放送礼拝 長田先生

ホセア書 6章3節  

 みなさんは、「春愁」という言葉を知っていますか?
春の愁い、と書きます。春、なんとなく気分が落ち込む状態、うつうつとして過ごす状態です。夏の愁いとか、冬の愁いという言葉はありません。「春愁秋思」といって、春に心悩ませ秋に深く考えるという言葉はあります。
春といえば、新しいことが始まる希望にあふれた季節というイメージです。たくさんの人達が4月から新しくスタートを切りました。今年度新しく英和中高に進学した新入生のみなさん、進級した2・3年生のみなさん、誰もが期待と不安を持って4月を迎えたことでしょう。
 けれども、春はものうい季節でもあるのです。他の季節にはない「春愁」という言葉が物語っているように、昔から、暖かい日差しと明るく咲き誇る花々を前にして人はなんだか心がふさがるような思いを持っていました。
 奈良時代、万葉集の中にも春の愁いを詠んだ歌があります。
大伴家持の「うらうらに 照れる春日に 雲雀あがり 心悲しも ひとりし思へば 」 という歌です。「春にうらうらと照る光とヒバリのさえずり、心躍る季節なのに私は一人でもの悲しい思いにひたっている」という意味です。
こんな昔から、万物が目覚める季節に「心悲し」と感じていた人がいたのです。

 春は、変化することを周囲に期待もされるし、自分も新しく変わろうとする時期です。新しい学校、教室、友達。新しい環境の中で、新しい自分になりたいと思い、いつも以上にがんばってしまいます。その重圧に耐えきれない思いが春愁=春のものうい思いなのかもしれません。
新年度が始まり1週間が経とうとしています。みんな心身ともに疲れがたまってきていることでしょう。その疲れが体の不調として現れたり、周囲の人に当たってしまったり、いろいろな形となって出てくる時期です。
休息をじゅうぶんにとって、上手にストレスと付き合いながらこの時期を乗り切ってほしいと思います。
 けれども、「春の愁い」とはいえ、この季節は恵みの季節でもあります。明るい陽射し、生き物の成長を促す雨。この春の光や雨のように、神様の恵みがみなさんに降り注いでいるのです。
今日の聖書の箇所に
「主は曙(あけぼの)の光のように必ず現れ 降り注ぐ雨のように
大地を潤す春雨のように我々を訪れてくださる。」
とあるように、神様はみなさんのそばにいてくださっていろいろな形で励まし見守ってくださっています。
 また、「我々は主を知ろう、主を知ることを追い求めよう」とあります。
  みなさんは、この山梨英和で神様と出会いました。その出会いを大切にして、日々の聖書の言葉に耳を傾け、もっともっと神様のことを知っていってください。