4月2015

中学合同礼拝 御園生先生

「カモメに飛ぶことを教えた猫」    2015.4.30(中学合同)
                       聖書:マタイ7:7~8
                       讃美歌:520

猫ってどんな生き物でしょうか?黒や茶色や灰色や真っ白やぶちや縞々や…いろいろなものがいます。どれも個性的で「自分は自分」と思っている感じがします。よくプライドが高く気まぐれだと言われます。時々地域の猫が集まる猫集会があるといわれています。どんなことを話しているのでしょうか。夜行性の猫は、昼間はのんびり寝ているので、1日の行動もわかりにくく、そのせいでちょっとミステリアスな感じがするのでしょうか。鳥やネズミを捕る能力に優れているため、船に乗せたり一緒に生活するようになったのです。
今日は、素敵な猫のお話を紹介します。
この本は、南米のチリの小説家のルイスセプルべダが子供たちのために書いたお話です。図書室にありますから、ぜひよんでみて下さい。  では…。

 ドイツ北西部の港町のハンブルグのある家のバルコニーで、太った雄の黒ネコ「ゾルバ」がのんびりと日光浴をしていました。その時何かが猛スピードで飛んできました。…と、そこにはべっとりと油に汚れたカモメが倒れていました。ゾルバは、そのカモメを助けようとしますが、カモメは「私は、もう死にます。でもその前に最後の力をふり絞って卵を産みます。猫さんあなたはいい方だわ。私はあなたに3つの事を約束してもらいたいの。」といいました。その哀れな姿にゾルバは、思わず「君が望むことを全部約束するよ。でも今は体を休めるのが先だよ。」と言います。するとカモメは「私には、もう休んでいる暇はないのです。どうか私が産む卵を食べないと約束してください。そして、ひなが生まれるまで、その卵の面倒を見てください。そして最後に、ひなに飛ぶことを教えてやると約束してください。」と言いました。ゾルバは、カモメがうなされて頭がおかしくなったのかと思いましたが、「わかった。約束する。だから休むんだ。助けを呼んでくる。」そしてひらりと屋根に飛び乗り仲間の所へ行きました。

 戻ってくると、死んでしまったカモメのそばに、卵が残されていました。ゾルバは約束を果たすため、港の猫の長老の<大佐>や百科事典を愛読する<博士>といった仲間の猫たちの協力を得ながら、卵をかえすことに成功します。フォルトゥナータ(幸運の者)と名付けられたひなカモメは、ノラネコやネズミの危機にさらされながらも、ゾルバママ達の愛情に育まれ、健やかに成長していきます。そして、いよいよゾルバに3つめの約束を果たすときが来ます。博士は百科事典でレオナルドダヴィンチの飛行機の仕組みを調べて、走り方や羽ばたき方などを教えますが、17回も挑戦してもちょっと浮き上がるだけで飛ぶことはできませんでした。フォルトゥナータはすっかり自信を無くしていました。その時ゾルバが言いました。「飛ばなくては。お母さんに約束したんだから。どうしても。」そして、ほかの猫たちに言いました。「タブーを破る許可をお願いしたいのです!」
 さて、タブーを破るとは、どういうことでしょうか?猫の世界のタブーとは『人間の言葉を話してはならない』ということです。そうです。猫は本当は何語でもしゃべることができる…というより、何語ででも鳴けるのです。でも、それはとても危険なことなので、タブーとなっているのです。しかし、この猫たちは話し合って、信頼のおける人間一人だけを選んで、助けてもらうことにしました。そして、その日の真夜中、ゾルバが選んだ人間の詩人とゾルバとフォルトゥナータは雨が降る中、聖ミヒャエリス教会の鐘楼にいました。でもカモメは怖がってくちばしで詩人の手をつつきました。「君の大好きな雨だよ。そして風も吹いている。」ゾルバの心からの勇気付けで、カモメのフォルトゥナータはやっと手すりの縁に踏み出しました。「さあ、飛ぶんだ。」そしてカモメは…落ちていったのです。一人と一匹は、最悪の事態を恐れていました。でも彼女は、翼を上下させ、やがて高く舞い上がることができたのです。
それを見てゾルバは言いました。「最後の最後に彼女は、一番大切なことがわかったんだ。飛ぶことができるのは、心の底からそうしたいと願った者が全力で挑戦したときだけだということが…」そしてゾルバは雨の中、いつまでも大空を舞うカモメの姿を見つめていました。

このお話にはとても素敵な言葉がたくさん出てきます。また、考えさせられることもたくさんあります。たとえば、「異なるもの同士が、心を通わせることは可能だろうか」ということです。ゾルバは、お話の中で「自分と似たものを認めたり愛することは簡単だけれど、違っているものの場合は難しい。でも、カモメのおかげで、違っているものを認め、尊重し、愛することを知った。」と言っています。人間の世界には、同じ人間なのに差別や争いごとが絶えません。ちょっとしたことでけんかになってしまうのは、なぜでしょうか?相手がどう思っているかを少しでも考えることができれば、認め合うこともできるかもしれません。少なくとも、コミュニケーションを取ることができて、分かり合うチャンスも生まれるでしょう。なのに、私たちは、自分の感情にすっかり振り回されて周りを見る余裕をなくしてしまいます。こんな私達だからこそ、神様は大切な教えとして、「互いに愛し合いなさい。」とおっしゃったのでしょう。英和では、校訓の「愛人」として大切にしている言葉ですね。「愛人」を、いつも意識して生活していますか?
 もう一つの素敵な言葉は、お話の最後の「飛ぶことができるのは、心の底からそうしたいと願った者が全力で挑戦したときだけだ」というものです。言うのは簡単でも、実行するのは大変ですね。人が飛ぶのは無理ですが、例えば、習い事の練習を毎日やろうとか、授業を集中して聞こうとか心に決めてみますが、その「決めてみる」というのは、「ちょっとやってみようかな?」という程度で終わってしまうことがほとんどです。「心の底からそうしたいと願う」ことはなかなかありません。さらに、「全力で挑戦する」のはどうでしょうか?ちょっとした言い訳をして、諦めてしまうことも多いかもしれません。「どうせ自分には無理なんだ。」と思った事はありませんか? その時、どれだけの思いで、どれだけの力でやってみたのでしょうか? どんなことでも、本気で挑戦しなければ、成功するチャンスはめぐっては来ません。今日読んだ聖書の箇所で、「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば見つかる。・・・」というのも「どれだけ本気で求め、探し、扉をたたくか」ということが大切なのですね。これは、校訓の「自修」にも通じることです。
校訓は、飾って眺めるものではありません。新しい年度が始まったばかりです。この一年がどのような年になるかは、毎日の過ごし方にかかっています。ただ何となく学校に来て、なんとなく楽しく過ごしていると、あっという間に時間が過ぎてしまいます。もったいないですよね。あなたが今年心から願うことは何でしょうか? クロネコのゾルバやカモメのフォルトゥナータと一緒に、毎日を大切に過ごしていきたいと思います。

お祈りします
天の父なる神様、今日も中学生の皆さんと礼拝を持って一日を始められますことに感謝致します。今日は黒猫のゾルバのお話をしました。猫とカモメという普段なら食う食われるという関係にあるものが心を通わせ、その上、猫がカモメに飛ぶことを教えるという不可能にも思えることを、本当に心の底から望み、全力で挑戦することによって成し遂げるというお話でした。毎日の礼拝を通して神様とお話をし、他人を自分のように愛し、いろいろなことに力の限り取り組むことを常に意識して、この1年が過ごせますように、どうぞ導きお支え下さい。この小さき祈りを、尊き主イエスキリストの御名を通して御前に御捧げ致します。   アーメン

放送礼拝 語学部

語学部礼拝 ペテロの手紙一 4章10節 

あなたがたは それぞれ賜物を授かっているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を生かして互いに仕えなさい。

中学1年の時、私がはじめて語学部の先輩方の発表を見た時のことを今でもよく覚えています。素敵な衣装を身に着け、堂々と英語で劇をする先輩方の姿に強い憧れを抱きました。語学部に入って、いつか、私も先輩のように舞台の上で演技してみたいと強く思い、入部しました。この5年間、私は語学部員として活動する中で、劇を作り上げることは決して容易いことではないことを知りました。華々しいステージに到達するまでにはたくさんのプロセスがあり、到底一人の力では成し遂げられません。気の遠くなるような長い時間と多くの労力が必要とされるのです。演じる題目をみんなで話し合って決めることから始まり、英語の台本を書くこと。時代背景やその舞台の文化を学ぶこと。そして、キャスト、音響、照明、大道具、衣装などの分担を決め、自分に与えられた仕事に必要な準備をすること。1つのものを作り上げていくとき、当然ながらそれぞれにイメージするものに違いがあり、意見が合わない時もあります。自分の希望を主張するだけではなく、時には歩み寄ることも求められます。全員の意見を一つにまとめるのには苦労しますが、そのプロセスから学ぶこともたくさんあります。

私は中学生の時に先輩から与えられた役にとまどったことがあります。それは「意地悪な役」・「激しく怒る役」でした。役になりきることに恥ずかしさもあり、激しい怒りをどのように表現すればいいのか途方にくれる日々でした。自分の表現力の乏しさに苦しんでいたとき、キャストを担当する仲間が、1つのセリフをいろいろな表情や声色、動きで練習している姿を見ました。周りの部員に意見を求めながら、よりよいものを求めていく姿に私は刺激を受けました。彼女は演技が上手で苦労などしていないと思っていましたが、こんなにも一生懸命なのだと気づいたとき、私も自分の役としっかり向き合わなくてはいけないと強く思ったことをよく覚えています。そして、それまで自分のことしか見えていませんでしたが、周りを見渡すと、それぞれが自分の仕事に責任をもって精一杯努力していることがはっきりとわかりました。黙々とセットを作っている仲間の姿、音響などの演出をじっくり考えている仲間の姿は私を勇気づけてくれました。先輩、友人、後輩から、役に対する印象や考え、アイディアやアドバイスをもらいながら自分なりに試行錯誤し、役作りを進めていくことが出来ました。また仕上げに向かう中で、全員が劇をよりよいものにしようと、細かいところまでこだわり、意見を出し合っていく過程が本当に充実感があり、実りの多い時間でした。本番では練習の成果を発揮することができ、達成感を共有することができました。仲間の存在の大切さに気付き、改めて、劇を完成させることは1人の力だけではできず、また、たった1人でも欠けると成り立たないことを実感しました。

 語学部に所属していても、全員が同じことを得意としているわけではありません。演じることに喜びを感じる部員もいれば、それよりはセットや小道具を作ることが得意だという部員も、音響や照明にやりがいを感じる部員もいます。私は部活動を通して、自分には上手くできないことを得意として、進んでやり遂げてくれる仲間がいる事に気づきました。また、目立たないことも部のために丁寧に誠実に果たしてくれる仲間がいることにも気づきました。一人ではすべてをなすことは出来ませんが、皆が力を出し合えば劇を完成させられるという経験は、「全体の為に自分に出来ることを精一杯心をこめてすることが大切なのだ」ということを私に教えてくれました。これは語学部の活動に限らず、どの部活動でも、クラスや学年でも、そして社会のなかでも大切なことだと思います。私たちは、友達と同じようにできないことがあると、落ち込んだり、ねたんだりしてしまうことが多くあります。しかし、今日の聖句にあるように、それぞれに与えられているものは違って当然で、それを惜しみなく出し合えば、共に大きなことを成し遂げられるのです。補い合える仲間がいることは幸せなことです。自分にできないことを嘆くのではなく、出来ることを全力でする。そして自分の欠けたところを補ってくれる人たちに感謝する。1人ひとりがこの気持ちでいれば、大きな力がうまれるということを常に心にとめて生活していきたいと思います。

お祈り
神様、今日も放送を通して礼拝を守れたことに感謝します。今日は私たちが語学部の活動を通して気づいたことをお話しました。1人ひとりが自分の力を集団のために発揮すること、そしてお互いが欠けたところを補い合い、感謝しあう気持ちを忘れずに歩むことができますよう、お支え下さい。
この祈りを尊き主イエスキリストのみ名によって御前にお捧げいたします。アーメン。

放送礼拝 マンドリン部

マンドリン部放送礼拝
コリントの信徒への手紙二 12章10節

こころが折れそうになったとき、立ち上がれないと思ったとき、心の支えとなるものはありますか。自分が弱いとき、自分を強くしてくれるものは何ですか。

マンドリン部に入って六年目となりますが、わたしは学年が上がるたびに、自分を強くしてくれるものの存在に気づきます。私にとって自分を強くしてくれるものの一つは、ともに頑張る仲間です。

マンドリン部は合奏を行います。一人ひとりの音色をあわせて一つの曲を作り上げていきます。一人では決して合奏は成り立ちません。しかしその根本にあるのは個人での演奏です。一人ひとりの音がしっかりとしていなければ一つの曲を作り上げることはできないのです。つまり合奏は演奏者全員で作り上げるものでもあり自分との戦いでもあります。

マンドリンはトレモロ奏法とピッキング奏法という演奏法を交えながら演奏するため、曲の最初から最後まで右腕を振り続けます。本当に腕が取れてしまうのではないかと思う曲にもたくさん出会います。一曲10分を超えるものも珍しくない中で腕を振り続け、さらに表現をつけていくことは、六年たった今でも簡単には感じられません。
私は演奏中、あまりのつらさに腕を止めてしまいたいと思ったことがあります。そんな時ふと演奏するほかのメンバーの手元に目が行きました。強く振る腕を見たその瞬間、私だけ手を止めてはいけないと思いました。疲れ切った腕に力が戻る感覚は気のせいではなかったと思います。

そんな些細なことだけで、私は仲間の有難さを感じました。一人で戦っていて、もうやめてしまいたいと思ったとき、周りを見渡してみると、きっと私たちを支えてくれるものがあると思います。部活のなかで私を支えたのはどんなときも先輩や後輩、先生方、家族、仲間です。

それは合奏に限らず、勉強でも人間関係でも私たちの歩んでいく人生も同じです。
こころが折れそうになったとき、立ち上がれないと思ったとき、周りに私たちの心の支えとなるものがあることは本当に大きいです。それが仲間であったり、家族であったり、大切な人からもらった言葉や音楽かもしれません。そして何より私たちには神様がいます。

私にとって自分を強くしてくれるもう一つのものは、この今日の聖書の御言葉です。私が部活で落ち込んでいたときにちょうどこの聖書の御言葉に出会ったことは、今考えると神様のお支えがあったとしか思えません。

弱いときにこそ強い。私たちが弱いとき、きっと私たちを導くものがあります。しかしその道を歩くのはほかでもない自分です。弱さのなかでこそ周りを見て、自分を支えてくれるものに目を止めましょう。そしてまた自分の足で前に進んでいけるといいと思います。

中学オープンスクール学校説明会のお知らせ

山梨英和中学校
オープンスクール・学校説明会のお知らせ

英和のスペシャルサタデーって何?
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5月28日(木)締切

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日 時:5月30日(土)
9:30~10:00  受付  *当日受付もあります
10:00~10:40  学校説明会(本校チャペル)
10:45~11:45   授業公開(各教室など)

制服試着コーナー 11:00~11:45
個別相談コーナー 11:00~

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「公開授業」では、中学生の「スペシャルサタデー」と高校生の土曜授業を公開します。
「学校説明会」では、英和の教育内容や入試情報など詳しく説明します。
小学生やご家族の皆様、ぜひこの機会にご来校ください!

中学オープンスクールチラシPDF
中学オープンスクールチラシ(裏面)PDF

山梨日日新聞「顏」に掲載されました

高校3年生の石川千尋さんが山梨日日新聞「顔」に掲載されました。


山梨日日新聞 2015年 4月20日付

 

山梨日日新聞に「10代の意見」に掲載されました

高校3年生の八巻穂莉さん、山崎瑛子さん、渡邊紗希さんが山梨日日新聞「10代の意見」に掲載されました。

山梨日日新聞 2015年 4月 9日付

 

 

山梨日日新聞 2015年 4月18日付

 

 

山梨日日新聞 2015年 4月21日付

2015年あしなが募金に参加しました

 4月18日、あしなが募金に参加しました。朝10時から夕方6時までの間、多くの生徒が甲府駅前に立って募金を呼びかけました。みなさんがにこにこしながら募金をしてくださることがとてもうれしく、また募金箱の重みにあたたかな気持ちを実感することができました。
 この募金活動から今年もボランティア活動が始まります。積極的に行動する1年としていきたいと思います。

放送礼拝 高校生徒会

創世記1:1~5   生徒会

今日読んだ聖書の箇所は、聖書の一番初めに書かれている箇所で、神様が今、私たちが住んでいるこの世界を作られた時のお話です。

そうぞう、この言葉を聞いたときに皆さんはどの「そうぞう」を思い浮かべますか?今日の聖書の箇所にもある、何かを作るときに使う創造、Creation、または私たちがものを思い浮かべるときに使う想像、Imaginationを思い浮かべた人もいるでしょうか? 私たちの周りには色々な「そうぞう」という言葉がありますが、今日はCreationとImagination、この二つの「そうぞう」についてお話ししたいと思います。

先日、高校3年生が参加した修養会で牧師先生に伺ったところ、神様はすべてのものを創られるときにImaginationをしてイメージを作られてからCreationという行動に移されているそうです。創世記を読み進めると分かることですが、神様はまず光を作り昼と夜を分け、2日目に天を作り、3日目に大地、海、草木、4日目に太陽、月、星を、5日目に魚と鳥、そして6日目に動物、最後に私たち人間が造られるという順番で天地創造を行っています。このことは、神様は人間が生活する中で必要なものをImaginationして作るものの順序を決め、すべてを整えられた後に人間を造られことを表しています。

また、神様は人間を御自分の姿に似せて作られました。ですから人間は神様からImagination とCreationという能力を与えられている唯一の生き物だともいえます。鳥が巣を作るように、他の生物の中にも、物を作る能力があるものもいます。しかしImaginationの方の想像ができる生き物はきっと私たち人間しかいないでしょう。人間はこれまで様々なImaginationを通して物を作り、生活を豊かにしてきました。

神様から人間に与えられたImaginationと Creation、私たち高校生・中学生には何ができるでしょうか。私たちはまだ人生をそんなに長く生きてきているわけではありません。また、大きなものを作り上げる力もありません。しかし、私たちには若さがあります。若い視点でまず身近なところを見渡してみれば、様々なことを「よりよくしたい」、と想像できるのではないかと思います。そしてこのImaginationを、実際に行動に変えていくことが今の私たちにできるCreationではないでしょうか。
例えばみんなが積極的にボランティア活動に参加するためには何が必要なのか、想像してみましょう。例えばみんなが気持ちよく生活できる教室とはどんなものなのか想像してみましょう。「よりよくしたい」と思えることが見えてきませんか。そうしたら一つひとつを行動に変えていくことができるはずです。

今年度の生徒会年間テーマはImaginationです。映画界の喜劇の王様と呼ばれるチャップリンの「行動力を伴わない想像力は何の意味も持たない。」という言葉にあるように、想像力を行動力に変えていけるよう、そしてこの山梨英和をより良い学校にしていけるよう1年間、全校の皆さんと共に、私たち生徒会役員一同努力していきたいと思います。

お祈りします。神様、今日も新しい朝をありがとうございます。今日は神様から与えられたCreationとImaginationという2つの能力についてお話ししました。一人一人に与えられている賜物を生かし、皆が実りある学校生活を送れますように。
このお祈りを尊き主イエス・キリストの御名において御前におささげいたします。
アーメン

2015年度新入生歓迎会

4月9日、新入生歓迎会が行われました。
部活紹介では、クラブ・同好会あわせて19団体がそれぞれの活動を紹介しました。どの団体も趣向を凝らしたアピールで会場はとても盛り上がりました。
新入生のみなさん、先輩はみなさんの入部を楽しみに待っています。
部活見学ツアーも参考にしてくださいね。





高校3年生修養会によせて

テーマ「轍~軌跡を辿って~」によせて 
2015年4月10日~11日実施
校長 三井 貴子
 
私たちは、生きてきた期間の長短に関わらず、しばしば立ち止まり過去を回想することがあります。そして、様々な想いを巡らすのです。皆さんが選んだ今回の修養会のテーマは「轍~軌跡を辿って~」です。これまで歩んできた人生を車輪の跡に例え、その自分自身の足跡を振り返って辿ってみることによって、見えてくる自分があると思います。
 高校3年生という年は、希望する進路実現に向けて自分自身の弱さと向き合う厳しい一年です。時に「もう立ち上がれない」と気力を消失してしまうこともあるかもしれません。それでも神さまは、常にあなた方と共にいてくださいます。主題聖句には「一生の間、あなたの行く手に立ちはだかる者はないであろう。わたしはモーセと共にいたように、あなたと共にいる。あなたを見放すことも、見捨てることもない。(ヨシュア記1章5節)」と書いてあります。私たちは、どんな状況の時にも神さまに守られているのです。
人生の岐路に立った時、振り返って後退するのではなく、神さまの愛を信じ、ゆっくりでいいから前進する皆さんであってほしいと願います。
この修養会は、仲間と赤裸々に語ることの出来る貴重な時間でもあります。真の友情を更に強いものとする時として用いられることを心から祈っています。