ブログ,教師,礼拝のひとコマ

4月2017

放送礼拝 伊藤先生

2016年4月18日(火) 全校放送礼拝               担当 伊藤佳代子

聖   書:エフェソの信徒への手紙 1章17~18節(p. 353)          

 

新学期が始まってから10日たちましたが、新しい環境はどうですか?中1、高1の生徒の皆さんは、新しい校舎の中で迷ったり、新しい先生・友人に出会い、色々なことを試行錯誤しながら落ち着かない生活を送っているのではありませんか?

4月学校が始まってから、礼拝でイエス様の受難のお話しを聞いてきました。そして、一昨日の日曜日はイースター、復活主日でした。教会に行ってたまごをもらった方はどのくらいいらしたでしょうか?クリスマスと違って、少し教会に行きにくいと感じたかもしれませんが、キリスト教会ではこのイースター礼拝をとてもとても大事にしています。イエス様は、私達の所に来て下さり、神様から離れて自分中心の考え方で生活を送っている私達のためにご自身の命を捧げて下さいました。

十字架の死はとても悲しい出来事でイエス様のお弟子さん達は頼りにしていた分がっかりして、ちりぢりに去って行きました。ところが、預言の通り、イエス様は3日後に復活され、始めはお墓を見に行った女性達に、その後彼女たちから伝え聞いたお弟子さん達に現れて下さいました。そして、そのお弟子さん達が非常に喜んでこの知らせを伝えて2000年が経つわけですが、皆さんはどう思いますか?

 イエス様のお誕生も不思議なのに、復活とはどういうこと?と思いませんか?

でも、この出来事を信じ、アーメンその通りです。と信じてきた数え切れない人々がいるのです。実は

キリスト教はイエス様の時代から、人の心を惑わすとんでもない宗教だと言われてローマ帝国の迫害を受けたり、日本でも特に豊臣秀吉の時代から江戸時代まで迫害された歴史があります。時の権力者達には特に嫌われたのです。しかし、さまざまな困難があってもイエス様を信じて信仰を守り続けた人々がいました。

 山梨英和や他の多くのミッションスクールを作った宣教師の先生方はなぜ遠いアジアの国、日本にいらしたのでしょうか。イエス様の温かい愛にとらえられて、復活の喜びに心が燃え、このよい知らせを伝えたいという気持ちからでした。

 ところでお弟子さん達は、イエス様に直接お会いしたから信じましたが、その他大勢の人たちは見たことのない出来事をどうやって信じたのでしょう。実際ものを見るという目だけではなくて、聖書は何度も『心の目』で見るようにと繰り返しています。

それでは『心の目』とは何でしょうか?

サンテグジュペリの『星の王子さま』は皆さんも読んだことがあるかもしれません。愛らしいシンプルな挿絵と、子どもにも読める童話の形を取っていますが、人が生きていく上で新しい力を得ることができるような豊かな内容の作品です。その中に有名な言葉があります。王子様にきつねが語るのですが、「心で見なくちゃ、 ものごとはよく見えないってことさ。 かんじんなことは、目に見えないんだよ。」肝心なことは目に見えないという言葉は深いですね。もちろん私達は聖書にこの言葉の元があることが分かります。イエス様は傷を見なければ信じないといったお弟子さんにも現れて、「信じない者でなく信じる者になりなさい、見ないのに信じる人は幸である。」とおっしゃいました。

イエス様の復活を信じることによって、私達は罪を許され永遠の命を受けることができるというすばらしいニュースなのです。これを福音と言います。

 山梨英和に入学したての生徒の皆さんも2年3年の生徒の皆さんも、心の目で物事が見えるようになるために、いろいろな学習や部活動にベストを尽くし、日々お祈りしていきましょう。礼拝のお話しの準備をするときは特にこのことをお祈りして、準備しましょう。

 そして、復活のイエスさまに個人的に出会ってほしいと思います。

 

では、お祈りします。

 

イエスキリストの父なる神さま、御名をあがめ讃美致します。新学期に入り少し経ちましたが、

新しい環境の中で希望にあふれている者もいれば、また一方でまだまだ、不安や戸惑いのなかにある者

も少なくないと思います。生徒一人一人と共に歩んで下さり、励まし力を与えて下さいますことを信じます。イエス様が、私達のために十字架にかかり、また、復活して下さって真の希望を与えて下さいましたことに感謝いたします。生徒一人一人の心の扉をたたいて下さって、イエス様に出会うことができますように助けて下さい。貧しき祈りを一人一人のお祈りに合わせて、主イエスキリストのお名前を通して御前にお捧げ致します。 アーメン