放送礼拝 長田先生

詩編37編 23節~24節

 「主は人の一歩一歩を定め みむねにかなう道を備えてくださる。
  人は倒れても、うち捨てられるのではない。
  主がその手をとらえていてくださる。」

 放課後あちらこちらから歌声が聞こえてくるようになりました。校舎に歌声が響くようになると、学園祭の取り組みが本格的になってきたことを感じます。
 クラスや学年の企画・部活動など、さまざまな取り組みを通じてみなさんは成長し、トラブルを乗り越えるたびにクラスや部活のきずなが強くなっていくのでしょう。
 今朝は、みなさんに英和との出会いで自分の進むべき道を探し出した人達の話をしたいと思います。
 そう思ったきっかけは、『礼拝と音楽』という雑誌に、英和の先生だった方の記事が載っていたことです。
 その先生は、国語科の教員として2年間英和で働いていらっしゃいました。現在は、ステンドグラス作家として活躍されています。どうして国語の先生からステンドグラス作家になったかが掲載された文章に書かれていました。
「大学を卒業した私は、念願であったミッションスクールの国語科教員になりました。教員の仕事もたいへんやりがいのあるものでしたが、授業で伝統工芸などに携わる職人さんたちを描いた話を取り上げたとき、『ああ、自分も本当は、こういうことがしたかったんだよなあ』という思いが自分の中に湧いてくるのを感じました。そして、今まで封印していた願いに気づいたとき、人生は一度しかないのだから、本当にやりたいことをやったほうがいいのではないか、と思うようになりました。」

そして、彼女加藤(現鈴木)摩耶子さんは、英和を辞めてステンドグラスの学校に入学したのです。その後フランスにも9ヶ月間留学しさらに学びを深めました。
 この、伝統工芸の職人さんの話しというのは、中学1年生でちょうど今学習している『ものづくりに生きる』というお話です。江戸切り子の職人さんと、金属メーカーで機会を作る方のお二人の例が挙げられています。覚えている人も多いことでしょう。摩耶子さんの場合、生徒としてではなく教師として出会った教科書のお話が、彼女の人生を変えたのです。
 生徒の中にも、英和での出会いによって人生の進路を決めた人は多くいると思います。その中で、私の知っている方に桧垣清水(きよみ)さんがいます。彼女は英和でパイプオルガンに触れ、高校卒業後スイスにオルガンを学ぶため留学しました。そこで、6年間学び、厳しい試験に合格しました。現在スイスで教会のオルガニストとして活躍しています。年に一度帰国した際には、私の通う教会でオルガンを弾いてくれるのですが、同じオルガンとは思えないほど深い音色の奏楽を聞かせてもらえます。
 彼女の働きは、それだけにとどまりません。清水さんが洗礼を受け、スイスに旅立ってから、彼女のお母さんも洗礼を受けたのです。現在、教会でこどもの礼拝のご奉仕を担ってくださっています。清水さんの祈りが、お母さんを神様につなげてくださったのです。英和との出会いが自分の道を決めただけでなく、その姿勢が家族にも神様とつながるという恵みを与えることとなりました。
 さらに、今年4月、桧垣さんと同じ教会に通っていた卒業生が、高校卒業と同時にスイスにオルガンを学びに旅立ちました。
 今お話した人達はみな、英和での出会いによって人生の道筋が与えられたのです。
 何がきっかけで、どのような時期に、どのような形で、その道は一人一人の上に現れるかはわかりません。けれども、神様はその人にあった道を必ず備えていてくださいます。英和での何気ない毎日、行事の一つ一つ、どれもがみなさんの道を決める糧となることでしょう。
 悩み苦しみいつまでも出口が見えないと感じることもあると思いますが、今日の聖句にあるように、神様は「みむねにかなう道を備えてくださ」います。
 そして、あなたがたの手を「とらえていてくださる」のです。みなさんのこれからの生きる道が示され、これから困難なことにあっても、英和での日々が支えとなっていくことを信じて祈っています。