生徒,礼拝のひとコマ

9月2015

放送礼拝 図書委員会

図書委員会放送礼拝 コヘレトの言葉1章18節

 

皆さんが調べ物をするとき、どのような方法で調べますか。今日、調べたいことがあるときにはインターネットで調べれば、すぐに答えが出てくる時代になっています。それはとても便利になってきている証拠であり、これからの社会でも重要なものとなるでしょう。

私たち図書委員会では6月の学園祭で、山梨県ゆかりの作家6人についての展示を行いました。中学生はマップを、高校生は作者についての新聞を作成しました。そのために、私は作者についてインターネットで調べていました。しかし、作者のプロフィールだけでは新聞はできません。作品の概要、作品への思い、エピソードを組み合わせて作ります。私自身、これには非常に苦労しました。書かれた事柄をすべて自分たちの言葉にし、皆さんに伝えられるようにしなければならないからです。学園祭に間に合わせようと一生懸命調べていた時に、すべての作品を読んでおけばよかった、ということを感じました。自分が読んだことのある作品には、とても深く、鮮明にその状況が思い出されて、印象深かったシーンを文字にする言葉できました。読んでいない作品は調べていてもピンと来ないのです。

調べたものをまとめ上げ、それを一つの文章、コラムにすることは私たちの日常にどこにでもあり、それでいて複雑なものであります。たくさん集めた情報をどのように組み立てて、人に伝えようか。例えば礼拝原稿の作成や調査や実験の考察、作家が本を執筆することも、情報の塊を組み立てる一例です。確かに力をつけていけば、考察文なんてお茶の子さいさいなのでしょうが、それがまた厳しいのです。もしかしたら私の文は間違っているのかもしれない、と考えてしまう時もあるでしょう。しかし、日々の生活で培ってきた表現や言葉、また知識が助けてくれるということを、皆さんも知っていているはずです。

今日の聖書の箇所は、一見ネガティブな意味でとりがちですが、逆に考えると、悩み、苦しみがあるということは、それだけ知恵や知識があるということです。インターネットの出現により、私たちはより早く、簡単に情報を手に入れることができるようになりました。しかし、それは本当に自らの知識になるでしょうか。本当に自分のものにするためには自分が知識に対し、よく考え、それをよく調べることが大切であると思います。

今年の図書委員は中学生から高校生まで、それぞれの役割をしっかりこなしました。学園祭展示は、委員一同の総力により、期日にも間に合い、素晴らしいものができたと思っています。来年もよりすばらしい展示ができることを願っています。

 

お祈りします。神様今日も新しい一日を与えられたことに感謝します。今日は知識や知恵が増えることによる悩みを話しました。どうか今日一日も新たな学びによる向上ができますように。今日はメントンの姉妹校から学生がやってきます。皆が彼女たちと交流し、さらに世界に目を向けることができますように、お見守りください。この祈りをイエス=キリストの御名を通して、御前におささげ致します。アーメン。

放送礼拝 テニス部

放送礼拝 テニス部

マタイによる福音書7章7~12節

 

私は先日、本屋さんである一冊の本に目がとまりました。「アドラー心理学」というものです。心理学とは文字通り、人の心を学ぶ学問です。臨床心理、家族心理、犯罪心理、発達心理など、心理学にもいろいろな種類があります。このアドラー心理学はアルフレッド・アドラーという人が提唱した心理学で、勇気の心理学とも呼ばれているそうです。アルフレッド・アドラーは1870年、オーストリアに生まれた精神科医であり、心理学者です。彼が唱えたこのアドラー心理学は、自分が変わることで周りも変わるという対人関係を主に説いています。今から、この本を読んで私が印象に残ったものを3つ紹介したいと思います。

1つ目に、他人とうまく付き合っていくためにはまず、自分の中の常識をひっくり返してみるということ。例えば「もっと頑張れ」と言われた時、励まされたと感じる人と、叱られたと感じる人がいます。同じ状況でも人によって感じ方が違います。
2つ目に、自分を苦しめているものの正体を知ること。人間は誰しも、誰かより劣っていると感じるコンプレックスを持っています。私はなんてダメな人間なんだろう、どうしてこんなに不幸なんだろう、このように不完全な自分に苦しむ思いが更に自身を苦しめています。
3つ目に、そのコンプレックスを正しく使うこと。出来ないからもう二度とやらないと、劣等感を理由に問題から逃げてしまうのではなく、今度こそやってやると、それをバネに成長することが大切だということです。

この3つのことは、私が中学1年生の頃から5年間続けてきた部活の中でも経験したことがありました。例えば試合の後に、「もっとこうした方がいい」と先生や先輩からアドバイスされた時、出来なかった自分に落ち込み、そのアドバイスを前向きに受け止めることが出来ないことがよくありました。また自分の調子が悪い時、努力しても上達していないと感じた時は自分には才能がないのかもしれない、頑張っても上手くならないのかもしれないと思ったこともあります。そんなネガティブな考えから練習が嫌になり、部活に出たくなくなることもありました。

また、高校に入ると試合に出させてもらってもなかなか結果が残せないことが続きました。特に今年の5月の試合ではせっかくレギュラーに選んでもらったにもかかわらず、自分が勝たなければ引退前の先輩に迷惑がかかってしまうという責任感から思うように動けなくなり、試合に出ることすら怖くなってしまいました。当日の試合でもその思いから抜け出すことができず、満足な試合ができなかったことに今でも悔いが残ります。結局自分に自信がなかったのかもしれないし、実力不足ということもあります。あの時の私はただただ自分の失敗を悔やむだけで、苦しい言い訳の重なった反省しか言うことができませんでした。

ところがそんな状況は、私自身の気持ちの変化から気づいたら少しずつ克服しつつありました。先輩方が引退し、私が部長になりました。後輩たちを引っ張っていくためにも、自分がしっかりしなければいけません。どうして満足な試合ができないのか考え悩み、まず練習の一球一球を大切にする、試合でも簡単に失点しないなど、落ち着いて自分の行動を振り返りました。今年の夏は講習会や合宿、練習試合を経て、少しずつですが、自信を持って前向きな気持ちで試合に臨むことができるようになってきました。悩みをポジティブに考え、何事にも前向きにいること。この気持ちの持ちようや物事の捉え方だけでも今まで見えなくなっていたことが見えるようになってきます。

そんな今の私には自分の上達以外に目標があります。それは後輩が過去の自分のように思い悩んでいる時、ネガティブになっている時にこそポジティブな自分でいて、周囲に前向きな働きかけをすることです。このような目標を持つきっかけになったのは引退した先輩たちの影響があったからです。試合前から怖くて緊張していた私の背中をさすって大丈夫と言って励ましてくれたり、辛い練習からも決して逃げることなく後輩たちにいい見本を見せてくれた先輩の姿は私の憧れであり支えでした。自分もこんな風になりたいと思っています。

今日読んだ聖書の箇所は、私の目標を表しています。「人にしてもらいたいと思うことはなんでも、あなたがたも人にしなさい。」先輩たちから教わり、自分も5年間学んできたことを後輩たちに伝えつつ、支えてくださる多くの方々に感謝してこれからも部活に励みたいです。

お祈りします。
神様、今朝も放送を通して礼拝を守ることができることに感謝します。今日はアドラー心理学をもとに、自分が変わることでまわりも変わっていくということについてお話ししました。何か困難にぶつかった時、思い通りに物事が進まない時、皆がネガティブな考えで自分を苦しめることのなく、前向きに進んでいける勇気と力をお与えください。今日学校に来れていない者の上にも、神様の豊かな恵みがありますように。この願いばかりの祈りを尊き主、イエスキリストのお名前を通してみ前にお捧げします。