生徒,礼拝のひとコマ

5月2018

放送礼拝 バスケットボール部

コリントの信徒への手紙I 10章13節

私は小さい頃からスポーツが好きだったため、英和中学に入学した時に迷わずバスケ部に入部することを決めました。私がバスケ部に入部してから6年が経ちました。

そんな私は1年前大きな壁にぶち当たりました。高校総体の対戦相手が強豪校に決まり、自分の実力が試せるチャンスだと思い、楽しみにしていました。しかし部員は楽しみよりも不安の方が大きくなってしまい、楽しみの方が大きかったのは私と先輩だけだったと思います。楽しみと緊張の中始まった試合、私の出番は開始2分で終わりました。得意の1対1を仕掛けた瞬間、膝から今までに聞いたことのない音が聞こえ、全身の力が抜けて床に崩れ落ちました。左膝前十字靭帯断裂。スポーツ復帰まで全治9ヵ月の大怪我でした。体を動かすことが大好きな私にはすごくショックな出来事でした。どうして1番楽しみにしていた自分がこんな目に合わなければいけないのか、怪我をした自分を恨んで泣くことしか出来ませんでした。手術をするのも嫌だし、このままスポーツができないのも嫌。私の心の中では毎日葛藤が続きました。

たくさんの人から手術はした方がいいと言われ手術を受けることに決め、夏休みを病院で過ごしました。ここでの出会いが私の気持ちを明るくしてくれたのです。入院している人は年齢もスポーツもそれぞれ違いましたが、同じ痛みを経験しているためすぐに仲良くなることができました。高校の時にラグビーで日本一になった人、中田英寿と一緒にサッカーをしていた人など、たくさんの人がいていろんな話が聞けました。一緒にご飯を食べて、リハビリに行って、夜は勉強する。合宿のような1ヶ月でした。みんなで励まし合い、お互いの成長を喜びながら毎日過ごしていました。怪我を治してスポーツ復帰するという同じ目標があったからこそ頑張れたのだと思います。入院することを嫌がっていた自分が嘘のように毎日が楽しく、退院したくないほどでした。

そして入院中、自分はたくさんの人に支えられていると実感することができました。私が靭帯を切ったことを話した時一緒に泣いてくれた友人。たくさん心配してくれて送迎までしてくださった顧問の先生。一緒にバスケをすることができなくてもバスケ部の一員として認めてくれた部活の仲間。スポーツ復帰を目指し、一緒に頑張った病院の仲間。また怪我をしないように膝のことを気にかけてくれたリハビリの先生。そして 1番近くで支えてくれた両親。自分1人で頑張ったのではなく、みんなの支えがあったから、ここまで来れたと思います。

私は退院するとき、もう一度必ずコートに立つとみんなと約束しました。もう一度コートに立って思いっきりバスケをすることが1番の恩返しになると思います。今まで支えてくれた方々への感謝の気持ちをプレーで表現したいと思うようになりました。そして先日の高校総体で、私は1年ぶりに試合に出場することができました。また怪我をしないか不安で、恐怖もありました。でもそれ以上に試合に出場できることが楽しみでした。まだまだ恐怖があり、思うように自分のプレーが出せないことが何度もありましたが、怪我をしてから1年後に再びコートに立てたことを誇りに思います。

私は怪我をしたことで強くなることができました。そして自分の体を見つめ直すことができました。きっと怪我をしていなければ恐怖も痛みも考えずに今まで通りプレーできたと思います。でも、怪我をしていなければ今の自分はいません。出会うことができなかった人もたくさんいます。今では怪我をしてよかったと思えるようになりました。神様が私なら乗り越えられると信じて与えてくださった試練だったのだと思います。試練は神様からのメッセージなのだと思いました。これから先もっと辛いことがあったとしても出会いを大切にし、壁を乗り越えた後には必ず成長できると信じて自分らしく乗り越えていきたいです。引退まで残り1試合。チーム全体としても気持ちが1つになってきているのを感じます。自分を信じて、自分をキャプテンと認めてくれる仲間を信じて、勝利に向かって、最後の1秒までボールを追いかけたいと思います。支えてくれた方々への感謝の気持ちを忘れずに、大きな壁を乗り越えた自分にしかできないプレーをしたいです。

放送礼拝 語学部

語学部 詩編1編1~3節

先日、私はグレイテスト・ショーマンという映画を観てきました。この作品は主人公のバーナムが愛する家族のために貧しい生活から抜け出そうと、ユニークな人々を集めてサーカス団を結成し、成功を収めようと困難に立ち向かうお話です。

ミュージカル映画ということで、作品内でも印象的な曲が多く歌われています。中でもThis is meという曲は、バーナム一座のパフォーマー役を演じたキアラ・セトルさんが迫力ある歌声を披露しています。彼女の役は、女性なのにヒゲが濃いという特異体質で、人の目を避けながら生きてきたという役柄でした。

This is meの歌詞を和訳すると、暗闇には慣れているわ 隠れてろって人々は言うの 壊れた部品はいらないって 私の欠点をずっと恥ずかしく思ってきた 彼らは言う 失せろ、ありのままのお前を愛す人なんかいないって でもあいつらに私をゴミ扱いなんてさせない 私達にだって居場所がある 私たちが輝ける場所 鋭い言葉で傷つけられた時は 洪水を起こして溺れさせてやる 私は勇敢よ あざだらけでも これが私のあるべき姿なの これが私よ というような差別と偏見をテーマとした内容になっています。

この歌詞の中には、現代でも差別や偏見によって苦しんでいる人々の心の叫びとその苦しみに立ち向かう姿が描かれていると思います。私たちは、自分たちの主観で「同じ」や「違う」を決めつけ、人を批判したり、偏見の目で見てしまう弱い生き 物です。このような勝手な判断で弱い立場に追いやられた人は、自分の存在を認めてもらえないと感じ、心の大きな傷になり、やがて人前に立つことさえ出来なくなってしまいます。そんな人々に自信と勇気を与えて下さるのは、神様という大きな存在なのだと、改めて思いました。

歌詞の一部に「私たちにだって居場所がある 私たちが輝ける場所」という言葉があります。神様はどんな私たちでも必ず愛して下さり、それぞれに輝ける場所を与えて下さるのです。 パフォーマー役のキアラさんは、リハーサルの時にマイクの前で歌うことがなかなかできませんでした。それは歌詞と役柄に自分自身が重なるものがあったからではないかと思います。キアラさんは、既に役になりきっていたとも言えるでしょう。映画とはキャスト一人一人が役に入り込み、自身と一体になって初めて観ている人の心を動かすことができるのだと、演技をする人間として強く思いました。

今年の学園祭では、美女と野獣を上演します。多くの人が物語を知っている有名な作品は、話がわかりやすくて見やすい反面、1つ1つのキャラクターの個性になりきらないと中途半端な劇になってしまうというプレッシャーがかかります。そしてどの作品にもそれぞれ伝えたいことがあります。 美女と野獣に込められたメッセージは、ただ人を外見で判断してはならないということだけではありません。ベルは誰よりも自分の信念を持っている強い女性であるから、醜い姿の野獣を心で愛することが出来たのです。私たちは、人を外見で判断してはいけないことを理解していますが、実際に世間に流されずに自分の信念を貫くことが出来る人は少ないと思います。

登場人物の心の奥を理解して部員全員が物語の中のキャラクターになりきって、これからの練習をしていきたいです。そして、部員が一丸となり、観て下さる方の記憶に残る劇を発表したいです。

お祈りします。
神様、今朝も放送を通して礼拝から1日を始められたことに感謝致します。私たちは心の弱さや思い込みなどから、人を差別したり偏見の目で見てしまうことがありますが、周りに流されず勇気を持って生活できますように神様がお導き下さい。この祈りを尊き主イエスキリストの御名によって御前にお捧げ致します。アーメン。