1月2017

Kids’ISO14000初級編に合格しました。

 Kids’ISO14000とは、国際芸術技術協力機構(ArTech)が開発し、国連・国際機構との協力で展開されている教育プログラムです。これからの子供たちに求められる「自分で考え・行動できる力」を身につけるためのものです。PDCA(問題解決のための方法論―Plan・Do・Check・Act)の手法を使って、環境をより具体的にとらえ、結果につなげる行為を子供たち自らが経験します。初級編は約1か月の実施によりワークブックにレポートを書き込み提出し、認定されると世界中どこでも通用する国際認定証を頂くことができます。
 中学1年生は、スペシャルサタデーの一環で夏休みに各家庭で生徒が中心となって節電とゴミの減量にPDCAサイクルの手法で取り組みました。今年度は、その中から5名が、10月~11月に本編に取り組みました。12月に審査があり4名が見事合格し国際認定書を頂きました。取り組んだ生徒たちは、環境に対する意識が向上し、具体的にどのように取り組むとより効果的な結果が得られるかを体験しました。このPDCAサイクルは、今後の学習にも活かすことができます。これからのいろいろな課題の解決にこの方法を使ってより良い結果を得ることができるでしょう。

高1親子進路学習会を実施しました

去る1月13日(金)に河合塾の西川忠人氏を講師にお招きし、高1親子進路学習会を実施しました。2年後の姿を生徒の皆さんに想像して欲しいという思いもあり、センター試験を翌日に控えた日に敢えて実施しました。講演会テーマは「大学受験に向けて高1で知っておくべきこと」。高1生がまずすべきことは、志望校との距離を知ることであり、大学入試に向けた心構えである、時間を意識した学習対策、勉強のゴールデンタイムを逃がさないこと、やれなかったことに言い訳はしないことなど、当たり前だけれどできなかったことを改めて認識さられました。また、2020年の大学入試改革に向けてすでに変わりつつある入試を取り巻く環境についても情報をいただきました。

大学受験成功のカギは、徹底的に理解するという勉強の仕方と定期試験・模擬試験を有効活用することです。また、これから求められる「思考力・判断力・表現力」は家庭でのコミュニケーションも大事な磨く場となりますので、まずは学習会の内容について、親子で考えを話し合う機会を持っていただけたらと思います。

学年礼拝 坂本先生

詩編46編2~4節

私がこうして皆さんとお話をする学年礼拝の時間を持つことができるのは、今回が最初で最後になります。

このような貴重な機会をいただき、何を話そうかなと、かなり悩んだのですが、皆さんといっしょに過ごす中で、私も皆さんと同じ高校3年生だった頃のことが頭に浮かんできたので、その当時の話をしたいと思います。

センター試験を終えて、前期試験で合格通知を手にすることができなかった私は、3月12日の後期試験を受けることになっていました。

前泊しないと後期試験当日間に合わなかったので、今から6年前の2011年3月11日に、私は茨城に向けて高校を出発しました。

昔から歴史が好きだった私は、渋いと感じるかと思いますが、時代劇を見るのが好きでした。

特に、悪事を働いた人が最後には必ず水戸の御老公様に成敗されるという水戸黄門が大好きでよく見ていました。

なので、私はせっかく茨城に行くなら、水戸駅前にある水戸黄門の像を見て、試験に向けて気合いを入れようとはりきって水戸駅に向かっていました。

水戸駅に着いて早速、カメラを片手に興奮しながら水戸黄門の像の写真を撮ろうとしていた時です。

ごーというものすごい地響きが聞こえてきました。

水戸駅は結構電車の音が響く構造になっているのだなとあんまり深く考えていなかったのですが、その地響きのすぐ直後に何が起こったのか全く分からない、というか考える余裕もないほどの強い揺れが襲いました。

立っていることはできず、地面に這いつくばり揺れが収まるのを待ちました。

その時はどのくらいの大きさの地震だったのか分からなかったのですが、後々調べたら実際には水戸は震度6弱の揺れだったそうです。

そしてこの地震は、3月11日に起こった地震ということで気づいた人もいるかと思いますが、東日本大震災のことです。

東北地方を中心に津波や原発で甚大な被害を出し、日本各地に大きな爪痕を残した地震なので、皆さんの記憶にも色濃く残っていることと思います。

揺れが収まると駅の中から悲鳴をあげた大勢の人達が雪崩のように出てきて、あたりは経験したことのない物々しい雰囲気でした。

周りを見渡してみると、建物の窓は木っ端みじんに破損して壁が落ちたり、上層部が崩れてしまったり、道路は亀裂が入っていて通れる場所もなく、歩道橋は崩れ落ち、もたもたしているうちにまた大きな揺れ、余震に襲われました。

親に電話をかけようと思っても全くつながらず、何が起きているのか、どうしたらいいのか全く分からず、涙を流す暇さえありませんでした。

一人でとぼとぼ歩いている私に、周りの人たちが建物から離れなとか、下に気をつけて歩くんだよとか、いつ余震が来てもいいように安全を確保して、と気にかけて声をかけてくれました。

当時の私の感覚では、余震という感覚が全くなかったのでただただ驚きと次はいつ来るのかという不安でいっぱいでした。

初めての土地で土地勘もなく、さらにホテルは水戸に予約をしていなかったのでどうしたらいいか困っていたところ、東京から偕楽園に梅を見に来たというおばさま方が、予約したホテルに連れて行ってくれて、その日はそのホテルのロビーに泊めてもらうことになりました。

ホテルではラジオを通して、東北地方がすごいことになっていること、交通機関がストップして復興のめどが立っていないこと、それはすなわち試験会場に行けない、そして山梨にいつ帰れるか分からないという現実を知りました。

結局次の日の後期試験は実施されませんでした。

ちなみに、私が高3だった時の後期試験は、地震の被害を受けている所ではセンター試験の得点で判定が出されることになったことが多かったです。

ホテルのロビーで寝た夜には、停電のため真っ暗で余震が数分間隔で襲い、寒い中毛布にくるまり、みんなで励まし合いながら恐怖の長い一夜を過ごしました。

私一人ではとうてい乗り切ることができなかった一日を、周りのたくさんの方々に助けてもらいながら乗り越えることができました。

その時私に関わってくれた方々は、名前も分からない方々ですが、お互いに困った時には助け合い、励まし合うことの大切さを身をもって教えてくれました。

次の日、ここは危険だからということで、ホテルから避難所である近くの学校へと案内されました。

そこでは支援物資が各地から届けられ、非常食を配給してもらうことができました。

避難所で過ごした3日間、私は山梨に戻るために朝から晩までタクシー乗り場の長蛇の列に並んでいました。

結局、避難所で3泊して4日目にして、タクシーに乗り合わせることができて、動き始めたつくばエクスプレスに乗って山梨に帰ることができました。

この日々の中で、私は自分にとってとてもとても大きな出会いに恵まれました。

避難所が学校だったということもあり、学校の先生方がボランティアで炊き出しに来てくれて不安の中にいる私たちの話を親身になって聞いてくれ、当時の私の精神の支えになってくれました。

山梨に帰れないこともですが、後期試験を受けられなかったということが私の中で消化しきれないことであり、本当に悔しくて、来年どうしたらいいのかと考えることだらけでしたが、その先生の言葉がその時の私に今後を乗り切る力と勇気をくれました。

残念ながら学校の名前も先生の名前も分からないのですが、不安と恐怖の中にあった私の光になってくれた、学校の先生という存在は私の中では非常に大きいものとなり、教師という職業を意識するきっかけになりました。

当時は後期試験を受験することさえかなわず、地震の被害にあったことはとてもつらい体験だったと思っていました。

しかし、今日の聖書の箇所の2節に、「神はわたしたちの避けどころ、わたしたちの砦。苦難の時、必ずそこにいまして助けてくださる。」とあります。

どんなにつらいことや希望の光が見えてこない時でも、私たちのそばには神様が共にいて下さいます。

そして、そんな私たちのことをいつも守り助けて下さいます。

自分にとって苦しいときにこそ、神様の存在はさらに大きなものとして感じることができるのだということを、私は英和に来て、この礼拝の時間を通して感じるようになりました。

今振り返ると、この時の経験や出会いがなければ、今の私はいなかったと思います。

それはきっと、私の人生にとってなくてはならないできごとであり、神様が共にいて下さることを実感することのできた経験として、今後も私の中に残っていくことでしょう。

皆さんも今後、様々な出来事を経験したり様々な出会いが待っていたりすると思います。

もしもそれが自分にとってつらく苦しい出来事であったとしても、その経験の中で自分が大きく成長できることや自分の目指す方向性が大きく変わることもあるかもしれません。

どんな時にも私たちのそばには神様が共にいて下さることを覚えて、ぜひ一つ一つの経験や出会いを大切にしながら、自分の可能性を広げていってほしいと思います。

放送礼拝 自然科学同好会

ヨブ記12章7-10節

皆さんは「風の谷のナウシカ」という映画を見たことはありますか? 見たことがないという人はほとんどいないと思いますが、一応あらすじを紹介します。

「火の7日間」と呼ばれる戦争によって巨大産業文明が崩壊してから1000年。 錆とセラミック片に覆われた大地に、人間が吸うと死んでしまうという有毒な瘴気を出す”腐海”という菌類の森が広がっていました。戦争によって衰退した人類は、その腐海によってさらに生存を脅かされているという設定です。

映画の中で人間は、腐海を人類最強の兵器を使い焼きはらおうと試みますが、森に住む”オウム”という虫たちが森を守ろうと人間に襲いかかります。そのとき、ナウシカは「森と人間とは共に生きることはできないのか」と悩み、必死で森や虫たちの命を守ります。

私はこれまで何度かナウシカを見たことがありましたが、最近になってこの映画に込められたメッセージについて深く考えさせられるようになりました。「生きる」とはどういうことなのか。また、「自然」とは私たちにとってどのような存在なのか、そのようなことを考えるようになったのは、私が自然科学同好会で、より深く「自然」に触れるようになったからかもしれません。 自然科学同好会は、「環境科学」のテーマにそって生物・化学・物理の観点から研究をしています。 私たちはこれまで、ササラダニというダニを通して土壌環境についての研究をしてきました。ササラダニは人に害がなく、普段は落ち葉を食べて土を作ってくれるダニで、日本には1000種類くらいがいると言われています。私たちは愛宕山や富士山の土壌を採取し、そこに生息するササラダニを観察し、どの種類がどれくらいいるか数えたり計算したりします。 ダニと聞いただけでゾクゾクするという人もいるかもしれませんが、彼らがいなければ土は作られません。土がなければ植物も作物も育たないし、植物や作物がなければ私たちは生きることができません。そう考えると、私たちは小さな小さなダニのような存在によって積み上げられてきた、大きな大きな自然の中に住んでいます。

この研究を通して、私はそれまでとは違った目で「自然」を見つめることができるようになりました。そして、「自然」は命のつながりであり、人間には決して作ることができないこのようなサイクルを創られた、神様の力を知ることができました。 もちろん最初は、ダニを使った研究なんて大丈夫かな…と思っていました。それに私たちの研究は、土壌を採取したり、顕微鏡をのぞき続けるような地味で時間のかかるものですが、しかし、ササラダニと出会ったことによって、私は、自然を創造された神様の偉大さに気づくことができました。神様は大きな世界を創られ、その中に様々な生き物を創られ、それらをつなぐシステムを創られ、その中に私を創られて、今日も生きるために命を与えて下さっているのだと実感し、とても感動しました。

自然科学は理系だけのものではありません。勉強が好きな人だけの世界でもありません。「こんな現象がどうして起こるのかな」、「この不思議な力はなんだろう」という、身の回りの誰でも持つような疑問を追求していけばいいのです。皆さんも是非、自然を見回してみて下さい。そして、問いかけてみてください。きっと何かに出会えると思います。

では、もう一度今日の聖書を拝読します。

獣に尋ねるがよい、教えてくれるだろう。 空の鳥もあなたに告げるだろう。 大地に問いかけてみよ、教えてくれるだろう。 海の魚もあなたに語るだろう。 彼らはみな知っている。 主の御手がすべてを造られたことを。 すべての命あるものは、肉なる人の霊も 御手の内にあることを。

お祈りします。

神様、今日も新しい1日をお与えいただきありがとうございます。 今日は命や生きることについての御言葉を与えられました。感謝いたします 私たちは日々自分のことで精一杯ですが、ふと自然を眺めるとき、あなたを思い出すことができますように、お導きください。 このお祈りを尊き主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げいたします。アーメン。

天津市より訪問団をお迎えしました

1月16日、天津市の中学生・高校生34名、先生方5名をお迎えして交流の時を持ちました。山梨英和中学校2年生との合同授業では、生徒たちが準備した英語ご当地クイズを楽しみました。中国からのお客さまに山梨や甲府のことを伝えることができました。
コミュニケーションツールとしての英語の大切さを体感するとともに、違う国で育った同世代のひととの出会いを喜び、とてもよい時間を分かち合うことができました。
機会を与えてくださった笛吹市教育委員会の皆様と、通訳をしてくださった山梨英和大学の学生さんたちに感謝します。

サイエンスキャッスル2016関東大会に参加しました。

12月24日(土)TEPIA先端技術館において、リバネス主催の中高生の学会:サイエンスキャッスルが開催され、山梨英和からは、SSHⅡと自然科学同好会の計10グループがポスター発表を行いました。ポスター発表では、審査のコアタイム以外でも質疑応答などが活発に行われ、とても有意義な時間となり、多くの学校の生徒との交流も行うことができました。生徒たちは、それぞれの発表を通して、どうすればもっとわかりやすく内容を伝えることができるか等を考えるよい機会となりました。「英語でのプレゼンに挑戦しよう」というワークショップに参加した生徒もいて、他校の生徒たちと自己紹介や、研究の紹介や狙いなどを伝え合う練習などを行いました。

放送礼拝 石原先生

マタイによる福音書5章9節

  「平和を実現する人々は、幸いである。その人たちは神の子と呼ばれる。」

 

 今日は福沢諭吉の生涯や彼の残した言葉から、共に考えていきたいと思います。

 福沢諭吉といえば、「1万円札の人」として有名です。しかし、何がそんなにすごいのか?までは分からないという人が多いのではないでしょうか? まずは、青年期から振り返ってみましょう。

 諭吉は、中津藩(今の大分県)の下級武士の家に生まれます。子どもの頃から向学心が旺盛で、人の何倍も学び、学力においては、中津藩で一位、二位を争う人物でした。

 が、ただの「学力の高い人」で生涯を終え、決して歴史に名を残すことはない人物のはずでした。それはなぜだと思いますか?封建社会(身分社会)の日本において、特に諭吉のいた中津藩では、学力が高くても、身分を超えた仕事には就くことは決してなかった、いや、できなかったからです。諭吉の父もまたそうでした。諭吉は後に、封建制、身分社会を「親の仇」と評し、このような社会のあり方に敵愾心を抱いていました。

 それでも諭吉は学問を続けます。ペリーの黒船来航の知らせを聞き、当時の外国語であった「オランダ語」を、しばらくすると、これからは「英語」だと直感し、「英語」を猛勉強することになります。

 そんな諭吉に、幕府が派遣する咸臨丸に乗船し、アメリカの土を踏んだことが、人生最大の転機となりました。それは、もちろん偶然が重なったこともありますが、学問が彼にチャンスを与えたといっていいと思います。

 アメリカで諭吉を驚かせたものは、豊かな生活や「科学文明」ではなく、成熟した社会のあり方だったといいます。誰でも自由に発言し、また、それを受け入れる社会の寛容さ、また、大統領でさえ、その職を退けば、普通の一般市民の扱いを受けるなど。

 彼を広い世界に導き、自分の使命に目覚めさせたのは、結果的には「学問」です。諭吉自身、「賢人と愚人との別は、学ぶと、学ばざること、によりて、出来るものなり」と言っています。諭吉にとって、あの中津藩時代の閉塞感を打ち破れたのは、若き日から積み重ねた「学問」であり、人の一生が「身分」によって決まってはいけないことを我々に伝えています。同時に、学ぶ意欲のない人は、自分の未来を切り拓く意志がない人であり、「愚人」という厳しい言葉で戒めています。

 諭吉は「独立自尊」という言葉を好んで使っていました。「個人の独立」とはどういうことでしょうか? 諭吉はそれを「支配されない」に置き換えられると言っています。例えば、みんなが持っているもの、みんなの着ているもの、さらには、みんなから自分がどう評価されているかが、気になって仕方がない。つまり、「みんな」という名の不確かなものに「支配されている」ことを指しています。

「独立」は「孤立」とは違います。諭吉は社会との関わりに大変「重き」を置いています。

「独立」とは自分の意志をしっかり持ち、それを表現できることだと思います。日本人がこれが不得手なのは、「神様」との「1対1」の対話が少ないからだと思っています

「神様」との関係をもっと深くすることで、さきほどの「みんな」という漠然としたものに振り回されることも少なくなると思います。神様の前に立つと、人は自然と素直になれます。また、「神様」は私たちの思いを必ず受け止めてくれます。自分の足で立ち、自分の足で歩くとは、神とともに歩むということだと私は思います。

 諭吉は人前で自分の意見を述べる、「スピーチ」を慶應義塾の学生たちに求めました。当時、自分の意見はしゃべるものでなく、書き残すものであったため、日本人はこれが相当苦手であったようです。今の時代にもそれが引き継がれてしまっているように思います。

 当時の日本に「スピーチ」に当たる日本語はありませんでした。当時の日本に人前で自分の意見を述べることなど必要なかった訳ですから、そもそもそれを表す言葉がないのは当然です。「演説」という言葉は「スピーチに対する訳語」として、明治時代に諭吉が作ったと言われています。

 「スピーチ」はもちろん練習すれば上手くはなりますが、それだけでは人の心を捉えるものにはならないでしよう。今、世界に影響力をもつ、いわゆる「リーダー」と呼ばれる人たちの言葉に、我々に希望ではなく、互いの憎悪をかき立てるような言葉が混じっているのが気になります。

 諭吉の言葉に、「学問の要は活用にあるのみ。活用なき学問は無学に等し。」というものがあります。「活用」?、誰のために何のために活用するのか? 世界のリーダーならば、その頭の良さを、敵をつくり、対立を煽るためではなく、世界の平和のために活用すべきです。

 皆さんは、今学んでいるものを何に活用しますか? 皆さんが今学んでいることが、やがて誰かの幸せに繫がることを願いつつ、今日もしっかり学習に励んで下さい。

お祈りします。

 

天の神様、今朝も礼拝で1日を始められる幸いに感謝します。

今世界で起きている、対立、紛争は私たちの愚かさから生まれているものです。

もし、私たちがそれに目を背き、または、傍観者の立場でいるようなら、

それに気付かせて下さい。

平和な世界をつくるのは私たち一人一人であると自覚させて下さい。

今日一日、与えられた恵みに感謝して過ごせますように。

 

主の御名により祈ります。 アーメン。

合同礼拝 伊藤先生

イザヤ書43章4節 『私の目にあなたは価高く貴い。』

 

今年度私はYWCAひまわり部の顧問をしています。そこで、今日はYWCAに関することをお話ししたいと思います。また、YWCAのメンバーが社会の問題にどう対処していこうとしているかお話ししたいと思います。

YWCAは《Young Women’s Christian Association》の頭文字をとったもので、日本語ではキリスト教女子青年会といいます。19世紀の半ば(1855年)、ロンドンにおいて創立されてから約160年の歴史があります。1894年に世界組織となり、現在はキリスト教を基盤に世界中の女性が平和な世界を実現できるようにという目標を掲げた120か国約2500万人の会員を持つ国際NGOです。日本では1905年(明治38)カナダ人の女性によって創立され、キリスト教信仰による女性の社会教育社会奉仕運動を行ってきました。初代の代表は津田塾大学創立者の津田梅子さんです。NHKの朝ドラで注目された広岡浅子さんは日本YWCAの中央委員を務め、その後に大阪YWCAを創立しました。

現在日本YWCAは24地域と36の中高YWCA からなりたっています。中高生は全国で725人いて、英和のYWCAもその中に所属しています。姉妹校の東洋英和では創立当初、王女会というのがあって、後の生徒会やYWCAの元になったそうです。薬袋元校長先生に伺ったところでは、山梨英和でも創部の年ははっきりしないそうですが、約100年の歴史はあると思われます。先生が生徒の頃、他のミッションスクールでは生徒会と並列で全員がYWの部員という所があり、ミッションスクールにおけるYWCAの活動は当然の活動とみなされていたのではないかということです。

さて、現在山梨英和のYWCAひまわり部は、通年的には在宅のご老人にお弁当を配るボランティアを週2回、聖書研究会及びカード作り等の作業会を週1回行っています。8月には甲府市のふれあいチャレンジフェスタや甲府YWCAのピースフェスタのお手伝い、そして中高YWCAのカンファレンスがあります。

昨年の8月は関東地区のキリスト教主義女子中高生徒が集まり研修を行いました。主題は「生きるとはーハンセン病療養所の歴史に学ぶ」でした。生徒達は各校の発表に備えて、春から少しずつ準備しました。山梨には、小川正子さんという医師がハンセン病患者さんの治療にあたり、著作を残し、春日居に記念館がありますので、そのことを発表に加えました。ハンセン病については知らない人はいないかもしれませんが、皮膚と神経を侵す慢性の感染症で、感染力は非常に弱いので、治療法が確立された現代では完治する病気です。しかし、治療法が近年になるまで発見されなかったので、患者さんは昔から信じられないくらいの差別と迫害を受けてきました。感染したと分かると強制収容され、住まいは真っ白になるくらい消毒され、断種や堕胎させられ、名前を変えられ、死んでも家に帰れないという扱いをされたそうです。

この重く長い歴史を知って、生徒達が学んだことは、差別と偏見が無知から起こること、だからこそ真理を求め真理を伝えていくことが大切だと言うこと。また人の痛みを知り、愛を持って周りの人を見て、思いやりを行動に移すことの大切さでした。先日は、リユニオンという再開の会があって他校の生徒達とカンファレンスの振り返りをしたり、活動報告をしたりする機会があり、お互いに同士として刺激をもらったり、勇気を与え合う貴重な時を持つことができ感謝でした。

さて、世界に目を向けて見ますと、目を背けたくなること、耳を覆いたくなることがたくさんあります。日本の比較的平和な環境の中では分からないさまざまな問題が存在します。特に女性が抱える問題は深刻です。例えば、暴力・性的虐待・強制的な早婚・(ジェンダー)男女の性の不平等・搾取・人身売買・性奴隷やその他の虐待は現実に起こっています。そんなこと私達には関係ない、知らなくてもいいことをなんで無理に知る必要があるの?と思う人もいるでしょう。でも、日本の女性も、つい100年前には古い慣習(しきたり)の中で縛られていて、夕焼け小焼けの「15で姉やは嫁に行き」と言う歌詞にもあるように低年齢での結婚、妊娠、出産、家事等の重労働、女に教育はいらない、選挙権なし、等の社会的に低い地位の差別的な状況の中にあったわけですが、宣教師の先生方の指導やキリスト教の広まりなどで、社会的な地位を獲得してきたという歴史があるのです。宣教師の先生方は、遠くアジアの小国日本に来て、その生涯を捧げて、そのような状況は人権を軽視したことだと気づかせ、改善する必要性を悟らせてくれ、教育をしてくれたのです。

現在、若者の貧困も大きな問題で、今日世界の若者18億人のうち約半数が1日2ドル未満で暮らしており、1億人以上 が学校に通っていないという状況だそうです。また、一日6,800 人に上るHIV感染者の約40%が若者だというのです。

こうした問題にフタをして無関心ではいられないのではないでしょうか。

日本人も、ジャーナリストとして、医療関係者として、青年海外協力隊の一員として、直接そのような問題に直面する方々もいらっしゃいます。世界YWCAも暴力やHIV感染の根絶に取り組んでいます。

このような山積する問題を解決するには、今お話しした援助の他にはどのようなことが必要でしょうか。皆さんご存知のマララ・ユスフザイさんもノーベル平和賞の受賞スピーチ等で繰り返しているように、まずは教育支援が必要だということです。「少女を教育することは、国を教育することである」という諺がありますが、それは、女性と少女への教育は、国の一番小さい単位の、より良い家族や地域社会を作ることになる、ひいては周りの人々の意識を変えることになるということです。女性と少女がリーダーシップを発揮できるように多くの教育やトレーニングの機会が必要なのです。

直接関与できなくても、私達が心得ておかないといけないのは、先人達がしてきたように、女性や弱い立場の人の生きる権利が守られているかしっかりと見守り、時には監視していくことにあると思います。その確かな目を持つために、できる限り深く広く学ぶことが必要ですね。そして、平和を作り出すためにYWCAのような運動を地道に行っていくことにあると思います。

生徒の皆さんも機会があったら率先してボランティア活動に参加してみることが良いのではないかと思います。ボランティアは戸惑いやためらいもあって、なかなか急にはできないかもしれません。だからこそ、若い内に先輩や周囲の方達から実際の場で教えて頂くことが大事です。その経験を通して、一人一人が神様にとって大切な存在であり、必要な存在であるという基本的な精神や具体的な活動方法を学ぶことができると思います。そうしていけば、平和への意志が固められ、必要な時に自然体でお手伝いができるようになると思います。そのような人が将来世界を担っていくのでしょうし、皆さんにそうなってほしいと願っています。

第1回聖書動画コンテストに参加しました

第1回聖書動画コンテスト(一般財団法人 日本聖書協会主催)に中学2年生が参加し、奨励賞をいただきました。

聖書の言葉、内容、聖句に着想を得、映像化した聖書にまつわるオリジナルの動画作品のうち、1分以内の一般部門には
7作品がノミネートされ、中学生の作品としては唯一でした。

コリントの信徒への手紙一第10章13節「あなたがたを襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。神は真実な方です。あたながたを耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、試練と共に、それに耐えられるよう、逃れる道をも備えていてくださいます。」を題材にしました。
聖書の授業でどの箇所を扱うか決め絵コンテを描いてから、海の生物たちのアニメーションをiPadでコツコツと制作しました。

表彰式では優秀作品を見ることもできたので、次回はさらにレベルを上げてのオリジナル動画制作にチャレンジします!

明日は通常通りの登校日です

明日(10日)は冬期休暇明け最初の登校日です。
通常通りの登校となりますが雪の後なのでじゅうぶんに気をつけて登校してください。