4月2018

「おやじの会」会員募集のお知らせ

「おやじの会」会員募集のお知らせ

2018年 4月30日
山梨英和中学校・高等学校「おやじの会」
会 長 碓井理史

今、娘の学校ではどんな事が行われているのか?
友人関係は? 学校生活は? 進路は?
いろいろ気になるけれど、行事には女性ばかりで参加しにくい・・・
何か父親として、学校や地域社会の役に立てるのでは?

そんな声を受けて、6年前に「おやじの会」を立ち上げました。
現在中2~高3 + 過年度卒業も含めて約30名の父親達が会員になっています。
今までの活動は、学園祭餅つきサポート、警備、強歩大会参加、
クリスマスイルミネーションの飾り付け、ポロシャツ作成、etc.

・・・無理なく、出来る時に出来る人が参加する・・・をモットーに
その都度、活発な情報交換も行われます

このたび、新年度の新規会員募集を行います。
新しく入学された中1・高1のお父様はもちろん、今回新たに仲間に加わろうと考えていらっしゃるお父様も大歓迎です。

お申し込みは「▶ 申込はコチラ」をクリックし、 必要事項を入力の上、5月31(木)までにお申し込みください。

▶ 申込はコチラ

山梨日日新聞 「10代の意見」に掲載されました (4月18・26日付)

本校生徒が山梨日日新聞 「10代の意見」に掲載されました。(4月18・26日付)

 山梨日日新聞 2018年 4月18日付


山梨日日新聞 2018年4月26日付

サイエンスキャッスル研究費を獲得!

 高校2年生のSSH課題研究において、昨年度申請したサイエンスキャッスル研究費のうち、2つのグループがリバネス賞を、1つのグループがマリンチャレンジプログラムを獲得しました。リバネス賞の研究題目は「ササラダニ類を指標とした富士山五合目の植生と撹乱」「顔パーツの配置と印象~女子高生の考察~」の2件です。また、マリンチャレンジプログラムの研究題目は「水環境の指標動物となる水ダニの研究」です。
 各グループの研究はそれぞれ、高校1年生の9月にSSHⅠの課題研究としてはじめたもので、2月の研究発表会でも途中経過を報告しました。この研究費を頂き今年度の研究をさらに深めたいと、どのグループも張りきっています。

ダンス同好会 ストリートパフォーマンス大会優勝

4/21(土)にダンス同好会が『朝日通り商店街 ストリートパフォーマンス大会』に出場し、来場者の投票の結果、第1位を獲得しました。

台湾から訪問団をお迎えしました

4月23日、台湾から磐石高級中学の訪問団が本校を訪れました。新竹市にある同校はキリスト教主義の学校で、St. Peterという英語名があります。20名の生徒さんたちと2名の先生方は、学校の説明を受けた後、教室やプール、チャペルなどを見学され、「山梨英和高校に留学したい」と言う女子生徒さんもいらっしゃいました。短い時間でしたが、お会いできてよかったです。

放送礼拝 高校生徒会

詩編133編1~3節

みなさんは千々石ミゲルという方の名前を聞いたことがあるでしょうか。キリスト教について学んだり、日本への宣教を依頼するためにローマに派遣された天正遣欧少年使節の4人の少年のうちの1人です。ミゲルは熱心なカトリックのキリスト教信者でした。長年信仰し、日本に帰国後は布教活動を行なっていました。

しかし後にイエズス会を脱退し、キリスト教の信仰も捨ててしまいます。それには諸説ありますが、一つの説はキリスト教徒による仏教徒への迫害が理由だったのではないかというものです。私はミゲルが信じていたものを投げ出すほど衝撃的な出来事があったのではないかと想像しました。そして信仰を持つ人たちが、他宗教の人たちを迫害したことに少なからずショックを受けました。彼らは信仰を疎かにしていたわけではありません。聖書の教えに基づいて生活し、自ら人を傷つけることなどしない生き方を心がけていたと思います。おそらくこの人たちは、自分と考え方が異なる人たちへの寛容さが欠けていたのだと思います。

創世記に記されているように、神様は「良い」存在としてわたしたち人間をおつくりになりました。けれども人間は罪のために他者を傷つけてしまい、他者を認めることができなくなってしまっています。そういう罪から救い出されて、もともとの神様に造られた良い者として、互いに尊敬を持って接することが本来の人間のあり方なのだと思います。けれどもミゲルはその罪につまずいてしまいました。本来なら罪に気づき、それを指摘し、和解の道を伝えることができたのではないかと思います。

私は生徒会役員として活動する中で、1人で抱え込み、悩んでしまうことがよくあります。仲間に頼りたくはない、一人で全部行わなければという思いが無意識のうちにありました。ミゲルがつまずいてしまった人たちの姿と同じように、寛容な思いを忘れそうになることもありました。しかし、振り返ってみるとたくさんの方に支えられていることを実感する出来事が多くあることに気づきました。先日の学園祭に向けての会議の際に、クラスメイトがもっと私に協力したいという理由で係りのリーダーを快く受け入れてくれました。また、放課後には生徒会室で私たちと一緒に仕事を手伝ってくれたりする仲間もいます。忙しい中、的確なアドバイスをしてくださったり、毎日のように頑張れと声をかけてくださる先生方もいます。私は知らぬ間にたくさんの良い仲間や先生方に支えられていました。仲間の「もっと頼ってよ」という言葉を聞くたびに自分がどれほど恵まれているのかを実感する毎日です。一人では成し得ないことがたくさんあるのだと気づくことができました。

中学1年生の頃から生徒会に携わってきましたが、この経験の中で得た一番大きなものは仲間だと思います。多くの方と関わっていく中で培われたお互いの友情や信頼は他の何かに代えることはできません。私たちは神様のような完璧な存在にはなれないので、嫌なことがあった時、やけくそになりそうな時がありますが、それでもそばに仲間がいてくれるだけで誰かを傷つけてしまうことがなくなるかもしれません。気持ちを共有するだけですっきりしてまた励むことができるかもしれません。

英和で生活していく中でみなさんは必ず「出会えてよかった」と心から思える仲間にたくさん出会うと思います。そんな仲間たちと過ごす時間を大切にしてください。仲間と過ごす何気ない時間が一生の宝物になっていくと思います。年間行事の中でも一大イベントである学園祭が近づいています。学園祭に向けて全校で協力しなければならない場面がこれからどんどんでてきます。仲間を思い、辛い時には助け合って最高の学園祭を作り上げていきましょう。

放送礼拝 マンドリン部

コヘレトの言葉4章9~12節

誰にでも心に残る桜の風景があります。

先日、第51回マンドリン部定期演奏会を行いました。今年度のテーマは「桜」でした。桜は不思議な花です。見る人によって様々な色に映ります。美しく、強く、儚く、潔く……。音もそれとよく似ています。指導する先生、演奏する生徒、聞いてくれる方々により全く別の音になります。また、楽しい時に見る花、聞く音、辛い時に見る花、聞く音……。その時の感情や環境に揺れ動くという共通点もあります。春の訪れにマンドリンの音色をのせて、それぞれの懐かしい記憶に触れて頂けたらと思い、心を込めて演奏しました。

高校3年生にとっては最後の定期演奏会でした。高3の部員2人で演奏した曲はテーマに合わせた森山直太朗作詞作曲の「さくら」でした。みなさんはこの歌に隠された意味があるということを知っていますか? 卒業、恩師からのメッセージ、友との別れというイメージが強い曲ですが実は特攻隊員とそれを見送る友との情景という説があります。確かに歌詞には深いフレーズがたくさんあります。

いつか生まれ変わる瞬間を信じ
さくら ただ舞い落ちる
刹那に散りゆく運命と知って
僕らを急かすように今、惜別の時……

さくら=特攻隊員と置き換えて歌詞を刻むと、なんとも言えないせつない感情が込み上げてきます。ただ、森山直太朗さんが戦地へ旅立つ友をイメージしてこの曲を作ったかは明らかにされていません。しかし、確かに特攻隊の時代はありました。友の未来を願う本当の言葉は言えないまま、さくらになぞらえるしかなかった情景が見えてきます。

歌詞をどう受け取り、イメージするかは聞き手に委ねられ、解釈は自由です。この曲に限らずもともと知っている音楽を別の角度で見つめ直して見ると、全く違う光景が見えてくるということに驚かされます。全ての物事には色々な考え方があっていいと思います。自分がどんな選択をするのか、他者が何を選択するのかも自由です。選ぶ自由がある中で、その自由に感謝しながら、それぞれの願いを持ち、その実現に向けて精一杯努力していけば良いのではないでしょうか。

英和に入学してから6年間続けてきたマンドリン部の活動も残りわずかとなりました。時間的、体力的、精神的に余裕の無い時もありましたが、なんとか続けられたのはサポートしてくれた顧問の先生や先輩たち、そして今いる仲間たちのおかげです。色々な曲と出会い、たくさん感動もしました。マンドリン部を通して私は一番大切なものが与えられました。隣を向けばお互い切磋琢磨して、より良い刺激がもらえる友がいます。私は、そんな関係を築ける幸せを大切にしたいと思います。あの場所は私の一生の心の支えです。来年の桜は、私たち一人一人にとって何色に見えるでしょうか。何色に映るにせよ、桜の花を誰かと一緒に美しいと感じられこと、語り合える友がいる幸せ、今与えられているときや場所を大切にしながら前に進んでいきたいと思います。

放送礼拝 伊藤先生

聖   書:マタイによる福音書5章43~44節(p. 8)          
 
新学期が始まってから10日たちましたが、新しい環境はどうですか?中1、高1の生徒の皆さんは、新しい校舎、新しい先生。新しいクラスメートに出会い、色々なことを試行錯誤しながら落ち着かない生活を送っているのではありませんか?期待や不安でいっぱいのことと思います。私も中学1年生の時、クラスの中で誰も知っている人がいなかったので友達ができるかなとドキドキしたことを覚えています。
さて今日はマーティン=ルーサー=キング牧師のお話をします。1968年4月4日にキング牧師がなくなって50年がたつというニュースを聞いたからです。キング牧師は黒人奴隷制度が廃止されて約70年後に生まれました。アメリカの黒人であるキング牧師は23歳で牧師になり13年間、非暴力で黒人の権利を勝ち取る運動を指導し、ノーベル平和賞を受賞し、39歳で暗殺され亡くなりました。“I HAVE A DREAM”のスピーチは世界中で有名になりました。「私には夢がある。それは、いつの日か、かつての奴隷の息子と、奴隷所有者の息子が、兄弟として同じテーブルにつくことだ。」といった内容です。
そのキング牧師が銃で撃たれて亡くなってから50年たった今、人々はもう一度この運動の意味を問い直そうとしています。キング牧師はこの活動を単なる社会運動ではなくイエス様の言葉に従って運動をしたので、黒人も白人もお互いに人間の尊厳を学ぶものとなりました。
キング牧師はイエス様の言葉を自分の生き方を変える道しるべにしていきました。私たちには悪い癖や欠点があります。自分と異なる考え方、身体の形、皮膚の色,生活習慣で他人と自分を比較し時には差別したりさげすんで優越感を持ったり、また逆に劣等感を持ったりします。
現在アメリカでは、白人至上主義と呼ばれるグループが再び勢力を増してきていて、反対派のグループの人たちとの衝突のなか亡くなった人が出た時に、トランプ大統領が喧嘩両成敗という立場に立ったために人種差別の傾向が強まってしまいました。また、ヒスパニック(ラテンアメリカ)の人たちに対する国外退去を表明していて、少し前のオバマ前大統領の融和的平和的なムードが一変してきています。
こういった人間の持つ考え方は2000年前のイエス様の時代も同じでした。権力を持つ人、奴隷として仕える人、女性・子ども・人種の差別、職業的な差別、病気の人への差別や偏見、神様がご覧になったら、何と思われるでしょうか。なんて人間は悲しい考え方をするのでしょうか。また、個人的な利益からまたは国のレベルでの損得から憎しみや戦争が生まれ、現在でもどこかで戦争の火種がくすぶっています。
さて、黒人達は奴隷制が廃止された後、白人とあらゆる所で隔離されました。具体的に言うとバスや学校や図書館、トイレ、レストラン、住む場所等で白人と区別され忌み嫌われていたのです。そしてキング牧師たちが行った公民権運動は、白人からの激しい抵抗を受けました。逮捕されたり、暴行され殺されたり、指導者たちの家が爆破されたりしました。その中でも、権利を要求してバスのボイコットをしたり、行進したり、座り込み運動をしたりしました。子ども達も小学生から高校生までが行進をしましたが、警察は警察犬と高圧ホースによる放水で攻撃したりしました。テレビで全世界に報道され、私も見た記憶があります。
そのようにして、10数年間も闘って自由で平等な生活や選挙の権利を勝ち取っていくわけです。どれほどの苦しみ、犠牲があり、血が流れたかということを思う時、最近の風潮を無視することはできません。歴史は繰り返されるなどといとも簡単に言うことはできません。
憎悪と敵対心がむき出しになり、暴力的な形で爆発した時代のさなかで、キング牧師はこう言っています。「私は、非暴力がこの国の正義を求める闘いで、もっとも有効な武器であると信じています。」
また、「人間の気高さを信じるならば、私たちは他人を抑圧したり搾取したり殺したりできないのです。」キング牧師にとっては、イエス様が教えられた愛が人間が抱える問題に対する究極の答えだったのです。

イエス様が差別や偏見の問題にどう対処なさったのかは、新約聖書の福音書を読んでいくと良く分かります。いつ読んでも目から鱗のように新しい発見があります。
今日の世界で、黒人や少数民族に対する嫌がらせ犯罪、また、私たちの身近においても、差別やいじめはますます増加する傾向にあります。こんな時、キング牧師が願ったような兄弟愛にあふれた社会を実現することの大切さを思います。私たちは、そのような学校に、また、社会を造っていくために、学んでいきたいと思います。

放送礼拝 放送部

コヘレトの言葉11章9~10節

みなさんは陣内大蔵さんという方を知っていますか。英和で歌い継がれている学生歌、「この坂道を登った先に私の好きな笑顔が見える」から始まる「EIWAY」の作曲を担当して下さったのが陣内先生です。昔はシンガーソングライターとして活躍し、今では東京の東美教会で牧師先生として活動しています。

私は6月のコンテストに向けて「EIWAY」についてアナウンス原稿を作るために春休み中に陣内先生がいらっしゃる東京の教会に取材に行き、お話を伺ってきました。そもそも「EIWAY」は2010年度の学園祭の全校制作の作品として作られました。英和と陣内先生の関わりはその2年前の全校修養会で講師として英和に来てくださったのが始まりでした。学園祭で英和の学生歌を作ると決まったとき、当時の生徒会が「英和の曲を作るなら、英和のことをよく知ってくれている方にお願いしたい」ということで英和生から大好評だった陣内先生にお願いすることになりました。

「EIWAY」の歌詞は全校生徒から「英和の生活の中で感じたこと」をテーマで募集をしました。英和生からは「グリンバンクチャペル」「セーラー服」「神様」「夢」「絆」「かけがえのない日々」などたくさんの歌詞が集まりました。1番の歌詞は日常の生活、2番は感謝の気持ち、3番は巣立っていく人たちへの応援というテーマをもとに歌詞を組み合わせていきました。陣内先生はその英和らしい歌詞をバランスよくいい曲になるように時間をかけてまとめ上げて下さいました。当時の生徒会役員と陣内先生がたくさんのやりとりを経てついに完成した時は、「やっとできた!」という嬉しい思いだったそうです。

学園祭2日目に陣内先生より、「EIWAY」の発表が行われました。はじめは驚いていた生徒たちも次第に先生のピアノ伴奏に合わせて歌い出し、体育館中の全ての人が笑顔になりました。8年間歌い継がれる今では暖かいメロディーや歌詞を口ずさんだり、卒業式で思わず泣いてしまう先輩方もいます。

「EIWAY」はこの先も英和と共に成長し、英和生の心に寄り添う友のような存在になっていくと思います。陣内先生から「学生時代の友達は変わらず付き合っていける関係。一生その関係性が続いていけたら本当に愛おしい。みなさんは山梨英和というすてきな環境で育っているので素晴らしい人生にしてください」とメッセージをいただきました。

歌詞の最後にある「Go your own way この一瞬を忘れない」という歌詞には、英和を卒業するときに「自分にしか歩めない道」を信じて歩んでいってほしいという願いが込められています。今日の聖書の箇所には、「若者よ、お前の若さを喜ぶがよい。青年時代を楽しく過ごせ。心にかなう道を目に映るところに従って行け」と書かれています。自分の将来を真剣に考えたり、今だからこそ思いっきり何かに挑戦出来る、そんな時を今私たちは生きています。

私たちが卒業するときにこの曲を歌って、そばにいてくれた友達や先生、導いてくれた神様に感謝できるように、英和で過ごす「かけがえのない日々」の生活を大切にしていきたいと思います。

お祈りします。
神様今日も放送を通して礼拝から1日を始められることに感謝いたします。
今日は英和で過ごす一瞬一瞬を大切にすることをお話ししました。
どうかみなが自分らしい道をこれからも歩んで行くことができるように、あなたが支え導いてく
ださい。
この祈りを尊き主イエスキリストの御名によって御前にお捧げ致します。アーメン。

放送礼拝 菊田先生

2018年4月16日(月) 放送礼拝
聖書:ヨハネによる福音書 17章:1~3節
讃美歌:483番

今年は桜の季節があっという間に過ぎてしまい、5日の入学式をきれいな桜の下で迎えることが出来ないほどでした。お隣の長野県ならもう少し桜の花が楽しめるのではないかと思い、先週末お花見ドライブに出かけ、上田市にある『無言館』という美術館を訪ねました。

この美術館には、有名な画家の作品は一枚もありません。飾られているのは、太平洋戦争で亡くなった画学生、今で言う美術大学=美大で絵を勉強している途中で戦争に駆り出され、そのまま帰って来られなくなった画家の卵達の作品が飾られています。最初のうちは「学徒兵役免除」と言って、学生には動員がかからなかったものの、戦争の状況が悪化するにつれて、学生たちも戦争に行かなければならなくなってしまいました。絵を描くことが大好きで、大学でしっかり学びたいと思っていた学生たち。中には、美術大学の学費を工面するのが大変で、家にあった大きな木を切り倒して送り出してくれた家族もいたようです。無言館には学生たちの描いた絵だけでなく、使っていた絵の道具や、戦地から家族に送った手紙も残されていました。それらの遺品と絵を見比べながら、その絵に込められた思いや、戦争に行くことは、即ち生きて帰っては来られないことだとわかっていながら、どんな思いを持って絵筆を握っていたのだろうか。言葉を発しなくても、様々なことを私たちに語りかけ、考えさせてくれる、「無言館」はそんな美術館です。

ここの館長であり、作家でもある窪島誠一郎さんの『無言館にいらっしゃい』という本の中には、私たちには2種類の「いのち」があると書かれています。一つ目は漢字一文字で書く「命」。つまり私たちがこの世に誕生したときに与えられたいのちです。そして、もう一つは、私たちが生きているうちに自分の「仕事」に込めることのできる命だそうです。ここで言う「仕事」について、窪島さんは次のように書いています。

みなさんは「仕事」と聞くと、会社に勤めてお給料をもらったり、何かを安く仕入れてお客に売ったりする商売を連想するでしょうが、人間の「仕事」はそれだけではないのです。病気になった家族を介護したり、落ち込んでいる友達を励ましたり、庭に咲いている花を大事に育てることだって立派な「仕事」です。あるいは自分の経験を日記に書いて記録したり、健康のために毎日ジョギングしたり、学校に通って勉強したりすることだって「仕事」の一つであるとも言えるのです。人間はそういう数々の「仕事」の中に生きている自分の「命」を込めることができると言いたいのです。戦争で死んだ画学生たちが残した絵は、ある意味で、その一点一点が画学生たちのいのちがのりうつった「仕事」であったといえないでしょうか。

この本を読み終えて、窪島さんご自身が、与えられた「命」に二度と同じ苦しみを味わう人を出してはならないという強い思いを込めて、「無言館」を作ったということが伝わってきました。無言館に飾られていた、戦争の前に「命」を絶たれてしまった画学生たちの「もう一つのいのち」は今もこうして、ここを訪れる人たちに語りかけ、訴えることで生き続けています。与えられた「命」は、その中に思いを込めて生きていくことでこれから先も続いていくものだと思います。

聖書に書かれている永遠の命とは、ここで語られている「もう一つのいのち」のことだと思います。そして私たちは与えられた「命」を生かすために、神様から様々な「仕事」を頂き、そのために「もう一つのいのち」に思いを込めていくのだと思います。

残念なことに、おとといの土曜日にアメリカが英国、フランスと共同で化学兵器使用が疑われるシリアを攻撃したと言う報道がありました。平和の反対語である戦争がまさに起こっている国があることに驚きを感じます。私たちは与えられた「命」をしっかり生かし、正しい知識を身につけ、判断し、自分の意見を持って「もう一つのいのち」を生きていきましょう。

お祈り

天にいらっしゃる私たちのお父様、今朝も新しい朝を有難うございます。あなたの御言葉から一日をはじめられますことを感謝いたします。私たちがあなたによって与えられたものを十分に生かして、一日一日を積み重ねていくことが出来ますように。また私たちの周囲で支えてくださる多くの方々に感謝して一日を終えられますように。様々な不安を抱えている友達がおりましたら、あなたが強め励ましてください。遠くの地では争いの中にある国もあります。より良い解決の道が見つかりますように。

願いばかりの祈りを尊き主イエス・キリストのお名前を通して御前にお捧げします。