生徒,礼拝のひとコマ

4月2017

放送礼拝 語学部

マタイ による福音書6章34節

ちょうど5年前、英和に入学して初めての新入生歓迎会のことは今でも覚えています。中学生
になり英語の勉強をがんばりたいとは思っていましたが、それまで英語で会話がペラペラできる
とか、英語が得意、というわけではありませんでした。クラブの紹介が進んでいき、語学部の紹
介が始まりました。先輩がステージでドレスやスーツを着ている姿に釘づけになっていて、部活
として何をするのかもあまりわからないまま、気づいたら入部を決めていました。
そんな私でしたが、中学1年生の学園祭では先輩と一緒にアンネフランクのステージに立ってい
ました。今まで演技をしたことがあったわけではなく、英語もそんな得意と言えるほどでもな
かった私は、学園祭まで心配と不安だらけの毎日でした。しかしそんな私に、先輩方は根気強く
発音指導をしてくださったり、演技のことなど私ができるまで優しく教えてくれました。実際に
演じている先輩を近くで見たとき、経験の少ない私は圧倒され、鳥肌の立つような感覚もありま
した。日ごとに、私も先輩方のように上手になりたい!と強く思うようになりました。アンネフ
ランクの上演を通して、希望を失わずに強く生き抜いていけるような女性になりたいと思いまし
た。

中学二年生のときはジャンヌダルクを演じました。多くの戦いのシーンは、どのシーンよりも
難しくて本当に大変で、練習では何時間も費やしました。国の危機に立ち向かい、神様の声をき
き先頭に立って引っ張っていくジャンヌの姿に心惹かれました。

中学三年生では、レミゼラブルを演じました。この劇は、私の中で一番印象に残っていて今で
もあの時のことは忘れられません。一言では言い表せないくらいの、達成感や感動を実感しまし
た。それが、中学最高学年だったからか、3年の経験があったからかは、わかりませんが、あの
とき感じた達成感を私はそれ以降大切にしています。

そして、私が高校一年生の時、部員が急激に増え、戸惑うことも増えました。上級生より中学
1年生の数が多く、何をどのように指示していいのか、よくわからないことも多かったと思いま
す。また、そのことが後輩たちを不安にさせていたとも思います。
しかし、私は、中学生の時、自分のことに必死になりすぎて、周りを気にかけることが出来な
かったことを思い出し、高校生になったら自覚を持って周りに気を配り、引っ張ってくださる先
輩方の力に少しでもなれるよう心がけられるようになりました。先輩方のリーダーシップで、大
人数だからこそのアリスインワンダーランドやピーターパンを語学部らしく作り上げることがで
きたと思います。

高3となり、今まさに私たちが部活を引っ張っているところです。私の中で先輩方の存在は偉大
で憧れで、私自身が最高学年であることは今もまだ実感できません。今まで先輩の背中を見て、
頼ってばかりで部活をしてきた分、いざ自分たちが上に立ってまとめてくとなると不安でいっぱ
いになります。どうすれば上手くまとめられるか、どうすれば部員みんなが楽しく活動できる
か、など悩みが尽きることはありません。逃げたくなることも何度もありました。しかし、そん
な時にふと今日の聖書の箇所である、「明日のことはあす自らが思い悩む。その日の苦労はその
日だけでも十分である」という御言葉を思い出します。私は、自分のことを話すことが得意では
なくとても苦手です。周りを巻き込んでまでこんなこと言っていいのか、とか周りに迷惑をかけ
てしまうくらいなら1人で解決してしまえばいいんだ、と思ってしまいすぐ抱え込みます。しか
し、それが逆に空回りして結局迷惑をかけてしまうということも何度もありました。そんな時
に、初めてこの箇所を目にし、今までの考え方が変わるきっかけとなりました。後のことをちゃ
んと考えるのも大事だけど、後のことをいろいろ考えすぎて、今の自分のこうどうに迷いや戸惑
いが出るくらいなら、壁にぶつかった時に周りの力を借りながらでも乗り越えていけばいいん
じゃないか、と思うようになりました。これから学園祭に向け、練習が始まります。今年の劇は
私が経験した5回の劇と違った感じに仕上げる予定です。本番までにはいろいろな試練があると
思います。そんな時は、逃げずに立ち向かい、劇を見てくださるすべての人に、あー今年の語学
部は今までと違った感じだったけどよかったよ、と言ってもらえるよう、お互いに補い合い、部
員全員で協力して頑張っていきます。

合同礼拝 高2担当

マタイによる福音書5章9節

(沖縄・長崎コース)
平和。この言葉を聞いてみなさんは何を思うでしょう。今は平和でしょうか。憎しみや争いの中で、飢えている人や悲しんでいる人がいるのなら、平和とは言えないと私は思います。

私たちは昨年度、修学旅行の事前学習として、映画を鑑賞したり、班ごとに調べ学習をしたり、プレゼンテーションを行い沖縄・長崎についての学びを深めました。特に、沖縄の歴史についてはほとんど無知と言っていい程知識がありませんでした。しかし、この修学旅行をきっかけに、実際に沖縄に行き、壕体験や資料館を見学したり、講話を聞いたりしたことでたくさんのことを知ることができました。その中でも一番こころに残っていることは、轟壕に入った事です。自然の鍾乳洞である洞窟の中は、湿度が高く、足場も悪く真っ暗で、懐中電灯に照らし出されたかすかに見える内部の様子やなんとも言えない空気感に恐怖を感じました。あるポイントで足を止め、すべての懐中電灯を消したときは、驚くほど真っ暗で、誰がどこにいるか、何がどこにあるか、全く見えませんでした。当時の沖縄の人々はこの暗さの中で、家族と共に生活をし、日本兵からの脅しや死に対する底知れぬ恐怖におびえながら生きていました。子どもが泣いたり騒いだりすると日本兵が来るため、母親が子どもの口元を自分の胸に強く押さえ付け、その結果子どもが窒息死してしまうことも少なくなかったといいます。また、日本兵が、いつまで経っても泣き止まない子どもを母親から無理矢理奪いとり殺してしまうこともあったそうです。弱い立場の人々をいとも簡単に殺してしまう異常な精神が、追い詰められた人間の心の闇を映し出しているようでとても恐ろしかったです。また、瀕死の状態の人、泣き叫んでいる人、困っている人がいたとしてもお互いに助けあうことができず、「多くの人が人を殺して生きてきた」というのは、想像できないほど残酷で悲惨な経験だったにではないかと感じました。

長崎では、原爆について資料館や講話などから詳しく学びました。原子爆弾が爆発したことにより発生した熱線、放射能、爆風が約7万4千人もの人々の命を奪いました。その中でも特に心に残っているのが、講話をしてくださった講師の方やガイドさんから言われた「二度と被爆者を出してはいけない」という言葉です。これは、核兵器廃絶。すなわち、核兵器をゼロにするということです。「もし一発でも残っていたら、その一発によって何万人もの命が奪われてしまう。だからゼロにしなくてはいけいない。」という言葉が胸に重く響きました。

この修学旅行を機に被害、そして加害の両方の側面から戦争や平和について深く学ぶことができました。世界では今もなお争いが絶えず、多くの人々の命が奪われています。しかし、人の手によって人の命が奪われることは決してあってはなりません。修学旅行の経験を通して、私たちには平和を実現するためにできることを考え、平和の大切さを未来に生きる人々に伝えていく使命がある事ことに気づくことができました。また、平和は人々の心が安定することによってもたらされると考えます。心が安定し元気になることで、自分や他者を愛することができるようになります。聖書にはその心の栄養の源となる御言葉が記されています。神様が私たちに語りかけてくださる御言葉を心に留め、一日一日を大切に生きていきたいと思います。

(韓国コース)
「許しこそすれ、忘れること勿れ」私は、この言葉を忘れることができません。5日間の修学旅行を終え、一番印象に残っている場所、それは提岩里(チュアムリ)教会です。私は提岩里教会を訪ね、自分が戦争に対してどれだけ浅はかな考えであったかを実感しました。

1919年に韓国で起きた三・一独立運動は、日本の植民地からの独立を求め、次第に韓国の各地へ広まって行きました。宗教指導者が主導的な役割を果たしましたが、当時の日本軍はこの運動を鎮圧させるために手段を選びませんでした。そのような中、同年の4月15日に提岩里教会事件が起こりました。事件は、陸軍79連隊に所属する有田俊夫(としお)中尉が指揮を取り決行されました。教会に集められた15歳以上の成年男性21名は教会に閉じ込められた後、窓から銃撃を受け、放火されて亡くなりました。また、家族を心配して駆けつけた夫人ふたりも刀により殺害されました。その後、この事件は現場の視察に訪れたアメリカ総領事館・領事、アメリカ人宣教師、AP通信の特派員により日本軍の虐殺事件として世界中に報道されました。また、カナダ人宣教師フランク・ウィリアム・スコフィールド牧師が、凄惨な事件現場や家族や友人が悲しむ姿を写真に収めそれらの記録が連日報道されました。しかし、事件の指揮者である有田中尉は放火・殺人の罪で処罰されることはなく、謝罪すらありませんでした。

「このような残酷な行為を本当に人間ができるのでしょうか。」提岩里教会記念館で私たちに説明してくださった方がおっしゃいました。私も受入難い出来事ですが同じ日本人が犯した過去の過ちなのです。「私は日本を許すことができません。」とはっきり言われた時に、韓国と日本の間にある大きな壁を感じ胸が痛みました。

 日本は、戦争に負けた事を決して敗戦記念日とは言いません。また、歴史の教科書にも日本が加害者として犯した残虐な行為はほとんど記述されていません。約70年たった今でも、日本は事実に触れようとしないのです。私達はまず、過去に起きた出来事を知り、学ぶ必要があります。そして、二度と同じ過ちが繰り返されないようにしなければなりません。
私が冒頭で紹介した言葉「許しこそすれ、忘れること勿れ」は、現代を生きる私たちの心に強く訴えかけています。「あなた方の敵を愛しなさい」まさにイエス様がおっしゃったことと同じことです。加害者である私たちが罪を許されたとしても、決して自分達が犯した過ちを忘れてはならないのです。そして私たちの世代が後生に語り継がなければならないのです。韓国と日本の間にある壁を越えるためには、私たち日本人が加害者であったことを自覚し、私たち若者が両国の架け橋になるよう努めていく必要があると思うのです。しかし、そのような思いとは裏腹に、最近ニュースや新聞で、核ミサイル実験や戦争を匂わせる報道がされています。決して他人事ではないということを私たち一人一人が真剣に考え、目を向けて行くべきたと思います。過去に起きてしまった出来事は、今どんなに悔やんでも変えることはできません。修学旅行で学んだ事や得た思いを無駄にすることのないよう、自分にできることを模索しながら生活していこうと思います、今ある平和に感謝して。

放送礼拝 高校生徒会

ペトロの手紙一 4章10節

私達は、どちらかというと、大きなこと、優れたこと、立派なことに注目すると思います。なにかをし遂げた人を見ると、ああ立派だな、すごいなと思い、そんな人と自分を比べてやっぱり自分は…と、自分の小ささに劣等感を抱いてしまったり、逆にあの人に比べれば、自分は偉いと優越感に浸ってしまったりしたことはありませんか。

新年度が始まり、高3にもなり、慌ただしい日々を送っていると、先輩たちはどうやってこの時期を乗り切ってきたのだろうと、自分と比べてそんなことを思っています。

さて、今年度初めて全校で力を合わせて取り組んでいく行事が学園祭です。

今年度の学園祭では、三面壁画というモザイク画を作っていきます。モザイクアートを知っていますか。モザイクというのは小片を寄せ合わせ埋め込んで、絵や模様を表す装飾美術の手法のことで、この方法を使って作られたものがモザイクアートです。埋め合わされる小片は、写真であったり、折り紙であったり様々です。モザイク画は、遠くから見ると絵や模様として見ることができますが、近づいて見ると、ただの四角で仕上がった絵を想像することは簡単なことではありません。

三面壁画はモザイクアートです。作成するために、ひとりひとりが大きなモザイクアートの一部分を取り出した紙に色を塗って仕上げていきます。全校のみなさんが塗っていくひとマスひとマスはとても小さく、手元で色を塗っていると、完成する絵を想像できずに身近に感じられないこともあると思います。しかしその小さなひとマスはそれぞれ大切で、大きな絵を仕上げていく上でかかせないものです。近くだと見えない絵ですが、一人一人の紙を貼り合わせて離れて見てみると、大きな絵となって現れます。1枚では完成しない壁画が、全部揃うことによって初めて完成します。この壁画を目にした時にはきっと、壁画のみでなく、私たちの生活というのはひとりだけの働きでは成り立たたず、反対に、全体というのはひとりがいなくて成り立つものではない、ということを実感できるに違いありません。

モザイク画のマス目は小さく私たちひとりひとりもモザイク画のマスのように小さな存在に感じてしまった経験のない人は少ないと思います。他の人を見て落ち込んだり、評価を気にしすぎてしまったりすることもあるかもしれません。しかし、その評価は自分の全体につけられたものではなく、ある一面が取り上げられているということなのではないでしょうか。人はそれぞれ異なる存在としてそれぞれ賜物を授けられて誕生しました。モザイク画を遠くでみると初めて全体像がわかるように、自分自身を客観的な視線でみることも大切なことなのだと思います。

今年度の学園祭のテーマは、ギリシャ語で「美しい形をみる」という語源を持つkaleidocsopeです。一度しかない今年度の学園祭です。今年度のメンバーだからできる今年らしい学園祭を作りあげていきませんか。山梨英和で過ごす時間を大切に、そして有意義なものとしてひとりでも多くの人の心に残るように、努力していきたいです。一度しか描くことのできない、色彩豊かな模様を一緒に描き、美しい形をつくっていきましょう。

視覚と聴覚の重複障害者でありながらも世界各地を歴訪し、障害者の教育・福祉の発展に尽くしたことで有名なヘレンケラーは「物事を成し遂げさせるのは、希望と自信です」という言葉を残しています。ひとりひとりが神様からいただいた唯一無二な賜物に自信を持っていけることを信じて、生徒会役員としての残りの任期も、責任を果たしていきたいと思っています。学園祭の成功はもちろん、日々の生活も充実したものとなるように、これからも活動に励んでいこうと思います。

-お祈り-
神様、今日も新しい朝をありがとうございます。放送を通して、全校で礼拝をお捧げできることを感謝いたします。新年度が始まり、3週間ほど経ち、疲れを覚えている人もいるかもしれません。どうかひとりひとりに神様のお恵みがありますように。また、英和生にとって、毎日がかけがえのないものになりますように、神様、どうか導いてください。今日も1日実り多い時間を過ごすことができますように。全てを神様の御手にゆだねます。願いばかりの祈りですが、感謝して、イエスさまのお名前を通して、御前に御捧げ致します。アーメン

放送礼拝 マンドリン部

放送礼拝 ヘブライ人への手紙 12章10-13節

私がマンドリン部に入部してから5年が過ぎました。部長として,最高学年として,部活を引っ張ってきてもうすぐ1年が経ち,引退する時期が迫ってきています。

中1で初めてマンドリンに触り,音を出した時には先輩のような綺麗な音ではなく,音が割れて,汚い音色になってしまった事を覚えています。いつの日か自分も,先輩のように演奏できる姿をその当時は,想像できませんでした。マンドリンは,個人個人で技術の差が出ます。最初は何度練習したって演奏できず,苛立ったり,先輩,同級生,後輩と自分を比べて焦りや,不安を感じていました。弾けるという感覚を持てるまでには,部活に行くのも嫌で,辞めようとも思いました。それからある程度マンドリンを弾けるという感覚を持てた時期は中3の終わりでした。

そして高校に入学すると,中学生だった頃の生活と大きく変化しました。特にその変化を強く感じたのは高校2年生の時です。部活での部長としての悩み,その他にも普段の学校生活において,勉強や研究,人間関係などの悩みが一気にきました。その高校2年生の1年間は,自分を客観的にも主観的にも見つめ直した時間でした。部活においては,部長として,最高学年として部活を引っ張っていかなければなりません。私は人の前に立って,みんなをまとめるという役目をずっと避けてきました。自分の中でそういう事はできないと思っていたし,また周囲の人もそう思っているだろうと思うからです。でも,マンドリン部では,今まで頑張って続けてきた部活を自分が部長としてまとめてみたいと思い,部長になりました。後輩をどうしたらまとめられるのか,自分は何をすべきなのかを考えました。でも,考えれば考えるほど分からなくなりました。

部活内でも同級生との間で,よりよい部活にしようと思えば思うほど,意見が食い違う事もありました。やっぱり自分は向いていないんじゃないか,もしかしたら私は無責任に部長をやりたいと言ったんじゃないかと,自分を疑い,どんどん自信を失くし,部員に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。そんな時期に,学校生活においての悩みも重なり,どうしたらいいのか分かりませんでした。家で勉強していても,学校で勉強していても,集中しているようでしていなくて,人が私にかける言葉1つ1つになぜか敏感になってしまい,誰とも話したくないと思う時もありました。そのため家に帰って親に話しかけられても,無視をしてしまう時期もありました。すぐ弱音を吐く自分が嫌で,このままではダメだと分かっているのに全然行動が伴わず,その時の私はただただ家で泣く事しかできませんでした。理想とする自分と,現実の自分との違い,客観的に見る自分と,主観的に見る自分の違い,言っている事と,やっている事の違いに悩みました。その悩みを抱えたまま,時間だけが過ぎていきました。

けれども,今その時間を経て,わかった事は,全て自分である事には変わりないのだから,今の自分を受け入れて,自分の弱さも強さも認める事でした。自分を過大評価せず,その日その日が自分の頂点であり,その頂点の高さを他の人と比べて一喜一憂しても仕方がないと思えるようになりました。こういう考え方に変われたのは,やはり私にはその悩む時間というのが必要だったと思います。また,これからも悩む事はもっとあると思います。その度にすぐ解決しようと焦るのではなく,とことん悩む事が自分にとって解決策に繋がるのだと思いました。

そして引退する時期を前にして,今思うのは,私が部長になったのではなく,周囲の仲間達が私を部長にしてくれたのだという事です。厳しい言葉を言ってもついてきてくれて,支えてくれた部活の後輩や,意見がぶつかる時もあったけれど,結局マンドリン部が大好きなのは一緒で,よい演奏にしたいと思うのも一緒で,部活について共に考えてくれた同級生がいたから,今までやってこられました。本当に感謝しています。残りの3ヶ月間悔いの残らないよう部活をしたいと思います。

お祈りします。
神様,今日も新しい朝を迎えられた事に感謝します。今悩みを抱えている1人1人にあなたからのお恵みがありますように。今日1日の歩みをお見守りください。
このお祈りを尊き主イエス・キリストの御名を通して御前にお捧げします。アーメン。

放送礼拝 放送部

 エフェソの信徒への手紙6章10節~13節

 「武具」は武器という意味で、戦争で用いる道具を指します。今日の聖書の箇所の「神の武具」という のは、刀や銃のことではなく、真理、正義、救い、神の言葉、祈り続けるという動作を指しています。

私たちは先日、修学旅行で韓国に行って来ました。私たちが飛行機に乗る前、ニュースで北朝鮮が日本海に向けてミサイルを撃ったという速報が放送されていました。少し不安になりましたが特に影響はなく、無事に出発することができました。韓国についてからも、ナザレ園でのおばあちゃんとの交流でたくさんことを教わり、みんなでショッピングに行ったり、姉妹校の梨花女子高校での交流など、とても楽しい時間を過ごすことができました。

韓国と北朝鮮の国境に行った時は、北朝鮮の方から軍事訓練と思われる銃声が聞こえて正直怖くなりましたが、ここでもなにごともなく無事に帰ることができました。沢山のことを修学旅行で学び、とても充実した気持ちで日本に帰国することができました。だから、日本海にミサイルが撃たれて不安に思っていたことが嘘のように思えました。

それから、1ヶ月ほどたった今、朝鮮半島で戦争が起きるかも知れないと言われています。

アメリカの大統領がトランプ氏になり、だんだんと世界の情勢が変化しています。先日、核開発をやめない北朝鮮に警告をするため、アメリカはシリアにミサイルを撃ったといわれています。また、北朝鮮の6回目の核実験を行わせないため、アメリカは米軍基地の空母や潜水艦を朝鮮半島の周りに移動させています。韓国では、4月27日にアメリカが北朝鮮に攻撃して戦争が始まり、その戦争に巻き込まれるのではないかといううわさが流れています。韓国にはたくさんの日本人がいるため、自衛隊もアメリカ軍と一緒に訓練をするのではないかとも言われています。

私たちが韓国に行ってからわずか1ヶ月の間に世界の様子がこんなに変わるなんて考えてもいませんでした。私は一年間、平和学習を続けてきたため、現在の平和な暮らしが壊れてしまうのではないか、戦争が知らないうちにすぐ近くにやってくるのではないかという不安が心に浮かんできました。そして改めて戦争は恐ろしいものだと感じました。

今、世界では平和を武力によって手に入れようとしています。しかし、本物の武器を使うと沢山の人の命が失われ、多くの血が流れることになります。聖書の神の武具を用いれば多くの命が犠牲になったり、血が流れることはありません。犠牲者が出る時点で、平和な世界ではないと思います。刀や銃などの武器ではなく、神の武具である、真理、正義、救い、神の言葉、祈りによって世界の平和な世界を手に入れるべきだと思いました。そして、そうなってほしいと心から願います。

 

お祈りします。御在天の神様、今日も礼拝をもって一日を始められることを感謝します。今世界では考え方の違いにより争いがおこり、多くの人の命が失われています。私たちは修学旅行の中で戦争を体験した人から貴重な話を聞くことができ、平和の大切を実感することができました。今、争いに巻き込 まれ苦しんでいる人たちが平和な生活を取り戻すことができますように。そして多くの人が聖書の言葉に耳を傾け、平和の大切さに気がつくように導いてください。この祈りを尊き主イエスの御名によっておささげいたします。アーメン。