放送礼拝 谷井先生

エフェソの信徒への手紙3:16-19

今日のテーマは「内面の強さ」についてです。明日は待ちに待ったスポーツデーですが、スポーツの分野においても、「内面の強さ」は重要視されていますね。これが欠けていたら、真の意味でアスリートとは言えません。最近では、大坂なおみ選手の急成長の鍵としても注目されました。
私自身はというと、日々、内面の弱さを痛感しているので、今日の御言葉にある、「内なる人を強めてください」という祈りは私の切なる祈りでもあります。

そもそも「内面の強さ」とは何なのでしょうか。聖書には次のようにあります。「寛容で、親切で、人をねたまず、自慢せず、高慢にならず、礼儀正しく、自分の利益を求めず、怒らず、恨まず、不正を嫌い、全てをがまんし、全てを信じ、全てを期待し、全てを耐え忍ぶ」ことです。実はこの箇所は愛について語られているのですが、内面の強さにも通じると思いました。

この全てを完全にクリアできるのは、この世の中どこを探してもイエス様だけです。イエス様しか当てはまらないのです。一つ一つ福音書を読みながら確認していけばわかるのですが、今日は代わりに、英和でよく賛美するあの歌の歌詞を朗読します。
「まぶねの中に、産声あげ、たくみの家に人となりて、貧しき憂い、生くる悩みつぶさになめしこの人を見よ。食する暇も打ち忘れて、虐げられし人を訪ね、友なき者の友となり、心砕きしこの人を見よ。全てのものを与えし末、死の他何も報いられで、十字架の上にあげられつつ敵を許ししこの人を見よ」

私は、イエス様の内面の聖さと、強さに本当に憧れます。ほんの少しでも近づけることができたらと願っていますし、だからこそ、今日の御言葉にある、「キリストが心のうちに住んでくださいますように」と祈る必要性を覚えます。では、キリストが心のうちに住むとは、具体的にどういうことでしょうか?それは、常に自分の心に「イエス様ならこの状況でどうするか?」と尋ねることです。

例えば、今日は月曜日、宿題結構あったのに週末遊びすぎて宿題をしていない。先生に嘘をついてごまかそうかな…。友達とケンカした。私は悪くない。むこうが謝ってくるなら許してあげてもいい…。こんな状況の時に、自分の気分に左右されるのではなく、まず、「イエス様ならどうする?」と自分に問いかけてみましょう。答えとして、聖書の御言葉がすぐに心に思い浮かんだ人は、普段からしっかり御言葉を蓄えていますね。次は行動に移してみましょう。すぐに思い浮かばなかった人は、心の土をよく耕して、御言葉の種を大切に育てていきましょう。この繰り返しが私達の内面を強くしていくのです。

また、英和生である皆さんには、見習うべきすばらしい信仰の先輩方がいらっしゃいますね。例えば、初代校長のウィンミュート先生です。先生は、25歳という若さで、祖国カナダを離れ、キリストの愛を携えて、一人遠くこの山梨の地に来てくださいました。130年前、しかも女性一人です。想像もできない程の勇気です。また、第10代、12代校長のグリンバンク先生もそのお一人です。第二次世界対戦中、カナダ人宣教師達はスパイとみなされ、多くの人は祖国に帰る選択をしましたが、グリンバンク先生だけは日本に残る事を決め、横浜で一年間、辛い抑留生活を耐えられました。愛するお母様をカナダに残しての決断でした。お二人の先生方の内面の強さ、美しさはキリストの愛に根ざしたものです。

この愛を土台とする英和に連なる私達は、先頭を歩いて下さるイエス様を見上げ、今日も御言葉をしっかりと握りしめて歩みましょう。そして、日々、御言葉によって訓練され、磨かれ、内側から鍛えあげていただきましょう。