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12月2012

高校合同礼拝 御園生先生

高校合同礼拝 マタイによる福音書6章19―21節

先日、冲方丁が書いた「天地明察」という本を読みました。特に江戸時代に発展した日本独自の数学と天文学に関する時代小説です。将軍の前で囲碁を打つことが仕事であった安井算哲(渋川晴海)が、その興味と好奇心に導かれ和算を使って日本人の手に成る暦をつくるお話です。それまで、文化の先進国であった中国から伝わってきた暦が使われていましたが、日食や月食などの日がずれるようになっていました。日食や月食は、理科で習ったように地球と太陽、または月が一直線に並ぶときに起きる現象ですから、正しく計算すれば、いつ起きるかははっきりさせることができます。これが、ずれているということは、この暦の元になった観測結果または計算が正しくないということです。当時の暦は、いろいろな行事、農作業の開始、運勢占いなどに至るまで、庶民の生活にも、深く関わっていました。しかもそれが朝廷や幕府と言う権力、神道や陰陽師という宗教的なものなどと関わっていたため、それに意義を唱えるのは大変なことでした。この秋映画化もされたようですが、細かい話は、ぜひ本を読んでみてください。

この本を読んで、おもしろかったなと余韻に浸っていた時、今度はテレビで伊能忠敬についての番組を見ました。皆さんは、伊能忠敬という人を知っていますか? そう、日本の海岸線を自分の足で歩いて、日本全国の地図を作った人です。元もと造り酒屋にお婿さんとして入り、熱心に働き店をたちなおらせ、50歳で隠居しました。そして、好きだった天文学を学ぶため星を観測する天文方暦局のある江戸(浅草)に出て行ったのです。人生50年といわれていたこの時代に、忠敬は50歳から「勉強のために」江戸に向かったのです。その知識欲、知的好奇心はすごいですね! そして、江戸の暦局で自分より20歳も若い32歳の高橋至時(よしとき)に弟子入りし、昼夜を問わず猛勉強しました。(年上を敬い、メンツを重んじる封建社会の中で…)

忠敬は、それまでに働いて得たお金を使って自宅を天文観測所に改造し、日本で初めて金星の子午線経過を観測したりもしました。この頃、オランダの書物から地球が丸いということはわかっていましたが、その大きさはわかりませんでした。忠敬は「北極星の高さを2つの地点で観測し緯度の差を求め、また、その2地点の距離が分かれば地球の大きさが計算できる」と提案しました。その2つの地点が遠ければより誤差は少なくなります。そこで、江戸と蝦夷地(北海道)で観測しようと考えましたが、当時は蝦夷地に行くには幕府の許可が必要でした。そこで至時は「幕府には正確な地図がないため、外国の艦隊がやってきたときに困る」と訴え、東日本全体の測量の許可を得ました。

西暦1800年、忠敬55歳の時に江戸を出発しました。ただし、個人的な仕事とされたため、測量は全て自費でした。歩幅が常に一定になるよう訓練をした数人で距離を測り平均を取り、歩いた方角を測り、夜の天体観測で緯度を確認し、それを繰り返して地図をつくっていったのです。3年をかけて東日本の測量を終え江戸に戻り、本来の目的の地球の大きさの計算をし、4万kmとなりました。それを至時がやっと手に入れたオランダの最新の天文学の本の値と照らし合わせたところ、数値が一致し師弟は手を取り合って喜んだそうです。この時忠敬が導き出した数値は、現在わかっている地球の外周と千分の一の誤差しかない正確なものだったのです!

半年後、11代将軍家斉(いえなり)に東日本の地図を披露し、そのあまりの精密さに、立ち会った幕閣は息を飲み、“続けて九州、四国を含めた西日本の地図を作成せよ”と幕命が下りました。彼の測量はもはや個人的な仕事ではなく、多くの人の期待を担う正式な国家事業に変わったのです!

1805年、忠敬は60歳で再び江戸を出発し、結局その後10年も歩き続け、70歳で江戸に戻ってきました。歩いた距離は、東北も全部併せて4万km、つまり地球を一周したことになります。

後は、各地の地図をつなぎ合わせるため誤差を計算して仕上げるだけでしたが、忠敬は73歳で亡くなってしまいました。忠敬の弟子たちは、それを仕上げ、1821年江戸城の大広間に「大日本沿海輿地」が広げられました。およそ220枚に上ぼる途方もない規模のものでした。(あるホームページに名古屋ドームに拡げたところを再現した写真がありました。)

その40年後イギリス艦隊が無理矢理日本沿岸の測量をしようとしましたが、その時幕府の役人が持っていた忠敬の地図を見て、「こんな正確な地図があるのか!」と驚いて測量を中止しました。その技術、正確さは世界標準に何ら引けを取らないものだったのです。西洋から未開の後進国と思われていた日本を見る目が変わったきっかけになりました。

この二つの話の主人公は、お金儲けや名誉のため、あるいは権力を握るために観測や計算をしたのではありません。もちろんその時の大きな時代の流れの中にあったとはいえ、道もない、大型機械もない、コンピューターもない時代に、考えられないほどの困難な観測などを推し進める原動力は、それぞれの興味と知的好奇心だけです。楽に得られる地位や財産を顧みず、「真理を追究したい」という思いに突き動かされています。

今日の聖書のか所の「天に富を積む」とはどういうことでしょうか。もちろんこの世の富や利益に目を奪われずに神様を信じることですが、もっと広く考えれば、神の御心にかなう行いをすると言うことです。先日の環境委員の方の礼拝で「この世は、神様がつくられたものだから、それを大切に思い、環境保護につながることは、神様の御心にかなうこと」というお話がありましたね。私たち人間の手で進んでしまった環境破壊に目を向け、少しでも保護につながることをすること、また自然そのものを正しく理解するよう務めることも神の御心にかなうことなのです。

この2人の真理を求める姿勢は、まさに「天に富を積む」事だと思いませんか?  私たちが勉強をするのは、いい点を取るため、いい大学に入るためのものでしょうか? そうであれば、これはこの世に富を積んでいることになります。その時には「勉強させられている」という気がしていると思います。そして、もっと楽しいことがあるのに、なんでこんな事をしているんだろうと思うかもしれません。

一方、どの科目でも、興味を持ち、自ら考えて一つでも多く知ろう、少しでも深く理解しようとして勉強するなら、天の富が増えていくことでしょう。このとき、勉強することはどんな暇つぶしより楽しく充実した時間になると思います。ぜひ、この楽しさを味わってみて下さいね。

 

お祈りします。

天の父なる神様、今朝は高校生の皆さんと礼拝を持って一日を始められましたことを感謝致します。神様のつくられたこの自然を知り大切にすること、自分から好奇心を持って学ぶことができますようにお導きください。まもなくクリスマスを迎えます。世の中は賑やかなムードが漂っていますが、心静かに神様の一人子のイエス様の誕生の意味を考えてその日を迎えることができますようにお導きください。この小さき祈りを主イエスキリストの御名を通して御前に御捧げします。 アーメン