5月2018

放送礼拝 御園生先生

「愛されることと愛すること」 2018.5.30(水)放送
                  聖書:マタイによる福音書22章39節(p.44)
                  讃美歌:520番

皆さんは「100万回生きた猫」という絵本を知っていますか?
出版されて40年たちますが、今まで、英語、フランス語、ロシア語、中国語などに翻訳され、電子書籍にもなり、またミュージカルで何度も上演されるなど、それこそ様々な形で生き続けている本です。
現在、山梨県立美術館で「愛されて40年『100万回生きた猫』佐野洋子の世界展」という特別展示会が6月17日まで行われています。興味のある人はぜひ行ってみてください。

作者の佐野洋子さんは、7歳の時中国の大連で終戦を迎え、その後山梨の伯父様のところに引き揚げ、一家で身を寄せ、3年ほど山梨で過ごしていたそうです。このまだ幼い時に大きな環境の変化がありしかも9歳から10歳にかけて大好きだったお兄さんと、幼い二人の弟を亡くしています。この時お母様が半狂乱となり、まだ小学生の洋子さんを優しく受け止めてくれるはずのお母様との間に溝が生まれました。洋子さんは、大きな悲しみとショックの中で、「生きること、死ぬこと」について深く考えざるを得なかったのではないでしょうか?

「猫には9つの命がある」と言われますが、聞いたことはありますか? おおもとはエジプトの猫の姿をした神様、そして中世ヨーロッパで猫が魔女の使い魔とされたことでなんとなくちょっと神秘的というか不思議な力を持っていると思われたのでしょうか。そして、1561年のイギリスのウィリアム・ボールドウィンの小説には『魔女はその猫の体を9回使うことを許されるのだ。』という一節から「猫には9つの命がある」と言われるようになったと言います。

さて、この「100万回生きた猫」はこのように始まります。

『100万年も しなない ねこが いました。
  100万回も しんで、100万回も 生きたのです。
  りっぱな トラ猫でした。
  100万人の 人が、そのねこを かわいがり、
100万人の 人が、そのねこが 死んだとき なきました。
  ねこは、1回も なきませんでした。』

この後のお話のあらすじは、このようなものです。
この猫は、ある時は王様の猫だったり、船乗りの猫だったり、サーカスの猫だったりします。それぞれの飼い主は、とてもかわいがり、その猫が死んだときは大泣きをしました。しかし、、どんなに愛されて、どんなにかわいがられてもその飼い主を好きにはなりませんでした。猫は自分以外が嫌いだったのです。その上、猫は 死ぬのなんか平気だったのです。
そのうち、猫は誰の猫でもない『野良猫』になります。立派なとら猫だったので、立派な野良猫になり、たくさんの雌猫がお嫁さんになりたがりました。でも、猫は「おれは、100万回も 死んだんだぜ。 いまさら おっかしくて!」と言いました。猫は自分が大好きだったのです。そんなまわりの猫の中に、1匹だけこのとら猫を見向きもしない白い猫がいました。この白猫に「俺は、100万回も死んだんだぜ!」と自慢しましたが、白猫は「そう。」と言ったきりでした。トラ猫は、少し腹を立て、毎日白猫のところへ行って、「君はまだ1回も生き終わっていないんだろう。」と言います。すると白猫は「そう。」と言ったきりでした。
そのうち、トラ猫が「そばにいてもいいかい。」というと、白猫は「ええ。」と言いました。
トラ猫は、いつまでもそばにいて、白猫は子猫をたくさん産みました。
そして、それまで自分が一番好きだったトラ猫は、白い猫とたくさんの子猫を、自分より好きなくらいになりました。やがて、白い猫がトラ猫の隣で動かなくなっていました。その時このトラ猫は、初めて泣いたのです。夜になって、朝になって、また夜になって、100万回も泣いたのです。そして猫は泣きやみ、白い猫のそばで静かに動かなくなりました。
絵本の最後は、こう結ばれています。
『ねこは もう、けっして 生きかえりませんでした。』

このお話を読み終わると、泣いたことのなかったとら猫は、白猫が死んだことで100万回も泣いて泣いて、泣き止んだときには死んでしまいます。そして、もう生き返らなかったのに、これを読み終わった私達は「あ~良かった。」という気分になります。これは、なぜでしょうか? きっと、とら猫が、「愛することを知った」というのがわかり、安心するからでしょう。
作者の佐野洋子さんは、その晩年「人間は、何のために生きているかって言ったら、やはり他人を愛するために生きているし、多分、この世界を愛するために生きているんだと思うのね。」と語っています。

さて、このとら猫が死んだとき、とら猫をかわいがっていた飼い主は悲しくて泣いたのに、とら猫は 死ぬのなんか平気だったのでしたね。そればかりか、「おれは、100万回も死んだんだぜ。」と得意になっていました。ではなぜ「100万回も生きたんだぜ。」と言わなかったのでしょうか? それは、自分が生きていた世界に、何の未練も無かったからでしょう。なぜ、未練がないかというと、大切に思い、愛するものがなかったからですね。愛したものを残して死ぬのは、どんなに辛いことなのかは、想像がつくと思います。「死んでも死にきれない」とよく言いますが、そんな気持ちだと思います。しかし、「愛するもの」が何もなければ、「死ぬのは平気」だし、今を精一杯「生きている」という実感もないことになります。「生きている」という実感がない、その意義を感じることのできない毎日は、本当に空しいものです。

今日の聖書の『隣人を自分のように愛しなさい。』という聖句は、入学式の日からたびたび耳にしている聖句です。神様から無条件で愛されているのですから、その自分と同じように、周りの人を愛しなさいということですね。けれど、神様の深く広い愛に比べ、私たちにはそれを実行することが簡単ではありません。 どんなに愛されても自分以外は嫌いだったトラ猫のように、周りの人を愛せないことが珍しくありません。あるいは、その自分さえも愛せないことさえあります。そして、そんな時、周りの世界も愛せなくなります。世界には矛盾も多く、またせっかく愛していた対象を奪われることすらあります。そんな時「こんな世界はどうでもいい!」「こんな世界にいたくない!」と思うかもしれません。
このとら猫のように!

でも、自分も愛せないことのあるこの私でさえ、神様は何も聞かずに愛してくださっています。いつも両手を差し伸べていてくださいます。 隣人を愛することが難しいと感じたときは、まず手を伸ばして、神様の愛に包まれてみましょう。そして、素直にその愛に応えるとき、自分の世界が変わり始めます。そして、自分以外のこの世界を愛することができる自分が見えてきます。自分が生かされていることに気づくと、周りの人も同じように神様から生かされていることにも気づきます。自分は、大切にされている存在で、周りの人も同じように大切にされている存在なのだから、周りの人を大切にしようと思うことができます。そうすれば、豊かな毎日を過ごす第一歩を踏み出したことになるでしょう。そして、神様から頂いた命をしっかり生きるー真実に清く生きるーことができるはずです。

お祈りします。
御在天の父なる神様、今日という新しい一日を、礼拝から始められますことに感謝致します。神様が、どんなときも私を愛して下さっていることを感謝致します。それをわかっているはずなのに、同じように神様が愛している周りの人を愛せないことがあります。しかし、それでも神様は私を愛して下さり、このようにしなさいと教えて下さっています。その声に素直になる事ができますようお導き下さい。今日一日、神様の御心にかなう一日を送れますように。 この小さき祈りを、尊き主イエスキリストのお名前を通して御前に御捧げ致します。
                                    アーメン

創立記念礼拝・花の日訪問

5月27日の創立記念日を迎えて、28日(月)には全校で創立129周年の記念礼拝をお捧げしました。聖歌隊とマンドリン部の演奏奉仕に支えられての礼拝でした。

礼拝の講師には本校卒業生で校長としてもお働きくださった鈴木美穂子先生をお迎えし、神様によって招かれた英和生として、感謝をもって、また誇りをもって歩んでいくように励ましのメッセージをいただきました。

午後からは、花束と手紙を手に県内24箇所の病院・福祉施設を訪問し、120年以上続くこの行事を今年も行うことができました。「他の人のために手をさしのべて、その手が傷つくときに、私たちのこころは成長する」というグリンバンク先生(第10代・12代校長)の言葉を心に留めて過ごす一日となりました。

山梨日日新聞 「10代の意見」に掲載されました (5月19・24日付)

本校生徒が山梨日日新聞 「10代の意見」に掲載されました。(5月19・24日付)

山梨日日新聞 2018年5月19日付

山梨日日新聞 2018年5月24日付

放送礼拝 久木元先生

聖書の箇所:マタイによる福音書25章34~40節
そこで、王は右側にいる人たちに言う。「さあ、わたしの父に祝福された人たち、天地創造の時からお前たちのために用意されている国を受け継ぎなさい。お前たちは、わたしが飢えていたときに食べさせ、のどが渇いていたときに飲ませ、旅をしていたときに宿を貸し、裸のときに着せ、病気のときに見舞い、牢にいたときに訪ねてくれたからだ。」
すると、正しい人たちが王に答える。「主よ、いつわたしたちは、飢えておられるのを見て食べ物を差し上げ、のどが渇いておられるのを見て飲み物を差し上げたでしょうか。いつ、旅をしておられるのを見てお宿を貸し、裸でおられるのを見てお着せしたでしょうか。いつ、病気をなさったり、牢におられたりするのを見て、お訪ねしたでしょうか。」
そこで、王は答える。「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」

 一ヶ月ほど前に、テレビで「ペコロスの母に会いに行く」という映画を見ました。この映画は、岡野雄一さんという方の描いたエッセイ漫画を映画化したものです。原作の漫画は、学校の図書館にも入っているので、ひょっとしたら見たことがあるという人もいるかもしれませんね。この作品は、作者である岡野さんと、認知症を患って施設に入っている岡野さんの母親との交流を描いた漫画です。「ペコロス」というのは、岡野さんのペンネームで、「小さな玉ねぎ」という意味です。岡野さんがなぜそのようなペンネームをつけたかというと、岡野さんの体型と、つるつるに禿(は)げた頭が、ペコロスのように見えるからだそうです。
 映画のあらすじは次の通りです。62歳の漫画家ゆういちの母みつえ(89歳)は、父さとるが亡くなった後、振り込め詐欺にひっかかりそうになったり、死んだ夫のために酒を買いに行こうとしたり、汚れた下着を大量に貯めたりなど、認知症の症状を見せはじめます。ケアマネージャーの勧めで、ゆういちはみつえをグループホームに入居させます。それでも、みつえの認知症は進み、面会に来たゆういちが分からず、禿げ髪を見てようやく息子を思い出す始末です。また、夫が亡くなったことを忘れ、見えない夫と話したり、原爆で亡くなった幼い妹の幻を見て、妹をあやしたり、少女に戻って無邪気な様子を見せるようになります。ゆういちは、そんな母を優しく見守りながら、昔のことをいろいろと思い出します。ある日、みつえは、ゆういちに、亡くなった夫さとるや幼なじみのちえこ、妹のたかよが会いに来たと語ります。「死んだ父ちゃんに会えるのなら、ボケるのも悪いことばかりじゃないね」とゆういちは思うようになります。
 私はこの映画を見て、深く感動したと同時に、何か苦いものを噛(か)んでしまったような複雑な思いにとらわれました。というのも、実は、私の実家の父親も、認知症を患っているからなのです。たまに実家に帰って父親に会うと、ペコロスの映画と同じように、父親は私が誰なのか、まったく分かっていません。また、息子に会わせても、父は孫を認識できていないのです。私は実家に帰って父に会うたびに、悲しいような、やりきれないような、もやもやした思いを抱かずにはいられないのです。だから、映画の中で、当初は認知症の母親につらく当たりながらも、だんだん心を許して、最終的には優しい気持ちで母に接する岡野さんの姿が、とても羨(うらや)ましく思えたのです。
 それと同時に、認知症の患者に対して、いや、認知症の患者だけでなく、自分が理解できないものに対して、お前はつらく当たったり、無視したりしていないかという問いを突き付けられたような気がしました。お前は、小さい者や弱くされた者に対して、偏見を持ち、排除しようとしていないだろうかという問いです。私はこのような問いに対して、はっきり「Yes」と答えることができません。そして、そのような問いを私に投げかける存在に対して、私は忸怩(じくじ)たる思いを抱かずにはいられません。
 では、そのような問いを私に投げかける存在は誰かというと、それはイエス・キリストに他なりません。イエスは、常に、小さい者、弱くされた者の立場に立って行動していました。それは、子どもであったり、女性であったり、病人であったり、罪びとであったり、異民族であったりしました。イエスは、同時代の人が偏見を抱き、差別を行い、排除していた人たちを決して見捨てず、常に彼らの側に立っていたのです。それだけではありません。今日の聖書の箇所の40節を見てください。「わたしの兄弟であるこの最も小さい者」とは、実は、イエス・キリストのことなのです。つまり、イエスは、小さい者、弱くされた者の姿で私たちの前に現れるのです。イエスは、弱い者・小さくされた者の姿を取って、私たちに差別や偏見の心がないかどうか、問いを投げかけているのです。
 5月27日は山梨英和の129回目の創立記念日で、28日に私たちは花の日を守ります。私たちは病院や介護施設を訪問させていただきますが、そこには、小さくされ、弱くされた者の姿を取ったイエス・キリストが私たちを待っていてくださるということを心にとめていたいですね。

お祈り
神様、今日も新しい朝を与えられてここに集い、放送を通してですが、愛する姉妹たちと一緒に礼拝を捧げる機会に恵まれたことを感謝いたします。私たちは、小さな者・弱くされた者に対して、差別や偏見の心を持ってしまいがちです。しかし、私たちは、小さな者・弱い者としてこの世に生を受け、そして、恐らくは弱い存在としていずれ天に召されます。私たちが今現在、強い者の立場にいるとしても、それは単なる偶然であって、弱い者・小さな者に寄り添わなければならないと思う気持ちを忘れないようにさせてください。私たちは来週、花の日を迎えますが、どうぞ謙虚な気持ちでこの日の訪問ができますように、私たちをお導きください。また、今週から、前期Ⅰテストが始まります。中1の生徒にとっては、初めての定期試験です。不安や緊張を覚える生徒も多くいると思いますが、あなたが常に彼らの傍にいて、お見守りください。今日の一日の歩みが、あなたの御心に添ったものでありますように。このささやかな祈りを主イエスキリストの御名によって御前におささげいたします。アーメン。

中学・高校合同礼拝 加藤先生

2018年 5月17日、18日 礼拝原稿

聖書 コリント信徒への手紙13章 13節

 NHKで高校野球名場面という番組がありました。特に印象深い試合は、大リーグに行き、今は中日でプレイしている松坂大輔さんが在籍していた横浜高校対PL学園の試合で、延長17回という球史に残る名勝負でした。
当時、試合の行方を固唾をのんで見守っていたことが思い出されました。
横浜高校もPL学園もプロ野球選手を多く輩出した名門高校ですが、驚いたことに現在、PL学園は野球部が休部、事実上は廃部という事態になっているそうです。野球ファンとしては信じられず衝撃が走りました。

 このように一時期の繁栄が終わる例は身近にもありました。山梨でも105年間操業を続けていた老舗のスーパーが倒産した詳細について、15日の山梨日日新聞に掲載されました。また、遠く歴史を振り返ると、「すべての道はローマに通ず」と栄華を誇ったローマ帝国の滅亡や日本でも「平家にあらずんば人にあらず」と豪語した平家一族が、壇ノ浦で滅亡したことは平家物語に記されていて、皆さんも古典で勉強したことと思います。

 国家や企業、私たち人間も今はどんなに繁栄していても、それが続く保証はありません。このようなことを考えると、何のために生きるのかむなしくなりますね。私たちは、いつかはなくなるむなしいのもでなく、いつまでも永遠に残るものと共に生きることはできないのでしょうか。

 今朝読んだ聖書の箇所がその答えです。聖書は力強く語っています。「愛」こそはいつまでも永遠に残ります。それではその「愛」とは具体的に何をすればよいのでしょうか。13章4節~8節に記されています。一緒に読んでみましょう。
  
お金や名誉も大切ですが、まずは第一に愛を追い求め、愛をもって生きなければなりません。ノーベル平和賞を受賞されたマザーテレサは、講演の席で聴衆から、世界平和のために自分が何をしたら良いかと質問された際に「世界平和のためにできることですか?家に帰って家族を愛してあげてあげて下さい。」と答えたそうです。また、次のような言葉も残しています。「私達は大きいことはできません。小さなことを大きな愛をもって行うだけです。」聖書にも「あたなの隣人を愛しなさい」という言葉があります。

 皆さんの周りを見て下さい。困っている友達はいますか?悩んでいる兄弟や姉妹はいますか?私たちはそのような人に手をさしのべているでしょうか。
自分のことだけでなく他者に目をむけて下さい。そして小さな事を大きな愛をもって行うことができる人として、何ができるのか考えましょう。

お祈りします。
 愛する天の神様。あなたの御名を賛美します。今朝も礼拝から一日を始められることに感謝します。パウロはコリントの信徒への手紙で「わたしはあなたがたに最高の道を教えます」と書き、愛の大切さを述べました。 私達も愛をもって人と接し生きることができるよう神様が導いて下さい。また、今週の日曜はペンテコステです。聖霊が下り教会が誕生した日です。多くの人が教会に足を運ぶことができますように。
 5月ですが真夏のような気候が続いています。来週からは定期試験がスタートします。神様が健康を守って下さり、日頃の勉強の成果が発揮できるよう支えて下さい。このお祈りをイエス様の御名を通してお祈りします。アーメン

Library News(2018年5月18日号)

Library News(2018年5月18日号)を発行しました。

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韓国より 梨花女子高校留学生便り

皆さんこんにちは。 今年、梨花女子高校へ交換留学をしている氏原陽菜です。韓国に来て早くも一ヶ月が経ちました。梨花女子高校での生活は毎日楽しく、とても充実した日々を送っています。最初は言葉が通じず、コミュニケーションをうまくとることが出来ませんでした。しかし最近では少しずつですが、友達や先生方と韓国語でコミュニケーションがとれてきたように思います。この一ヶ月間、私は沢山の人の優しさに触れました。一人じゃないよ、私が傍にいるよ。そう書いた手紙をくれる友達、私にはたくさん迷惑をかけてねと言って下さる先生。毎日、毎日周りの人の優しさ、温かさにすごく助けられています。

先日、母がソウルに来て先生方と一緒に食事をする機会がありました。最初は緊張してしまうかなと思ったのですが、実際は笑いが絶えない時間でした。そんな先生方が口を揃えて、「私たちが娘さんをきちんと守りますから、心配しないで下さい」と母に言ってくれました。母は私の周りにいてくれる人たちが優しい人達ばかりで本当に良かったと言って帰って行きました。

留学は私が思っていた以上に言葉の壁、コミュニケーションの壁があり、辛いこともたくさんあります。でも、日本にいると気づけないことにもたくさん気づくことが出来ます。韓国と日本の文化的な違いや、それぞれの良さ、また、今までの自分の価値観も見直すことができました。今まで私は人にどう思われるか、ということを気にして生きてきました。しかし韓国に来て、人にどう思われるかを気にして生きるより自分自身がどう生きるか、その方が大切だということに気づきました。このことに気付けたのも留学したからだと思います。

日本は過去に韓国に対して残虐な行為し、たくさんの方々を傷つけてきたのに、どうして自分に友好的に接してくださるのかと、日本に留学経験のある先生に率直に聞いてみました。すると先生は、「確かに過去にはそんなこともあったし、学校の授業でもたくさん習ったよ。でも、私は日本に行って日本の人の優しさに沢山触れたし、私自身韓国人だからと言って日本の人に嫌な態度を取られたことは一度もない。だから私は日本が大好き。過去に執着して日本と良い関係をもとうとしないのは違うと思うよ。」と話してくれました。実際には日本のことを快く思っていない人もいると思いまが、こんな風に思ってくれている人がいることに気づけたことは私にとって日韓関係を見直す、良い一歩になったと思います。

韓国にいる間、ここでしかできないことを沢山経験して、日本に帰国できたらなと思っています。

春のEIWA DAY 6月2日開催です!

春のEIWA DAY – 山梨英和の授業を体験しよう!

春のEIWA DAYでは、小学生の皆さんに山梨英和中学校の
礼拝や授業などを体験していただけます。
小学3年生から参加できます。ぜひご参加ください。

日 時:6月 2日(土) AM 9:30~ (受付 9:00 ~ 9:30)
対 象:小学 3・4・5・6年生 女子
                 3・4年生:楽しい英会話
                 5年生:サイエンス(図形パズル)
                 6年生:英語の授業
場 所:山梨英和中学校 *グラウンド駐車可
持ち物:筆記用具、上ばき
     英和パスポート *お持ちでない方は当日発行します

お申込みは
←左の画像をクリックして必要事項を入力してください。
※5月30日(水) 締切です

*秋のEIWA DAY(公開授業)は、9月開催となります。ご確認ください。

春のEIWA DAY PDF

小学生「英語でクッキング」体験講座のお知らせ

小学生「英語でクッキング!」体験講座

Let’s enjoy cooking in English!
外国人の先生や山梨英和のお姉さんたちと
フルーツパフェを作りましょう!
お買い物でつかう英会話を教えてもらいながら楽しく作りましょう!


←申込みは画面をクリックして必要事項を入力してください。

・日時  6月16日(土)14:00~16:00
・場所  山梨英和中学校
・対象  小学4~6年女子(定員30名)
・持ち物 エプロン、三角巾、ハンドタオル、上ばき

保護者向け「プチ説明会」のお知らせ

お嬢さんの受講中、山梨英和のミニ情報を保護者の方にご説明します。
今回は『山梨英和の英語教育の魅力』をお伝えします。
どうぞご参加ください!

英語クッキングPDF

放送礼拝 バスケットボール部

コリントの信徒への手紙I 10章13節

私は小さい頃からスポーツが好きだったため、英和中学に入学した時に迷わずバスケ部に入部することを決めました。私がバスケ部に入部してから6年が経ちました。

そんな私は1年前大きな壁にぶち当たりました。高校総体の対戦相手が強豪校に決まり、自分の実力が試せるチャンスだと思い、楽しみにしていました。しかし部員は楽しみよりも不安の方が大きくなってしまい、楽しみの方が大きかったのは私と先輩だけだったと思います。楽しみと緊張の中始まった試合、私の出番は開始2分で終わりました。得意の1対1を仕掛けた瞬間、膝から今までに聞いたことのない音が聞こえ、全身の力が抜けて床に崩れ落ちました。左膝前十字靭帯断裂。スポーツ復帰まで全治9ヵ月の大怪我でした。体を動かすことが大好きな私にはすごくショックな出来事でした。どうして1番楽しみにしていた自分がこんな目に合わなければいけないのか、怪我をした自分を恨んで泣くことしか出来ませんでした。手術をするのも嫌だし、このままスポーツができないのも嫌。私の心の中では毎日葛藤が続きました。

たくさんの人から手術はした方がいいと言われ手術を受けることに決め、夏休みを病院で過ごしました。ここでの出会いが私の気持ちを明るくしてくれたのです。入院している人は年齢もスポーツもそれぞれ違いましたが、同じ痛みを経験しているためすぐに仲良くなることができました。高校の時にラグビーで日本一になった人、中田英寿と一緒にサッカーをしていた人など、たくさんの人がいていろんな話が聞けました。一緒にご飯を食べて、リハビリに行って、夜は勉強する。合宿のような1ヶ月でした。みんなで励まし合い、お互いの成長を喜びながら毎日過ごしていました。怪我を治してスポーツ復帰するという同じ目標があったからこそ頑張れたのだと思います。入院することを嫌がっていた自分が嘘のように毎日が楽しく、退院したくないほどでした。

そして入院中、自分はたくさんの人に支えられていると実感することができました。私が靭帯を切ったことを話した時一緒に泣いてくれた友人。たくさん心配してくれて送迎までしてくださった顧問の先生。一緒にバスケをすることができなくてもバスケ部の一員として認めてくれた部活の仲間。スポーツ復帰を目指し、一緒に頑張った病院の仲間。また怪我をしないように膝のことを気にかけてくれたリハビリの先生。そして 1番近くで支えてくれた両親。自分1人で頑張ったのではなく、みんなの支えがあったから、ここまで来れたと思います。

私は退院するとき、もう一度必ずコートに立つとみんなと約束しました。もう一度コートに立って思いっきりバスケをすることが1番の恩返しになると思います。今まで支えてくれた方々への感謝の気持ちをプレーで表現したいと思うようになりました。そして先日の高校総体で、私は1年ぶりに試合に出場することができました。また怪我をしないか不安で、恐怖もありました。でもそれ以上に試合に出場できることが楽しみでした。まだまだ恐怖があり、思うように自分のプレーが出せないことが何度もありましたが、怪我をしてから1年後に再びコートに立てたことを誇りに思います。

私は怪我をしたことで強くなることができました。そして自分の体を見つめ直すことができました。きっと怪我をしていなければ恐怖も痛みも考えずに今まで通りプレーできたと思います。でも、怪我をしていなければ今の自分はいません。出会うことができなかった人もたくさんいます。今では怪我をしてよかったと思えるようになりました。神様が私なら乗り越えられると信じて与えてくださった試練だったのだと思います。試練は神様からのメッセージなのだと思いました。これから先もっと辛いことがあったとしても出会いを大切にし、壁を乗り越えた後には必ず成長できると信じて自分らしく乗り越えていきたいです。引退まで残り1試合。チーム全体としても気持ちが1つになってきているのを感じます。自分を信じて、自分をキャプテンと認めてくれる仲間を信じて、勝利に向かって、最後の1秒までボールを追いかけたいと思います。支えてくれた方々への感謝の気持ちを忘れずに、大きな壁を乗り越えた自分にしかできないプレーをしたいです。