放送礼拝 放送部

ヤコブの手紙 5章 7節~11節 新p.426

 私は高校から英和に入学し、放送部に入りました。放送部に入った当初は、毎日の練習で新しく知る知識やアナウンスの力を伸ばすことに一生懸命で、上手な先輩方のアナウンスを聞いて刺激をもらっていました。その時の私にとって、部活に”忍耐”は必要ないと思っていました。毎日部活に行って練習を積み、先輩方のアドバイスをもらって向上していくことが、楽しくて自然なものだと思っていたからです。
高校1年生の時は、先輩方に支えられていたこともあり、”なんとかなる”という考えがありました。実際、部活をしていて色々な試練を経験したことが大きかったと思います。高校2年生になった時、だんだん思う通りに進まず、部活を嫌うようになっていきました。練習しても、なかなか上達しないことに気付き、「頑張っているのに結果が出ない」と不満に思うようになりました。それまで順調に進んでいたものがそうでなくなると、辛抱することを避けるようになり、「早く結果を出そう」という気持ちで部活にのぞむようになってしまいました。
放送部の練習では、たくさんの新聞記事を読みます。記事の重要な言葉や数字などをゆっくり読んだり、間を考えたり緩急をつけたりなど、短い一つの記事にも気持ちを込めて読みます。しかし、その時の私は気持ちが込もっていない読みをするだけで、なんとなくやっているだけでした。結果が出ないのに、忍耐する意味はあるのだろうか?と考えました。
長い期間そう思っていましたが、ある日そこから成果が出たことに気づく日がきました。部活の先生が、「耳がよくなると、アナウンサーの癖がわかるようになる」とおっしゃって、ある日ニュースを見ているときに、自分にそれが分かってきたことに気付きました。少しずつでも、練習してきたことに意味はあったのだと知ると同時に、辛抱と忍耐することの意味を学びました。私がずっとお手本にしていた先輩方も、忍耐しながら努力していたのだと思います。
私は今、高校3年生になり、後輩たちをリードする立場にいます。後輩に良い姿を残すためにも、残りの部活で気持ちの込もった読み方を伝えていきたいです。今日の『聖書』の箇所にもあるように、「忍耐した人たちは幸せだ」と私は思います。できるならば忍耐せずに進みたいですが、忍耐した人の方が心が強い人間になれると信じています。どの部活もそうですが、放送部も忍耐が必要な部活です。そして、高校3年生の受験勉強にも忍耐が必要です。私にとっても、これから忍耐、辛抱が必要な時だと思います。逃げたくても逃げることができず、それに立ち向かわなくてはならない場面に向き合った時、「忍耐した人たちは幸せ」だという言葉を思い出し、頑張っていこうと思います。

お祈りします。神様、今日も放送を通してみなと共に礼拝を捧げられたことに感謝します。今日は、忍耐することについて話しました。みながこれからやってくる試練に立ち向かうことができますように、あなたがお導きください。この祈りを、尊き主イエス・キリストのお名前を通して御前にお捧げいたします。アーメン