになる椅子です。そうです。クリスマスなのですから、主をお迎えするのです。そしてクリスマスの夜には、その椅子にきまって村一番の貧しい人が迎えられました。その少年は、その人をイエス様だとごく自然に思うことができました。そして、大人になって気づいてみると、彼は神父様になる道を選んでいたというのです。母の準備するクリスマスがイエス様へと向う道を作り、少年はその上を歩いて行きました。

この間、高2の高嶋さんのドイツ留学の報告がありました。その中で「ドイツ」ではキリスト教の精神が社会に生きていると感じたと話しておられました。それを聞いて、私は今お話した神父様の話を思い出しました。ヨーロッパ文化そのものの中に、こうしてパウロの言葉が生きていることを思います。人々の中に柔らかく人に向い、いつくしみの心で接することが長い文化の中でつちかわれていると思いました。

この夏、二つのコンサートに招かれ、ドイツで二ヶ月近く生活する中で感じたのは、ドイツもいろいろな社会問題を抱えていて、なかなか大変だなということでした。初めのコンサートはフライブルクの聖ヨハネ教会でいたしました。それは7月28日のJ.S.バッハが亡くなった日を記念する厳粛な演奏会でした。その時はバッハの曲だけを演奏しました。練習のために教会へいって、先ず誰にグーテン・モルゲンと挨拶をするのか皆さんには想像がつかないと思います。

この大教会の入り口に決まった顔ぶれの人々が5,6人集まって、明らかに麻薬を吸っていました。その中には女性もいたのです。毎日挨拶をしてそこを通る中で、周りの人たちは悲しみを感じながらもこの人たちを蔑む様子は全く見られませんでした。日本だと違うだろうと思いました。

もう一つの国際オルガンフェスティバルでのコンサートを終えて、ベルリンを訪ねました。それは讃美歌作家の牧師パウル・ゲルハルトの教会とディートリヒ・ボンヘッファーの教会を探すためでした。ボンヘッファーはゲルハルトの霊的な祈りの讃美歌に支えられて最後まで神を崇めながら、殉教の死を迎えた牧師でした。(彼は第二次世界大戦を終わらせるために、悲惨なユダヤ人を救うために、ヒトラー暗殺計画を実行しようとして、直前に捕らえられて処刑されました。)私はこの二人の関係を調べてきました。ですからこのベルリン旅行は大切なものでした。実はここでも皆さんと同じくらい若い女性が、地下鉄の車内で物乞いをしている光景を見ました。ベルリンの壁が壊されて東西ドイツが一つになっても、市民の生活はまだまだ楽になったとはいえません。特に若い人たちの失業率は高いといわれています。ここでも、物乞いの人たちへの眼差しは、柔らかくて蔑みの眼は全く感じられませんでした。ドイツでは物乞いすることも、お金を手渡すことも法律で禁じられているそうです。集まったお金で麻薬や酒を買う機会を与えることになるからだそうです。けれども、実際には多くの乗客がお金を渡しているのを見ました。これくらいしかできない、という悲しさもあったでしょう。私はその眼差しに「柔らかいこころのいつくしみ」再び見たのでした。

皆さんは月曜日の修養会で、きっと、多くのことを学ばれたことでしょう。一方で、一体私になにができるだろうかと考え込んでしまった人もおられるのでのではないでしょうか。私がオルガンの勉強のために四年間住んだスイスに、とても美しいクリスマスの話が伝わっています。それはこういうお話です。

馬小屋で生れたあの主イエスの誕生の時、三人の博士たちが立派な贈り物をささげた後、訪れる人もなく静かになってしまいました。少しなんとか歩けるようになった男の子が自分もなにかイエス様に献げたいと思いました。「僕にあるのはこのミルクだけ」男の子は小さな手にミルクをすくって、一生懸命に森の道を急ぎます。やっとイエス様が眠っておられる馬小屋に着きました。ミルクを献げようとした時、この子の指の間からミルクはほとんどこぼれ落ちてしまっていました。坊やの顔はほとんど泣きそうです。ミルクが全部零れ落ちてしまった道を悲しく振り返ります。するとどうでしょう。道に零れ落ちたミルクは全部真っ白なクリスマスローズとなって森の道は白く、白く輝いていました。

今、私たちができることは山梨英和で、教会や家庭で、どんなことでも自分の最も大事なものを献げようとする人を次々に生み出すことだと思っています。そして、そのことをつないで行くことです。そう考えますと、例えば私の今できることは、礼拝でオルガン曲を献げることなのです。バッハは自分のように練習をすれば、誰でも自分のようなオルガニストになれると言いました。そのように言ったバッハは、一曲作曲し終える毎に、「ただ、神にのみ栄光あれ!」

Soli Deo Glori と楽譜に必ず書きました。バッハが「私のように」というのですから、私たちが「神の栄光のために」練習するし努力するのは当然のことです。どんな小さなことでも、神様に献げよとする時、ちょうどあの小さな男の子の柔らかな心を喜んでくださったように、神様はその心を祝福して受け取ってくださると信じます。

私も、この山梨英和で学びました。そのことを感謝し誇りに思い、一生の大事にしています。教師も生徒もこの山梨英和で共に学び、共に祈り合うことを通じて、神様によって、心を柔らかに耕していただくのです。高3の方々は山梨英和での最後の日々を懸命に生きてください。それが神様への尊い献げものとなるのです。振り向くときっと皆さんの歩んだ道で真っ白なクリスマスローズが美しく輝くことでしょう。

山梨日日新聞「私も言いたい10代の意見」掲載(11/20付)

高校3年生の藤江瑠美奈さんが山梨日日新聞「私も言いたい10代の意見(11/20付)」に掲載されました。

 山梨日日新聞 2012年11月20日付(PDF:906KB)

クリスマスツリー点火式 宗教委員会

マタイによる福音書25章34~40節 宗教委員会

 

小学生の頃、私は本が大好きでした。学校で読み、家でも読み、そして毎日のように母に「絵本を読んで」とせがんでいました。

毎年、冬になると『くつやのまるちん』という絵本を読んでいました。主人公のまるちんは気持ちをこめてよい靴を作る靴屋さんです。しかし昔、妻と子どもを失ったため、まるちんの心は悲しんでいました。そんなある日から、彼は聖書を読み始めました。聖書を読むと心が安らぐからです。ある日、夢の中で「明日行くから待っておいで」と、イエス様の言葉を聞き、まるちんは胸がいっぱいになります。

次の日、まるちんが仕事をしていると外で声が聞こえたので出てみました。男の子があばあさんのりんごを盗もうとしたので、おばあさんがひどく怒っていました。もし、自分がその場にいたら、あなたはなんと言いますか? 「おばあさん、落ち着いて。」それとも「早くそのリンゴをおばあさんに返しなさい」と男の子をしかりますか。まるちんの言葉は違います。おばあさんには「ゆるしてやりなさい。」そして男の子には「おばあさんに謝りなさい。もう二度とこんなことをしてはいけないよ」と言いました。

みなさんは人に何か嫌なことをされた時、その人を許していますか。「許す」という行為は、相手の罪を責めないことです。顔は笑っていても、心の中では怒っていることがありませんか。そのような時は怒るのではなく、相手の全てを受け入れることの出来る広い心を持ちたいと思います。もし怒りがこみ上げてきたとしても、深呼吸をすれば落ち着きます。

男の子とおばあさんに会った日の夜、まるちんの前にイエス様が表れました。しかし、その姿は男の子とおばあさんでした。お昼に出会った彼らの正体は、イエス様だったのです。貧しい人、力のない人、病気の人、家のない人の中に、イエス様はいます。一つ目の「貧しい人」とは、物質的に貧しい者ではなく、心が貧しい者のことを指しています。「許すってことは難しいけど、とても大切なことのようだ」とまるちんは言っています。嫌なことをした相手を許すことの出来ない、弱い心をもった私たちの中にイエス様はいる。そう思うだけで勇気をもらえませんか。イエス様がいる私なら、人を許すことが出来ると。

怒った人がたくさんいる世界よりも、笑っている人がたくさんいる世界の方が好きなので、私は人を許します。この話を聞いた中に、私と同じ考えを持った方がいたら、まずはあなたが人を許し笑顔を周りに広げてください。