生徒,礼拝のひとコマ

9月2014

茶道同好会礼拝

ルカによる福音書10章38節~42節

皆さんは初めて人に出会ったとき、どのような事を思いますか?
中学生、高校生になると緊張してなかなか思うように話ができない人も多いと思います。「何を話したら良いのか」「自分は相手にどう思われているのか」などを考えながら、言葉を1つ1つ慎重に選びながら会話をしているのではないでしょうか。中学校に入学した時、クラス替えをしたとき、大学に入学したとき、社会人になったとき・・・私達はこれまでも、そしてこれからも沢山の人々と出会い、同じ時間を共有してきましたし、していくことになります。

そんな人との出会いの時、私はいつも意識する言葉があります。それは、茶道でよく耳にする「一期一会」という言葉です。お茶会にきてくださった方に最高のおもてなしをするということで、例えその人に初めて会った場合でもこの心は大切にしなければなりません。沢山の人が暮らしている世の中で、その人に巡り会えた事が奇跡で、その奇跡を大切に思って丁寧にお点前をする。これがお茶の心です。心のこもっていないお茶はおいしくありません。たとえ、友達同士でお点前をしていても、1つ1つの動作をいい加減にしてしまったり、話をしながらお茶をたてたりしていると自分では気づかないうちに細かい所にその時の心が出てきてしまいます。また、茶道では「皆さんを歓迎します」と声に出さずにおもてなしの心を相手に伝えなければなりません。では、どのようにしておもてなしの心を伝えれば良いのでしょうか?それは丁寧に物事に取り組む姿勢や感謝する思いを動作によって伝えることです。声に出せないからこそ、動作に心を込める必要があるのです。そして、動作によって感謝を伝えるということがおもてなしの心だと考えています。
おもてなしの心は、お金をかけたり、特別なことをしたりしなくても、だれもが持っている心です。毎日の生活の中で、自分の周りの人に、言葉では恥ずかしくても動作によって感謝の気持ちを伝えられるのではないでしょうか。

また、2020年には東京オリンピックが開催されます。日本の技術だけでなく、招致活動の際有名となった日本人の人を思いやる「おもてなし」の心も世界中の人々に伝えられたらいいと思います。

全校礼拝 図書委員会

全校礼拝 担当:図書委員会 マタイによる福音書4:14~16

私たち図書委員会は、昨年の9月から文芸部と共同で村岡花子・赤毛のアンについての研究をしました。最も制作期間が長かったアボンリー村のジオラマが完成した時の感動は忘れられません。その後、お孫さんの村岡美枝さん・恵理さんへのインタビューをはじめとし、新聞・雑誌の取材、またテレビやラジオ番組の出演など、貴重な経験をさせていただくことができました。来週の土曜日には、いよいよNHKの朝のドラマも最終回を迎えます。ここで改めて村岡花子の半生について振り返りたいと思います。
私が最も印象に残ったのは、花子が最愛の息子である道雄君を亡くした時の花子の心情です。ドラマでは歩君となっていた、道雄君は当時、子どもの間で大流行していた疫痢という病気で亡くなります。道雄君の葬儀の時、花子はヨハネによる福音書3章16節の「神はその独り子をお与えになったほどに、世を愛された」という聖句を送られます。花子は甲府教会で幼児洗礼を受け、十年間東洋英和で聖書を学んだクリスチャンでした。しかし、この時初めて花子は神様に対して理不尽だと怒りにも似た激しい感情を持ったのです。何故罪のない幼い生命を奪われなければならないのか・・・。そして三か月後、悲しみのどん底にあった花子は『王子と乞食』の翻訳を始めます。その時花子はふと気がつくのです。息子を失ったからこそ、より一層子どもを愛おしいと感じるようになったのだと。そして花子は決意します。日本中の子どもたちの為に良い物語を翻訳しよう、と。それから花子の第二の人生が幕を開けます。花子は東洋英和で養われた英語力と、磨かれた日本語を強みにし、戦争の時代を生きた子どもたちの希望の光となりました。翻訳を神様から与えられた職業だと確信したのです。
私自身、高校生になってから、自分が何に興味があって、将来どの職業が自分に向いているのか、とよく悩むようになりました。なぜならば、私は他の事を全て忘れて、夢中になって物事に取り組むということが今まで一度もなかったからです。ましてや将来、自分の人生を捧げたいと思うような夢もありませんでした。将来について考えていて苦しくなった時はいつも、これまで過ごしてきた山梨英和での6年間を振り返ります。クラスや同じ学年の仲間と協力し合ったイベントや、委員会の仕事、部活動での経験など、自分が関わってきた全てのものを思い起こしてみると、他の人とは違うところや自分の得意なことが少しずつわかるようになりました。これこそが神様が私に与えてくださった賜物だと思います。今日与えられた聖書の個所に出てくる「光」とはその人しか持つことのできない賜物をたとえています。花子のように中学・高校時代に熱中するものを発見し、生きがいとして生きていく人や、私のように今まで何とも思わなかった日常を振り返って、自分のやりたいことにふと気がつく人もいます。神様は必ず私たちが気づかない能力を私たち自身に示してくださいます。それが早かろうと遅かろうと焦る必要はないと思うのです。その賜物を花子のように日本という広い範囲ではなくても、まずは身近な人の為に使うことが大事ではないのでしょうか。自分自身と向き合う礼拝の時間が毎日ある訳ですから、その中で自分の夢や将来について神様と共に考えてみてください。
最後に花子が東洋英和を卒業する時に校長のミス・ブラック・モアから送られた言葉をみなさんに紹介します。ブラック・モア先生は山梨英和の第2代校長先生でもある方です。
「今から何十年後かに、あなた方が学校生活を思い出して、あの時代が一番幸せだった、一番楽しかった、と感じるなら、私はこの学校の教育が失敗だったと言わなければなりません。人生は進歩です。若い時代は準備の時であり、最上のものは過去にあるのではなく、将来にあります。旅路の最後まで希望と理想を持ち続けて、進んでいくものでありますように。」
お祈りします。
神様、おはようございます。今日もこうして礼拝から一日を始められたことに感謝します。村岡花子の生き方を通して、あなたから与えられた賜物に気付き、それを生かしていくことについてお話ししました。今日、ここに集っていない人の上にもあなたの御恵みがありますように。この祈りを主の御名によって御前にお捧げ致します。アーメン。

中学・高校合同礼拝 高校1年生担当

コロサイの信徒への手紙3章12~14節

私たちは、7/30-8/20までの約3週間、ブリティッシュ・コロンビア州のナナイモという都市で行われたカナダ研修に参加しました。この研修は今年で24年を迎えるそうですが、今年はいつもとちがい、中高合同での研修でした。人数も多く大変でしたが、引率をして下さった先生方、日本で無事を祈ってくれた家族や英和の先生方、そして何より、一緒にカナダへ行った先輩、後輩、仲間がいたからこそ3週間楽しく過ごせたのだと思います。本当に感謝しています。

私がこのカナダ研修で特に考えさせられたのは、「隣人を愛する」とはどういうことなのかということです。それを考えさせてくれたのが、私のホストファミリーです。慣れない日常生活の中で私が困っていても、それがカナダのやり方だと無理強いすることは決してせずに、私のつたない英語を忍耐強く聞いて、日本とカナダの文化の違いを一番に理解してくれました。また、カナダのニュースで、日本の台風の被害が報道されていた時も、私以上にすごく心配してくれ、日本のために祈ってくれる本当に優しい家族でした。「ヨハネの手紙一」にある「口先だけで愛するのではなく、真実と行いをもって愛す」ということは、こういうことだと実感を持って感じました。

また、一般の方々からも学ばせていただきました。研修の中で、私達はボランティア活動としてカーウォッシュ、洗車を体験させていただきました。機械を使わずに私達の手で洗車をさせていただき、その報酬を募金という形で寄付するという活動です。一人でも多くの人が集まってくれるように、ポスターや幕を作成したり、洗車の仕方を学びました。そして各クラスで集まったお金を小児病院・動物保護・フードバンクのどこに寄付するかを話し合い、小児病院へ寄付をすることに決めました。午後は、近くのガソリンスタンドへ行き、道路脇で洗車を呼びかけ、洗車を体験しました。道路脇に立って呼びかけたとき、カナダの人々は私達に手を振ってくれたり、クラクションを鳴らして私たちの活動を応援してくれました。結局、その日だけでおよそ15台の車を洗車し、募金も1万6千円ほど集めることができました。見ず知らずの私達を受け入れ、支援して下さったカナダの人々の温かさが本当に嬉しかったです。また同時に、日本では馴染みのない活動であるにしても、この活動を見かけた場合、私ならどう反応するだろうかと考え、少し恥ずかしい気持ちにもなりました。

このカナダ研修で得たことはたくさんありますが、それをただ経験として終わらせるのではなく、今度は私が受け継いで一歩行動に踏み出せるようにしたいと思っています。

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私は、3週間のカナダ研修に参加させていただいて、そこで出会ったクリスチャンの方々を見て、どこにいても神様はそこにいて、一人一人を導いてくださるということを学びました。

参加者全員のホストファミリーはクリスチャンの家庭でそれぞれ日曜日は教会に行きました。私が行った教会は日曜日の午前中だけ映画館が教会に変わるといったとても変わった教会でした。内容も日本とは変わったものでした。目の前にはバンドセットがあり、ボランティアの方々が演奏をし、時には一緒に歌ったりする場面もありました。礼拝に参加している人全員が立って笑顔で手を叩きながら歌う姿がとても印象的でした。 礼拝のお話は、映画館の大きなスクリーンを使ってショートムービーを鑑賞し、その中から神様の御言葉を聞きました。また、学校でのアクティビティでもナナイモの2つの教会を訪問しました。 Generations Churchでも大きなバンドセットがありました。ここの教会では、赤ちゃんがいるお母さんも参加できるように防音の部屋があり、そこからも礼拝に参加できるように工夫されていました。子供達が参加するイベントもあり、礼拝を終えた後みんなが集って交流をするスペースもありました。St.Andrews United Churchでは正面に大きな十字架、窓にはステンドグラスがあり、とても綺麗でした。この教会の牧師先生は登校日初日にお話にきてくださった方でした。

普段の学校生活の毎日でもお手伝いで参加してくれていた現地の学生が礼拝を守ってくれました。朝の礼拝では訪問した教会の牧師先生がきてくださることもありました。 賛美歌を体を動かしながら全員で歌うものが多く、毎日とても楽しみでした。 この朝の時間に歌った歌の一部は、最後の卒業パーティーでも発表しました。 礼拝の中で自分の気持ちをお互いにシェアしあうことは今までしたことがなかったので話せませんでしたが、最後の週になると全員で手を繋いで輪になり一言ずつお祈りしました。 そこではカナダで無事に過ごせることに感謝する者、英語をたくさん学べることに感謝する者、カナダでとても楽しい時を過ごせていることに感謝する者、それぞれ皆の思いを聞くことができました。お互いの祈りをシェアしあうことは滅多になかったので、とても貴重な時間でした。一人一人の心に神様が語りかけてくださったのだと思いました。

今日の聖書の箇所は私が帰国の際にホストファミリーに贈った箇所です。もう一度読みます。「あなたがたは神に選ばれ聖なるものとされ、愛されているのですから、哀れみの心、慈愛、謙遜、柔和、寛容をみにつけなさい。互いに忍びあい、責めるべきことがあっても、赦しあいなさい。主が、あなたがたを赦してくださったように、あなたがたも、同じようにしなさい。これらすべてに加えて、愛を身につけなさい。愛はすべてを完成させる絆です。」

カナダの生活の中でいろんな人との出会いがありました。そして、住んでいる場所や国は違っても、それぞれのところで神様に信頼し歩んでいる人々を見て、神様はどこにいても常にそばにいてくださっていると感じることができました。3週間、私たちのために色々なことを経験させてくれたホストファミリーをはじめ、出会ったすべての人々の中に神様の愛があったことを心に留め、このカナダでの経験をこれからの生活に活かしていきたいです。 お祈りします。

天にいらっしゃいます神様、今日も皆と共に集い、礼拝を守れたことに感謝いたします。 今日は私たちが夏に経験したカナダ研修での体験をお話しました。無事に研修を終えられたことに感謝いたします。カナダで過ごした3週間の中で出会ったすべての人々の上にあなたのお恵みがありますように。またこの経験を私たちが活かし、これからの生活を過ごすことができますようお導き下さい。 今日一日、皆の歩みをあなたがお支え下さい。
この祈りを尊き主、イエス様のお名前によってお捧げいたします。アーメン