10月2014

名古屋市東邦高校の先生方が授業見学にいらっしゃいました。

10月22日(水)、愛知県名古屋市にある東邦高等学校の先生方3名が、ICT授業見学にいらっしゃいました。
東邦高校はICT教育導入方法を研究していて、その視察ということで本校を訪ねて下さいました。
生徒達がiPadを用いていきいきと活動する姿に、東邦高校の先生方は感心していました。

第3回SSH特別講演会を開催しました。

10/24、慶応義塾大学経済学部教授で、環境科学会会長でもおられる細田衛士先生をお招きし、2014年度第3回SSH特別講演会を実施しました。

講演のテーマは『 環境経済学への招待 ….環境問題と経済成長… 』でした。

眼鏡とお髭の似合うダンディーな細田先生は、山梨や英和とのつながりに始まり、難しい環境経済学という学問を簡潔明瞭に説いてくださり、じつに内容の濃い時間となりました。本校のSSHでの取り組みや質疑応答にもお褒めの言葉をいただき、温かいお人柄に触れることができました。

【生徒の感想】

・先生の「勉強するときはあまのじゃくになっていい」というひとことが印象に残りました。「サイエンスは多数決ではないので、何事も鵜呑みにせず常識を疑ってみること。視点の多様性を持つように」とも教えられました。

・英和の校訓をとりあげ、「この順番が大切」と言われたことが忘れられません。

・人間が生きていくために行う活動は必然的に環境に負荷を与えてしまうので、経済と環境のバランスをどう図っていくかということが大切なのだと学びました。

・環境問題は地下資源より地上資源(都市鉱山)を有効利用していくのがポイントだと知りました。iPadやスマホ、PCなどから金属をリサイクルするという発想は驚きでした。

・講演会を聞く前は正直、あまり経済について興味がなかったのですが、人間とチンパンジーの進化の違いや産業革命を機にした人口爆発など歴史を紐解きながらのお話でとてもわかりやすかったです。

・「地球温暖化を疑っている時間的余裕はもうない」と先生がおっしゃったのが衝撃でした。それだけ深刻な状況なのだと理解しました。環境問題は私達にとって非常に身近な問題であり、一人一人の意識や行動にかかっているというメッセージに改めて考えさせられました。

留学生通信

こんにちは。  6月の私の誕生日に韓国式サプライズパーティーで担任の先生とクラスのみんなにお祝いして頂き、ソウルの夏を満喫し、あっという間に10月を迎えてしまいました。誕生日には教室に大きなホールケーキが登場して本当に驚きましたが、忘れられない誕生日となりました。また、日本でもブームになったようですが、ソウルのかき氷は「パッビンス(팥빙수)」といいます。「パッ(팥)」が “小豆” 、「ビンス(빙수)」が “氷” で、 かき氷に小豆やアイスクリーム、白玉、抹茶やケーキをトッピングしたデザートです。フルーツなどをのせた「ビンス(빙수)」もあります。見た目も鮮やかで、種類がたくさんあります。楽しく、充実した時間を重ねるたびに、韓国語も上達し、忙しい毎日を過ごしています。

先日は梨花女子高等学校の体育大会がありました。3年生は11月半ばに수능(スヌン)という大学へ入るための重要な試験を控えているため、1・2年生の参加となりました。

体育大会では競技の他にゲストによるテコンドーやダンスのパフォーマンスもありました。生徒たちもコンサートのように叫んでいました。 何事も活発に盛り上がるのが梨花の生徒の長所だと思います。

各クラスで衣服を揃えたり、クラスの仲間を一生懸命応援したりもしました。この大会を通して仲間と団結し、クラスとしてさらに良い関係を築くことができました。とても良い思い出になりました。

韓国でもっと一緒にいたいと思える大切な友人ができたことを本当に嬉しく思います。留学期間の終了が見えてくる中で、これまでお世話になった方々への感謝の気持ちが溢れてきます。残りの2ヶ月間、全力で学び、さらに成長して山梨に帰ろうと思います。

ダンス同好会「よっちゃばれ大会」優秀賞

10月25日(土)に第3回よっちゃばれ大会が開催され、ダンス部門で本校のダンス同好会が第2位の優秀賞を受賞しました。秋晴れの空の下、甲府駅前のよっちゃばれ広場で県内外の大学、高校、一般のダンススクールなど13チームが競う華やかな大会となりました。
ダンス曲は「甲州よっちゃばれ踊り」という大会オリジナル曲で、高知のよさこい踊りが原形です。山梨英和のダンス同好会は第1回大会で優勝させて頂いていますが、当時からよさこい踊りならではの「鳴子」を使うことにこだわっています。振り付けは高校2年生が考えましたが、簡単に鳴るように思える鳴子もメリハリと迫力が出るように鳴らすには振り付けに工夫が必要でした。また、中学1年生から高校2年生までのメンバーの体格や技術面の差など大変な面もありましたが、最後はチームワークを発揮して、笑顔で元気いっぱいダンスを披露できたことを評価して頂けました。応援をありがとうございました。

中学合同礼拝 中2担当

詩編24編1節 中2担当礼拝

私たち中学二年生は、9月にYMCA山中湖センターにキャンプへ行ってきました。

『Try your best! 華麗に燃える中2魂』のキャッチフレーズをもとに学年全体で取り組みました。キャンプ目的である、豊かで素晴らしい自然と親しみそれを創造された神様の偉大さを感じ取ることが出来るキャンプでした。

1日目は、野外アクティビティや飯ごう炊飯がメインでした。野外アクティビティでは、ボート、ビックカヌー、ネイチャーゲームをしました。ボートを自分達で湖まで運び、グループでボートの漕ぎ方や向きの変え方を話し合いながら漕いだり、ビックカヌーはインストラクターの方にご指導をしてもらいながら湖の中心まで行きました。水中でブレードを動かすのは水圧が大きくとても大変で、初めはなかなか進みませんでしたが少しずつ慣れていくうちに自分達でカヌーを進めることが出来るようになりました。

ネイチャーゲームでは、3つのゲームをしました。私はその中でも人間が山に捨てたゴミを探し出すゲームがこころに残っています。このゲームで驚いたことは、土や葉の色に似ているゴミや、枯葉や草の下に隠れてしまっているゴミは大きな物でもなかなか見つけることが出来ないということです。そして、人間のゴミを誤って食べた動物や虫たちは死んでしまうかもしれません。また、土や草にも影響します。このような問題を少しずつでも減らしていけるように、私たちはどうすれば良いのでしょうか。ゴミをむやみに捨てないという私たちの行動が動物や植物を守り、自然を守ることになるのです。このように私たちの行動が動物や植物にも深く繋がっているということを忘れないで生活していきたいです。

野外アクティビティが終わると、みんなで楽しみにしていた飯ごう炊飯をしました。グループごと個性豊かなカレーが完成し、美味しくいただきました。

このようにして、中学二年生が集まり、協力し合えたことや普段あまり話せない学年の仲間たちと心の繋がりを 持つことが出来たことを神様に感謝したいです。

 

 

中学ニ年生で行われるキャンプのメインイベントの一つは、一日目の夜に行われるキャンプファイヤーです。心配していた雨も雷も止んで、見上げれば、木々の間から夜空にはたくさんの星が見えました。私たちは、静かに、暗い中に座って、薪に点火されるのを待ちました。そこにトーチを持った生徒たちが火をつけると、辺りが明るくなりました。「神は言われた。「光あれ」こうして光があった。」私は創世記の始めにある天地創造の言葉を思い起こし、不思議と大きな力の中にいることを感じました。

始めに、聖歌隊のメンバーの合唱を聞きながら、火を見つめていると心が静まりました。その後、全員で楽しめるジェスチャーゲームやフォークダンスをしたり、歌を歌いました。いよいよハイライトです。実はキャンプに行く前から、私たちはグリンバンク先生の次の言葉について全員で考えていました。「誰かのために手を差し伸べ、その手が傷つく時、それだけ心は成長する」この言葉がどういうことを意味するのか、誰かのために手を差し伸べるとはどういうことか、私たちは具体的に何をすべきか、火を囲んで一人一人発表する時がきました。私もずっとこの言葉の意味を考えてきました。自分の番になった私は、「困っている人に手を差し伸べる温かさと、時には突き放す勇気を持つことで心の底から相手のことを思うことができる」と言いました。自分が傷ついてでも誰かを助けることは簡単にはできません。しかし傷つくことを恐れず、誰にでも手を差し伸べる勇気と優しさは、英和に通う私たちが目指す生徒の姿ではないのでしょうか。グリンバンク先生が教えてくださったように、自分が誰かの役に立てることが喜びである、そう思える人になりたいと思いました。

二日目の登山では筋肉の限界を知りました。しかし、頂上に着いた時、その素晴らしい景色をみて言葉が出ませんでした。友達と励まし合って登ったからこそ見ることができた景色、頑張ったからこそみられた景色の美しさが倍になって感じられたのだと思います。まさに、大自然の凄さを肌で感じることができた時間でした。

この二日間を通して、自然の力と美しさ、友達という存在の大切さを改めて知ることができました。このキャンプで学んだことを糧にして毎日生活していきたいと思います。

 

お祈りします。神様今日一日を礼拝から始められたことに感謝します。キャンプを通して、自然のこと、友達のこと、そして、この世を創られた神様のことを考えることができました。私たちが今日も神様からいただいている全てのものに感謝して生活できますように。この祈り尊き主イエス・キリストの御名によって祈ります。

アーメン。

「ててて!TV」(YBS山梨放送)収録がありました。

10月29日(水),生活情報番組「ててて!TV」(YBS山梨放送)の収録がありました。
高校1年1組 数学、中学3年3組 英語 の授業と、放課後の勉強の様子です。
反転学習をテーマの特集として扱われます。
放送については、以下の通りです。

YBS山梨放送
11月3日(月・祝) 16:20〜16:53
「ててて!TV」

放送礼拝 新体操部

コリントの信徒への手紙二 1章3節~7節 新体操部

 

突然ですが、皆さんはフェアリージャパンを知っていますか?フェアリージャパンとは、新体操団体競技の、日本ナショナル選抜団体チームのことです。いわゆる、新体操の日本代表です。

その中で私が注目した選手は、遠藤由華選手です。

遠藤選手は、5歳から新体操を始め、2007年に加入し、2008年の北京五輪の際は、チームの中心的存在として活動し、2012年ロンドン五輪に向けて貢献していました。

しかし、2012年5月にブルガリアで開催された、W杯での演技中に突然遠藤選手に悪夢が襲いかかりました。

演技序盤で後方転回をした後、遠藤選手がフロアに崩れ落ちたのです。そのあと、何度も立ち上がり、演技に戻ろうと試みますが、立つことが出来ません。そして遠藤選手が、倒れてから30秒後、ようやく音楽は止まり、演技は中止され、遠藤選手はフロアから運びだされました。ブルガリアの病院で診断してもらうと左足大腿骨頸部骨折、原因は、疲労骨折でした。長年、新体操に駆使してきた体が悲鳴をあげたのです。ロンドン五輪までにチームに復帰することは絶望でした。それどころかもう一度、踊れる日が来るのかさえもわからないというほどの重傷だったのです。生きる希望がなくなってしまった。まだ、新体操でやり残したことがあるのに。そんな、絶望の淵にいた遠藤選手のところにお見舞いに来た、ブルガリアのマリア・ギバコーチが、このように言いました。「雨が降るから、花も咲くし、空気も澄むのよ、人生も同じ」。私たちは、落ち込んだり、悩んだりすることを悪いことと思いがちです。苦難も挫折もできれば避けたいことです。

しかし、人生の中で苦難や試練を経験してこそ、私たちは輝くことができるのかもしれません。挫折しても、悩んでもよいのです。私たちの人生がより彩るように、輝くように、その悩みも、苦しみも、神様が私たちのために与えて下さっているのだと思います。

今年の六月、栃木で行われた関東大会で私は、難度やリスク、交換が上手にできないまま本番をむかえ焦っていました。自分自身に「必ずできる」と言い聞かせながら演技をしました。そして本番、練習の時、できが低かったリスクも難度も成功させることができ、今まで、越えられなかった壁を乗り越えた私は、今までとは違う思いで部活動にとりくめるようになりました。これも、神様が私に乗り越えるようにと与えて下さった試練だったのです。苦難を一つずつ乗り越えると、また、違う苦難や試練が来ます。そんな時こそ、私たちがより輝く人生を歩むために、用意されている道を信じて、逃げずに歩んでいきたいと思います。

放送礼拝 谷井先生 

コリントの信徒への手紙二 5章17節-21節

私はめったに絵本は読まないのですが、先日、保育士をしている母親に薦められてある一冊の絵本を読みました。それは「ざぼんじいさんと柿の木」という絵本です。

ざぼんじいさんには自慢の柿の木がありました。毎年甘くておいしい柿をならすので、それはそれは大切にしていました。そんなざぼんじいさんの隣に、まあばあさんが引っ越してきました。まあばあさんがざぼんじいさんにあいさつに行くと、ざぼんじいさんがおいしそうに柿を食べていました。普通なら、「お一ついかが?」とくれそうなものですが、このじいさんは絶対に柿をあげようとはしません。見せびらかすだけです。「見事な柿でしょう」と言いながら、ざぼんじいさんは食べた後の柿のへたをまあばあさんにくれました。それなのにまあばあさんはうれしそうな顔で帰っていき、近所の子どもたちとヘタを使ってコマ遊びをします。それを見たざぼんじいさんは、子どもたちが柿のへたをとりに来ると思い、柿を全部取って隠してしまいます。まあばあさんと子どもたちはへたがないのでがっかりしますが、ざぼんじいさんは代わりに落ちている葉っぱをくれます。それでもまあばあさんは、「まぁきれいな葉っぱだこと。ありがとう。」と言って、うれしそうに葉っぱを使ってまた楽しそうに遊び始めました。今度は子どもたちが葉っぱをとりにくると思い、ざぼんじいさんは葉っぱを全部取ってしまいます。次には枝、そして、最後にはなんと柿の木まで切ってしまって、ようやくざぼんじいさんは自分の過ちに気づきます。

この絵本を最初に読んで、私はざぼんじいさんの欲張りが印象に残り、「やっぱり欲張りは、自分の持っているものまで失うということだなぁ」という感想を持ちました。しかし、まぁばあさんに注目すると、また違った側面が見えてきたのです。まあばあさんは、期待はずれなものをもらっても、いつもニコニコ感謝をして、それをみんなが喜ぶものに変えていきます。それも、自然と楽しみながらしているのです。ざぼんじいさんを嫌いになることは簡単だったと思います。「変わった嫌な人」として、関わらなければよいだけです。しかし、まばあさんはざぼんじいさんを一度も否定することなく、次の日もその次の日もおじいさんを訪ね、信じ続けます。

このまあばあさんの姿こそ、今日の聖書の箇所にある「新しい人」なのではないでしょうか。「新しい人」は悪に悪をもって報いることを決してしません。それどころか、自分の敵を愛します。そして、迫害する人のために祈ります。そして、人と人の和解の原動力ともなることができます。言い換えるなら、「平和を作り出す人=ピース・メーカー」です。なぜそんなことができるのでしょうか?それは、その人も同じことをある人にしてもらったことがあるからです。そのある人とは、イエス・キリストです。

「神など知らない」と神に敵対していた私たちの罪のために、神様は罪を知らないイエスさまを十字架につけました。十字架は本当に恐ろしい死刑の方法でした。人となられた神がそこまでしなければならない程に私たちの罪は重いのです。そして、それ程に神の愛は深いのです。

平和をつくり出す人、ピース・メーカーとなるためには、自分自身の中にまず平和が作られていなければなりません。自分の内側がゴタゴタして不安でありながら、平和を作り出すことはできないからです。そのために聖書が教えていることは、「神との和解」なのです。

英和の校訓も、「敬神、愛人、自修」の順番です。「自修、愛人、敬神」ではないのです。神が私たちを愛しておられることを知った時、私たちはその愛で人を愛することができます。そして、人との関係の中で自分の賜物に気づき、それを自分のためではなく、神と人とのために使うことが祝福の源となるのです。

神さまとの和解をいただいたなら、そこからがスタートです。勘違いしてはいけないのは、「新しい人」=「完璧な人」ではないということです。転ぶこともたくさんあります。しかし、共にいて、導いて下さる神様が完璧なので安心です。転んでも、また立ち上がらせていただきながら、一歩一歩小さな歩みを進めていくのです。「誰か」ではなく、私たち一人ひとりがピース・メーカーとして用いられるように祈りましょう。

第2回SSH特別講演会を開催しました。

9/26、東京理科大学 理数教育センター長を務める、秋山 仁先生をお招きし、2014年度第2回SSH特別講演会を実施しました。

講演のテーマは『 Spectacle Math-Magic Show 』でした。
おなじみのバンダナ姿で登場された秋山先生は、気さくな語り口とユーモアに満ちたパフォーマンスで、数学の世界を親しみやすく紹介してくださり、聴講者はみな終始にこやかに聞き入っていました。

【生徒の感想】
・先生の「才能は努力の後についてくる」という言葉が一番心に残りました。数学以外にも通用する名言のように感じます。私も才能がないからとすぐあきらめずにもっと努力していこうと思いました。
・今まで公式を丸暗記していましたが、先生より「20~30通りの公式を覚えて後はそれを活用するだけ。公式のプロセスを知れば理解が深まる」と教えていただきました。私は数学を改めて勉強したいと思いました。
・正直、私は講演会を聞くまで数学なんて生活の役に立つのかなと思っていましたが、先生がいろいろな道具を使って教えてくださったので、想像以上に楽しかったです。身近にも数学がたくさん使われていることがわかり、有意義な時間でした。
・正四面体を好きな形に切ってできる展開図のパズルや相手の嘘を見抜くマジックが面白かったです。数学には堅いイメージを抱いていましたが、別の視点からとらえることができ、興味が湧きました。
・先生も昔、数学が苦手だった頃があったとお聞きして、大変驚きました。とかく「苦手=嫌い」と決めつけがちですが、先生のおっしゃる「苦手でも好き」という感覚がとても新鮮でした。
秋山先生、素敵な講演会をどうもありがとうございました。

学年礼拝 村松先生

ルカによる福音書 第13章6節~9節

おはようございます。今日はこの二冊の本を紹介します。皆さんは、本を読んで、今まであった価値観が変わったり、人生観が変わったりした経験はありますか?私はこの本がきっかけで、価値観や人生観が大きく変わり、大変な衝撃を受けました。そして是非、皆さんにもこの本を読んで欲しいと思い準備してきました。

本のタイトルは「難民高校生」、「女子高生の裏社会~関係性の貧困に生きる少女たち」。聞いただけでも、ドキッとするタイトルですよね。著者の仁藤夢乃さんは現在25歳で、女子高生サポートセンターCOLABOの代表理事を務め、居場所のない高校生や東北で被災した高校生の自立支援を行っています。仁藤さんはこの本の中で、何らかの事情で家庭や学校に居場所がなくなり、社会的な繋がりを失った高校生のことを「難民高校生」とよんでいます。実は、彼女自身も中学の頃から渋谷ギャルとして路上生活を送る「難民高校生」でした。高校は2年で中退。しかし、ある講師との出会いをきっかけに農業、国際協力に触れ、社会学を学ぼうと明治学院大学に進学。在学中から高校生に目を向けた活動を始めました。皆さんは「無縁社会」と言う言葉をどこかで聞いたことがあるかもしれません。地縁も血縁も社縁も機能しないそれが無縁社会です。「無縁社会」は人と人との繋がりつまり「関係性」裁ち切り、孤立を生み出します。そのしわ寄せは立場の弱い子どもたちにも大きな影響を与え、「子どもの貧困」問題へと発展しています。この本には、「無縁社会」生きる、皆さんと

同年代の少女たちの実態が切々と綴られています。

想像してみてください。例えば、自分を取り巻く環境の変化によって家族、先生、友人との関係性が崩れ、誰にも頼れない状況になったら。自分の居場所がなくなってしまったら。皆さんならどうしますか?そんなことありえない、と思うかも知れません。しかし、この本に登場する女子高生たちはまさに孤立状態にありました。両親に理解してもらえず、自分は「ダメな子」だ、自分自身の可能性を否定し、未来も見いだせない、ただ生きているだけで精一杯。そんな切羽詰まった精神状態の中、自分の居場所や新しい関係性を求め、さまよい

ます。そして、ようやく見つけた「関係性」は、裏社会に生きる人々との繋がりでした。

本の中盤には「女子高生と裏社会」の実態が記されています。「女性に忍び寄る裏社会」は多数存在しますが、その一つに「JK産業」というものがあります。つまり、「女子高生を商品化し利益をもうける産業」が存在するのです。皆さんも一度は、出会い系メールや怪しいバイトに誘うメールなどを受け取ったことがあるかもしれませんが、皆さんのすぐ側に裏社会は存在しています。正常な精神であれば、それは危険なことと判断し、近づこうなどとはしません。しかし、行き場を失った少女たちはそうではありませんでした。仁藤さんは活動の中で、裏社会に行き着いてしまった少女に寄り添い、励まし、一緒に自立する方法を考え個々にあった支援を行っています。私はその活動を知り、孤立する女子高生とJK産業の実態ってどんなものなのだろう。仁藤さんはどんなサポートをされているんだろう。実際にこの目で確かめてみたい。という思いにかられ、CLABOが主催するスタディーツアーに参加しました。

10月4日午後7時。仁藤さん、CORABOの副代表でキャリアカウンセラーの稲葉隆久さん、募集された都内の小学校、特別支援学校の先生方と共に、新宿と秋葉原を歩き、ポイントごとに説明を受けながら、夜中の11時まで研修を行いました。その体験はまさに、この本の中の世界を歩いているかのようで、言葉に言い表せない程の衝撃的なものでした。雑踏の中に、何人ものスカウトマンの「鋭い視線」が飛び交い、行き交う女の子を誘う姿。お店のビラを持ちながら、何時間もお客を待つ少女たち。男の人と一緒に繁華街に消えていく制服姿の少女を見かけた時は、「そんな人についていっちゃダメ!」と声をかけたい衝動にかられました。また、あるビルの一室には、通りで声をかけた女子高生にただで飲食させる変わりに、男性客と相席を組ませ、接待させる飲食店があり、入り口には男性たちが長い列をなして順番を待っていました。今まで気づかなかった光景が、あちらこちらに見えてくる。しかし、見ようとしなければ、雑踏やネオンの光に紛れて消えてしまう。異常なことも普通に存在する。それが裏社会の怖さだと感じました。特に秋葉原はJK産業の温床となっていて、メイドカフェやJKお散歩、JKリフレなどあらゆる形体の店舗が100店舗近く存在し、新宿よりさらに陰湿で危険な商売が成り立っています。

このように果てしなく広がる裏社会の世界に一歩でも踏みこんでしまえば、元の生活に戻ることは容易ではありません。なぜなら、バックにいる存在は、少女を抜け出せなくさせるための方法を知っているからです。彼らは少女が求める「関係性」を利用し、偽り、操り、商品化していきます。「君は本当に働き者だね。センスがあるよ。」と褒めてやる気を出させ、「何かあればいつでも相談に乗るし、家に帰りたくなければ住まいも貸すよ。テスト大変だね、勉強教えてあげるよ。」といって寄り添い、信頼関係を築いていきます。少女たちの中には地方から家出をしてくる子も多く、頼る場所もお金もない状況の彼女たちに、彼らの手は救いの手に映ってしまうのです。

仁藤さんはこう繰り返します。全ての少女に「衣食住」と「関係性」を。

衣=自分自身をまとうこと。食=健全な体を作り保つこと。住=ハウスではなくホーム、居場所のことです。そして、「関係性」とは「分かってくれる大人」「向き合ってくれる大人」との信頼関係を築くこと。それは、私たち大人にも突きつけられた責任である。と私は感じます。「子どものことは分からない…」なら「分かるようにじっくり話しを聞こう」。別の世界で生きているように感じる…」なら、「別で当然。その世界を理解し、尊重しよう」。

画面上でのやりとりが当たり前の時代になったからこそ、リアルな関係性、繋がりを大切にしなければならない。と仁藤さんはいいます。そして、何か「おかしいな」と思うことがあれば、「それは違うよ。」「それは嘘だよ」「それをしてはダメだよ」とお節介を焼き「気づいてあげられる大人」の存在が必要だといいます。

今日の聖書のたとえのように、イチジクの木に宿る「可能性」を信じる園丁の姿が、仁藤さんの精神に重なるような思いがします。社会から逸脱した存在として、その存在すら、かき消されてしまいそうな少女たちを気にかけ、寄り添い、またもう一度、実のなる木として命を吹き返らせるために、仁藤さん自身が「関係性」という肥やしとなる。実のらない木などない。そのくらい強い覚悟と責任感を持って取り組み続けています。皆さんは、自分はどんな実を付けるんだろう。実る可能性はないんじゃないか。と不安を抱えてはいませんか?しかし、皆さんには「皆さんを信じ、支えてくれる大切な繋がり」があるはずで、きっとそれを感じているはずです。だから皆さんも自分自身の可能性を信じてください。そして、大人になり、母親になったとき、子どもの可能性を信じ、「分かってくれる大人」「向き合ってくれる大人」、「見て見ぬふりをしない大人」になって欲しいと願っています。

最後に本の一節を読んで終わります。

「街にはこんな子がたくさんいる。私は、夜の街を歩けば、いつもそんな子を見つけてしまうし、気づいてしまう。私には、何ができるわけではない。だからこそ、話しをきいたり、一緒にこれからを考え歩いていくことくらいはしたいと思っている。それが一番大切なことなのだ。だが、それをしようとする人はなかなかいない。今夜、今この瞬間も、あの子たちは街で男の人といる。「どうせまた捨てられる」「捨てられた」と思っている。他の生き方ができるところ、彼女たちが安心して生活できる道を一緒に見つけたいけれど、ぱっと簡単にできることではない。私には何ができるわけではない。それでも、「一人じゃない。そう思えるだけで心強い。」と言ってくれる少女の言葉に救われながら、これからも不安を抱え孤独の中にいる少女たちと一緒に歩める道を仲間とともに探りたいと思っている。辛く苦しい出会いも多いが、それを嬉しい出会いに変えていきたいと思っている。」

 

お祈りします。

神様、今日も新しい一日をありがとうございます。今日は、居場所を失った少女達と、「関係性」についてお話しました。先進国でありながらも、「子どもの貧困」が深刻な社会問題となり、それにまつわるさまざまな悲しい事件が日々報道されています。どうか、そのただ中にある子ども達1人1人をあなたが支え励まし、正しい関係性を築くことができるよう導いてください。また、今日ここに集えなかった生徒の上に、私たち以上のお恵みをお与えください。

この小さき祈り、尊き主イエス・キリストのお名前により御前におささげします。アーメン。