5月2015

放送礼拝 伊藤先生

2015年5月29日(火) 全校放送礼拝
 讃美歌21:342番
聖   書:ヨハネによる福音書 14章16~19節(p. 197)           
 
昨日は創立記念日で、薬袋元校長先生にお話しを頂き、午後は、お花を持って、老人施設や病院などへ行き、よき交流の時が持てたことと思います。この花の日の行事ももう120年続いていると思うと、伝統というのはそこに集う一人一人が引き継いでいるのだなあと実感します。皆さん一人一人がこの行事を引き継いで、英和の歴史を作っています。
さて、新学期から2ヶ月たちましたが、新しい環境には慣れましたか?中1、高1の生徒さん達は特に新しい校舎の中で迷ったり、新しい先生・友人の出方をうかがったり、色々なことを試行錯誤しながら生活してきたのではありませんか?明るい笑顔の奥に、もしかしたら、心が折れてしまうようなことはありませんでしたか?
 ここ数年『レジリエンス』という考え方(概念)が注目されています。現在、学校の授業の中に取り入れているところがあったり、大人の人たちには数々のセミナーが開講されたりしているようです。「困難に打ち勝つ心の力」「挫折や逆境から立ち直る力」と訳されています。第2次世界大戦でナチスドイツの迫害を経験した孤児達の研究がレジリエンスが注目されるきっかけの1つとなったそうです。孤児達の戦後の生活を調査すると、過去のトラウマや不安にさいなまれ生きる気力を持てない人がいる一方で、幸せな家庭を築く人たちもいたそうです。同じ経験をしながら、その後の人生が大きく違うのはなぜだろう?ということから研究が行われ、逆境を乗り越えた人たちには共通の傾向がある事がわかってきたそうです。
 学校生活でも、勉強や試験、部活などでストレスをためてしまったり、スランプに陥ってしまうことがあります。本当につらいですし、「もうやめーた!」、と放り出したくなることもあると思います。
埼玉学園大学の小玉教授は、けん玉の実験をしました。20分ほどすると諦めてしまう心の折れやすい人たちが出てきて、共通した特徴がいくつか見いだせました。その1つが、喜んだりがっかりしたりの感情の起伏が激しいこと、更に、最初から無理と決めつけたり、自分にはこういう能力はないと思うということです。一方、1時間以上挑戦した人たちもいて、一定の傾向がありました。失敗を繰り返しても、少しずつ成長している、いつかできるだろうという気持ちを持つ人が多くいたというのです。
レジリエンスとは、思考が柔軟であることが必要で、厳しい状況でもレガティブ(否定的)な面だけでなく、ポジティブ(肯定的)な面を見いだせる、そういうことができる人が逆境を乗り越えることができると言うのです。失敗を繰り返す中でも、不安がって最初から無理と決めつけないことや、試験や試合の結果にあまり一喜一憂しないで、感情をうまくコントロールしていくこと、少しずつ自分も成長しているなとか、いつかできるだろうと、前向きにしなやかに物事をこなしていく心の柔軟性を持つことが大切だということです。
この時、自分の世界に閉じこもらないで、孤立しないで友達に思い切って声を掛けたりすると、自分も、声を掛けられた友人も幸せを感じられてお互いに幸せになれるという人間の本来的な性質があるようです。
同時に、『ありのままの自分』に自信を持つことも必要ということです。去年何度も耳にしたフレーズですね。しかし、これはなかなか難しいですね。10代の頃は特に、その自信をつけるために毎日努力していると言っても過言ではありません。また、友だちや周りの人に相談と言っても悩みが深ければ深いほど難しくなります。

聖書では、いろいろな励ましのみ言葉があります。先ほどお読みした聖書の箇所をもう一度開いて下さい。今週の日曜日は、ペンテコステ、聖霊降臨日でした。ついこのあいだの4月にイースターという復活日をお祝いしたばかりですね。イエス様は十字架にかかって亡くなり、その後復活されましたが、弟子たちは再びイエス様とお別れしなければなりませんでした。実際に弟子達はイエス様と2回お別れをします。つまり、1回目はイエス様の十字架の死。そのあと復活なさり、弟子達に姿をお見せになりました。2回目のお別れは天に上げられた時です。しかし、十字架に掛けられる前に、イエス様はこう言われているのです。「わたしはあなたがたをみなしごにはしておかない。~ わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。この方は真理の霊である。~ 真理の霊が来ると、あなたがたを導いて真理をことごとく悟らせる。」このように、聖霊を与えて下さる約束をなさっているのです。悲しまなくていいよ、聖霊を送って頂くから、と教えて下さっているのです。聖霊なる神さまは、私たちのそばにいらして、支えて下さいます。また、祈る言葉が出てこないほど深い悩みの中にある時に、取りなして下さる神さまです。このことに気づく時、わたしたちは、さまざまな困難を乗り越えていく本当の力が湧いてくるのではないかと思います。
私自身は英和を卒業して、大人になってから、学生時代よりも大きな困難に遭ったと自分では思います。どうしようもない悩みで、八方ふさがりの時もありました。絶望しそうだった時、私たちには、上が開いている、つまり、祈ることができるのだということを教えられたことがあります。そして、イエスさまが教えて下さった『主の祈り』を一生懸命に祈ったことを覚えています。皆さんが、もし、困難に出遭ってどうしても前向きになれず、友達にも、誰にも話せない時は、神さまが聖霊を送って下さって、いつも聖霊が共にいて下さること、祈ることが私たちに恵みとして与えられていることを忘れないでほしいです。決して落胆する必要はありません。そして、レジリエンスの考えも取り入れて、“しなやかに”生きていってほしいと思います。

お祈りします。
イエス・キリストの父なる神さま。御名をあがめ、賛美致します。
今日は、困難や挫折に遭ったときの心の持ち方を考える機会を与えて下さいましたことを感謝致します。私たちは、小さいことから、大きな事まで、それぞれが、人知れず、悩みを抱えて生きております。それでも、何とか希望を持って喜んで歩んでいきたいと願いますし、それが、神さまの願いでもあることを知っています。
聖霊なる神さまがいつも、寄り添って下さいますように。それを知って、雄々しくまたしなやかに日々、歩んでいけますように、支え導いて下さい。皆の祈りに合わせて、感謝して、主イエスキリストのお名前を通して御前におささげ致します。   アーメン

山梨日日新聞「10代の意見」に掲載されました。

本校生徒が山梨日日新聞「10代の意見」に掲載されました。


山梨日日新聞 2015年 5月25日付

2つの親子進路学習会(高校3年生と2年生対象)を行いました

5月には大切な説明会が2つあります。まず、1つは高3親子対象「推薦・AO入試説明会」です。今年は5/15(金)の初夏を思わせる暑さの中、多くの保護者の方々にご参加いただき、早い時期から始まるAO等の受験に向けて、準備や手続き、校内でのスケジュールなどを確認しました。また、2020年の入試改革に向けて既に変わりつつある大学入試についても、外部英語検定試験導入を例に、情報を得るよい機会となりました。
2つ目はその1週間後に行われた高2親子対象「スタディサポート分析会」です。(株)ベネッセコーポレーションの服部健治氏を講師にお迎えし、入試に関する基礎知識とスタディサポートの分析を踏まえ、今後の学習において取り組むべき点、改善点などをお話しくださいました。高3生にとってはもちろんのこと、高2生にとっても日々の授業にどれくらいしっかり取り組めているか、模試によって明確になった弱点をいかに克服していくか、忙しい中でいかに有効かつ効率よく時間を使っていくか、が受験に勝つキーワードとなります。これにプラス、保護者の方の支えが大きな力となります。
引き続き、生徒それぞれの希望進路実現を目指し、多方面でのサポートを続けていきます。

Global StudiesⅡにてミニ講演会を開催しました。

5月16日(土)、「AAR JAPAN 難民を助ける会」でご活躍の木下 聡さんをお招きして、Global StudiesⅡを受講している高校2年生の生徒たちにお話をしていただきました。
木下さんは JICAの青年海外協力隊員としてモンゴルの発展途上地域において現地の環境教育に2年間携わってきました。木下さんのお話から、生徒たちはモンゴルで現在起きている環境問題は何か、暖房のために一般家庭から出る排煙が大気汚染につながっていること、木下さんが現地の人々の環境に対する意識を高めるためにFun Theoryという手法を参考にしながら活動に取り組んだことなどをお聴きしました。
途上国の視点から環境政策について学ぶことができ、「住みやすい街づくり」というテーマのもとに課題研究を行う生徒達にとって大変有意義な時間となりました。

   

 

  

  

「世界一大きい授業」実施しました

今年度も中学で「世界一大きい授業」を実施しました。
この授業を始めて、今年で6年目になります。
各学年でプログラムを工夫し、教育の大切さについて学びました。
学校に通えない子どもが世界にはたくさんいます。マララ・ユスフザイのように、世界中の子どもが学校に通えるようになるために声を上げる子どももいます。隣人のために働く心と手を、山梨英和では大切にしています。

中学自由研究表彰(2014年度作品)

昨年度の自由研究かえで賞5名、優秀賞6名の表彰が行われました。
表彰作品は以下の通りです。
かえで賞
・「山梨のぶどう栽培」         
・「富士川と舟運の歴史」        
・「ユダヤの歴史を通して平和を考える」  
・「マングローブの不思議」        
・「食べ物の殺菌力」           
優秀賞
・「みそ」         
・「中央アジアの紛争」          
・「現代社会の難病」           
・「新撰組の武士としての生き方」     
・「日本福音自由協会の信仰箇条~私の協会」
・「空の不思議」

             

山梨日日新聞「10代の意見」に掲載されました。

本校生徒が山梨日日新聞「10代の意見」に掲載されました。


山梨日日新聞 2015年5月13日付
(PDF)


山梨日日新聞 2015年5月19日付(PDF)

 

高校合同礼拝 大島先生

2015年5月20日(月) 高校合同礼拝

<聖書>   コヘレトの言葉 第11章 6節
朝、種を蒔け、夜にも手を休めるな。実を結ぶのはあれかこれか/それとも両方なのか、分からないのだから。
(口語訳)朝のうちに種をまけ、夕まで手を休めてはならない。実るのは、これであるか、あれであるか、あるいは二つともに良いのであるか、あなたは知らないからである。

この前の日曜日、教会で礼拝を終えて聖書・讃美歌を戻しに行くと、「ご自由にお取りください」と、こんな小さな袋が受付にたくさん置いてありました。入っていたのはアサガオの種でした。
この中の多くの人は、小学生の時にアサガオを育てた経験があるでしょう。種をまき、毎日水をやって待っていると、やがてかわいらしい双葉が出てきます。黒い地面に緑色の小さな葉がのぞいているのを発見したときの感動は、誰にとっても心があたたまる体験であったことでしょう。
小さな種子から植物が芽生え、大きく成長していくさまは、聖書の時代の人々にとっても、身近な感動の経験であったと思われます。新約聖書には、有名な「種をまく人」の話があります。
「種をまく人がまいた種のうち、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。 ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。ほかの種は茨の間に落ち、茨が伸びてそれをふさいでしまった。ところが、ほかの種は、良い土地に落ち、実を結んで、あるものは百倍、あるものは六十倍、あるものは三十倍にもなった」、というイエス様のたとえ話です。
山梨県立美術館に所蔵されている、ジャン・フランソワ・ミレーの名画「種まく人」は、この聖書の話をもとに描かれたものだと言われています。種を入れた袋を腰につけた人が、体を大きくひねって畑に広く種をまいていく様子を表した、あの絵からも分かるように、当時のイスラエルでは、穴を掘って種子を埋める現代の農業と違って、畑のそこらじゅうに種をふりまいていたようです。ですから、道端に落ちる種もあれば、茨の中に落ちる種もあったのでしょう。
この「種をまく人」のたとえ話は、新約聖書の4つの福音書のうち、マタイ、マルコ、ルカの3つの福音書でくり返し登場します。このことからも、聖書の御言葉である種を受け取った私たちが、それをどのように育てていくのか。心の土壌が肝心であるという聖書のメッセージを強く感じます。
種とその成長は、この話以外にも聖書に何度も登場するモチーフです。
詩編の第126編5節、6節には、「涙と共に種を蒔く人は/喜びの歌と共に刈り入れる。/種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる」とあります。
また、コリントの信徒への手紙(二)、第9章6節には、「惜しんでわずかしか種を蒔かない者は、刈り入れもわずかで、惜しまず豊かに蒔く人は、刈り入れも豊かなのです」、ガラテヤの信徒への手紙、第6章7節には、「人は、自分の蒔いたものを、また刈り取ることになるのです」とあります。
これらの聖書の言葉が教えていることは、「種を蒔かなければ、刈り取りはない」ということ、そして、「豊かな収穫を得たいならば良い種を蒔きなさい」ということ、そのことを教えてくれています。
今朝の聖書の御言葉は、蒔いた種の手入れについて書かれています。心の土壌を十分に耕して種を蒔いても、蒔いたままで放っておいては豊かな実りは得られません。「朝起きたら、天候に関わらず種を蒔きなさい。そして夜まで手入れを怠ってはならない。なぜなら、実を結ぶのはあれかこれか、それとも両方なのか、人間には一切分からないのだから」。
既に多くの種が蒔かれ、豊かに育ちつつある皆さんですが、そこに毎日、新たな種を自分で蒔いていくのが高校時代です。どんな種をどれだけ蒔くのか、それは人によって異なります。英語に数学、古文に漢文、試験勉強、課題活動、生徒会や委員会、部活や習い事、友達や家族との関係、一人で静かに考える時間。そのようなたくさんの種、ひとつひとつに対して、あなたがたは全力を尽くすべきであると、今朝の聖書の御言葉は教えています。
とはいえ、この御言葉は、すべての種が実を結ぶ訳ではないという可能性もまた示唆しています。コリントの信徒への手紙(一)第10章23節にも、「「すべてのことが許されている。」しかし、すべてのことが益になるわけではない」とあります。
しかし、種は蒔かなければ刈り取ることができません。蒔いて育てた種の中から、やがて確かに実りが与えられ、喜びの歌と共に刈り取るときがやってきます。これは大いなる希望です。実を結ぶのはあれかこれか、それとも両方なのか、今の時点では一切分からない私たちを、神様は励ましてくださっています。一見ムダに思えるような作業でも、すぐに成果が出なくても、実りが期待できるのかどうか怪しいような状況の中でも、あきらめず、精一杯の努力をして、いろいろな方法を工夫して考えながら生きること。神様が私たちに求めていらっしゃるのは、そのような生き方なのではないかと思います。

ひとことお祈りいたしましょう。
すべての恵みの源である、天の父なる神様。この朝も、学校での礼拝から一日を始めることができました。心から感謝いたします。
神様、不信仰なわたしたちは時に、あなたの姿が目に見えないからといって、不安や恐れの中に沈み込んでいってしまいそうになります。けれども神様はいつも、私たちを見えざる手で支え、祈りに応えて折にかなった助けを差し伸べてくださいます。どうか今日も、私たちを励まし、目の前にいます生けるキリストに心を向けて歩んでいくことができるようにしてください。
あなたによる祝福のうちに、一人ひとりに多くの種が与えられました。心を豊かに耕して整え、惜しみなく種を蒔き、やがて来たる刈り入れのときまで、つぶやかず、疑わずに、どの種の手入れも怠りなく続けていくことができますように。
主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン

2015年度 校長挨拶

山梨英和中学校・高等学校 校長 三井貴子

 山梨英和中学校・高等学校は、今年で創立126周年を迎えました。キリスト教信仰に基づく豊かな人間教育を揺ぎない教育理念として、創立当初から現在に至るまでグローバルスタンダードな女子教育を実践してまいりました。本校からは多方面にわたり国内外で活躍を見せる卒業生を数多く送り出しています。在校生たちは、このような歴史と伝統を誇りとし、10年後20年後の自分自身を想像しながら希望に満ちた学校生活を送っています。
 本校の全ての教育には、校訓である「敬神・愛人・自修」の理念が根底にあります。その上に時代に即した先進的なアプローチを取り入れ、2013年より文部科学省よりスーパーサイエンスハイスクール(SSH)として5年間の認可を受けています。ユネスコスクールとしてもESD(持続的な発展のための教育)の理念に基づく研究開発を実践し、独自の進化を続けています。英語教育・国際理解教育・iPadを活用したICT教育・理数教育などの多角的な学びをとおして「考える力・伝える力・つながる力」を育てています。
これからの社会では、国境を越えて互いに理解しあう“心”を養うことが大切です。山梨英和は、幅広い教養と高い学力を備えることはもちろんですが、その能力を社会に還元し奉仕することのできる女性を育てていきます。国際社会にとっても、山梨英和の教育に期待されるところは大きいと確信しています。

第67回 山梨県高等学校総合体育大会結果報告

今年山梨英和高校はバドミントン、水泳、新体操、テニス、バレーボール、剣道の6種目に出場しました。新体操部が団体1位、バドミントン部が団体ベスト8という成績を残すことができました。この結果、新体操部は6月に行われる関東大会に出場します。
勝敗にかかわらずこの大会に出場することで得られるものにはとても大きなものがあります。このことを胸に刻んで次の大会を目指して頑張っていきましょう。
応援してくださったみなさま、ありがとうございました。

開会式:高校1年生の行進