生徒,礼拝のひとコマ

9月2013

放送礼拝 図書委員会

ヘブライ人への手紙10章32~36節 図書委員会

 

みなさんは遠藤周作の「沈黙」という小説を知っていますか。文学史の勉強などで名前だけでも聞いたことがあるかもしれません。私が初めてこの作品に触れたのは高1の時でした。修学旅行のコースを沖縄・長崎に決め、長崎の歴史を事前学習している時にこの作品を知りました。

作者の遠藤周作という人は、11歳の時に洗礼を受けたクリスチャンで、「沈黙」の他にも「イエスの生涯」や「キリストの誕生」、「深い河」などのキリスト教を題材とした作品を多く書いています。

「沈黙」は江戸時代の長崎県を舞台とし、島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン迫害の厳しい時代の日本に潜入したポルトガル人司祭、ロドリゴが主人公です。日本人信徒に加えられる残忍な拷問を目の当たりにした彼が、「このように、神の愛する者たちが苦しめられている状況で、神は何故、沈黙されているのか」という疑問を抱え、神の存在や本当の信仰を考え抜くという話です。ロドリゴの姿は、作者の遠藤周作自身と重なるところがあります。彼も1人の神を信じる者として、神の存在を探し続け、考え続けた人でした。小説の中で、ロドリゴは自らも酷い迫害を受け、奉行所にキリスト教を棄てるように迫られ、とうとう神への裏切りとされていた踏み絵を踏まなくてはならない、という状況に追い込まれます。彼は踏み絵という行為に背信感と罪の痛みを感じるのですが、その時踏み絵の中のイエスが彼にこう語りかけます。「踏むがいい。私はお前たちに踏まれるためにこの世に生まれ、お前たちの痛みを分かつために十字架を背負ったのだ。」

実はこの「踏むがいい」という表現が、カトリック教会などから非難を受け、一時期この「沈黙」は販売・所持などが禁止になってしまうのですが、私はこの言葉が最も重要なのだと感じます。確かに彼は踏み絵を踏むことで、形だけはキリスト教の信仰を捨てたことになったかもしれませんが、それまでとは違う、本当の神の愛に触れることができたのだと思います。

西洋と日本の風土の違い、精神の違いを背景に、キリスト教が東洋の日本に浸透することができるのか。殉教という行為のみが神の愛の信仰を表すことになるのか。それなら強制的に改宗させられた者や、殉教をする勇気がない者を神は見捨てるのか、救いはないのだろうか、という問いかけに、遠藤周作は「そんなことはない」という答えを出しました。

みなさんはどうでしょうか、「祈っても神様は答えてくれないのではないか。」「こういう行動ができなければ神を信じる権利がないのではないのか。」「こんなに苦しんでいるのに救いがないのは神がいないからじゃないのか?」と、日々の生活の中で考えている人も多いでしょう。

幸いなことに、英和では例えば修学旅行で平和学習をするチャンスがあったり、さまざまな行事でキリスト教を信じた人々の歴史を学び彼等が何を考えていたのかを知るチャンスがあります。先人の残した言葉や作品を通し、苦しみの中で初めて感じることのできる形にとらわれない普遍的な信仰を考えるきっかけにしたいと思います。

 

お祈りします。

神様、今日の朝も礼拝を守ることができて、感謝しています。今日は「沈黙」という作品を通して風土や精神的背景の異なる場所での信仰についてお話ししました。今日、体調がすぐれず休んでいる者や悩みの中にある者にあなたが寄り添って癒してくださいますように。この祈りを尊き主イエスの御名によってお捧げします。アーメン。

中学・高校合同礼拝 カナダ研修報告

ヨハネによる福音書15章12~17節 カナダ研修報告

私たちは7月19日から8月9日までの約3週間、カナダアルバータ州のレスブリッジで語学研修をしてきました。この研修は今年で23年目を迎えるそうです。
私がカナダ研修を通して学んだことはたくさんありますが、特に印象に残っているのは、レスブリッジ大学での授業とアクティビティーです。大学での授業はカナダに着いた次の日から始まりました。初めは、先生の英語が聞き取れるだろうか、なんて話せばいいのだろう、など不安がありました。ですが、授業は、先生がジェスチャーをしてくれたり、簡単な英語にして説明してくれたので、とてもわかりやすかったです。英語の歌詞を聞き取ったり、コンピューターを使ったり、さまざまな授業をしました。中でも一番たのしかったのは、知らない人にインタビューする授業でした。声をかけるのさえできなくて、はじめは一番嫌いな授業でした。でも一度声をかけてみると、みんな親切に答えてくれて、だんだんたのしくなりました。最後には会話もできるようになり、とても楽しい授業となりました。大学での授業を通して、理解しようという気持ちが大事だと思いました。日本では周りが日本語なのでそう思ったことはありませんでしたが、カナダではもちろんすべて英語です。授業でも会話でも理解しようとしなければ、右から左に流れてしまいます。理解しようという気持ちを大切にしたいと思いました。
授業が終わると、アクティビティーをしました。内容は毎日違って、プール・美術館・消防署など様々なところへ行きました。特に楽しかったのは、バッファロージャンプとウォータートンでの山登りです。
バッファロージャンプとは、大きな崖のことです。昔先住民がそこにバッファローを追い詰めて突き落とし、仕留めていたそうです。先住民にとってバッファローはいかに大切なものだったのか、また、彼らの知恵のすばらしさを学びました。
ウォータートンの山登りでは、ロッキー山脈の山の中の一つに登りました。想像していたよりもハードで、みんな一生懸命に登りました。頂上は日本にはないようなきれいな景色でした。今でも忘れられません。
このカナダ研修を通して、英語だけでなく、カナダの歴史、自然、人々のやさしさなど、たくさんのことを学ぶことができました。この体験ができたのもたくさんの人の支えがあったからです。感謝の気持ちを忘れないようにしたいです。(岩下美杜)

私は今年の夏休みカナダのレスブリッジで行われたカナダ研修に参加しました。この研修には中学生の時から参加したいと思っていたので参加する事ができ本当に嬉しかったです。また参加して改めて英和生でいられる事への喜びと英語を学ぶ事の楽しさを実感しました。
カナダに到着し初めてホストファミリーと会った日は、現地の人の英語を話す速さについていけず、相手の言っている事が理解できませんでした。ホストファミリーは、そんな私のためにゆっくり話してくれたり言葉を変えて話してくれたりして、私とコミュニケーションをとろうとたくさん話しかけてくれました。そのおかげで日が経つにつれ少しずつ英語を理解できるようになり、英語で会話をする事が楽しいと思えるようになりました。カナダに行って感じたことは、カナダの人は皆優しく、親切だということです。住宅街は信号がほとんどありませんでしたが、歩行者がいると車は必ず止まってくれたし、お店では店員さんが「Thank youは日本語でなんと言うの?」と聞いていて教えると「ありがとう」と挨拶してくれたりして、カナダの人々の優しさと温かさを感じました。また教会に行った時に、私達のために歓迎の歌を歌ってくれたことが私にとって忘れられない思い出となりました。
カナダの人々はいつも笑顔で気さくに話しかけてくれて本当に温かい国だと思いました。震災があってから人と人とのつながりの大切さを実感していましたが、カナダに行き人とつながるってこういう事なのだと実感しました。たとえ知らない相手であったとしてもすれ違えば挨拶をしてくれたり笑顔を向けてくれたり、小さな繋がりがたくさん集まって大きなひとつの繋がりができあがっているのだと思いました。カナダに行って改めて人との繋がりを大切にしていきたいと思いました。
最終日には英和の校長先生を務められたグリンバンク先生のお墓へ行き礼拝を行いました。先ほど読んだ聖書の箇所はグリンバンク先生が愛された聖書の箇所です。
『私があなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これが私の掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。私の命じることを行うならば、あなたがたは私の友である。もはや、私はあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。私はあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことを全てあなたがたに知らせたからである。あなたがたが私を選んだのではない。私があなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、私の名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、私があなたがたを任命したのである。互いに愛し合いなさい。これが私の命令である。』
礼拝では英和で教えられていたころのグリンバンク先生についてのお話をお聞きしました。改めてグリンバンク先生の偉大さと心の広さを実感し、そんな先生が愛して下さった英和の生徒でいられることを誇りに思いました。グリンバンク先生をはじめ多くの方が愛して下さった英和を自分のせいで壊したくないと思いました。礼拝を行って小学生のころ素直に英和への憧れを抱いていた気持ちを思い出すことができました。これからも英和生でいられることに誇りをもち日々を過ごしていきたいと思います。
今回カナダ研修に参加し多くの人と出会い貴重な経験をたくさんできた事を誇りに思います。カナダでの経験を忘れず、これからの生活に活かしていきたいと思います。 (小林ももほ)

放送礼拝 テニス部

箴言13章11節 テニス部

みなさんはクルム伊達公子という女性を知っていますか?
彼女は42歳の現役プロテニスプレーヤーです。1989年〜1996年までプロのテニスプレーヤーとして活躍し、日本人選手初の世界ランクトップ10入りを果たしました。1996年に現役を引退してから、およそ12年間彼女はテニス界から姿を消しました。ところが、2008年、37歳にして再びプロ復帰を果たし、現在でも数多くの世界大会に出場し活躍しています。そんな型破りな伊達選手も、テニスを続けていく中で様々な葛藤があったそうです。中学の頃は名門テニススクールに通っていましたが、ハイレベルなスクールの中では、伊達選手は実力不足で、試合に出ることは愚か、練習中も満足にボールを打たせてもらえなかったそうです。しかし、当時トップで活躍していた先輩や仲間たちですら、厳しい世界の中で結局は皆、テニスの道を途中で諦めてしまい、未だに現役のプロとして活躍しているのは、当時最もレベルの低かった伊達選手だけだそうです。そんな伊達選手はある雑誌のインタビューで「努力が必要な人ほど自分に限界を決めてはいけない」と言っていました。つまり、努力が必要な人ほど、現状から逃げだしたりあきらめたりすることなく、また決して自分の現状に満足することなく、人の2倍も3倍も努力をしなければいけない。そうしなければ、周りに差をつけることはおろか、追いつくことすらできないということだと思います。幼いころから何をするにも周りに遅れをとってしまいがちな私にとって、この言葉はとても共感のできる一言でした。私は、学校の授業の理解からスポーツの技術習得まで、短時間で身につけることがとても苦手です。しかし、中学で山梨英和に入学し、もともと習っていたテニスをやりたいと思い、テニス部に入部しました。中学一年生だった私にとって、テニス部での練習は楽しく、先輩方がとても大きく見えました。しかし、憧れていた先輩方も年々引退され、ついに私がテニス部の部長という役目になった時、私はとても大きなプレッシャーを感じていました。代々先輩方が受け継いできたこのバトンを上手く引き継ぐことができるのだろうか、不安でいっぱいでした。いざ自分が中心となって練習をしても上手くまとめられず、部員や先生方に迷惑をかけっぱなしな日々でした。しかし、私はそんな自分が悔しくて、絶対に改善させてみせるという思いでいっぱいでした。自分にできることは何かと自問自答して、出た答えはとてもシンプルなものでした。それは、部内での一つ一つの自分の行いを見直し、少しでも他の模範になれるように行動しようということでした。技術面ではすぐに効果が出にくいですが、挨拶や返事、練習中の声掛けなどは意識的な問題なので、自分がしっかりすることで部内を少しずつ良い方向へと導いていくことができるのではないかと考えたのです。部長の私が積極的に声掛けを行ったことにより、予想通り部活の雰囲気も少しずつ変わり、より活発になってきたように感じます。こうして、たとえ小さな努力の積み重ねであっても、それが積み重なれば現状を変えていくことができ、やがてそれが大きなものとなるということを実感していく中で、自分自身も大きな変化を遂げることができた気がします。伊達選手と私達とでは立っているフィールドや目標にしているものは、全く別世界です。しかし、努力を積み重ねることによって何かを得たときの喜びや達成感は同じ感覚であると思います。今の自分があるのは、失敗しても継続させる努力、そしてあの頃感じていた悔しさのおかげです。テニス部として活動できるのも残りわずかとなりました。後輩達に良い形でバトンを引き継ぐことができるように、残りの日々も自分の限界を決めずに練習に励んでいきます。

 

お祈り
御在天の父なる神様、今朝も新しい朝を与えてくださり、ありがとうございます。今朝は努力の大切さについてお話しました。この話を通して、少しでも多くの人が、前向きな思いで努力を積み重ねていけるようお導きください。この祈りを尊き主イエス・キリストの御名によって御前にお捧げします。 アーメン。