生徒,礼拝のひとコマ

5月2014

放送礼拝 文芸部

申命記31章1節~6節

 

皆さんが人生で「達成感」を感じたことは今まで何回あるでしょうか?

しかし、単に「達成感」といっても、人によっては異なると思います。例えば、先週のテストが終わったときや、部活動を頑張ってすることは達成感を感じる一つの要因です。

 

今日私が読んだ箇所は、そんな「達成感」に溢れた話です。

始めに、モーセは自らの限界について話します。

出エジプトの立役者であったモーセは遂に、一緒に旅をしてきたイスラエルの人々と、神が定めた「約束の地」に辿り着けないと断言したのです。

しかしその言葉の後に、後に残るものたちの為にも励ましの言葉も言いました。

「見放すことも、見放されることも無い。」これは神と自身の後継者、ヨシュアへの信頼があってこそ言えた言葉かも知れませんが、モーセはこれまで一緒に旅をしてきたイスラエルの民に対しても信頼が大きかったからこそ言える「達成感」を示した言葉でもあると思います。

 

また、この箇所はかの有名なマーティン・L・キングが、演説に用いたこともあります。マーティン・L・キングも、これまで一緒に人種差別撤廃運動してきた人々を信頼してこそ、この言葉を引用できたのかもしれません。

 

私は、聖書には沢山「達成感」を示す箇所があるような気がします。

また、イェスもある種の達成感を持って十字架に掛けられたのかも知れないと思うときもあります。

 

さて、私も高校三年になり、部長としてあと僅か、学園祭を最後に引退します。昨年度から文芸部と図書委員で取り組んでいる「村岡花子」の研究を、さらに充実したものとし、新しい工夫をしていきたいと考えています。

学園祭の発表が終わった時には、モーセの様な、とは行きませんが大きな達成感に包まれるようになりたいと思うばかりです。