山梨英和高等学校卒業式式辞

山梨英和高等学校卒業式式辞

校長 三井貴子

 

3年生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。山梨英和での学びを終え、これから新しい道に歩み出そうとしている皆さんを、心から祝福をもってお送りしたいと思います。また、保護者の皆様、どんな時にも、陰になり日向になってお嬢様方を支え、その成長を見守ってこられ、本日は特別な想いを持って迎えられたことと存じます。本当におめでとうございます。これまでの山梨英和に対するご理解とご協力を心より感謝申し上げます。また本日の卒業式にあたり、ご多忙の中、多くのご来賓の方々をお迎えし共に卒業式をお祝いいただけますこと、心より感謝申し上げます。

さて、来年2019年に山梨英和は創立130周年を迎えます。神様のご計画のもと、この山梨の地に唯一のキリスト教主義学校として山梨英和が立てられ、様々な困難な時代を経て130年の歴史を刻んできました。入学式でお話ししましたが、皆さんが山梨英和に招かれたのも単なる偶然ではなく、 全て神様のご計画なのです。そして、130年に渡る歴史の一部を皆さんと歩み、同じ時間と空間を共有出来た事を本当に嬉しく思っています。 皆さんは、今卒業の時を迎えて、山梨英和での日々をどのように振り返っていらっしゃるでしょうか。礼拝で始まる山梨英和での生活は、当たり前の事ではなく、実は神様が用意してくださった特別の時間だったのです。皆さんは、山梨英和で様々な経験をしました。必ずしも楽しいことばかりではなかったはずです。悩んだり苦しんだり、心に傷を負うたこともあったでしょう。時には怒りや居た堪れない感情を抑えられずに、家族や教師、友人とぶつかり合ったこともあったかも知れません。これらは全て神様の大きなご計画の中にあって、苦しみも失敗も何ひとつ無駄なものは無いのです。神様は常に皆さんの傍らにいて支え、苦しみを経験する事によって我々に忍耐を与え、神様はもっと豊かな恵みをくださいます。まだ、その恵みに気づいていない人もいるかも知れません。

今年の卒業文集や生徒会誌の「楓」を読ませていただきました。皆さん一人一人を見ていると、神様はそれぞれに違った賜物を与えてくださっていると、しみじみ思います。でも、私たち人間は他者の賜物の方が良く見えたりすることがしばしばあります。マックス・ルケードの「You are Special.たいせつなきみ」に次のようなシーンがあります。彫刻家エリは、みにくいダメじるしシールをたくさん貼られた木の小人パンチネロにこう言います。「ダメじるしシールをつけていったのはいったい誰だい?みんな、お前と同じ木の小人じゃないか。みんながどう思うかなんて大したことじゃないんだ。問題はね、この私がどう思っているかということだよ。そして私はお前のことをとても大切だと思っている。」彫刻家のエリは私たちの創造主である神様で、木の小人は私たち人間のことです。つまり、人の優劣をつけているのは人間同士であって、私たちの創造主である神様は私たち一人一人のことをとても大切に思ってくださっているという事です。

本日読んでいただいた聖書箇所は、皆さんの学年聖句です。「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。人がわたしにつながっており、わたしもその人につながっていれば、その人は豊かに実を結ぶ。わたしを離れては、あなたがたは何もできないからである。」(ヨハネによる福音書15章5節) 神ご自身が「ぶどうの木」であり、私たちはその枝です。山梨県に住む者としては、他の木ではないぶどうの木に喩えている点に一層親近感が湧きます。どっしりとした神様の太い幹から多方面に伸びる枝は、十分な栄養を与えられ豊かな実をつけるけれど、幹から切り離されてしまったら枯れ果ててしまいます。皆さんには既に種が蒔かれています。山梨英和を巣立っても、神様とつながっていてください。これからは毎日礼拝をする環境にない人も多いと思いますが,常に身近に聖書・賛美歌を置いておいてください。皆さんを強め支えてくれるはずです。これまで守られてきた環境から外に出た時、今まで以上の困難に遭遇することもあるでしょう。その時こそ神様の愛を思い出してください。You are Special.神様は,みなさん一人一人を愛してくださっており,どんな時にもお見捨てになることは決してありません。他者との比較においてではなく,自分らしく一歩一歩確実に前進していってください。そして山梨英和の校訓である「敬神・愛人・自修」を実践する皆さんであって欲しいと心から願っています。

皆さんは、神様に選ばれて山梨英和に入学し、その学びを終えて今日卒業します。感謝を持って、これからの人生を歩んで行ってください。

お一人お一人の前途に,神様の導きと祝福が豊かにありますようにお祈りし式辞といたします。

2018年3月1日