4月2013

放送礼拝 マンドリン部

ィリピの信徒への手紙第3章13~14節 マンドリン部

 

中学1年の新入生歓迎会の日、私は初めてマンドリンの音色を聞き、少なからず衝撃を受けました。昔から音楽が身近にあった私にとって、初めて見る楽器、初めて聞く音はとても新鮮で、何か宝物を見つけたような不思議な感情が湧いたことを今でも覚えています。すぐに入部を決め部活に参加しましたが、最上級生が3人という少人数だったこともあり今思うと十分な基礎的な指導はしてもらえなかったように思います。単調な練習メニューをこなし、同級生とお喋りしたり時に先輩に怒られながら、私自身は「なんとなく」の活動になっていました。

そんな中学3年の夏、マンドリン部にとって大きな転機となる出来事に立ち会うことになりました。それは大阪で行われた全国高校ギターマンドリンフェスティバルへの出場でした。当時高校2年生だった先輩方と、顧問であり現在アフリカのマラウィで活動している吉野先生のおかげで参加できたのですが、山梨県内の高校で唯一のマンドリン部である山梨英和は他校の演奏を聴く機会がなかったので貴重な経験となりました。大会には50校ほどの高校が参加しましたが、他校の演奏のレベルに圧倒され、私たちの演奏が足元にも及ばないことに気が付かされました。演奏技術はもちろん、感情の込め方、美しい音色、そして会場の雰囲気を一瞬で自分たちのものに変えてしまう一体感。私たちの結果は努力賞でしたが、今後の課題や目指すべきものを見つけることができたと思っています。その後プロのマンドリンオーケストラの演奏を聴きに行ったり、そのオーケストラの指揮者の方に何度か指導していただいたことで次の年から2年連続で優秀賞をいただくことができました。とは言え全国レベルの高校との実力差は歴然としているので、少しでもレベルアップできるよう練習に励んでいます。

私は部活に所属したことで友人関係だけでなく、活動する中で様々な人と関わることや、自分たちで活動や練習を計画することなど、本当に沢山のことを学ぶことができたと思っています。また、仲間と共に同じ目標に向かって努力を積み重ねてきたことは、私の糧となっています。色々と大変なこともありましたが、部活を続けてきたことで自分自身大きく成長できたと、今では自信を持って言うことができます。私たち高校三年生は夏に引退しますが、残りの期間も多くのことを吸収し、演奏活動を通じて1人でも多くの方にマンドリンの魅力を知っていただけるように力を尽くしたいと思います。

放送礼拝 語学部

ルカによる福音書2章2章8~21節 語学部

 今回、私が選んだ聖書の箇所は、通常、クリスマスに読まれるところなので、びっくりした人もいるかもしれませんが、この箇所を通して、皆さんにどうしても伝えたいことがあったので、お話することにしました。
 この箇所は、神様がつかわされた天使たちが、夜通し野宿をしながら番をしていた羊飼いたちに、ある乳飲み子の誕生を知らせ、そして、その羊飼いたちが、人々にその乳飲み子について知らせた、と言う場面です。

 私が、はじめてこの聖書の箇所を読んだとき、どうしても、自分のなかでひっかかることが1つありました。それは、「なぜ、神様は天使たちを『羊飼いたち』のところにおつかわしになったのか」ということです。当時、『羊飼い』という職業は、人々から虐げられていました。なぜなら、動物相手の仕事なので、きちんとした休みが取れず、安息日であった土曜日にも仕事をしなければならなかったため、律法を守らない、神に反する者たちとされていたからです。
 では、神様はなぜ、わざわざ羊飼いの元に天使をおつかわしになったのでしょう。神の子イエス様の誕生のしらせを世界中に広めるには、身分や地位の高い人、有名な人、人々に信頼されている人たちのほうが、絶対的に効率が良いはずです。しかし、神様は、身分も地位もなく、世間から虐げられていた羊飼いたちに、その役割を担うことをお許しになられました。私は最初、それがなぜなのか不思議に思いました。しかし、よく考えてみると、それは、私たちすべての人にとってよい知らせなのではないか、と思うようになりました。いくら能力がなくても、どのような存在の人間であっても、ひたむきにがんばり続けて、自分を常に保っておくことが出来れば、神様は、私たちが真剣に求めさえすれば、何度でも、成功のチャンスを与えて下さいます。

 わたしは現在、語学部で部長をさせていただいています。仕事を忘れてしまったり、うまくこなせないこともあり、部長として、まだまだいたらない点がたくさんあって、部員のみんなや先生に迷惑もかけてしまっていますが、去年からひき続き、今年も、部長の職に就くことを許していただきました。させていただくからには、精一杯力を尽くして、部長という立場に負けないような働きをし、もしつまずくことがあっても、仲間や先生、そしてなにより神様を信じて、努力していきたいです。
 
 今年、語学部が学園祭で上演させていただく劇は、『ジャンヌ・ダルク』です。この劇は、タイトル通り、主役が明確な演目で、ジャンヌ周辺の主要キャストも限られています。つまり言い換えると、セリフが少ない役や、1シーンしか出番のない役もある、と言うことです。しかし、どんなにセリフや出番が少ない役でも、その劇にとって、なくてはならない存在です。また、私たちの英語の発音や舞台での発声も、まだまだ未熟です。しかし、神様が羊飼いを用いられたように、私たち一人ひとりを用いてくださるとしたら、与えられた賜物を充分いかして、自分に出来る精一杯の努力をすべきだと思います。そのことを心に留め、部員全員がしっかりと協力して、最高のものを創り、全校の皆さんにメッセージとともに伝えたいです。

 お祈り
 神様、今朝も、放送を通してですが、皆と共に礼拝をまもれたことに感謝いたします。今日は、神様から頂いた賜物を存分に生かし、あきらめずにがんばり続けることの大切さをお話しました。私の話が、少しでも長く、皆の心にとどまりますように。そして、私の話しでいたらないところは、あなたがおぎなってください。最近は、日によって寒暖の差が激しく、体調を崩している人もいるかもしれませんが、皆をお守りください。今日1日、皆が無事に過ごせますように。願いばかりの祈りですが、尊き主、イエス・キリストの御名によって、御前にお捧げいたします。アーメン。

聖歌隊の演奏がCDになりました♪

このたび『平成24年度こども音楽コンクール』全国7ブロックの最優秀校の演奏を集めたCDが発売されました。そのうちの「中学校合奏編1」に、東日本Bブロック最優秀校に選ばれた本校聖歌隊のハンドベル演奏曲「ファンタジーNo.2 ハ短調」シャーマン/作曲が収録されています。聖歌隊のみなさん、おめでとう!


平成24年度こども音楽コンクール 中学校合奏編1

パリ・ユネスコ本部でスピーチ発表

世界で輝く英和生!
パリ・ユネスコ本部でスピーチ
高校3年 金子杏さん

全国のユネスコスクールを代表して、高校3年生金子杏さんが「第3回ESD(持続可能な社会作りのための教育)国際交流プログラム」に参加し、ドイツ・ハイデルベルグとフランス・パリを訪問しました。この訪問では、広い世界を知り持続可能な社会のあり方について考えを深め、その経験を帰国後の学校生活につなげ多くの人へ広めることを目的としています。また、日ごろの学校生活での国際理解の取り組みをユネスコ本部でプレゼンテーションすることで、世界を意識した発表を行いました。
世界へ羽ばたく第一歩となった研修でした。
プレゼンテーション原稿(English)

 
 

2013.3.20付 山梨日日新聞

高2礼拝 マタイによる福音書5章9節

マタイによる福音書5章9節

修学旅行を終えて 小林愛美

私たちは、3月4日から8日までの四泊五日、沖縄、長崎へ修学旅行に行ってきました。 今朝は、その中で私が最も心に残った事について、話したいと思います。
まずその1つは、二日目に訪れた、沖縄県、平和祈念資料館と、ガマについてです。平和祈念資料館は、海が臨める小高い場所にあり、そこで沖縄戦で亡くなられた方々のお名前が刻まれた祈念碑を見ました。それはものすごい数で、すべてを見て歩くには5分10分では足りないというくらいでした。そして、ここに名前が刻まれてない方がたも、たくさん命を亡くしていることを知りました。美しい島、沖縄を目の前にしながら、そのような悲惨な出来事は二度と繰り返されてはならないと思いました。
資料館を後にして、私たちはガマに行きました。ガマというは、岩石に自然とできた洞窟を、沖縄戦当時、沖縄の軍人が軍事基地として利用していたもので、判断や指令、軍事業務を行っていたところでした。ですから、そこには、ものものしく、軍人たちが出入りし、常に張り詰めた空気が流れていたと思います。そのガマの中で、「ひめゆり部隊」と呼ばれた私たちと同年代の女子学生たちが、怪我人の処置や救命をさせられていました。また、ガマには、多くの住民が戦火を逃れるために逃げ込んできたといいます。ガマは防空壕のように、戦火を逃れて、安心して避難生活が送れるというような場所ではなく、今言ったように、軍人と住民が混在し、傷を負って戻ってくる軍人たちの手当を少女たちがするという、まるで地獄絵を見ているような場所でした。実際ガマの中へ入ってみると、そこは、湿気を多く含んだ風が肌に張り付くような蒸し暑さでした。足場の悪いガマの奥へと進みながら、私は自分と同い年のひめゆりの少女たちのことを思いました。彼女達は女子高生らしいことは何一つすることもできず、この狭苦しい暗闇の中で、出血の止まらない傷や、湧き出る蛆虫と戦っていたのです。それは、どんなに辛かったことでしょう。ガマの中で、私たちは持っていた懐中電灯の明かりを消して、ひめゆりの少女たちやそこで命を絶たざるを得なかった人達を偲び、祈りを捧げました。
 
 最後にもう1つ話したいことは、旅行最終日に訪れた長崎での事です。この日は、いくつかの班に分かれて、被爆体験のある方々に案内してもらい、原爆に関連する場所を巡り、当時のお話を伺いました。被爆体験の方のお話は、実際の場所を見ながらということもあり、どれも、心に響くものでしたが、時には、硬く目を瞑り、苦しそうな表情で被爆体験をお話される姿を見て、未だに、恐怖心や、怒りなどたいへん複雑な思いを抱えているのではないかと思わされました。しかし、また同時に、そのような苦しみを乗り越えて、私達に事実を伝え、平和を願う気持ちを語り継ぎたいという強い思いが伝わってきました。原爆が落とされた中心地の周辺は、今、戦争や原爆の面影はなく、市民の憩いの公園となっており、何事もなかったかのように思えました。しかし、大浦天主堂で、爆風で吹き飛ばされた大きな鐘や、上半身が砕け原型のなくなったイエス像やマリア像を見た時、間違いなく、原爆は単に、教科書で学び、テレビで見た出来事ではなく、事実なのだということを、改めて知ることができました。
 私は、この旅で、机の上で資料を読んでいるだけでは分からなかった、貴重な学びが出来たと思います。旅行を終えた今、訪れた地元の方々の優しさや、送り出してくれた自分の家族、先生方の支えに感謝の思いでいっぱいです。私はいかに、多くの人達に支えられてここにある存在なのか、この旅行を通して知ることもできました。今私たちが、平和のうちに暮らすことができることに感謝し、私達が歩むこの先の未来が平和であることを祈りながら、これからの日々の生活を送っていきたいと思います。

韓国を訪れて 近藤 舞

日本と韓国は今もなお、歴史的理由で近くて遠い国と言われています。それは、一言で言ってしまえば、日本の植民地政策が原因です。しかし、私達日本人は、歴史の授業でこの事実をほとんど触れられることがありません。事前学習で日本が韓国へ犯した罪を知った時、韓国へ訪れることについてのためらいと、この事実に目をつむったままではいけないという気持ちが募りました。私自身、何度か海外へ訪れた経験がありますが、こんなにも意を決して出国をしたのは、この韓国が初めてでした。今日は私達が韓国へ滞在した5日間の内でも私が最も心に残った3つの事を取り上げてお伝えします。
一つ目は、堤岩教会・展示館です。堤岩教会とは、1919年に勃発した3.1独立運動に当時、日本の植民地であった韓国は、日本からの独立を求めて運動をしていました。しかし、それを止めにかかった日本軍は韓国人側に対して謝罪をしたいという口実で15歳以上の男子23名をこの堤岩教会に集わせ襲撃し火を付けて殺害をしました。この事件に対する謝罪の気持ちを表すために、日本の民間人によって堤岩教会は再建され、さらに、植民地時代の歴史を展示した記念館も建てられました。事前学習で学んだ知識はあったものの、日本人の私達からすれば耳が痛くなる事ばかりで、どんな顔をしてお話を聞けばよいのかとても戸惑いました。しかし、これらの歴史はすべて事実です。私達の修学旅行を全面でサポートして下さった現地ガイドの文さんが「過ぎた歴史は隠すことは出来ない」とおっしゃった時、都合の悪い歴史的事実を隠し合っている関係が今の日韓を複雑にしている原因なのではないのかと思いました。
二つ目は、韓国の南北の歴史を学んだことです。統一展望台へ行き北朝鮮を肉眼で見ることが出来ました。同じ国なのに北緯38度線という境界線を引いて南北に分けている事に違和感を覚えましたが、このような形に至ったのも、日本の植民地問題が大きく関わっているのです。この歴史はただの過ぎてしまった歴史ではなく、まだ続いている国際的問題だという事を、私達日本人は忘れてはいけないと思いました。
そして三つ目は、ユガンスンについてです。ユガンスンとは、3.1独立運動を率先して行い、刑務所の独房でわずか16歳という若さでこの世を去った韓国の英雄です。山梨英和と姉妹校を締結しているイーファ女子高等学校の出身で、私たちと同じ年齢であるのに、自国の為のデモ行進、そして演説を行い続けました。そんな彼女を追悼した壁画が、このソウルタコプル公園にあります。この壁画の前でユガンスンという歌を全員で歌いました。私達がこの歌をこの場所で歌うという事は、周りにいた韓国人にとって、なぜ日本人の団体がユガンスンを韓国語で歌えるのかと不思議に思ったに違いありません。私達の行ったことはとても小さな事に過ぎないかもしれません。しかし、この行いで仮に韓国人たった一人だけしか日本人を見直してくれなかったとしても、これはとても意味のあることだと思います。少し大げさかもしれませんが、日本人である私達がユガンスンの歌を堂々と歌うことは、世界平和を築き上げる一歩に繋がるのではないかと感じました。
この五日間はただの観光旅行ではありませんでした。私達が訪れた場所は、あまり日本人が訪れるには選ばれないスポットであると言われました。しかし英和の修学旅行のコースはあえてそのような所へ訪れるのが特徴です。近いからいつでも行けると思われがちな韓国ですが、それは違うと思います。修学旅行を通して、私自身、韓国に対する思いが大きく変わりました。なぜなら、私が述べてきたこと全てが、この修学旅行のメインテーマでもある平和学習に繋がっているからです。双方の文化を通して、徐々に大きな隔てが薄れてきた日韓の次の課題は、歴史的背景から十分に理解し合い、心から友好関係であり続けることだと思います。この修学旅行は将来を担う私達高校生にとって、とても貴重な平和学習となりました。このような機会を与えて下さったことに感謝しています。

お祈りします
神様、今朝はみなさんと共に礼拝を始められたことに感謝します。日本と韓国の間には、今も歴史的な理解の食い違いが残っています。また、今、北朝鮮のミサイル発射も騒がれています。一刻でも早く、この緊迫した状況がほぐれて世界中の国同士が互いの歴史を理解し合い、平和な日が訪れますように。この祈りを尊き主イェス・キリストの御名によって御前におささげします。

『世界一大きい授業』実施しました

4月16日、中学全学年で「世界一大きい授業」を実施しました。
世界では教育を受けられない人がいます。また、それを改善するために行動する子どもたちもいます。本校の生徒たちも、みんなが教育を受けられるようにするためにはどうしたらよいか、考える機会を持てました。

♪♪♪ 2012年度3月23日 マンドリン部定期演奏会報告 ♪♪♪ 

過日の春休み(3月23日)本校チャペルにて、
マンドリン部が定期演奏会を行いました。
第1部は「くるみ割り人形」・「シェヘラザード」といったクラシックの名曲や、楽しい「ディズニー・ファンタジー」を披露しました。
休憩を挟んでの第2部では、「ファッション・モンスター」・「M」・「春よ、来い」などのポップス曲に交えて、気鋭のマンドリン作曲家、丸本大悟の作品を2曲披露しました。中でも、昨年11月の芸文祭で演奏した「ARSNOVA 組曲 第2楽章 Allegro 」は、圧倒的な迫力で、聴衆を魅了しました。
多くの方に足を運んでいただき、ありがとうございました。
フィナーレは「花は咲く」。会場と一つとなり演奏を行いました。
来年もぜひお越しください。

  

   

放送礼拝 放送部

コリントの信徒への手紙一 9章21~27節 放送部

この箇所でパウロはこの地上での人生、生きることをスポーツ・競技にたとえて語っています。スポーツでは、優勝することや上位に入ることを目指して、自らの力を磨いていきます。この個所でいう「走る」ときには、人それぞれではあるものの、個々に何らかの目標を持って「走り」ます。
私達は神様によって、この地上に、同じように命を与えていただきました。私達人間は、一人一人が決めた目標に向かって、それぞれの道を走っています。それでは、私達は一体どのような目標のために走っているのでしょうか。いくら懸命に「走っ」ていたとしても、目標をしっかり持っていないと意味がなく、目標に到達することはできません。まずは目標を持ち、忍耐強く励むことが必要なのです。
 私は昨年の三月から約十ヵ月間、韓国に交換留学生として滞在していました。十か月間の韓国での生活は、この箇所に支えられて過ごしていたように思います。隣国であり、文化や言語が日本と似通っている韓国ですが、留学中に苦労したことはたくさんありました。思わずくじけてしまいそうなときもありましたが、私はこの機会を最大限に生かそうと、留学する前にある目標を決めていました。それは、韓国にいる間一つでも興味のある分野を見つけ、それを継続させるということです。そこで私は韓国語の習得を目標として、韓国語検の学習をしたり、韓国の塾に通ったり、また毎週日曜日に教会に通ったりするなど、忙しい毎日を過ごしていました。そのような中でも、この個所にあるように目標のために忍耐し、努力することを決して止めることはありませんでした。そうするうちに韓国語も上達し、それに伴ってたくさんの人と出会うことができました。私は、自分が韓国に行く前に決めた目標を達成したと同時に、さらにその上にある目標をも見つけることができました。留学中は、一日一日を大切にし目標に向かって歩いてきたからこそ充実した生活を送れたと思います。
「賞を得るように」今日読んだ箇所にあるように、今日一日がそのゴールにつながっているのです。私達は今、節制をし、進むべき道を走っている真っ最中です。私達は今何をすべきなのか、目標は何なのか。それを考えて行動することが大切なのだと私は考えています。

神様、今日も礼拝から一日を始められることに感謝します。新しい春を迎え、不安を抱えている人も多いと思います。そのような人が自分の目標を見つけ、充実した一日一日を送れますように、お見守りください。また、今日私が話したことが少しでもみんなの糧になるようにお導きお支えください。このお祈り、尊き主イエス様の御名によって御前にお捧します。アーメン

放送礼拝 高校生徒会

高校生徒会 旧約聖書 詩編 100編1~5節

皆さんは何か新しいことに取り組むとき、緊張する場面に出くわしたとき、失敗を恐れ、自信を失ってしまった経験がありますか?また、ここぞというときに失敗をしてしまって、自分に幻滅したり、落ち込んだりしたことがありますか?きっと大半の人がこのようなことを1度や2度、経験したことがあるのではないでしょうか。
今年で私は、生徒会本部役員を務めて5年目になります。最高学年となり振り返ってみると、私は人一倍多くの失敗をしてきました。そのたびに先生方や先輩方に迷惑をかけ、やるせない気持ちになることもありました。しかしそんな時、私はある言葉を思い出し、自分に喝を入れ、失敗を次へのエネルギーに変えることができました。その言葉とはアメリカの発明家エジソンの名言“失敗は成功の母”です。エジソンはその生涯に1300もの発明をしたことで知られていますが、その中で最も有名なのはやはり電球の発明でしょう。しかし、そのエジソンも実はこの電球の発明の過程において1000回もの失敗をしたというのです。のちに記者に「1000回も失敗を繰り返した気持ちとはどういうものですか」と尋ねられたエジソンは、「1000回の失敗をしたわけではない。1000のステップを経て電球が発明されたのだ」と答えたそうです。これは、失敗してもその原因を追究したり、欠点を反省して改善していくことで、かえって成功に近づくことができるということを言っているのだと思います。失敗の中には必ず成功につながる鍵がある。失敗し落ち込んだとしても、その失敗を自分の力や自信に変えていくことが最も大切であり、その失敗こそが今までは発見できなかった、新たな成功へつながる一歩となると、私はこの言葉によって学び、今も前へ進むことができています。
また、約2500年前にも、失敗は悪いことの比喩ではないと諭しているような、格言を残した人がいました。“最大の名誉は決して倒れないことではない。倒れるたびに起きあがることである。”と。
失敗をしたから自信をなくすのではなく、また失敗を恐れるのでもなく、自分から積極的に何事にも挑戦することが、重要なのだと感じます。挑戦すること=失敗から新たな成功に近づけるチャンスではないでしょうか。
 ここでもう一度、今日の聖句に戻ると、私たちは常に神様に守られ、支えられていることに改めて気がつきます。そんな私たちだからこそ、与えられたものに目を向け、良いことにも悪いことにも心から感謝し、喜び、学ぶことが出来るのだと思いました。
2013年度はまだ始まったばかりです。今年度の学園祭・年間テーマに決まったPriceless~大切なもの~には、一人ひとりにとってお金には変えられない大切なものという意味があります。みなさんにとって、英和で経験する日々の小さな失敗から大きな失敗まで、すべてが成功につながるPricelessな一歩になることを願います。英和生としての誇りをもって、失敗を恐れず、何事にも挑戦する一年を作り上げていきましょう。

お祈りします。神様、新しい朝をありがとうございます。放送を通してですが皆とともに礼拝を守れたことに感謝します。今日は失敗は新たな成功に近づけるチャンスだと、私自身の経験からお話しました。どうか皆がこの一年、失敗を恐れず、Pricelessな歩みを進めることができますように。また少しでも、私の話が皆の力になりますようあなたがお見守りください。この祈り主イエス・キリストの御名において御前にお捧げいたします。 アーメン

新入生歓迎会

4月8日(月)、体育館にて生徒会主催の「新入生歓迎会」が行われました。体育部・文化部・同好会合わせて19の団体が新入生に向けて部活紹介をしました。どの団体も新入部員獲得に向け、趣向を凝らしたアピールで会場を大いに盛り上げてくれました。4月9日(火)からは部活見学ツアーも実施されます。

    

     

     

     

  真剣なまなざしで舞台を見つめる1年生