生徒,礼拝のひとコマ

1月2013

中学合同礼拝 中3リトリート報告

コリントの信徒への手紙Ⅱ 4章18節 中学3年リトリート報告

私たち中学3年生は、11月にリトリートで清里に行ってきました。リトリートの目的は自分自身を見つめ、また、お互いに協力し合って思いやる心を育むためです。リトリートの目標は「神を信じ、平和を作り出した人々に学ぶ」ということで、私たちはリトリートに行く前に、浅川伯教・巧兄弟とポール・ラッシュについてビデオや本で学びました。
 まずはじめに、浅川伯教・巧兄弟についてお話したいと思います。浅川兄弟は山梨県北杜市で生まれ、クリスチャンであり、1910年代に植民地時代の朝鮮に渡りました。当時の日本は朝鮮を支配していたため、朝鮮人に日本語を話すことを強制したり、日本名を名乗らせたりして、多くの日本人が朝鮮人を差別していた時代でした。そんな中、兄の伯教は朝鮮の陶磁器に興味をもち、弟の巧は同じ人間である朝鮮人を差別するあり方に疑問をもち、日本人でありながらも朝鮮人たちと交流を深めました。朝鮮の服を着て朝鮮の食べ物を好んで食べ、朝鮮の人たちを心から愛していました。
また、弟の巧は戦争で荒れてしまった森を取り戻そうと色々活動しました。たとえば、赤松などの木を植えて緑を増やし、豊かな自然を作り出しました。彼は、命の尊さを知っていた男とも言われていました。浅川兄弟は教会はキリストの教えを語るのであり、宗教は特別なことではないと言っています。このことは、キリスト教であってもユダヤ教であっても、仏教であってもどのような人でも特別な意識を持たないということです。つまり、キリスト教を信じているから差別されるなどというようなことはあってはならない。ということです。どのような人でも、一人の人として接する。朝鮮の人を一人の人として接し、共に生きた浅川兄弟が大切にする教えの一つだと思いました。
 浅川兄弟は先ほど少し話したように、朝鮮に渡り、朝鮮の人のためにたくさんのことをしました。当時は戦争の時期でもあり、なぜ外国人である朝鮮の人たちを助けたりするのだと思う人もいるかもしれませんが、浅川兄弟にとってそのようなことは大切ではありません。彼らが亡くなった後も多くの人々が彼らの死を悼みました。それほどに心から朝鮮の人たちを尽くし、愛する浅川兄弟は本当にすばらしいと思います。資料館で色々説明を聞き、私も世界中の人々を手助けしたいなと思いました。
 次に、ポール・ラッシュについてお話したいと思います。ポールさんはアメリカ人ですが、日本を心から愛していました。関東大震災復興のために日本に来た後、戦争のために一時帰国しましたが、その後再び来日されました。関東大震災が起きた後、ポールさんは「食料・医療・教育」という三つのスローガンをたてました。震災が起きた日本では、食べるものも住む家もままならなかったため、新しい豊かな日本を作ろうと思い、清里を開拓しました。冬は-20°にもなる清里では作物が育たず農業は難しいため、酪農をしようとポールさんは試みました。しかも、酪農に必要な乳牛は普通の牛では寒さに弱いという理由からわざわざアメリカから寄付を募って、寒さに強いジャージー牛を送ってもらったそうです。彼は、とても細かいところにも目を向け、私たち日本人のために清里の開拓に人生を注ぎました。
リトリートの日、私たちは実際にポールさんの家を訪れました。食堂、居間、書斎、寝室などの部屋を見ました。たくさんの本があり、ポールさんの遺品の眼鏡や腕時計、入れ歯などがありました。彼はペースメーカーを埋め込んでしばらく心臓病と闘っていましたが、1979年12月に家に帰ることなく病院で亡くなりました。ポール・ラッシュ記念センターを訪れて、ポールさんは日本のことを思い、最後の最後まで清里の開拓に一生懸命働いて下さったんだなとつくづく思いました。そのおかげで、今の美しい清里があるのです。
 
 私はリトリートを通し、浅川兄弟やポール・ラッシュのように人の事を思いやり、人と痛みを分かち合い、平和な世界を築けるように努力したいと感じました。彼らは自分のためではなく他者のために自分の人生を注ぎました。浅川兄弟は差別の中で朝鮮の人のために、ポール・ラッシュは私たち日本人のためにです。世界では、まだ様々なところで争いが起きています。しかし、一人一人がこの浅川兄弟やポールさんのように他者を思い、それを行動に移していくことで、平和に少しずつ近づくことが出来るのではと思いました。
最後に、ポールさんが言い残した言葉を紹介します。

「In the name of Jesus Christ, do your best and it must be first class by god.」です。

最善を尽くし、良い物となりますようにという意味であり、一番印象に残りました。今の私たちに世界を変える大きなことは出来なくても、隣にいる人を大切にする小さなことは出来ると思います。私たちも平和を築き上げる一人となれるように、日々努力していきたいと思います。

神様、今日も礼拝を守れることに感謝します。今日はリトリートで学んだことをお話しました。みんなの心に少しでも残りますように。そして、平和を築く一人として私たちが日々努力し、最善を尽くすことが出来ますように。この祈りを尊き主イエス・キリストの御名によって御前にお捧げいたします。アーメン。