生徒,礼拝のひとコマ

9月2017

放送礼拝 テニス部

箴言15章15節

私が中学2年生のとき、当時の国語の先生がこんなことをおっしゃっていました。「何をするにも、自分の考え方次第で物事は違って見えてくるものだ。辛いことがあっても、その中に楽しみや喜びを見いだすことが出来れば、気持ちが楽になる」。この言葉は今でも私の励みになっています。
私は去年、高1の7月にテニス部に入部しました。私がテニス部に入った一番の理由は、中学生の時にソフトテニス部に入っていて、仲間とラリーをすることが好きだったからです。部活に入って最初の頃は、「またテニスができる」という嬉しさがあり、毎日の練習を待ち遠しく感じていました。
高校2年生になり、1つ上の先輩方がもう少しで引退という時期に、私は先輩とダブルスを組んで試合に出させてもらうチャンスを頂きました。ダブルスの練習のとき、先輩は、私のプレーが上手くいってもそうでなくても、いつも私に声をかけ、励まし、盛り立ててくれました。試合当日はとても緊張しましたが、「なんとか初戦を突破して、2回戦の第1シードの学校と対戦したい」「すべての力を出し切って、先輩にとって最高の引退試合になるようにしたい」との一心から、先輩に助けてもらいながらではありましたが、精一杯試合に臨みました。
先輩方が引退してからは「私も先輩方のように部活をまとめていきたい」と考えていましたが、なかなかうまくいかず、それまで「ただ楽しい」と感じていた部活に行きたくないと思うこともありました。部長としての責任の重さに戸惑うことが多く、毎日の部活は不安でいっぱいでした。そんなとき、顧問の先生や先輩方に、「最上級生は、技術面だけでなく、声出しやトレーニングなど、何事にも率先して一生懸命取り組むことが大切。そういう姿に後輩がついてくるんだ。」
とアドバイスをして頂きました。私は自分の夏休み中の部活のモットーを「全力、本気、楽しく」として練習に臨みました。炎天下での練習はとても大変でしたが、この期間の活動を通して、部員1人1人の技術が向上したことはもちろん、部活としてのまとまりや一球一球を大切にプレーする姿勢など、部活の雰囲気はこれまで以上によくなったと感じています。

今日の聖書の箇所には「貧しい人の一生は災いが多いが、心が朗らかなら、常に宴会に等しい」とあります。私はこの「心が朗らか」というのは、「夢や希望を持っている人」と解釈しています。1ヶ月後には新人戦があります。現在高校テニス部は部員が4人しかおらず、7人制の団体戦を闘うには、最初からとても厳しい状況にあります。しかし一戦一戦を大切に、精一杯プレーすることを目標にし、さらに技術面で上達できるよう練習に励みたいと思います。また高校での部活動に悔いが残らないよう、これからも支えてくださる全ての方々に感謝して、全員で頑張っていきたいと思っています。

中学合同礼拝 中学2年生

中学合同礼拝
聖書 マタイによる福音書6:25~31

私たち中学2年生は9月14日~15日まで山中湖にキャンプに行ってきました。今回のキャンプは中学校生活最後の宿泊行事となるため、とても楽しみにしていました。私はこのキャンプを最高の思い出にするために、みんなの中心になって働きたいと思い、キャンプ実行委員長になることを決めました。夏休み前から何度もキャンプ委員で話し合いを重ね、準備をしてきました。みんなで意見を出し合った結果、今回のキャンプのテーマは、Enjoy Nature’s Wonders(自然の不思議を楽しもう)に決定しました。
キャンプ一日目は、大平山、平尾山、石割山を約5時間かけて登りました。天候にも恵まれ、全員が登り切ることができました。途中は急な坂や滑りやすいところが多く大変でした。しかし、仲間で手を取り合い、声を掛け合って励まし合いながら登ることができました。1人では諦めたくなることも、みんなでやれば乗り越えることができると実感しました。登山の後は、チームに分かれて飯ごう炊飯でカレーライスを作りました。薪に火がなかなか付かず、苦戦しながら何度も挑戦しました。最初小さかった火がだんだんと強くなってきた時はとても嬉しかったです。それぞれが自分の役割を果たし、どの班もおいしいカレーライスを作る事ができました。後片付けは、自分のチームのものだけではなく、他のチームの調理器具も洗ったりして助け合いました。なかなかスタッフの方からOKが出ず、何度も鍋や飯ごうの洗い直しをしましたが、最後まで諦めずにできました。夜はキャンプファイヤーをしました。この時のために、キャンプファイヤー係が事前に何回も打ち合わせをして、様々なゲームを考えてくれてとても盛り上がりました。
2日目は、チームに分かれて、オリエンテーリングをしました。地図を見ながら周辺を散策し、カヌーやボートに乗ったり、ゲームをしてポイントを競い合いました。私達の班は、途中道に迷ってしまうこともあり不安になりましたが、みんなで助け合って無事にゴールすることができました。
今回のキャンプを通して学んだことはたくさんありますが、その中でも2つのことを特に学ぶことができました。
一つ目は、自然を通して感じた神さまのすばらしさです。私は今回、登山を初めてしました。山にはこんなに沢山の草花があることを知り驚きました。私の身長くらいある草や、道ばたに咲く小さな花も見ました。また、様々な種類の鳥のさえずりも聞こえてきました。今日の聖書の箇所にあるように、働きも紡ぎもしない野の花や鳥さえも神さまは大切に養ってくださっていることがよくわかりました。そして、それら以上に私達を神さまは大切に思い、養ってくださることを知ることができました。
二つ目は、1人ではできないことも、みんなとなら乗り越えることが出来るということです。今振り返ると、登山や飯ごう炊飯、オリエンテーリングで、もし1人だったら諦めてしまったことが沢山あったなと思います。今回のことで、仲間がいることのありがたさを改めて知ることができました。
これらの学びを通して、同時に私たちの課題も見えてきました。キャンプ中の糟谷先生の礼拝で、次のことを聞きました。私たちは、世界の中心が自分であることがほとんどですが、それでは、誰かのために動くことはできません。困っている人を助けるためには、一歩中心からずれなくてはいけません。それはなかなか難しいことですが、それができた時、1人1人が成長し、さらに互いの絆が深まっていくと思いました。一泊二日の短い間でしたが、多くのことを学び、貴重な体験をすることができたことを感謝しています。

放送礼拝 図書委員会

2017.9.12図書委員会放送礼拝

「ヨハネによる福音書1章1節〜3節」

私は小さい頃から本を読むことが好きでした。小学生の時は、休み時間になれば学校の図書室に、休日には母と近所の図書館に、というように毎日本に囲まれた生活を送っていたのを覚えています。授業の前に読んでいた本の続きが気になって授業中もずっとその本のことを考えていたり、寝る前にどうしても最後まで読みたくて布団に入るふりをして暗がりでこっそり読み続けたこともありました。

でも中学、高校と学年が上がっていくにつれて段々と図書館に通う足が遠のいていきました。特に高校に上がってからは授業時間が増えたり、部活動や他の活動に精一杯で本を読む時間を作ることも難しくなっていきました。それでも久しぶりに本を開いたとき、そこには昔読んだときと変わらない世界が広がっていて、もう少し頑張ってみようと思わせてくれました。

本は年齢や性別、また国籍の壁を超えて辛いことを忘れさせてくれる時間や、背中を押してくれる言葉を私たちに与えてくれます。皆さんの中にも本によって慰められたり力をもらったりした経験のある人もいるのではないでしょうか。本を読むことはいま幸せな人にも、苦しんでいたり悩んだりしている人にも新たな一歩を踏み出すきっかけを与えてくれると私は思います。

私たち山梨英和の生徒が最も身近に手にしている「本」は何でしょうか?毎日朝と帰りに開く「聖書」だと私は思います。聖書を開くとそこには多くの人々が登場します。イエス・キリストはもちろん、ペトロやヨハネなどの弟子たち、マリアや徴税人のザアカイ、旧約聖書ではアブラハムやイサク、モーセなど。聖書の「言葉」は、私たちに時代も場所も越えて、彼らの活き活きとした姿や、喜びも悩みも苦しみも伝えてくれます。私たちが、図書館や書店で手にするそれぞれの本にもこんな力が秘められているような気がするのです。

皆さんが最近本を読んだのはいつですか?慌ただしい毎日の中でなかなか本を読む時間が取れなかったり、そもそも文章を読むことが苦手な人もいると思います。私たちは学校にも地域にも多くの本を手に取ることのできる環境にいます。最近では電子書籍などの普及に伴い、いつでもどこでも、気軽に本を読めるようになりました。身の回りにある本に目を向け、気軽に手に取ってほしいと思います。また今年も図書委員会では読書週間イベントを行う予定です。是非この機会に図書室に足を運んで、新しい一冊と出会ってみてください。

お祈りします
神様、今日も礼拝から1日を始められたことに感謝します。私たちが少しでも周りにある本に目を向け、たくさんの言葉と出会うことができますように。今日1日の歩みをお守りください。
このお祈りを尊き主イエスキリストのお名前によって御前におささげします。アーメン。