生徒,礼拝のひとコマ

1月2014

自然科学同好会 放送礼拝

フィリピの信徒への手紙2章14~16節

皆さんは、「有名な科学者」と言われれば、誰を思い浮かべるでしょうか。
アインシュタイン、ニュートン、ガリレオなど挙げればキリがありません。
公式の名前になっていたり、教科書で見掛けるような有名な科学者は一見、人生で成功したかのように思われますが、彼らの中には革命などの際、裁判に掛けられ死刑にされている科学者もいます。
今日は、ラボアジェというフランスの科学者についてお話ししたいと思います。

ラボアジェは「化学反応の反応前後で物質の質量は変わらない」、という質量保存の法則を発見した人です。
皆さんの中にも、理科の授業の中で聞いた事がある、という人がいるかもしれません。

彼は裕福な家庭に生まれましたが、実験に多くの費用がかかることから、政府の代わりに税金を取り立てる徴税請負人の仕事をしていました。

彼は、質量保存の法則など現代の化学に大きく貢献し、「近代化学の父」とも言われています。
当時の化学は錬金術のように「無から物質が生じたり、物質がいきなり消滅する」、と考えられていたため、化学者は反応後に「何ができたか」にしか注目していませんでした。
しかし、彼は「そんなことは無い」という信念のみで研究を続けました。

研究とは当人の信念によって行われているもので、何度も実験を繰り返し、失敗を重ねながら新たな法則、概念が導かれています。

それは今でも変わりません。
生涯をたった一つの研究に費やしていながらも成功出来ずに亡くなった科学者も多くいます。

私たち自然科学同好会の研究も、失敗の連続です。
実験の方向性があっているのか、できた物質が何なのか分からないことも多いです。
しかし私たちは、今は失敗の連続で、道に迷ったり悩んだり行き詰ったりすることが多くても、自分たちのしている研究が、「環境」を考える上での何かの布石になるという信念に向かって研究を進めています。

ラボアジェなどの偉大な科学者が発見したことは、当時の人にとってはなかなか理解されませんでしたが、今ではなくてはならない科学の基本法則となっています。

イエス様が人々にしてきたことも同じように、律法学者達から批判され十字架につけられて亡くなりましたが、今では聖書は全世界に広がり、私たちも礼拝の恵みにあずかることができています。

今日の聖書の箇所にあるように、自分の信念の為に何事も不平や理屈を言わずに行えば、自分が走ったことが無駄でなく、労苦したことも無駄ではなかったと、いつか必ずわかる時がくるのだと思います。

お祈りします

天の父なる神様、今朝も放送を通してですが礼拝から始められることを感謝致します。
私達は自分のやりたい事や信念に向かって進んでいますが、時には躓いてしまうこともあります。
そんな時でも、私達が最後まで自分を信じることができるようお守りください。
今日学校に来られない人に、私達以上のお恵みがありますように。
主イエス・キリストの御名によって、御前にお捧げ致します。アーメン。

中学宗教委員会 放送礼拝

ローマの信徒への手紙12章15~17節

みなさんは、どんなときに喜び、どんなときに泣きますか?私は、自分の夢がかなったときやテストで良い点数が取れたときに喜び、悲しいときや、感動する本やテレビを見て泣いてしまいます。

今日読んだ箇所の「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」は、実際に実行しようとすると、とても難しいことです。私たちは、悲しんでいる人に対しては、同情する気持ちがあります。だから、悲しんでいる人に対しては非常にやさしい気持ちになってなぐさめの言葉をかけてあげる場合が多いです。しかし、喜んでいる人に対してはどうでしょうか?本当に心から喜ぶことができるのでしょうか?ときには、心のどこかで、うらやましいと思うことがあるのではないでしょうか。

私も実際に、このようなことを経験したことがあります。友達はテストで良い点数を取れて喜んでいるのに、私は全く良い点数が取れないので、友達のことを心から喜ぶことができないということがありました。

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」という教えは、実行に移すことは、なかなか困難なことだと実感させられます。

聖書には「全てのことを神様に任せなさい」と語られています。だから喜ぶ人と共に喜ぶことができない私自身の心を、神様に任せることが大切なのかもしれません。

また、英和の聖句にもあるように「隣人を自分のように愛しなさい」と教えられています。神様は私たちが隣人を愛することを望んでおられます。

日々の生活の中でこれらのことを心に刻み生活していければ、いつかきっと心から、泣く人と共に泣き、喜ぶ人と共に喜ぶことができると思います。

お祈りします。

神様、今日も新しい朝をありがとうございます。今日は、喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣くことについて学びました。私たちがこの言葉の通りに生きることができますように。このお祈りを尊き主、イエス・キリストのみなによって御前におささげします。アーメン。

中学1年生担当礼拝

ヨハネによる福音書15章16~17節

私がこの学校に入学をしてから1年が経とうとしています。小学校の時とは違う経験をたくさんさせていただきました。小学校では特に努力するということもなく、今ひとつ得意なものも見つからないという有様でした。そんな私だったから、入学当初はたくさんのことにとまどい、何もかもに必死で、毎日がとても短く感じました。入学してから今までを振り返っても、やはりとても短かったように思えます。

中学生になっての毎日の礼拝は、私にとってとても刺激的でした。毎日の礼拝の讃美歌や聖書の箇所にとても深い思いが込められており、礼拝がとても大切なものに思われました。また、毎日の生活も小学校のように言われてから動くのではなく、言われなくても自分で考えて動くというスタイルになりとても新鮮さを感じ、改めて中学生なんだと自覚することもありました。

先日クリスマス礼拝を終え、さらにその前には全校での修養会も終え、改めて思うことは「人の協力なしでは笑顔を作れない」ということです。私は今生徒会では副会長という責任ある立場を任されていますが、この役職に立候補した理由の一つに「みんなの笑顔は作りたい」という願いがありました。そのためには仲間の協力が必要でした。

先日の修養会で高浪先生が楽しく講演をしてくださいましたが、讃美歌の練習をしていたときに、「一人で歌うよりみんなで一緒に歌えばさらに楽しくなる」ということを教えていただいきした。そして、私自身もたくさんの仲間や先生方に支えられながらここまで来ることができたし、そのたびに私も自然と笑顔になりました。

まだ英和に入って1年も経っていないですが学んだことは数え切れないほどです。今日の聖書の箇所のように、神様から選ばれてこの英和で学んでいるのだと強く感じています。私を支えてくれた神様、周りの方々に感謝しつつ、今度は自分の手で人の笑顔を作りたいと思いました。

 

 

私は昨年のクリスマス礼拝に弦楽奉仕者として参加させていただきました。弦楽奉仕者は、全校合唱曲の「ハレルヤコーラス」と「聖らに星すむ今宵」をバイオリンやチェロで演奏しました。

私は少学6年生のとき英和のクリスマス礼拝を見に行きました。そのとき、バイオリンを弾いている先輩方にあこがれ「来年は絶対私もここでバイオリンを弾きたい」と思いました。

そして中一になり、クリスマス礼拝の弦楽奉仕者としてバイオリンを弾けることになりました。あこがれの舞台でしっかり弾けるように練習し、学校では全員で合わせたりリハーサルをしたりして本番に臨みました。少し緊張もしましたが、とても楽しみでした。大きなホールなのでがんばって弾いても後ろの方まできこえないくらいでした。私たちの演奏と全校生徒の声が一つになり、その迫力にとても感動しました。

弦楽奉仕者は、みんなの歌の伴奏をするだけで決して目立つわけではなく拍手ももらえませんが、裏方に徹して自分にできる最高の演奏をできたことを誇りに思います。

そして、クリスマス礼拝で感動を得た経験は私の宝物です。神様に導かれてこの英和に入り奉仕することができました。これからも弦楽奉仕者として、普段の礼拝やコンサートなどさまざまなところで誰かの役に立てるようにがんばって行こうと思います。

 

放送礼拝 水泳部

マタイによる福音書7章7~8節

「求めなさい、そうすれば与えられる。」

この箇所は私が部長になって最初の頃に放送礼拝で読まれました。その時は部長になりたてで部員をまとめる難しさに直面し、自分のタイムも思うように伸びずそのことをなかなか素直に受け入れることができませんでした。

この箇所は「求め続ける思いが成功に導いてくださる」と解釈されます。しかし求めていても与えられない時もあります。でも、それは神様が与えてくださる試練だと思います。その時は苦痛でも、後からその時を振り返ってみるとその時があったから成長できたんだと気づく時がきます。

みなさんは小さい時に親と買い物に行ったときに、なにかを買って欲しくて駄々をこねたことはありませんか? その時、買ってもらえたり買ってもらえなかったりした経験があると思います。買ってもらえなかった時は辛い気持ちになっていたと思います。しかし今、考えるとそのような我慢の積み重ねが今の自分に繋がっていると思います。

振り返ってみるとその経験があったからこそ私は今、その時の自分になにが足りなかったかを考え、行動することが出来るようになった気がします。私はただ求めるだけで自分のなりたい姿を思い描くだけではなく、自ら行動を起こすことも大事なんだと思いました。

そして、水泳部部長となって自分のタイムはもちろん、部員みんなが良い記録をだせるような活発な部活にしたいと思いがんばろうと思いました。そして思う だけでなく行動にうつしていこうと思います。