放送礼拝 若尾先生

旧約聖書 イザヤ書43章4節 

新しい学年がスタートしました。今の皆さんの気持ちは「期待」と「不安」どちらが大きいですか?新しい教室での数日が過ぎ、不安が小さくなった人もいると思いますが、逆に大きくなった人もいるのではないではないでしょうか?新しい環境、新しい仲間との生活をスタートさせる時、なぜ不安を感じるのでしょうか?

不安の原因の一つに「自分がどうみられるか」「他人の目」が気になるということがあります。1年生の皆さんは入学式後、集合写真を撮りましたね。しばらくするとその写真を見ることができると思いますが、集合写真や自分の映った写真を見るとき「自分はどこにいるのか?」「どう映っているのか?」多くの人は自分を探します。そうやって「自分の目や人の目に映っている自分」を気にしているのです。そのことをどのくらい意識するかは個人差がありますが、大かれ少なかれ、私たちは「人の目」を意識しています。
日本では特に「世間」という言葉もあるとおり「世間体」を気にします。他者への配慮はもちろん必要ですが、ともすると「人の目」を気にしすぎてしまうことがあります。その結果「自分の目」で自分を見たときに「どうしてこんな自分なのだろう?」と自分に自信が持てなくなってしまい、自分を好きになれない日本人が多いといわれます。

このことはある調査結果にも現れています。「自分自身に満足していますか?」と問いかけられたとき皆さんは何と答えますか?この調査は「自分自身に満足している」という問いに「そう思う」「どちらかといえばそう思う」と肯定的に答えた人の割合を国別に比較したものです。調査の結果はこうです。一番高いアメリカは86,0% イギリス、ドイツ、フランスは80%超え、スウェーデンが74、4%お隣の韓国は71,5%という中、日本はどのくらいだったと思いますか?結果は45,8%でした。
この結果からは日本人が「もっともっと・・・」という向上心が強い現れともいえますが、やはり自分に自信が持てない人が多いともいえます。

改めて考えてみると「自分の目や他人の目」といった「人の目」は時に私たちを不安にさせます。まさに新学期が始まって間もない私たちです。
けれども、今日聞いたみ言葉のように「他人の目」に、また「自分の目」にどう映ろうとも「神様の目」には「あなたには大きな価値があり、貴い」とあります。山梨英和で日々生活する私たちには「神様の目」が常に注がれていることを覚えてすごしましょう。私達のことを貴い、価値がある、とはっきり言ってくれる方がいるということを知った時、「人の目」からみれば「何一つ誇ることがない」と思う時でも、「自信をもって生きる」ことができます。
「自分自身に価値があること、大きな賜物をもっていること」を見失ってはいけません。私たちは神様の目に価値があり愛されている存在です。神様のメッセージを心に留めておいてください。そして、これからの生活の中で色々な悩みに直面した時「こんなとき神様だったらなんて仰るか」とか「神様の目にはどう映っているのか」考えながら、毎日を過ごしましょう。そして山梨英和で生活するすべての人が神様のまなざしに支えられているからこそ、友達・仲間に対しても優しい気持ちで接し、「神様の目」の前に安心して過ごせる学校として、新しい1年をスタートさせましょう。