校長通信

高校1年修学旅行に寄せて

「平和を実現する人々」

校長 三井貴子 

 「平和を実現する人々は幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる」(マタイによる福音書第5章9節)

今、世界は混沌とした状況の中にあり、心痛むニュースが毎日のように報道されています。我々の内に潜在的にある「自己中心的な自分」が様々な形で表面化し、世界が不安定な方向へと進む可能性が高まってきているように危惧されます。そのような中にあるからこそ、「平和を実現する人々」の存在が重要になってきます。

山梨英和は30年以上もの間、修学旅行を「平和学習」と位置づけ、戦争を知らない世代だからこそ、更に大きな意義をそこに見出し、先人たちの歩みから多くを学んできました。「沖縄・長崎コース」と「韓国コース」の2つのコースに分かれ、戦争の被害者と加害者としての両側面から「二度と繰り返してはいけない歴史」認識を培いました。今年度は「沖縄・長崎コース」に集約し全員が同じ経験を共有します。「韓国コース」は実施しませんが、姉妹校である梨花女子高校とは別の形で交流を深めていきます。

1年かけて事前学習を行ってきました。その学びが現地を訪れ、また、戦争経験者の方々のお話を直接うかがうことによって更に深められ、これからいかに生きるべきかを考える良い機会となるように。そして、聖書に示されている「平和を実現する者」として、一人一人が未来を築いていくことができるよう祈っています。

 

生徒会誌「楓」に寄せて

生かされている今

校長  三井 貴子

 山梨英和中学校・高等学校の今年度の教育目標は「論理的思考力を育てるⅡ」でした。日々の生活の中で、私たちは選択を迫られる場面が数多くあります。大切な事柄であればあるほど、論理的に熟慮した上で決断しないと、後々大惨事になりかねません。「論理的思考力」は私たちの実生活のあらゆる基礎となります。本校が目指す「国際的な視野に立ち、社会に貢献できる自立した女性」となるためにも不可欠な要素です。

 生徒会活動において、毎年ドラマティックな出来事がありますが、今年は特に二つの事に触れたいと思います。一つ目は隔年で実施されるウォーカソンです。体育委員会が中心となり時間をかけて準備をしてきました。山梨英和がウォーカソンを実施するに至った歴史・意義を全校で共有し、同年代または更に幼い学校に通うことができないタイやラオスの子どもたちのために、今出来る事を真剣に考えながら、朝練習などにも励んできました。ところが、今年は天候に恵まれず予備日も含め実施する事が叶いませんでした。そのため、今年は全校生徒がグリンバンクチャペルに集いフランスのドキュメンタリー映画「世界の果ての通学路」を鑑賞しました。世界には学校で学ぶために2~4時間かけて徒歩や馬で通う子どもがいることを知り、自分たちの生きる姿勢を振り返る事ができました。また、保護者の方々が心を込めて作ってくださった美味しい豚汁を感謝していただきました。実際に走る事はできませんでしたが、スポンサーの方々にもご理解を頂き、奨学金として送ることができました。尊い学びの機会でした。

 二つ目は、静岡英和と毎年実施している生徒会の二校交換会です。今年は二十年以上ぶりに東洋英和も加わり三校交換会が実現しました。今年創立百三十年を迎えた静岡英和で三校の生徒会長が学校紹介のプレゼンテーションを行い、親しく交流が出来た歴史に残る一日でした。聖書に「三つよりの糸は切れにくい(コヘレトの言葉)」とあるように三姉妹揃って、今まで以上に力強さを感じました。来年は山梨英和で三校が再会するのが楽しみです。みなさんは「神様に生かされて」います。そのことに気付き、神様から頂いた賜物を見いだし他者のために活かしていっていただきたいと心から願っています。1930年に、グリンバンク先生が、県下に先駆けて活動を開始した「校友会」が八十年以上の時を経て、現在の「生徒会」として脈々と受け継がれていることを嬉しく思います。

 山梨英和の生徒であることに誇りを持ち、校訓である「敬神・愛人・自修」を日々の生活の中で実践する一人ひとりであって欲しいと切に祈ります。

山梨英和高等学校卒業式式辞

山梨英和高等学校卒業式式辞

校長 三井貴子

 

3年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。山梨英和での学びを終え、これから新しい道に歩み出そうとしている皆さんを、心から祝福をもってお送りしたいと思います。また、保護者の皆様、どんな時にも、陰になり日向になってお嬢様方を支え、その成長を見守ってこられ、本日は特別な想いを持って迎えられたことと存じます。本当におめでとうございます。これまでの山梨英和に対するご理解とご協力を心より感謝申し上げます。また本日の卒業式にあたり、ご多忙の中、多くのご来賓の方々をお迎えし共に卒業式をお祝いいただけますこと、心より感謝申し上げます。

さて、来年2019年に山梨英和は創立130周年を迎えます。神様のご計画のもと、この山梨の地に唯一のキリスト教主義学校として山梨英和が立てられ、様々な困難な時代を経て130年の歴史を刻んできました。入学式でお話ししましたが、皆さんが山梨英和に招かれたのも単なる偶然ではなく、 全て神様のご計画なのです。そして、130年に渡る歴史の一部を皆さんと歩み、同じ時間と空間を共有出来た事を本当に嬉しく思っています。 皆さんは、今卒業の時を迎えて、山梨英和での日々をどのように振り返っていらっしゃるでしょうか。礼拝で始まる山梨英和での生活は、当たり前の事ではなく、実は神様が用意してくださった特別の時間だったのです。皆さんは、山梨英和で様々な経験をしました。必ずしも楽しいことばかりではなかったはずです。悩んだり苦しんだり、心に傷を負うたこともあったでしょう。時には怒りや居た堪れない感情を抑えられずに、家族や教師、友人とぶつかり合ったこともあったかも知れません。これらは全て神様の大きなご計画の中にあって、苦しみも失敗も何ひとつ無駄なものは無いのです。神様は常に皆さんの傍らにいて支え、苦しみを経験する事によって我々に忍耐を与え、神様はもっと豊かな恵みをくださいます。まだ、その恵みに気づいていない人もいるかも知れません。

今年の卒業文集や生徒会誌の「楓」を読ませていただきました。皆さん一人一人を見ていると、神様はそれぞれに違った賜物を与えてくださっていると、しみじみ思います。でも、私たち人間は他者の賜物の方が良く見えたりすることがしばしばあります。マックス・ルケードの「You are Special.たいせつなきみ」に次のようなシーンがあります。彫刻家エリは、みにくいダメじるしシールをたくさん貼られた木の小人パンチネロにこう言います。「ダメじるしシールをつけていったのはいったい誰だい?みんな、お前と同じ木の小人じゃないか。みんながどう思うかなんて大したことじゃないんだ。問題はね、この私がどう思っているかということだよ。そして私はお前のことをとても大切だと思っている。」彫刻家のエリは私たちの創造主である神様で、木の小人は私たち人間のことです。つまり、人の優劣をつけているのは人間同士であって、私たちの創造主である神様は私たち一人一人のことをとても大切に思ってくださっているという事です。

本日読んでいただいた聖書箇所は、皆さんの学年聖句です。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」(ヨハネによる福音書15章5節) 神ご自身が「ぶどうの木」であり、私たちはその枝です。山梨県に住む者としては、他の木ではないぶどうの木に喩えている点に一層親近感が湧きます。どっしりとした神様の太い幹から多方面に伸びる枝は、十分な栄養を与えられ豊かな実をつけるけれど、幹から切り離されてしまったら枯れ果ててしまいます。皆さんには既に種が蒔かれています。山梨英和を巣立っても、神様とつながっていてください。これからは毎日礼拝をする環境にない人も多いと思いますが,常に身近に聖書・賛美歌を置いておいてください。皆さんを強め支えてくれるはずです。これまで守られてきた環境から外に出た時、今まで以上の困難に遭遇することもあるでしょう。その時こそ神様の愛を思い出してください。You are Special.神様は,みなさん一人一人を愛してくださっており,どんな時にもお見捨てになることは決してありません。他者との比較においてではなく,自分らしく一歩一歩確実に前進していってください。そして山梨英和の校訓である「敬神・愛人・自修」を実践する皆さんであって欲しいと心から願っています。

皆さんは、神様に選ばれて山梨英和に入学し、その学びを終えて今日卒業します。感謝を持って、これからの人生を歩んで行ってください。

お一人お一人の前途に,神様の導きと祝福が豊かにありますようにお祈りし式辞といたします。

2018年3月1日