放送礼拝 語学部

語学部 詩編1編1~3節

先日、私はグレイテスト・ショーマンという映画を観てきました。この作品は主人公のバーナムが愛する家族のために貧しい生活から抜け出そうと、ユニークな人々を集めてサーカス団を結成し、成功を収めようと困難に立ち向かうお話です。

ミュージカル映画ということで、作品内でも印象的な曲が多く歌われています。中でもThis is meという曲は、バーナム一座のパフォーマー役を演じたキアラ・セトルさんが迫力ある歌声を披露しています。彼女の役は、女性なのにヒゲが濃いという特異体質で、人の目を避けながら生きてきたという役柄でした。

This is meの歌詞を和訳すると、暗闇には慣れているわ 隠れてろって人々は言うの 壊れた部品はいらないって 私の欠点をずっと恥ずかしく思ってきた 彼らは言う 失せろ、ありのままのお前を愛す人なんかいないって でもあいつらに私をゴミ扱いなんてさせない 私達にだって居場所がある 私たちが輝ける場所 鋭い言葉で傷つけられた時は 洪水を起こして溺れさせてやる 私は勇敢よ あざだらけでも これが私のあるべき姿なの これが私よ というような差別と偏見をテーマとした内容になっています。

この歌詞の中には、現代でも差別や偏見によって苦しんでいる人々の心の叫びとその苦しみに立ち向かう姿が描かれていると思います。私たちは、自分たちの主観で「同じ」や「違う」を決めつけ、人を批判したり、偏見の目で見てしまう弱い生き 物です。このような勝手な判断で弱い立場に追いやられた人は、自分の存在を認めてもらえないと感じ、心の大きな傷になり、やがて人前に立つことさえ出来なくなってしまいます。そんな人々に自信と勇気を与えて下さるのは、神様という大きな存在なのだと、改めて思いました。

歌詞の一部に「私たちにだって居場所がある 私たちが輝ける場所」という言葉があります。神様はどんな私たちでも必ず愛して下さり、それぞれに輝ける場所を与えて下さるのです。 パフォーマー役のキアラさんは、リハーサルの時にマイクの前で歌うことがなかなかできませんでした。それは歌詞と役柄に自分自身が重なるものがあったからではないかと思います。キアラさんは、既に役になりきっていたとも言えるでしょう。映画とはキャスト一人一人が役に入り込み、自身と一体になって初めて観ている人の心を動かすことができるのだと、演技をする人間として強く思いました。

今年の学園祭では、美女と野獣を上演します。多くの人が物語を知っている有名な作品は、話がわかりやすくて見やすい反面、1つ1つのキャラクターの個性になりきらないと中途半端な劇になってしまうというプレッシャーがかかります。そしてどの作品にもそれぞれ伝えたいことがあります。 美女と野獣に込められたメッセージは、ただ人を外見で判断してはならないということだけではありません。ベルは誰よりも自分の信念を持っている強い女性であるから、醜い姿の野獣を心で愛することが出来たのです。私たちは、人を外見で判断してはいけないことを理解していますが、実際に世間に流されずに自分の信念を貫くことが出来る人は少ないと思います。

登場人物の心の奥を理解して部員全員が物語の中のキャラクターになりきって、これからの練習をしていきたいです。そして、部員が一丸となり、観て下さる方の記憶に残る劇を発表したいです。

お祈りします。
神様、今朝も放送を通して礼拝から1日を始められたことに感謝致します。私たちは心の弱さや思い込みなどから、人を差別したり偏見の目で見てしまうことがありますが、周りに流されず勇気を持って生活できますように神様がお導き下さい。この祈りを尊き主イエスキリストの御名によって御前にお捧げ致します。アーメン。