生徒,礼拝のひとコマ

10月2015

放送礼拝 新体操部 

詩編126編5~6節

 

今日読んだ箇所は、ユダヤ人がバビロン捕囚から解放されて故郷に帰ってきた時に歌った歌です。彼らは異国の地で大変な思いをして、やっとの思いで故郷に帰ってきました。しかし、自分達の信仰のよりどころであった神殿が跡形もなく取り壊されており、再建を試みますが、様々な事情でその夢も叶わない状況の中にいました。そんな苦しみの中でも、彼らは決して神への信仰を失わず、今日のような歌を歌うのです。「涙と共に種を蒔く人は、喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い泣きながら出て行った人は、束ねた穂を背負い喜びの歌を歌いながら帰ってくる。」この歌を中学1年生で初めて聴いた時、衝撃を受けたことを今でも覚えています。私は、彼らの不屈の精神と希望はどこからくるのだろうと不思議に思いましたが、その原動力はどんな状況の中でも神さまに信頼することであると知りました。私も全てをご存知で、いつも私達と共にいて下さる神さまを信じてみたいと思いました。それから時が経ち、今年の夏、この御言葉を自分のこととして体験する機会がありました。それは、大阪で行われたインターハイへの出場でした。

インターハイと言えば、体育局に所属している人なら一度は行ってみたいと思う憧れの舞台です。私もそうでした。しかし、私は同時に複雑な気持ちでした。それは、県内では英和しか新体操の団体を組んでいる学校がなく、自動的に出場権を得られたという背景があったからです。元々自信がなかった私達が、インターハイ前に出場した関東大会でさらに自信をなくしてしまいました。周りを見渡すと様々な大会を勝ち抜いてきた強豪校ばかりで、自分達の演技に集中することができなくなっていました。本番は恐怖が先に立ち、いつもなら出来ることが出来なくなり、結果として後悔ばかりが残る大会となりました。そんな自分が悔しくて大会後は涙が溢れました。

関東大会から戻り、インターハイに向けて練習が始まってからは自分の中で何かが変わったのを感じました。今までは意識しなかったようなところまでこだわり、何度も何度も繰り返し成功するまで練習を続けました。時には投げだしたくなる時もありましたが、熱心に指導して下さる先生や、苦しい中一緒に頑張る仲間に支えられました。また、そんな苦しい時に今日の聖書の箇所も思い出され、励まされたことを思い出します。

そして、いよいよインターハイに出場するために大阪に入り、3日間の割り当て練習をこなしました。関東大会の反省を活かし、自分達の演技だけに集中することができたと思います。今回の目標はとにかく自分達の演技を笑顔で最後までやり抜くということでした。しかし、練習最終日にアクシデントがありました。手具の交換中に、飛んできた手具が頭に当たり、ケガをしてしまいました。私のケガのせいでチームの士気が下がってしまい、目標であった笑顔で演技することが難しい状況になりました。しかし、当日、演技の前にこのメンバーで演技をするのは最後だから、思い切り楽しもうとみんなで気持を高めフロアに入りました。学校名が呼ばれた時、他の学校のように応援団もいない私たちには声援がかかるとは思っていませんでした。静まりかえった会場の中で、「がんば!」という一人の声が聞こえました。その後、状況を察してくれた他校の応援団からも次々に「がんば!」とエールが送られました。その会場の温かい声援に背中をぐっと押された気持ちでした。演技のほうは失敗もありましたが、悔いが残らない演技をすることが出来ました。

涙を流したこともたくさんあったけれど、信じて前に進めば必ず必要な助けは備えられていることをこの経験で知りました。それは、例えば仲間、先生、家族、そして会場の応援などでした。これからも、この聖書の御言葉を自分の糧として歩んでいきたいと思います。