生徒,礼拝のひとコマ

11月2012

放送礼拝 宗教委員会

放送礼拝 宗教委員会 ルカによる福音書15章11-32節

中学から英和に入った人も、高校から英和に入った人も、この箇所を知らない人はいないと思います。誰もがきっと一度は読んでいるであろうこの箇所は、放蕩息子のたとえというとても有名な箇所です。たくさんの先生や同級生が、この箇所についてのお話をしてくださっていると思います。では、なぜ私が今日の礼拝でこの箇所のお話をしようと思ったか。それは、私自身が、この箇所について深く考えてみたかったからです。

この箇所には、三人の登場人物がいます。家でまじめに働いている兄、お金をもらって家を飛び出し、放蕩の限りを尽くした挙句また家に戻ってきた弟、そして、その兄弟のお父さん。兄はお父さんに従い、家でお父さんを手伝いながら暮らしています。しかし、弟はこの生活に嫌気がさし、お父さんがまだ生きている間にお父さんが死んだ後に分けられるはずの遺産をもらって家を出て行ってしまいます。この時点で、弟がお父さんに対して愛情を持っていないこと、そして自分勝手でわがままな性格であることが分かります。家を出て仕事を始めたはいいものの、遊び暮らしてたくさんのお金を使い、お金が底を尽きてしまいます。また、この都市は大飢饉であったために、食べるものにも困るような生活を送らなければいけませんでした。そこで、弟は思いつきます。「家には食べるものもお金もたくさんある。お父さんに謝って、雇い人の一人にしてもらおう。」本当に反省していたかどうかはわかりません。演技の可能性も十分あります。しかし、家に帰ってきた弟を見つけたお父さんは、走り寄って弟に接吻をします。当時、父親が走るということは威厳を失うため、よくないことだとされていました。しかし、このお父さんはそんなことはお構いなしです。それほどうれしかったのだと思います。そして、弟に一番いい服を着せ、歓迎の宴を開こうと言います。これに怒ったのは兄です。今までまじめに働いていたのに、放蕩の限りを尽くした挙句、家に戻ってきてお父さんに歓迎をされている。そんな弟が許せなかったのでしょう。しかし、この兄の気持ちはとてもよく理解が出来ます。お父さんは真面目に働く自分なんかより、不真面目な弟の方が好きなのではないかと感じ、怒りや悲しみ、ねたみ、落胆などいろいろな感情が混ざってお父さんに怒ってしまうのも無理はありません。私がこの箇所を読むたびに疑問に思うのはここです。なぜお父さんは無礼者だと言ってこの弟を追い返さなかったのか、雇い人のように扱わなかったのか。それ以前に、どうしてイエス様は頑張る人が損をするようなたとえ話をしたのか。私は考えても考えても、理不尽なたとえ話だとしか思えませんでした。

しかし、考えるうちに、この父親の愛は神様の無条件の愛情だと思えるようになりました。どんな人であっても、どんな行いをしても、神様は無条件で私たちのことを愛してくださいます。このお父さんは、弟に対しても歓迎しましたが、兄に対しても「私のものは全てお前のものだ」という言葉を掛けます。これは、まじめに働いて来た兄に対する、最高のほめ言葉だったのではないでしょうか。

もう少し深く考えてみると、弟の方が財産をお父さんの生きているうちに求め、お父さんがそれに応じたということは、とても異例のことです。ここから、このお父さんと息子たちの関係はそれほどうまくいっていなかったのではないかと考えられます。弟の自暴自棄の行動は、お父さんの愛を受けられない欲求不満の裏返しのようです。そう考えると、兄の方の怒りにも納得がいきます。つまり、この兄弟は、父の期待に添うことだけが父に愛される方法だと思い込み、一方は必死で期待に応えようと努め、一方は期待に添うことができない自分に対してやけになってしまったのだと思います。

テストで良い点数をとったり、良い学校に入ったり、よい仕事に就いたりと、何か素晴らしい行いをした場合にのみ、言い方を変えると、条件付きで愛される子どもは不幸です。そして、子どもにそのような思いを起こさせてしまうのは親のせいだと思います。このお父さんは決して息子たちに対して冷淡なわけではありません。しかし、考え方や伝え方の間違いにより、何かが食い違って、お互いを深くまで理解できなかったのだと思います。そう考えれば、この日、弟だけではなく、兄も救われたのです。二人とも「何があろうとわたしはお前たち息子を愛している」という父の言葉を聞いたからです。そして、それ以上に父も救われたのです。父は、この日、素晴らしい行いをしなくても、ありのままの子どもたちを受け容れる、無条件の愛を取り戻したからです。

私は、このお話をすることによって自分自身の理解も深まり、ようやくこの箇所を素直に受け入れる事が出来ました。親の愛、それ以上に神様の愛とは無条件であり、私たちが素晴らしい人間でなくても、素晴らしい行いをしなくても、私たちを受け入れて下さる。その事実を喜んで受け止め、また、私たち自身も隣人である自分の周りにいる人たちを無条件に愛することを心にとめ、日々を過ごしていきましょう。

クリスマスツリー点火式 宗教委員会

マタイによる福音書25章34~40節 宗教委員会

 

小学生の頃、私は本が大好きでした。学校で読み、家でも読み、そして毎日のように母に「絵本を読んで」とせがんでいました。

毎年、冬になると『くつやのまるちん』という絵本を読んでいました。主人公のまるちんは気持ちをこめてよい靴を作る靴屋さんです。しかし昔、妻と子どもを失ったため、まるちんの心は悲しんでいました。そんなある日から、彼は聖書を読み始めました。聖書を読むと心が安らぐからです。ある日、夢の中で「明日行くから待っておいで」と、イエス様の言葉を聞き、まるちんは胸がいっぱいになります。

次の日、まるちんが仕事をしていると外で声が聞こえたので出てみました。男の子があばあさんのりんごを盗もうとしたので、おばあさんがひどく怒っていました。もし、自分がその場にいたら、あなたはなんと言いますか? 「おばあさん、落ち着いて。」それとも「早くそのリンゴをおばあさんに返しなさい」と男の子をしかりますか。まるちんの言葉は違います。おばあさんには「ゆるしてやりなさい。」そして男の子には「おばあさんに謝りなさい。もう二度とこんなことをしてはいけないよ」と言いました。

みなさんは人に何か嫌なことをされた時、その人を許していますか。「許す」という行為は、相手の罪を責めないことです。顔は笑っていても、心の中では怒っていることがありませんか。そのような時は怒るのではなく、相手の全てを受け入れることの出来る広い心を持ちたいと思います。もし怒りがこみ上げてきたとしても、深呼吸をすれば落ち着きます。

男の子とおばあさんに会った日の夜、まるちんの前にイエス様が表れました。しかし、その姿は男の子とおばあさんでした。お昼に出会った彼らの正体は、イエス様だったのです。貧しい人、力のない人、病気の人、家のない人の中に、イエス様はいます。一つ目の「貧しい人」とは、物質的に貧しい者ではなく、心が貧しい者のことを指しています。「許すってことは難しいけど、とても大切なことのようだ」とまるちんは言っています。嫌なことをした相手を許すことの出来ない、弱い心をもった私たちの中にイエス様はいる。そう思うだけで勇気をもらえませんか。イエス様がいる私なら、人を許すことが出来ると。

怒った人がたくさんいる世界よりも、笑っている人がたくさんいる世界の方が好きなので、私は人を許します。この話を聞いた中に、私と同じ考えを持った方がいたら、まずはあなたが人を許し笑顔を周りに広げてください。

中高合同礼拝 ドイツ留学報告

私のドイツ留学生活 2011~2012

高校2年1組 髙嶋 志歩

5感で感じたドイツ

2011年7月22日~2012年7月6日まで1年間程ドイツに留学をしていました。私がドイツへ留学をしようと決断したきっかけは2つあります。1つ目は私が音楽を学んでいるのでドイツでも音楽を学んでみたいと思ったからです。2つ目は語学能力を高めたいと思ったからです。しかしこの留学は音楽留学ではなく、語学留学でもない異文化交流を目的とした留学です。この留学での’ホームステイ’を通して現地の人々と生活をして、ドイツの文化や生活の様子を学びながら自分の留学目的を果たそうと思いました。

2011年7月22日、私は日本からドイツへ出発しました。12時間飛行機に乗り、ドイツの西に位置するフランクフルトに到着しました。これからハノーファー(1ヶ月語学研修で滞在)、とインゴルシュタットで私の留学生活が始まります。1年間日本を離れてドイツで生活することに不安と緊張がありましたが、それと共にたくさんの期待もありました。

 

信 仰

私はドイツに行く前に、ドイツはキリスト教の信仰心が厚い人々が集まった国だという印象を抱いていました。なぜなら山梨英和中学校から毎日聖書の言葉に触れ、信仰に対して興味をもっていたからです。ドイツにて生活をするにあたり、どんな生活が待っているのだろうという期待と同時に日常的にどのようなキリスト教の信仰が生きているのか考えていました。

英和で学ぶ礼拝を通して、ドイツではさらに信仰が厚く礼拝が多く行われていると想像していて、例えばクリスマスやイースターなどキリスト教に関する行事に力を入れていると考えていました。しかしその期待とは裏腹に、ドイツの生活では私たちが日々行うような礼拝ではなく、簡単な祈りのようなものでした。私が考えていた信仰とは異なりますが、ドイツの方々は礼拝というかたちで神を知るのではなく、日々の生活のなかで相手を思いやり困っている人には無条件に手を差し伸べるなどしてその人自身の親切心や、生き方に浸透しているのだと感じました。
「神様、イエス様」といった聖書の信仰だけでなくごく自然に自らの中で生きているキリスト教の教え。私が今回留学したからこそ感じることのできたドイツの「生」のキリスト教の信仰は、私たちの住む日本ではあまり感じることが出来なかったように思います。
毎日の礼拝や聖書の言葉を大切にするのは、もちろん重要な信仰の「形」かもしれません。しかしそれだけを守り、日々の生活で生かさなければ本当の信仰とは言えないのではないかとも思います。イエス様の説く隣人愛は英和の教訓でもあります。私たちは礼拝で学んだそのことを、毎日の学校生活や人とのかかわりの中で生かすことができているでしょうか?礼拝と日常とを切り離してしまう、別物として考えてしまうこともあるのではないでしょうか。私は今回の一年にわたるドイツ留学でそのようなことを疑問に思うと同時に、ドイツの方々の日常に生きているキリスト教の教えの素晴らしさを身をもって学ぶことができました。

これからこの留学で学んだことを生かしつつ、日々の生活に取り入れ隣人と共に歩んでいきたいと思います。

 

視 覚

  • 建物が大きい→歴史的建造物が多い、カラフルな建物が多い
  • 自然、緑が多い

驚いたこと!

  • 日曜日に買い物ができない
    →イエス・キリストに関わる、安息日のため
  • ゴミの分別は基本的に日本と同じ
    しかしペットボトルが換金でき、1つのペットボトルに対し15円ほどのお金が返金される

 

中心からみて左側の2つの写真を見てください。これらをアンペルマンといいます。アンペルマンとは旧東ドイツの信号機で使われていた人のマークであり、小さな男の子がモチーフとなっています。この信号機は今でもドイツの首都ベルリンなどで使われています。

次に右側の1番上の写真を見てください。
これはカトリック教会の内部の様子で、金などで絵が描かれていたりと華やかになっています。

2番目の写真を見てください。
これはプロテスタント教会の内部の様子です。カトリック教会と比べると落ち着いています。

最後の写真を見てください。
これは、世界的に有名なベルリンの壁です。ベルリンの壁は1961年に東ドイツ政府によって東ベルリンと西ベルリンを隔てるために建設され、1989年に破壊されました。1990年に東西ドイツが統一されるまで、この壁がドイツ分断や冷戦の象徴となりました。

 

 聴 覚

  • ドイツ人はよく話す、話をするスピードが早い!
    →語学研修にて練習、その他友達と会話をして慣れるように!このように、ドイツの先生方3人、日本各地から来ている仲間と共にドイツ語を学びました。

先ほども書かせていただきましたが、ドイツ人はドイツ語をとても早く話すため、当初はドイツ語を理解することが困難でした。しかし、聞き取りや会話などが困難だからといって諦めず、簡単な会話でもいいので家族や友人と話をする機会を増やしていきました。

左の図のように、ドイツでは北と南に分かれ言語が多少異なります。ドイツの南部地方はバイエルン自由州と呼ばれ、バイエルン語という方言があります。北部では標準語を話しています。

  • 学校や演奏会にて音楽を聴くこと、弾くことができた
    →ドイツでは音楽が盛ん!

右の写真を見てください。
この写真は私が通わせていただいた学校のクリスマスコンサートの様子です。学校内のオーケストラに所属し一緒に演奏させていただき、学校行事を通しても音楽に触れることができました。そのほか、ドイツでは世界的に有名なオーケストラのコンサートを聞いたり、オペラを見ることもできました。

 

 臭 覚

  • 空気がとても新鮮!
    →綺麗な空や沢山の植物
  • 食事の臭いがすごい!
    →ドイツ料理はとても美味しいです!

これらの写真は、ドイツで見ることができた自然風景です。
右上の写真のように、綺麗な夕焼けもみられます。
そして左下の写真は世界的に有名なドナウ川です。学校のすぐ側を流れていました。

 

味 覚

  • ドイツは16の州に分かれている
    →それぞれの州ごとに異なった郷土料理がある。例えばシュニッツェル(豚肉)、左下の写真・シュペッツレ(パスタ)、
    カレーソーセージなど
    →ドイツ人は甘いものが大好き!

 

触 覚

  • ハグ; 挨拶の一環
    →‘やあ’、‘こんにちは’など、 よく挨拶をする
    →この習慣はドイツだけでなく、アメリカ合衆国やメキシコ、などでも同様に行われているドイツの学校
  • 授業開始は朝8時から
  • 沢山の授業変更(時間割変更)がある
  • 移動教室制
  • クラスのほとんどがよく発言をする
  • 職員室の先生方の席は決まっていない
  • 18歳以上の生徒は車、16歳以上はバイクで学校に来ることができる
  • 授業終了時間が早い

左上の写真は私が通わせていただいた学校です。
そして他2つの写真は、ホロコーストつまり、第二次世界大戦中のドイツがユダヤ人などに対して組織的に行った大量虐殺を覚えたときの写真です。このときにも、バイオリンを弾かせていただきました。

 

まとめ・感想

このようにドイツと日本との間には文化の違いがたくさんあります。1年間を通して学ぶことがたくさんありました。この貴重な留学生活ができたことに先生方、友達、家族に感謝しています。

お祈りします。

神様、今日このような貴重な機会を与えられたことに感謝します。今日も皆が無事一日を過ごせますように。この祈りを尊き主、イエス・キリストのみなによって御前におささげします。

アーメン

放送礼拝 スポーツデー実行委員会

コリントの信徒への手紙一10章13節 スポーツデー実行委員会

先日のスポーツデイはどうでしたか。勝ちたくてがんばっている顔、ベストを尽くそうとしている顔、喜んでいる顔、そしてたくさんの笑顔がありました。負けてくやしくても、楽しかったと思ってもらえればスポーツデイは成功したと思います。

「スポーツは世界共通の人類の文化である。」これはスポーツ基本法のはじめに記載されている一文です。オリンピック・パラリンピックを見てもわかるように、スポーツは世界で文化として成立しています。そう考えると、スポーツデイは英和の文化ではないでしょうか。スポーツをするのに必要なのは、体とそれに伴う心、そして相手を尊重する気持ちと態度だと思います。どこへ行っても、言葉が通じなくても、スポーツは通じます。ですが、相手がいなければどのスポーツもスポーツとして成り立ちません。相手がいるから競争したり、勝ったり負けたりできるのです。そこで生じるのが相手を尊重する気持ちと態度。このことは、今回のスポーツデイの目標の一つでもありました。相手を尊重する気持ちと態度で競技に臨めましたか。そこまで考えられなかったり、ルールを守れなかった人は次回心がけて下さい。さらに私にはもう一つ目標がありました。それは、“みんなが楽しいと思える”スポーツデイにすることです。今年は騎馬戦をし、玉入れの玉作りから全校で行い、チーム競技には作戦を取り入れられるものを採用しました。その過程では何度も話し合いを重ね、ぶつかり合ったりもしました。そういった準備もしてきましたが、スポーツデイは真剣に参加する皆さんがいなければ成り立ちません。だから、みんなが「楽しかった」と言えるほど真剣に取り組めたら成功だと思うのです。

私はずっと前から体育の授業が好きです。でも、スポーツが得意というわけではありません。スポーツデイを通して“みんなで真剣にスポーツを楽しむ”ことの大切さを改めて感じて下さい。

最後にモルテンの社長であり、クリスチャンだった民秋史也さんの言葉を紹介して礼拝の話をおわります。「日本ほど多くのスポーツが競技として親しまれている国は存在しない。」

放送礼拝 宗教委員会

放送礼拝 宗教委員会 ルカによる福音書15章11-32節

中学から英和に入った人も、高校から英和に入った人も、この箇所を知らない人はいないと思います。誰もがきっと一度は読んでいるであろうこの箇所は、放蕩息子のたとえというとても有名な箇所です。たくさんの先生や同級生が、この箇所についてのお話をしてくださっていると思います。では、なぜ私が今日の礼拝でこの箇所のお話をしようと思ったか。それは、私自身が、この箇所について深く考えてみたかったからです。

この箇所には、三人の登場人物がいます。家でまじめに働いている兄、お金をもらって家を飛び出し、放蕩の限りを尽くした挙句また家に戻ってきた弟、そして、その兄弟のお父さん。兄はお父さんに従い、家でお父さんを手伝いながら暮らしています。しかし、弟はこの生活に嫌気がさし、お父さんがまだ生きている間にお父さんが死んだ後に分けられるはずの遺産をもらって家を出て行ってしまいます。この時点で、弟がお父さんに対して愛情を持っていないこと、そして自分勝手でわがままな性格であることが分かります。家を出て仕事を始めたはいいものの、遊び暮らしてたくさんのお金を使い、お金が底を尽きてしまいます。また、この都市は大飢饉であったために、食べるものにも困るような生活を送らなければいけませんでした。そこで、弟は思いつきます。「家には食べるものもお金もたくさんある。お父さんに謝って、雇い人の一人にしてもらおう。」本当に反省していたかどうかはわかりません。演技の可能性も十分あります。しかし、家に帰ってきた弟を見つけたお父さんは、走り寄って弟に接吻をします。当時、父親が走るということは威厳を失うため、よくないことだとされていました。しかし、このお父さんはそんなことはお構いなしです。それほどうれしかったのだと思います。そして、弟に一番いい服を着せ、歓迎の宴を開こうと言います。これに怒ったのは兄です。今までまじめに働いていたのに、放蕩の限りを尽くした挙句、家に戻ってきてお父さんに歓迎をされている。そんな弟が許せなかったのでしょう。しかし、この兄の気持ちはとてもよく理解が出来ます。お父さんは真面目に働く自分なんかより、不真面目な弟の方が好きなのではないかと感じ、怒りや悲しみ、ねたみ、落胆などいろいろな感情が混ざってお父さんに怒ってしまうのも無理はありません。私がこの箇所を読むたびに疑問に思うのはここです。なぜお父さんは無礼者だと言ってこの弟を追い返さなかったのか、雇い人のように扱わなかったのか。それ以前に、どうしてイエス様は頑張る人が損をするようなたとえ話をしたのか。私は考えても考えても、理不尽なたとえ話だとしか思えませんでした。

しかし、考えるうちに、この父親の愛は神様の無条件の愛情だと思えるようになりました。どんな人であっても、どんな行いをしても、神様は無条件で私たちのことを愛してくださいます。このお父さんは、弟に対しても歓迎しましたが、兄に対しても「私のものは全てお前のものだ」という言葉を掛けます。これは、まじめに働いて来た兄に対する、最高のほめ言葉だったのではないでしょうか。

もう少し深く考えてみると、弟の方が財産をお父さんの生きているうちに求め、お父さんがそれに応じたということは、とても異例のことです。ここから、このお父さんと息子たちの関係はそれほどうまくいっていなかったのではないかと考えられます。弟の自暴自棄の行動は、お父さんの愛を受けられない欲求不満の裏返しのようです。そう考えると、兄の方の怒りにも納得がいきます。つまり、この兄弟は、父の期待に添うことだけが父に愛される方法だと思い込み、一方は必死で期待に応えようと努め、一方は期待に添うことができない自分に対してやけになってしまったのだと思います。

テストで良い点数をとったり、良い学校に入ったり、よい仕事に就いたりと、何か素晴らしい行いをした場合にのみ、言い方を変えると、条件付きで愛される子どもは不幸です。そして、子どもにそのような思いを起こさせてしまうのは親のせいだと思います。このお父さんは決して息子たちに対して冷淡なわけではありません。しかし、考え方や伝え方の間違いにより、何かが食い違って、お互いを深くまで理解できなかったのだと思います。そう考えれば、この日、弟だけではなく、兄も救われたのです。二人とも「何があろうとわたしはお前たち息子を愛している」という父の言葉を聞いたからです。そして、それ以上に父も救われたのです。父は、この日、素晴らしい行いをしなくても、ありのままの子どもたちを受け容れる、無条件の愛を取り戻したからです。

私は、このお話をすることによって自分自身の理解も深まり、ようやくこの箇所を素直に受け入れる事が出来ました。親の愛、それ以上に神様の愛とは無条件であり、私たちが素晴らしい人間でなくても、素晴らしい行いをしなくても、私たちを受け入れて下さる。その事実を喜んで受け止め、また、私たち自身も隣人である自分の周りにいる人たちを無条件に愛することを心にとめ、日々を過ごしていきましょう。

放送礼拝 YWCAひまわり部

ヨハネによる福音書15章4節 YWCAひまわり部

 皆さんは、『置かれた場所で咲きなさい』という本を読んだことがありますか? この本は渡辺和子さんというシスターが書いた本でベストセラーにもなっているので知っている方も多いのではないかと思います。
 この本の中で印象的だった言葉が二つあります。一つ目は、本の題名でもある「置かれた場所で咲きなさい」という言葉です。ここで言う「咲く」とは辛い立場や「こんなはずじゃなかった」と言いたくなるようなときでも、あきらめるのではなく、笑顔で幸せに生き、周囲の人々も幸せにすることで神様がここにあなたを植えたのは間違いではなかったと証明することだそうです。どんな時でも、自分にできることを精一杯やるということはとても大切なことだと思います。
 二つ目は、「自分で積極的に動いて初めて幸せを手に入れることが出来る」という言葉です。これは、うまくいかない事や思い通りにならない状況に不平を言うよりも自分に出来ることを探して積極的に行動する事が肝心だということだそうです。例えば、いつも明るく笑顔でいることや部活に一生懸命打ち込むことで毎日がとても充実したものとなります。
 これらのことはYWCAひまわり部としての活動で私自身が学んだことにも共通しています。6年間のボランティアを通して人のために働くことのやりがいや聖書の言葉を実行すること、人に感謝される喜び、続けることの大切さを学びました。その中で私に最も大きな影響を与えたのは人との出会いです。地域の人、お年寄り、ハンディキャップを持っている子どもたち、同世代のボランティア仲間、被災地の中高生など本当に多くの人たちと関わりました。その中で、どんな状況でもめげずに笑顔で頑張っている姿を垣間見てきました。その姿に私自身も勇気をもらい励まされました。私たちもどんな状況であっても神様を信じ、ベストを尽くすことが大事だと学びました。
 今日の聖書の箇所では、私たちがいつも神様とつながっていることがぶどうの木にたとえられています。この場合、ぶどうの木がイエス様で枝は私たちのことです。どんなときでも神様とつながっていることを信じ、自分らしい花を咲かせられる人でありたいです。

 神様、今日の新しい朝を与えてくださったことに感謝します。ここにいる一人一人が神様の与えてくださった場所で精一杯咲くことが出来ますように。この祈りを尊き主イエス・キリストの名によって祈ります。
アーメン。