生徒,礼拝のひとコマ

5月2013

放送礼拝 文芸部

マルコによる福音書1章16~20節 文芸部

 

今回は、マルコによる福音書、一章からイエス様が4人の漁師を弟子にする箇所を読みました。この福音書以外にも、この4人が弟子になる箇所はありますが、イエス様の一言によって弟子となるシモン達4人の描写はこの箇所がもっとも印象的で、その場に居合わせたような臨場感があると、私は思いました。

今日、私がこの福音書の箇所を選んだのは、文章自体の描写のよさだけではありません。イエス様の12弟子のうち4人が弟子になるというとても大きな出来事がしるされているからです。4人の職業は漁師と全員一致していますが、性格は4人ともバラバラで、とくに後から弟子となった二人は、イエス様から『雷の子』と呼ばれるほどに気性が荒かったとも言われています。

では、イエス様はどうしてそんな4人をいとも簡単に弟子にしてしまうことが出来たのでしょうか。この当時、イエス様は旅に出られたばかりで本格的には神の子としての活動をしては居なかったはずです。この箇所で私が言葉の力を感じたのは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」という所です。この言葉によって、2人はすぐにイエス様の弟子となってしまったのだと思うのです。

私はこの言葉はイエス様の魅力そのものだろうと感じています。そして「人間をとる漁師」という言葉は、人々のことを知ることにより、心を掴み、福音を広く述べ伝える弟子という意味だと思うのです。

私たちの文芸部の活動においても同じことが言えます。「人の心を掴み取る作品」というのは、力のある言葉の連続なのです。現代詩や小説でも変わりはしません。まして短い五七五のリズムで刻む俳句、川柳、31文字で表す短歌であっても、どれぐらい読んだ人たちが理解し、共感や感動を覚え、心をつかみ取ることが出来るかが大切なのだと私は思うのです。

さらに、この聖句は出会いを表しています。文芸部は昨年まで部員の少なさ、活動の少なさが問題となっていました。その課題に全員の努力と活動によって、一年間取り組んできました。今年の新入生歓迎会においては多くの部員が協力し、さらに多くの新入部員を迎え入れることができました。皆、一人一人の個性は同じものは無くバラバラです。しかし文芸部に入って文芸活動をすることに意味を見出している仲間なのです。

12人の弟子たちも、イエス様の一言により、集められました。目的は同じくイエス様の福音を述べ伝えることです。文芸部も最初の少人数から、新入生を含んで、15人にも増えました。今後の文芸部を左右するのはこれからの活動に掛かっています。目標を同じくして集まった文芸部員、その個性が集まった文芸部ならではの作品を創っていきたいと私は思っています。12人の弟子たちも福音を述べ伝える旅の途中、さまざまなことが起こり、失敗をすることも多々あったのだろうと思います。私たち文芸部も試行錯誤を繰り返しながら、これからの  部活動を頑張っていきたいとおもうのです。

 

お祈りします。

神様、今日はイエス様が4人の漁師を弟子にする箇所を読みました。個性が一人ひとり違っていようとも、目標を同じくし、互いに協力し合い、努力しあうことを学ぶことが出来ました。この祈りを、尊きイエス様の御名によっておささげします。 アーメン。

放送礼拝 YWCAひまわり部

ガラテヤの信徒への手紙6章9節 YWCAひまわり部

 

2011年3月11日。最大M9の大きな揺れが襲い、津波によって何もかも流されてしまった、仙台の街。震災から2年がたち、仙台の街はどのようになっているのでしょうか。私たちYWCA部は聖歌隊と3月24-27日まで仙台へ2度目となる東日本大震災復興ボランティアに行ってきました。

仙台に着くと駅周辺の町並みは去年と変わらず、たくさんの人や車が往来しにぎやかでした。また、私たちのワークの拠点がある仙台市若林区七郷までの道は昨年あったがれきが片づけられていて、この一年でかなり復興したのだと安心して、ワークの拠点へ向かいました。

今回私は造園業をなさってるお宅のお手伝いに行きました。震災前は庭に沢山の木が植えられていたそうですが、津波が押し寄せてきたため、海水により木は枯れてしまいチェーンソーで切り倒してしまったそうです。私たちはその切株を掘り起こす作業を行いました。地面から見えている切株は細く小さいものでも、根は予想以上に広がっており、根全体を掘り当てる作業さえ大変なものでした。また、土を掘っていく中で、頭大の大きさのがれきや茶わん、ビール瓶など様々なものがでてききました。震災から2年たち、ただみただけでは復興し元通りになって見える庭でも、まだまだ津波の傷跡が残っているのだと改めて感じました。

そして、ワーク1日目の昼休みには津波が襲った荒浜海岸に連れて行っていただきました。津波で流された建物の土台しがだけが広がっていました。その中いくつかの土台には、今はもう住めなくなってしまった荒浜に戻って暮らしたいという思いを表している黄色の旗が立っていました。何もない広い土地に黄色の旗がなびいている姿は、高層ビルが立ち並ぶ駅周辺とは全く違っていました。今年の3月11日に海岸に建てられた慰霊碑には、津波で亡くなった荒浜地区の2歳から80代のお年寄りの方々のお名前が刻んでありました。中には、自分と同じ年の方の名前もあり、胸が潰れる思いでした。

2回目のボランティアから帰ってきて思うのは、完全に復興するにはまだまだ時間がかかるのではないかということです。ようやく2年が経ちましたが、今でも震災により苦しんでいる方々が沢山いらっしゃいます。また、今回のワークでわかったように一見復興しきったきれいなお宅でも、お庭の土の中には、未だがれきなどが埋まっており、震災の爪後は残っています。

このように、復興への道のりは、決して簡単ではありません。正直言って、ふだんスコップを持ち慣れない私にとってワークは肉体的にも精神的にもつらく、去年は途中で帰りたいと思った時もありました。しかし、そのようなつらく、途中で投げ出したいと思うことをじっと耐えてやり続けることによって、いつか必ず何らかの実を結ぶのだと思います。実際仙台でも、地元仙台の方々や、エマオの方々、そして全国からの沢山のボランティアの方々の毎日の努力で1歩1歩復興に向けて歩んでいます。

今日の聖書の箇所には「毎日善を行い、飽きずに励んでいれば、時が来て、実を刈り取ることになるでしょう。」とあります。毎日少しづつ努力をすれば、やがて時がきて、収穫することができます。私も山梨で、これからも自分には何が出来るかなど問い続けていくことが大切だと思っています。たとえば、震災直後の意識を忘れないで、節水や節電を心がけていきたいです。みなさんも、たとえ小さな行いでも、良いと信じる行いを日々積み重ねていけば必ず実になるという聖書の御言葉を信じて、今日も過ごしていきましょう。

 

お祈り

神様、おはようございます。今日の朝も礼拝をできたことを感謝します。今日の礼拝では、3月に行ってきた大震災のボランティア活動の報告をしました。被災された方たちの今日の生活をどうかお支えください。またたとえ小さなことでも私たちにできることを毎日行うことができますように。
このお祈りをイエス様の御名において御前にお捧げします。
アーメン。