生徒,礼拝のひとコマ

10月2014

中学合同礼拝 中2担当

詩編24編1節 中2担当礼拝

私たち中学二年生は、9月にYMCA山中湖センターにキャンプへ行ってきました。

『Try your best! 華麗に燃える中2魂』のキャッチフレーズをもとに学年全体で取り組みました。キャンプ目的である、豊かで素晴らしい自然と親しみそれを創造された神様の偉大さを感じ取ることが出来るキャンプでした。

1日目は、野外アクティビティや飯ごう炊飯がメインでした。野外アクティビティでは、ボート、ビックカヌー、ネイチャーゲームをしました。ボートを自分達で湖まで運び、グループでボートの漕ぎ方や向きの変え方を話し合いながら漕いだり、ビックカヌーはインストラクターの方にご指導をしてもらいながら湖の中心まで行きました。水中でブレードを動かすのは水圧が大きくとても大変で、初めはなかなか進みませんでしたが少しずつ慣れていくうちに自分達でカヌーを進めることが出来るようになりました。

ネイチャーゲームでは、3つのゲームをしました。私はその中でも人間が山に捨てたゴミを探し出すゲームがこころに残っています。このゲームで驚いたことは、土や葉の色に似ているゴミや、枯葉や草の下に隠れてしまっているゴミは大きな物でもなかなか見つけることが出来ないということです。そして、人間のゴミを誤って食べた動物や虫たちは死んでしまうかもしれません。また、土や草にも影響します。このような問題を少しずつでも減らしていけるように、私たちはどうすれば良いのでしょうか。ゴミをむやみに捨てないという私たちの行動が動物や植物を守り、自然を守ることになるのです。このように私たちの行動が動物や植物にも深く繋がっているということを忘れないで生活していきたいです。

野外アクティビティが終わると、みんなで楽しみにしていた飯ごう炊飯をしました。グループごと個性豊かなカレーが完成し、美味しくいただきました。

このようにして、中学二年生が集まり、協力し合えたことや普段あまり話せない学年の仲間たちと心の繋がりを 持つことが出来たことを神様に感謝したいです。

 

 

中学ニ年生で行われるキャンプのメインイベントの一つは、一日目の夜に行われるキャンプファイヤーです。心配していた雨も雷も止んで、見上げれば、木々の間から夜空にはたくさんの星が見えました。私たちは、静かに、暗い中に座って、薪に点火されるのを待ちました。そこにトーチを持った生徒たちが火をつけると、辺りが明るくなりました。「神は言われた。「光あれ」こうして光があった。」私は創世記の始めにある天地創造の言葉を思い起こし、不思議と大きな力の中にいることを感じました。

始めに、聖歌隊のメンバーの合唱を聞きながら、火を見つめていると心が静まりました。その後、全員で楽しめるジェスチャーゲームやフォークダンスをしたり、歌を歌いました。いよいよハイライトです。実はキャンプに行く前から、私たちはグリンバンク先生の次の言葉について全員で考えていました。「誰かのために手を差し伸べ、その手が傷つく時、それだけ心は成長する」この言葉がどういうことを意味するのか、誰かのために手を差し伸べるとはどういうことか、私たちは具体的に何をすべきか、火を囲んで一人一人発表する時がきました。私もずっとこの言葉の意味を考えてきました。自分の番になった私は、「困っている人に手を差し伸べる温かさと、時には突き放す勇気を持つことで心の底から相手のことを思うことができる」と言いました。自分が傷ついてでも誰かを助けることは簡単にはできません。しかし傷つくことを恐れず、誰にでも手を差し伸べる勇気と優しさは、英和に通う私たちが目指す生徒の姿ではないのでしょうか。グリンバンク先生が教えてくださったように、自分が誰かの役に立てることが喜びである、そう思える人になりたいと思いました。

二日目の登山では筋肉の限界を知りました。しかし、頂上に着いた時、その素晴らしい景色をみて言葉が出ませんでした。友達と励まし合って登ったからこそ見ることができた景色、頑張ったからこそみられた景色の美しさが倍になって感じられたのだと思います。まさに、大自然の凄さを肌で感じることができた時間でした。

この二日間を通して、自然の力と美しさ、友達という存在の大切さを改めて知ることができました。このキャンプで学んだことを糧にして毎日生活していきたいと思います。

 

お祈りします。神様今日一日を礼拝から始められたことに感謝します。キャンプを通して、自然のこと、友達のこと、そして、この世を創られた神様のことを考えることができました。私たちが今日も神様からいただいている全てのものに感謝して生活できますように。この祈り尊き主イエス・キリストの御名によって祈ります。

アーメン。

放送礼拝 新体操部

コリントの信徒への手紙二 1章3節~7節 新体操部

 

突然ですが、皆さんはフェアリージャパンを知っていますか?フェアリージャパンとは、新体操団体競技の、日本ナショナル選抜団体チームのことです。いわゆる、新体操の日本代表です。

その中で私が注目した選手は、遠藤由華選手です。

遠藤選手は、5歳から新体操を始め、2007年に加入し、2008年の北京五輪の際は、チームの中心的存在として活動し、2012年ロンドン五輪に向けて貢献していました。

しかし、2012年5月にブルガリアで開催された、W杯での演技中に突然遠藤選手に悪夢が襲いかかりました。

演技序盤で後方転回をした後、遠藤選手がフロアに崩れ落ちたのです。そのあと、何度も立ち上がり、演技に戻ろうと試みますが、立つことが出来ません。そして遠藤選手が、倒れてから30秒後、ようやく音楽は止まり、演技は中止され、遠藤選手はフロアから運びだされました。ブルガリアの病院で診断してもらうと左足大腿骨頸部骨折、原因は、疲労骨折でした。長年、新体操に駆使してきた体が悲鳴をあげたのです。ロンドン五輪までにチームに復帰することは絶望でした。それどころかもう一度、踊れる日が来るのかさえもわからないというほどの重傷だったのです。生きる希望がなくなってしまった。まだ、新体操でやり残したことがあるのに。そんな、絶望の淵にいた遠藤選手のところにお見舞いに来た、ブルガリアのマリア・ギバコーチが、このように言いました。「雨が降るから、花も咲くし、空気も澄むのよ、人生も同じ」。私たちは、落ち込んだり、悩んだりすることを悪いことと思いがちです。苦難も挫折もできれば避けたいことです。

しかし、人生の中で苦難や試練を経験してこそ、私たちは輝くことができるのかもしれません。挫折しても、悩んでもよいのです。私たちの人生がより彩るように、輝くように、その悩みも、苦しみも、神様が私たちのために与えて下さっているのだと思います。

今年の六月、栃木で行われた関東大会で私は、難度やリスク、交換が上手にできないまま本番をむかえ焦っていました。自分自身に「必ずできる」と言い聞かせながら演技をしました。そして本番、練習の時、できが低かったリスクも難度も成功させることができ、今まで、越えられなかった壁を乗り越えた私は、今までとは違う思いで部活動にとりくめるようになりました。これも、神様が私に乗り越えるようにと与えて下さった試練だったのです。苦難を一つずつ乗り越えると、また、違う苦難や試練が来ます。そんな時こそ、私たちがより輝く人生を歩むために、用意されている道を信じて、逃げずに歩んでいきたいと思います。

放送礼拝 保健委員会 

テサロニケの信徒への手紙一 5章16節~18節 保健委員会

皆さんは「竹あかり」を見たことがありますか。竹あかりとは竹に穴をあけてデザインをほどこし中にロウソクを入れて光を灯すものです。東日本大震災で津波の犠牲者が多かった石巻市大川地区の慰霊祭でもその明かりが灯されていました。

この活動を制作・プロデュースしたのが池田親雄生さんと三城賢士さんによって設立された「ちかけん」という会社です。最近では地域の町おこしを積極的に行い、特に竹林の放置化が進み生態系を壊してしまうなどの問題が深刻化してきた町に、ただ町づくりを促すだけでなく、竹林の再生と環境循環を大切にしながら活動をしています。二人はこの活動へのこだわりを次のように言っています。

私たちは色々な町から「竹あかりをやりたい」と依頼を受けますが、本来は竹あかりをやりましょうではなくて「まちづくり」をやりましょうということだと思うのです。そしてまちづくりの基本は「自分の町は自分でつくる」ということだと思います。身近に竹がある町が竹で自分の町を飾ることは自然なことだと思います。また、「荒れた竹やぶ」や「ゴミになった竹」を素材や財産としてみながら竹あかりという作品にしていく。そして使い終わった後は堆肥にし、肥料として土に戻していく。そうした工程も「作品」だと思います。と。

この様なこだわりから「ちかけん」では必ずその町づくりを行う人に「竹あかり」の作る工程から地域の人達を巻き込むことによって、希薄になった地域のコミュニケーションを活性化させてもいるようです。二人の信念は?と訊くと「誰にも出来ることを誰も出来ないくらいやる」と答えています。この信念が、ただの「竹あかり」製作のみで終わらずに二人を突き動かしているものだと思いました。

さて私たちは英和生として、この地域の為に「自分の町は自分でつくる」の意識のもと生活しているでしょうか。この土地に英和が建てられ、ここで学ぶことを許されるのは地域の皆さまのお支えが大きいからではないで

しょうか。その感謝を私たちはどう行動におこすべきでしょうか。

私たちは、とかく世界情勢に目を向け、世界の平和を祈ることはしていても、身近な人を大切にし、そしてこの地域によって私たちは学ぶことができているということを当たり前だと考え、感謝することを蔑ろにしてしまうことがあります。今日の聖書の箇所に、どんなことにも感謝しなさい。とあります。身近な人に感謝し愛することの日々が世界の人

々を思う心へと繋がっていくと思います。

 

神様。今朝は「ちかけん」の活動を通して、感謝についてお話しました。身近な人々への感謝を忘れずに日々の生活を送れるようお見守りください。この祈りを尊き主イエス・キリストによって御前におささげいたします。アーメン。

放送礼拝 高2生徒担当

放送礼拝 ペトロの手紙一 4章10~11節 担当:高2

8月16日~20日の五日間、私たちはユネスコ・ボランティア・交流ツアーに参加し、宮城県気仙沼市と南三陸町を訪ねました。東日本大震災に関連するボランティア活動に参加することは初めてで、緊張の気持ちを持ちながらも中三日の活動と交流を行いました。

気仙沼市と南三陸町は、3年前の大地震により大きな津波に被害にみまわれた場所です。現地の市街には、今でもまだ津波の爪痕がくっきりと残っていました。窓ガラスが全くなくなってしまった中学校の校舎、ぐにゃぐにゃに曲がった鉄骨がむき出しになっている防災庁舎など、テレビで見た情景がそのまま目に飛び込んできました。また、海水に浸かって半分以上色がかわってしまった建物は、当時の水位の高さを示していました。映画のワンシーンでも見ているのではないか。そう思うほど非現実的で、衝撃的で、とても受け入れがたいものでした。

プログラム一日目は,実際に被災した建物を見て回り、被災した方からお話を聞きました。みなさんは、遠藤未希さんを知っているでしょうか?遠藤さんは南三陸町防災庁舎で「大型の津波がきます。高台へ避難してください。」と最後まで防災無線で呼びかけ続けた方です。防災庁舎は津波によって破壊され、今は赤い鉄骨だけが残った約13mの3階建ての建物で、みなさんも一度は目にしたことがあるかもしれません。遠藤さんは、最後まで防災庁舎に留まり、建物を上回る15mの津波によって犠牲となりました。24歳という若さでした。しかし、遠藤さんの必死の呼びかけにより、町民約17,700人のうち約半数の住民が高台に避難し、助かったそうです。

民泊先では、ご家族が温かく迎えてくださり、宮城名物の料理をいただきました。心地よい空間の中で、私たちの緊張もほぐれ、気を遣ってくださる優しさがとても嬉しかったです。しかし、当時の壮絶な体験を語ってくださった時、どの方も顔が曇り、時の流れでは癒やせない悲しみの表情がうかがえました。職場の仲間を失った方、自分のすぐ後ろまで津波が来ていて間一髪助かった方、友人の流されていく姿をみてしまった方。一瞬の判断が生死の分かれ目となる、これらは私たちが想像してもしきれない体験だと思います。

震災で亡くなった方の中には、「ここまで津波が来るはずがない。」と逃げずにいた方が多くいたそうです。被災した方が口をそろえて言った言葉があります。「震災はいつ起こるか分からない。だからそれぞれの心の防波堤を高く持って欲しい」。切実な思いが胸に突き刺さりました。

プログラム二日目は、ゆず農園で草刈りを手伝いました。このゆず農家は約400本ものゆずを育てる大農家で、ツアー参加者30人の手で行っても2時間以上かかりました。一見、震災には関係ないように思えるボランティア活動ですが、このゆず農家を経営する小山由紀子さんも被災した方の一人で、当時の状況を話してくださいました。

小山さんの住む地域では、家屋がほぼ全壊状態で、壊さざるをえない住民も多くいたそうです。しかし、小松さんは自宅の改修を決め、元ある場所から離れず住み続けています。「柱と屋根が残ったのだから直せる。家にも神様がいて残してくださったのだから、直さなければ。」かすかな希望が小山さんの心の支えとなり生きる力となりました。また、物資不足のため病院から退院を余儀なくされた父親を看病しながらも、地域の小中生のためにゆずを寄付し、限られたものを皆でわけ合いながら苦しい状況を乗り越えたとおっしゃっていました。 「どうかこのボランティアでの経験、私の話などを地元に帰って周りに話してください。」辛い経験をお話してくださった小松さんの願いを大切にしたいと心から思いました。

被災地には3年たった今も多くの課題が山積し、さらなる問題に日々直面しています。「奇跡の一本松」の保存計画でも注目された、被災建造物に関する論議や、防波堤の建造に伴う景観問題や環境問題など、被災後の復興のあり方について未だに議論はたえません。しかし、私たちが出会った人々は、あの震災から立ち上がり、さらにこれからの目標や夢を語ってくれました。その姿からは、復興への強い意志を感じることができました。また、被災した方の言葉の中でとても心に残った言葉があります。「震災が起こって悲しいことはたくさんあったけれど、嬉しいこともあった。それは、こうして人々の優しさをたくさん知ることができたこと。」この言葉を聞いた時、助け合うということは優しさをわけ合い、互いに支え合うことだということに気づかされました。そして、その助け合いの心に救われた方が数多くいることを思うと、遠く離れていても人ごとではない。東北を忘れてはいけない。風化を防ぐためにもたくさんの人に現状を知って欲しい。と強く思いました。

今回の経験で、私たちボランティアの役目とは何かを改めて考えました。「誰かのために、汗を流し、目に見える成果に喜び満足を得る。」それが間違いだとは思いません。しかし、その活動を通して現状を把握し、助けを求める方の思いを理解し、それらを他者に伝えること。そして現場でのニーズを発信していくことで、孤立を防ぎ社会と繋がる機会を一緒に作りあげる。それらも私たちボランティアの大きな役目だと思います。

今の東北はまだ、震災前のようには戻っていません。しかし、どの方も、「自分たちがつらい思いをしたからこそ,このような思いをこれ以上多くの人々に経験して欲しくない。」そう願っています。そして、「東北の未来を、日本の未来を若い人たちに作っていって欲しい。」

と私たちに思いを託しています。その思いは私たち自身のこれからのあり方を示しているようにも思えます。

今日の聖書の箇所をもう一度拝読します。

「あなたがたはそれぞれ賜物を授かっているのですから、神の様々な恵みの善い管理者としてその賜物を生かして互いに仕えなさい。語る者は神の言葉を語るにふさわしく語りなさい。奉仕するものは、神がお与えになった力に応じて奉仕しなさい。」

私たちが神様から授かった賜物。それは「伝える力」です。このように礼拝を通して、皆さんに東北の今を伝えるということが私たちの役目であり、生かすべき賜物だと思います。2011年3月11日、その頃どの番組も震災に関するニュースを流していましたが、今ではほとんど目にしません。それは、完全に復興が終わったからではなく、震災問題が風化傾向にあるからです。だからこそ、このタイミングで皆さんにもう一度震災について考えて欲しいです。

今現在、東北地方はマイナスからゼロへの復興がほぼ終わり、ゼロからプラスへの復興に取り組んでいます。日本という同じ国の中にいる私たちは、東北の未来に向け、できることがきっと身近にあるはずです。私たちが今の被災地の状況や被災した方の声を少しでも伝えることができ、それを皆さんも語り伝えていただけたら幸いです。