5月2014

中学合同礼拝 糟谷先生

中学合同礼拝原稿 5月30日(金)

聖 書:エフェソの信徒への手紙2章14-16節

讃美歌:540

最近、世界で最も人気のある映画のひとつと言えば、「アナと雪の女王」が挙げられます。皆さんの中でもご覧になった方が大勢いるのではないでしょうか。

なぜこんなに成功したのか、その理由はたくさんあると思います。歌も絵もアニメーションも登場人物も、とても魅力的だと私も感じます。それだけでなく、登場人物の心の動きが、子どもと大人の間にいる世界中の人たちの心に沿っている、というのも魅力の1つだと思います。

「アナと雪の女王」は、王家の姉妹、エルサとアナの物語です。姉のエルサは触ったものを凍らせる強い力を持っています。自分が触れて傷つけてしまわないように、仲の良かった妹さえも遠ざけ、部屋に閉じこもっていました。やがて王が亡くなり、エルサは王位を継ぎ、扉を開けて外に出たのですが、自分の力を制御できずに周囲を凍らせてしまい、城から人のいない山へ逃れ、生まれて初めて思う存分吹雪をおこし、冬の王国を作り上げます。「ここなら、自分自身でいられる。」エルサはそう思いましたが、実はエルサの力は国全体におよび、王国は深い雪に閉ざされてしまうのです。姉と王国を救うために妹のアナは…、と物語は続きます。

皆さんの心の中に吹雪が吹き荒れることはありませんか。自分が誰かを深く傷つけてしまうのではないかと恐ろしくなったことはありませんか。みんなといると本当の自分でいられないと感じたことはありませんか。部屋に閉じこもったエルサの孤独は、ありのままの自分を、さらすことのできない、理解し受け入れてもらうことのできない、私たち一人一人の孤独でもあります。

私たちは誰でも、一枚の皮膚におおわれた存在です。その人が抱く思いや願いや悲しみや悔しさは、すべてその皮膚の内側のできごとであり、自分一人だけのものです。家族であっても、親しい友だちであっても、百パーセント理解し合うことは残念ながら不可能です。むしろ、そこに隔てがあるからこそ、「私は私だ」と言えるのかもしれません。

その「私」という存在はそれぞれに個性的です。誤解されがちですが、「個性」とは、ちょっと変わった言動をする人、独特な感覚を持った人だけが持つものでは決してありません。「私は平凡だ」「あの子は目立たない」と評価する人がありますが、大人として教壇からクラスを眺めて分かったのは、個性とは育てるものではなく、そこにあるものだということです。たしかに「賑やかな人」と「静かな人」はいますが、それぞれの個性は同じ強さで目立っています。

それぞれに個性的なはずの私たちは、時々、無意識のうちに周りに合わせようとして、楽しくないのに楽しいふりをしたり、嫌ではないのに嫌なふりをすることがあります。ひとかたまりに群れていないと不安になることがあります。それはたいへん不自由な状態です。映画の中でエルサが自分の力を隠して部屋に閉じこもっていたように、不自由な状態です。「人は人、私は私」と思えるようになれば、戴冠式を前に窓もドアも大きく開いたエルサたちの城のように、自由な風が吹き込んでくるはずです。

一方で、扉をあけただけではハッピーエンドにはなりません。エルサが解き放った力は王国を冬に閉ざしてしまいました。大人になるためには、自分自身と他者との折り合いをつける力を身につける必要があります。一つの社会の中には、気が合う人もいれば気が合わない人もいます。私たちはそれぞれ個性的な存在なのですから、あたりまえのことです。でも、どんな人とも傷つけあわず共に生きる技術を身につければ、私たちの生活はずっと豊かになります。たとえば、クラスで1つの合唱を作り上げる時、考え方や感じ方がばらばらな集団がこの1曲を完成させるという期間限定の目的に向かって努力するなら、音楽の技術と同時に多様な人と共存する技術も身につけられます。エルサが自分の力をコントロールできるようになるのと同じです。自分と違うからといって敵意を持つことなく、互いの違いを尊重することで、世界はより彩り豊かになります。

そういう態度を保つことは簡単ではありません。油断すると、人と人の間にも、また国と国の間にも、敵意が忍び込んできます。しかし、その敵意をキリストは十字架によって滅ぼされた、と今日の聖書の箇所にあります。山にこもったエルサを妹のアナが連れ戻しに行くように、イエス・キリストの十字架が私たちを敵意から平和へと奪い返してくれることを信じ、すぐそばにいる人とも、遠い国に住む人とも手をたずさえて、私たち自身が平和を作りだす者となれるよう、祈りながら進みたいと思います。

山梨県立科学館にて自然科学同好会が科学ボランティアに参加しました

5月3日(土)、山梨県立科学館において、同じSSH校である甲府南高校の生徒さんと共に、来館者向けの科学ボランティアを行いました。内容は、7つの実験ブースで主に小中学生向けに開く実験教室でした。山梨英和オリジナルのソーラークッカーブースも大好評でした。始めは戸惑っていた高校1年生ですが、時間が経つうちに慣れ、来館する子ども達に丁寧に実験を指導し、自信を持って笑顔でボランティアすることができました。
様々な場所で、去年から10回近く取り組んできたこれらの実験教室を通じて、英和生は毎回成長しています。最初の姿が思い出せないくらい自信をもつことができ、今では本物の指導者の様です。これからも研究を続け、子供たちに『科学の楽しさ』を伝えていきたいです。

 

 

梨花交換留学生便り

こんにちは。梨花女子高校に留学中の堀内美樹です。韓国に来て、1ヶ月が経過しました。不安を抱えながら始まったここでの生活は、多くの方々に支えていただいたこともあり、すぐに慣れることができました。慣れたとはいえ、日本を離れて韓国という国で生活していると考えると毎日が新鮮に感じられます。そして友達やホストファミリーの会話を通して韓国、または日本の文化を見つめ直す有意義な時間を過ごしています。

梨花女子高校では、現地の生徒と同様にすべての授業に参加するようにしています。当然、すべて韓国語で行われているため、内容が理解できない授業も多いのですが、辞書を活用したり友達に尋ねるなどして出来るだけ内容を理解しながら授業を受けるように心がけています。友達との会話や自分の意思などは簡単ではありますが、韓国語を使って話せるようになりました。わからない表現、必要な連絡が聞き取れなかったときにはすかさず友達や先生が私にわかるように説明してくれるため、常に感謝する日々です。

毎日の予定ですが、水曜日は7校時まで、それ以外は全て8校時の時間割りが組まれており、その後には7時~8時15分、8時30分~10時30分の゛ヤジャ゛という自習時間に毎日参加しています。自習時間のなかでは基本的に韓国語の勉強をするようにしています。当初は大変そうな印象もありましたが、実際に参加すると、毎日決められた時間に集中して勉強ができるため、今ではヤジャの時間は充実した、不可欠な時間になっていると言えます。

4月末から5月の初めにかけて中間試験がありました。テスト期間中、友達が隙間時間も無駄にせず熱心に勉強しているのを目の当たりにし、そういったところに刺激を受けて私ももっと頑張ろうと思ったことが記憶に残っています。

平日は学校の寄宿舎で、週末や休日にはホームステイをして生活しています。ホームステイではホストブラザーが一人とホストマザーと私の3人で生活しています。ホストファミリーの間では韓国語のみで話すようにしているため、韓国に来た初めの頃はほとんどわかりませんでした。そのためホストファミリーが私のために翻訳機を利用して私とコミュニケーションをとってくれました。言葉の面も、生活面でも最初は気を遣うことが多かったのですが、時間が経つにつれて自然に会話するようになったり、翻訳機も使わなくなりました。ホストマザーは地下鉄やバスの乗りかた、日本と異なる韓国の常識などを私に教えてくださるので、韓国の文化を知ることができ、とてもありがたいです。

休日は家でホストファミリーと過ごすか、友達と遊びに出かけたりしています。先輩に勧められ、毎週日曜日には教会に通うことにしました。今では礼拝をすることが日曜日の日課になっています。礼拝は学生が主体となって行う礼拝に参加し、年の近い新たな友達もでき、教会に行くことがひとつの楽しみにもなりました。

このようにして、学校のなか、または外でも人との繋がりを実感し、感謝する日々を送っています。どんなときも勉強や文化交流を積極的に行い、より密な時間をつくれるように励みたいと思います。

放送礼拝 文芸部

申命記31章1節~6節

 

皆さんが人生で「達成感」を感じたことは今まで何回あるでしょうか?

しかし、単に「達成感」といっても、人によっては異なると思います。例えば、先週のテストが終わったときや、部活動を頑張ってすることは達成感を感じる一つの要因です。

 

今日私が読んだ箇所は、そんな「達成感」に溢れた話です。

始めに、モーセは自らの限界について話します。

出エジプトの立役者であったモーセは遂に、一緒に旅をしてきたイスラエルの人々と、神が定めた「約束の地」に辿り着けないと断言したのです。

しかしその言葉の後に、後に残るものたちの為にも励ましの言葉も言いました。

「見放すことも、見放されることも無い。」これは神と自身の後継者、ヨシュアへの信頼があってこそ言えた言葉かも知れませんが、モーセはこれまで一緒に旅をしてきたイスラエルの民に対しても信頼が大きかったからこそ言える「達成感」を示した言葉でもあると思います。

 

また、この箇所はかの有名なマーティン・L・キングが、演説に用いたこともあります。マーティン・L・キングも、これまで一緒に人種差別撤廃運動してきた人々を信頼してこそ、この言葉を引用できたのかもしれません。

 

私は、聖書には沢山「達成感」を示す箇所があるような気がします。

また、イェスもある種の達成感を持って十字架に掛けられたのかも知れないと思うときもあります。

 

さて、私も高校三年になり、部長としてあと僅か、学園祭を最後に引退します。昨年度から文芸部と図書委員で取り組んでいる「村岡花子」の研究を、さらに充実したものとし、新しい工夫をしていきたいと考えています。

学園祭の発表が終わった時には、モーセの様な、とは行きませんが大きな達成感に包まれるようになりたいと思うばかりです。

 

小学生英語でクッキング体験講座のお知らせ

おもしろ授業 第1回小学生英語体験講座

英語でクッキング!

Let’s enjoy cooking in English!

ネイティブの先生や山梨英和のお姉さんたちと

子どもたちに人気のケーキポップを

英語を教えてもらいながら楽しく作りましょう!

ご参加お待ちしています。申込みはお早めにどうぞ!

申込みは、左の画像をクリックして必要事項を入力してください。

 

 

・日時  6月7日(土)10:00~11:30

・場所  山梨英和中学校

・対象  小学4~6年女子(定員30名)

・持ち物 エプロン、三角巾、ハンドタオル、上履き

保護者向け「プチ説明会」のお知らせ

お嬢さんの受講中、山梨英和のミニ情報を保護者の方にご説明します。

今回は『山梨英和の英語教育の魅力』をお伝えします。

どうぞご参加ください!

 

「山梨英和主催進学相談会(高3・高2・高1・中3・保護者対象)」を実施しました

 

5月16日(金)に本校主催の進学相談会を岡島ローヤル会館にて実施いたしました。昨年まで東京女子大学、日本女子大学、津田塾大学、山梨英和大学をお招きして校内で行っていた説明会を、今年度は規模を広げ、46校の大学にご参加いただき、外部会場にて行いました。それぞれの学年に合った進路の意識づけをすることを目的に、対象学年も中学3年生から高校3年生までとしました。各大学のブースでは、高校1年生、2年生が大学ではどのような学びができるのか、自分の興味のある学部学科はあるのかと情報を収集する様子や、高校3年生親子が熱心に入試担当者の声に耳を傾ける姿が見受けられました。特に高校3年生は、受験に向けての具体的な相談ができ、より目標が明確になったようです。会場は、本校の生徒及び保護者の熱気に包まれ、英和生の意識の高さが感じられた、と大学の入試担当者の方々からお言葉を頂きました。また、他校の生徒や保護者、先生方にもよい機会となったと考えられます。生徒一人ひとりが満足できる道に進めるように学校もいろいろなかたちで、できる限りのサポートを続けていきます。

 

中学自由研究表彰(2013年度)

 

  • 昨年度の自由研究かえで賞5名、優秀賞5名の表彰が行われました。

表彰作品は以下の通りです。

かえで賞

・「再生可能エネルギー」 大森 まどか

・「世界の原子力発電」  小口 桃花

・「笛吹川石和鵜飼」   荻野 李咲

・「働く犬」       岩下 葵

・「カメ」        橋本 彩良

優秀賞

・「大航海時代」     清水 萌加

・「江戸の文化と暮らし」 小沢 真未

・「パンについて」    笠井 涼加

・「五大宗教」      木村 佳永

・「わたしたちの身近にある蕁麻疹」

             高橋 実来

 

 

「村岡花子への手紙」コンクールのお知らせ

「村岡花子への手紙」コンクールのお知らせ

応募期間 7月22日(火)~9月19日(金)消印有効

村岡花子は甲府市で生まれ、後に東洋英和女学院で学び、今からちょうど100年前に山梨英和女学校の英語教師として赴任しました。山梨英和創立125周年と合わせ、「村岡花子への手紙」コンクールを実施します。

名作『赤毛のアン』の翻訳者である村岡花子の生き方を見つめ、現代からの「手紙」を送ってください。

今も私たちに希望を与え続ける村岡花子の作品の感想を「手紙」にして送ってください。

*詳しくはこちら→「花子先生への手紙」コンクール募集要項

*「応募用紙」はこちら→ 応募用紙

■募集部門

一般・大学生部門/高校生部門/中学生部門 1600字以内(400字詰め原稿用紙4枚以内)

小学生部門  800字以内(400字詰め原稿用紙2枚以内)

■表彰

最優秀「赤毛のアン記念館・村岡花子文庫」賞 図書カード5万円

一般・大学生部門/高校生部門/中学生部門 優秀賞各1点 図書カード3万円

小学生部門 優秀賞1点 図書カード2万円

各部門 佳作若干  図書カード1万円

*参加者全員に「村岡花子のしおり」プレゼント

11月14日(金)までに本校HPにて入賞者を発表します。

■応募方法  HPに掲載してある応募用紙に必要事項を記入し、原稿とともに下記まで郵送またはメールでお送りください。

*「応募用紙」はこちら→   応募用紙

■ご応募・お問合せ先

山梨英和中学校・高等学校 「村岡花子への手紙」コンクール実行委員会

〒400-8507 山梨県甲府市愛宕町112  電話055-252-6184(中学代表)

Eメール  hanako@yamanashi-eiwa.ac.jp

ご不明な点は、お問い合わせください。

「村岡花子への手紙」チラシ

 

放送礼拝 菊田先生

ローマの信徒への手紙12章15節

 

その人は名前を本目まりこと言います。とうに80歳を越え、90歳になろうとしています。かつては歌手として、女優として活躍された 宮城まり子さん、と言えば、先生方なら名前を知っているでしょう。

まり子さんが静岡県に肢体不自由の子ども達の施設、ねむの木学園を作ってから、50年がたとうとしています。まり子さんがその学園を作ろうと思った頃、日本にはそのような子ども達を守る法律がなく、本当に1から作り上げて、考え始めた時から何年もかかって、学園が開かれたそうです。そこには、先ほど挙げたような障害を抱えた子どもから、子どもの時からそこにいて大人になった人も含め、通所ではなく、滞在する形で、毎日生活を送っています。子ども達は職員の方達と家族のように暮らしていると言うことで、学園長であるまり子さんは「お母さん」と呼ばれたり、親しみを込めて「まり子さん」とか「まり子」と呼び捨てにする子もいるそうです。

勝手な思い込みではありますが、まり子さんは私の母によく似ているので、私たち兄弟は母のことをお母さんという代わりに「みやぎさん」と呼んでいました。なので、今は亡き母の墓地には墓碑の隣に父が書いた文字で『みやぎ野』と掘られた柱が立っています。

先日、静岡に行く用事があったので、まり子さんが作ったねむの木学園の近くにある、美術館、どんぐり美術館を訪れました。

くねくねした山道を車でかなり行った奥まったところで、近くには川が流れています。車が通らなければ、鳥や虫の声しか聞こえないような自然に恵まれた場所にその美術館はありました。外から見た様子は、どんぐりの形、といってもどちらかというとキノコのように見えましたが、白い壁に茶色い屋根で、中に入ると太陽の光を十分に取り込むことが出来る天窓があって、飾られている美術作品を引き立たせてくれる工夫がなされていました。

そこに飾られている絵は、すべて学園の子ども達がかいたものです。見てきたものを皆さんに言葉だけでお伝えするのは限界がありますが、赤や黄色、緑、青などのハッキリした色使いの絵が多いことと、そこに描かれている人や動物、草花、虫たち、どれも可愛らしく、ほっこりと温かい気持ちになるような絵が多いという印象を受けました。また、作品の中に、「お母さん」であるまり子さんを描いたものが非常に多いのも特徴の1つだと思います。女優の傍ら、学園の理事長としても忙しくしているまり子さんは、国内外へ出張し、学園を空けることもしばしばあったようです。「お母さん」の帰りを待ちわびる子ども達は、お母さんへの思いを絵に込めて描いて行ったのだと思います。収蔵されている作品の中にはポストカードになって美術館の売店で売られているものもあります。そのうちの何枚かを購入してきました。ほんめとしみつ君がかいた、『ぼくのかあちゃん』というタイトルの絵は、恐らく、後ろ姿で背伸びをしてお母さんにだっこをせがんでいるとしみつ君とそれを大きな心でやさしく受け留めている「お母さん」=まり子さんだけが描かれています。

まり子さんの口癖なのか、出版されている本の中や、美術館の挨拶文の中にも、繰り返し、「やさしくね、やさしくね、やさしいことは強いのよ。」と言う言葉が出てきます。

やさしかったら いじめられても つよいから やさしいから ゆるしちゃおうか

子ども達のかいた絵を集めた『やさしくね』という画集の帯にはそんな言葉かかかれていました。やさしいから ゆるせる。ゆるせるから つよくなれる。

今回この美術館を訪れて感じたことは、やさしさは循環していくものだ、ということです。ねむの木学園でまり子さんに出会って、やさしさを知った子ども達は、やさしい絵をかいて、美術館を訪れる人たちをやさしい気持ちにしてくれます。やさしさを伝えられた人は、うれしくなって、そのやさしさを自分の優しさに変えて、今度は別の誰かを幸せにするために使っていくようになります。

来週、山梨英和は創立記念日を迎え、今年で創立125周年を迎えます。創立記念日と言えば『花の日』です。今年初めて花の日を体験する中学1年生も、最後の花の日を迎える高校3年生も、初めての方を訪問することは緊張しますし、うまく気持ちを伝えられないかも知れません。でもきっと皆さんの中にあるやさしさの種が、勇気をに変わって、誰かのために与える愛に形を変えていく、そんな大切な日になるに違いありません。来週の花の日を私たち一人一人がやさしさを伝える使者としてお迎えすることが出来るように、準備をしていきましょう。

 

中学合同礼拝 横手先生

エフェソの信徒への手紙3章17-19節

今日は讃美歌についてお話します。ただいま読んでいただいた聖書に「キリストの広さ、高さ、深さがどれほどであるか」とありました。この聖書のことばを歌であらわしているのが讃美歌です。讃美歌を歌うことで、わたしたちは、神様とイエス様、そして聖霊を讃えます。どんな時にも、神を讃えることができるという一つの実例をお話しいたします。

1549年、キリスト教が日本に伝えられて84年ほど経ったころ、キリスト教徒だという理由で二人の人が捕えられ、火あぶりの刑を受けました。その中の一人は福永ケイアンという神父でした。もう一人はミヒャエル薬屋と呼ばれる人でした。この人のことを少しくわしくお話しします。その頃、日本には今日のような福祉とか貧しい人を助ける仕組みは全くありませんでした。福祉という考えはキリスト教といっしょにヨーロッパから伝わりました。1583年に長崎にミゼリコルディア本部ができたのが最初です。この頃は日本中に迫害の嵐が吹き荒れ、親を失った子どもたちが増え、住む家も失った人がたくさんでました。ミヒャエル薬屋は薬屋を営み、ミゼリコルディアの責任者でしたが、自分のいのちがどうなかは考えず、悲惨な目にあって喘ぎ苦しむ人たちを助けました。ミヒャエル薬屋に助けられなかった人はいなかったそうです。そのミヒャエルがケイアンとともに、火あぶりにされるため、西坂の石段を登っていました。十字架にはりつけにされたイエス様のようです。火あぶりの場所はもう眼の前です。ミヒャエルは突然「すべての民よ、神を讃えよ」という讃美歌を歌いはじめました。するとどうでしょう。二人を心配してまわりにいた人々や見物人までもが、ミヒャエルの声に合わせて讃美歌を歌い始めました。たちまち大合唱になりました。やがて燃え盛る炎の中から「最も尊いのは神さまの愛です」という声が聞こえたそうです。それがミヒャエルの最後のことばでした。

あの時、町中の人たちがなぜあのように歌ったのでしょう。それはミヒャエルが、力なく苦しむ弱い人たちのために生き、その人たちのために死んだからです。命を惜しまず、キリストの愛の広さ、深さを伝えてくださった方たちのおかげで今わたしたちは讃美歌をうたうことができるのです。わたしもこのオルガンが入った1990年から24年間、そして生徒だった時の6年間を合わせると30年間、このチャペルで讃美歌を歌ってきました。そのおかげで少しずつ神さまに変えていただき歩んでいます。

讃美歌21、512番4節「知恵も力も宝もすべて、わたしたちのちに住んで、み旨のままに用いてください」この讃美歌を歌うと、入学式の時に聞いた「わたしがあなたを選んだ」という言葉を思いだします。選ばれたわたしの内にさらにイエス様が住んでくださり、わたしたちはそれぞれにふさわしい姿で、神様にも用いられてゆくのです。花の日に皆さんはこの讃美歌を歌うのですね。この讃美歌と花の日の出来事が結びつき素晴らしい一日となりますように。