放送礼拝 加藤先生

聖書イザヤ書40章31節
先週、学園祭が無事に終了しました。今年のテーマ「ひまわり」が太陽を呼んだかのよ
うに、学園祭期間中に梅雨が明けましたね。私は高校2年3組の担任ですが、今朝は合唱
大会で3組が歌った曲についてお話したいと思います。その曲は「明日へ続く道」といい、
作詞は星野富弘さんです。

先生が星野さんを知ったのは、教会の方から素敵なカレンダーを頂いた時でした。その
カレンダーには草花の絵が描かれ、星野さんの詩が添えられていました。素朴ですが力強
いタッチの絵と、自分の素直な心情を飾らずに書いた詩に共感を覚えました。後に、その
絵や詩は星野さんが筆を口に加えて描いたと知り、大変驚きました。

星野富弘さんは群馬県の出身で中学の体育教師でした。1970年、24歳の時、新任
教師として着任した2ヶ月後、体操部の指導中に宙返りの模範演技での失敗により頸随を
損傷し、肩から下が麻痺してしまい、9年間に及ぶ入院生活を余儀なくされました。体育
の先生ですから、身体を動かすことは得意なはずです。そのような方が動けなくなったわ
けですから、どんなに辛かったでしょうか。

入院生活中に、大学時代の先輩がお見舞いにきました。その方は大学卒業後、神学校に
行き牧師になられました。最初は神様のことを受け入れることができなかった星野さんで
すが、先輩が三浦綾子さんの本『塩狩峠』を貸してくれました。その本に感動した星野さ
んは、三浦綾子さんの本を次から次へと借りて読みキリスト教に興味を持ったそうです。
先生も教会に行くきっかけは三浦綾子さんの『塩狩峠』を読んだ影響だったので、感慨深
いです。

星野さんは1974年、病室でキリスト教の洗礼を受けました。1972年から口に筆
を加えて絵や詩を描き始めたそうですが、信仰を持ってからは「すべてのものを神様が作
ってくれた」「色も形も調和を持っている」、そのように絵の描き方が変わったそうです。
79年には入院中に前橋で最初の作品展を開き、その後はニューヨークやハワイ、サンフ
ランシスコ、ロサンゼルスなどでも絵画展が開催され、2005年には富弘美術館が開館
されるという、大活躍をされています。

話は合唱曲に戻りますが、「明日へ続く道」という曲の歌詞を読んだとき、これは星野
さんの人生を歌詞にしたのだと思いました。特に印象深い箇所は「折れた枝に桜が咲いて」
というところです。「折れた枝」は星野さん自身を指しているのではないかと感じました。
なぜなら、こんな詩があるからです。

私の首のように
茎が簡単に折れてしまった
しかし菜の花はそこから
芽を出し花を咲かせた
私もこの花と同じ水を飲んでいる
同じ光を受けている
強い茎になろう

普通、枝や茎が折れると植物は枯れてしまします。星野さんもご自分の首が折れてしま
うという絶望の淵にいて、生きる希望を失う状況だったでしょう。しかし、自由な心と夢
が与えられ星野さんの描く絵や詩、その生き方は日本だけでなく世界の人々に感動を与え
ています。このように活躍されたのは星野さんに強靱な精神力があり、ご家族や周囲の支
えがあったからだと思いますが、それだけではないと思います。神様を信じる信仰心が星
野さんに希望を与え、道を備えて下さったのではないでしょうか。

今朝の聖書の箇所をもう一度見ましょう。29節から読みます。「疲れた者に力を与え、
勢いを失っている者に大きな力を与えられる。若者もうみ、疲れ、勇士もつまずき倒れよ
うが主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張ってのぼる。走っても弱ること
なく、歩いても疲れない。」

私達は日々の生活の中で、疲れを覚えたり、悩み傷つくことがあります。また、今、大き
な試練の中にいる人もあるでしょう。落ち込み、くじけてしまいそうな時。絶望し先が見
えないと思う時、神様は共にいて下さり、星野さんに夢や希望が与えられたように、私達
にも必ず「明日へ続く道」を備えて歩ませて下さると信じていきましょう。

お祈りします。「主に望みをおく人は新たな力を得、鷲のように翼を張ってのぼる。走っ
ても弱ることなく、歩いても疲れない。」
愛する天の神様。あなたの御名を賛美します。今朝は星野富弘さんの生き方から、神様に
望みをおく人は試練があっても、力強く生きることができることを考えました。神様は悲
しみの涙を希望に変えて下さる方です。今悩み、傷ついている人がいるなら、あなたが慰
め力をお与え下さい。また、暑い日が続いています。健康が守られ来週からの定期試験で
日頃の学習の成果が発揮できるように。このお祈りをイエス様の御名を通してお捧げしま
す。アーメン