生徒,礼拝のひとコマ

6月2017

放送礼拝 水泳部

テサロニケの信徒への手紙 一 5章16~18節(新p.379)

 私は水泳を始めてから今年で12年目になりました。始めたばかりの頃はタイムが順調に伸び、試合に出場できることが嬉しく水泳が大好きだったのを覚えています。しかし最近では、思うような泳ぎができずタイムも伸びず、水泳を続けることが辛いとか、水泳をやめたと思うような時が多々あります。毎日、一生懸命練習していても周りの友達のように速くなれず、センスや才能のない自分が嫌いで仕方ない時もありました。そんな私が今も水泳を続けていられるのは仲間や家族の支えがあったからです。

 今日の聖書の言葉を考えたいと思います。「いつも喜んでいなさい」の「いつも」は、なかなか難しいことだと思います。喜べるときに喜びなさい、楽しいことがあったら喜びなさい、ではありません。「いつも」と書かれています。心配事を抱えても、辛い中におかれていても、「いつも喜びなさい」とあります。しかし、ここには、神様の大きな約束があると思います。「わたしが、どんななかにあっても喜ばせてあげるから、いつも喜びなさい」という神様が言って下さっているのです。

今年の高等学校総合体育大会では、昨年に引き続きメドレーリレーとフリーリレーにも出場することができ、学校対抗でもチームとして目標としていた4位に入ることができました。みんなが力を合わせた成果であり、そのことで今までの自分の努力が無駄ではなかったのだと思うことができました。

 私たち高校3年生は部活動の引退まで残りわずかとなりました。今月24日25日には関東高校予選会が行われます。この大会に勝ち抜くと来月22日~24日には関東高校本大会があります。水泳はこの関東大会がインターハイ予選に位置づけられています。私自身、高校に入学した時からインターハイ出場を目標としてきました。高校1年生の時も2年生のときもあと少しのところでインターハイ出場権をとることができず、悔しい思いをしてきました。今年こそは入学時、心に決めたインターハイ出場という目標を達成するため、そして、今まで支えてくれた仲間や家族に感謝の気持ちを伝え恩返しができるように、最後の最後まであきらめずに自分の力を出し切りたいです。

放送礼拝 演劇部

箴言 13章4節

私は演劇を観るのが好きです。また、観るだけでなく「演じる」ということにも興味がありました。しかし、私の出身中学校では文化系の部活が少なく演劇部はなかったため、そういった活動をすることなく、私の興味を満たすことはありませんでした。

高校に入学して新入生歓迎会で見た演劇部は楽しそうで、入りたい気持ちが高まり、すぐに入部を決意しました。しかし、同じ時期に入部した中学生たちは、経験者もいれば未経験者とは思えないくらい演技の上手いものもいて、楽しい気持ちはありつつも不安な気持ちが大きくなってきました。学園祭の役決めの頃は、まだ演技の技術が身についておらず、残念ながら役はもらえませんでした。それが悔しくて、自主練をしていました。それが良かったのか、大会に向けての活動が始まると、私は初めて役をもらいました。先輩には勿論のこと、後悔にも遅れを取っていると感じていた私は、その日から毎日必死になって練習をしました。先輩に指摘された部分を少しでも周りに近づけるよう、また少しでも上手くなれるように、家に帰ってからも何度も何度も練習しました。初めはセリフを覚えるのに必死でしたが、先輩から「上手くなったよ」とか「声が出るようになった」と言われるのが嬉しく、「演じる」ことの楽しさを感じられるようになってきました。さらには、今演じている劇の世界に入り込めるようになりました。

今日の聖書の箇所にある「勤勉な人」というのは、言葉の通りコツコツと努力をしています。普段から努力をしているからこそ、自分の望みを叶えるための努力を惜しむことはありません。だから豊かに満たされるのではないでしょうか。私もそうなりたいとおもい、日々努力を続けていきたいと思います。

今年の演劇部は新入部員も増え、また先輩方もこの学園祭で最後となります。今年も部のみんなと劇を作り上げる楽しさや嬉しさを感じられるように、昨年以上に頑張っていきたいと思います。