放送礼拝 中学生徒会

マタイによる福音書5章9節

広島から未来のために学ぶ

毎年、夏になると、必ずニュース番組で「広島平和記念式典」についてとりあげられているのを見ます。この2日間、私は毎年テレビの画面でしか見たことのない式典に参加することができました。

式典の前日に「広島平和記念資料館」を見学しました。そこにはこれまでの広島の歴史や原爆の仕組み、その威力や被爆後の状況など様々なことが事細かく説明、展示されていました。私が特に印象に残ったのは、被爆者の負ったケガの画像です。被爆者の悲しく、苦しそうな顔や、見るに耐えないほど痛々しいケガ、人が焦げた様子を見て、あまりの残酷さに私は言葉を失いました。以前から被爆者のケガはひどいものだということは知っていましたが、私の予想を遥かに上回った事実でした。

また、はじめて目の前にした「原爆ドーム」はテレビで見たときの何倍もインパクトがあり、原爆の恐ろしさを今に生きる私たちへ物語っていました。実物を見ることで「これは未来に残さなければならない」という気持ちがよりいっそう強くなりました。

式典当日は宿泊施設から出たとたん、朝なのに気温が高いことに驚きました。式典の会場につくと、この暑さは増していき、日陰に入っていても汗だくで、私のペットボトルの水はどんどん減っていきました。この暑さの中、原爆が空から降ってきたら、まさに「生き地獄」という言葉がぴったりだと感じました。

子供代表による「平和への誓い」の、その堂々とした姿勢やハキハキと自信を持って話している姿に感動しました。また、「未来の人に、戦争の体験は不要です。しかし、戦争の事実を正しく学ぶことは必要です」という言葉は本当にその通りだと深く感じました。

広島は焼け野原だったところから、現在たくさんの人が集まり、笑顔あふれる場所になりました。このような復興を遂げることができたのは、被爆後の人々の団結力や復興にかけるそれぞれの思いの強さがあったからだと思います。

唯一の被爆国である日本が主体となり、1人ではなく、たくさん人が集まって平和について考え、過去の悲劇を確実に未来へ伝え、一歩一歩着実に世界の平和に向かって歩んでいくことが大切だと感じました。

今年8月6日、 緑に囲まれた平和祈念公園は、せみの鳴き声に包まれ、青く澄み渡った空が広がっていました。七十二年前のあの日もこんな朝だったのでしょうか。広島平和祈念式典は原爆死没者名簿奉納から始まりました。この一年間で死亡が確認された被爆者の数は合わせて五五三〇人。その方たちの名簿が慰霊碑に納められました。七十二年もの間、原爆によって苦しめられ、家族の元へ帰ることができなかった方々のことを思うと、悲しくてやるせなくなりました。

平和宣言と共に大空へ放たれた鳩の光景が私は今でも忘れられません。あの鳩のように被爆者の魂が、心置き無く翼を広げ、飛ぶことのできる日はいつ訪れるのでしょうか。平和への願いを背負い、飛び立って行く鳩の姿には、とても感慨深いものがありました。それと同時に、私たちが鳩のように、被爆者の思いを受け継ぎ、伝えていかなければならないと思う瞬間でもありました。

平和記念式典の前日、全校生徒で折った折り鶴を、平和への願いを込め、奉納しました。そこには掛けきれないほど沢山の折り鶴が掛けられており、皆の平和への願いがここに集まっていると感じました。これからも折り鶴を折り続け、平和を祈り続けていきたいです。

平和な時代に生まれた私たちは、原爆の恐ろしさを知ってはいますが、心のどこかでもう戦争は起こらないと思っていないでしょうか。私は初めて原爆ドームを訪れ、原爆にあった人々の生々しい姿が映されている写真を見ました。そこには人間が人間でなくなってしまう恐ろしい姿や、思わず顔を背けたくなるような写真もありました。原爆が人をこんなにも酷い姿にしてしまうのを目の当たりにし、原爆を心から憎いと思いました。

今年、核兵器禁止条約が国連で採択され、核をめぐる動きが大きな転機を迎えました。被爆者の貴重な証言が、世界の人々の心を動かしたのです。世界は平和に向けて動き出しています。

今回の式典参加で、平和であり続ける為には、私たちに何ができるのかを真剣に考える機会を持つことができました。原爆死没者慰霊碑に刻まれている言葉、「過ちは繰り返しませぬから。」被爆者とのこの約束を、私たちは決して忘れてはなりません。私たちには、平和を守り続けていく使命があるからです。

お祈りします。
神さま、今日も皆(みな)が学校に集(つど)えたことに感謝いたします。
今日の私たちのお話が皆の心に留まりますように。
私たち1人1人が、過去を学び、平和について考え「平和を実現する人」となれますようにお導き下さい。
この祈りを尊き主、イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。アーメン。