山梨英和大学 学長 朴 憲郁(2021.12.2)
標語:「新しい葡萄酒は、新しい革袋に入れる」(マルコ福音書2章22節)
<はじめに>
山梨英和大学は2022年度4月に開学20周年の節目を迎えますが、教育活動の日常的営為を一度立ち留まって振り返り、予測困難な時代にあってなおも希望あるヴィジョン(将来像)を描くチャンスです。この好機に回顧と展望を語ることは、大学生と教職員およびステークホルダーに対する責務であり、さらに社会と時代からの要請でもあります。
I 回顧-短大から譲り受けたレガシ-
この20周年が創設でなく開学である由縁は、それに先立つ山梨英和短期大学の開学(1966年)以来36年間の堅実な歩みが4年制大学開始の礎となったからです。そこから豊富な遺産を譲り受けています。その過去を丁寧に振り返って見出される特徴は、次のとおりです。
1.時代の変化に対応する英断、2.自然環境豊かなキャンパスと南欧風の優美な校舎、3.教育と研究における抜群の水準、4.フレキシブルな自主選択科目制度、5.自由かつ自主的な精神を培うキリスト教的人格教育、6.国際化の精神、7.社会に開かれた生涯学習、8.英和の高校・大学間の連携、9.教育共同体。
これらは貴重なレガシーとして現在に生かされており、今後も発展的に継承すべきでありましょう。
II 開学20年の回顧-経営・組織の課題-
短大から大学に改組転換した2002年から現在までの歴史的経緯と大学の自己評価に関する諸資料を紐解きますと、浮上する大きな課題の一つは大学経営の安定と内部質保証システムの構築ですが、そのためには弛まぬ入学者獲得の方策が求められます。
2017年度の入学者が激減する危機に直面した時、その翌年に理事会・評議員会は法人における5年間の「山梨英和学院中長期経営計画」が策定され、それに応じて大学も「山梨英和大学中長期経営計画実行委員会」の設置による具体的な改善に取り組みました。その結果、財政面の改善の成果がありましたが、
今後なお、経費削減を含む財政計画上のPDCAサイクルによる進捗管理を確実に実行していくことが求められます。
大学の中長期計画における各部署の全般的な取組として、実施の内容・計画、数値目標と実績と評価などは、次のように挙げられました。
定員充足率の向上目標必達、英語教育カリキュラムの改革、奨学金制度の見直しと拡充、グローバル化への取り組みを強化、新学部、新学科設置及びカリキュラムの抜本的改革、21年度からの新しい大学入試への対応、就職活動指導・支援体制の強化と拡充、教育の更なる向上、地元及び東京圏大学との連携の強化と海外の大学との連携ネットワークの拡充、在学生・卒業生の山梨英和の誇りと自信の涵養、メイプルカレッジによる社会貢献活動の体制作りと実践である。
ここに列挙した取組項目は、実現したもの、実現しつつあるもの、実現未達成のものがあります。
III ヴィジョン
中長期計画には、大学の自己変革と柔軟な対応が表明されていますが、すでに掲げられている大学ヴィジョンは本学の教育理念として、コロナ感染拡大の猛威においても微動だにしておらず、むしろ試練の中でその真価が発揮されることは必定です。
「山梨英和大学は、真に国際的な大学となることを目指す。それは、様々な国や地域から学生を受け入れることだけではない。本学は、国籍や民族の違いを超えて、常に国際的な視点でものを考えるとともに、自らの立脚点をしっかりと見据えて地域社会と密接に連携しつつ、キリスト教精神に根ざした深い人間理解のもとに、世界の平和と安定のために活躍する人材を輩出することを目指す。」
私が2021年4月に新学長に就任するに際して、菊野一雄前学長を初め各担当領域と各委員会と大学院の長から、2020年度総括である貴重な「次期学長への引継ぎ」報告がありました。それらの部署を担う教員代表者による職務内容と課題を踏まえた上で、筆者は就任後一年も満たないのですが、職務上の責任を負う者として、開学20周年記念に当たり、あえてその意義と将来ヴィジョンを開陳し、それを教職員で吟味し、共有したいと思います。これらは、2023年度から打ち出す予定の次期中長期計画を視野に入れたものとなります。
1. 教育について
1)山梨英和大学で得た知恵と教養が将来を見通す
上記に挙げた多くの課題を前にして、妙案を見いだすことは困難です。数年前に中央教育審議会は
2040年に向けた高等教育のグランドデザインを答申しましたが、VUCA時代と称される不確実な21世紀(the age of uncertainty)を生きる者にとって、予測の困難さは、昨年から突如全人類を襲っているコロナウィルス感染拡大を一つ取ってみても痛感させられます。しかし過去において、未来予測可能だった時代など存在しなかったのではないでしょうか。
では先の見えない時代に、我々は何をすればよいでしょうか。それに対する一つの即答が返ってきます。自らを磨くこと、つまり校訓の第三でいう自修である。金銀は一瞬にして消え易く、家財は持ち運ぶことができませんが、身につけた知恵と教養はどこにでも身軽に持ち運べますし、一生の宝となります。
迫害と戦火からの逃亡を繰り返した古代ユダヤ人の知恵がそれです。旧約聖書の箴言にこう書かれています。「いかに幸いなことか。知恵に到達した人、英知を獲得した人は。知恵によって得るものは、銀によって得るものにまさる」(2章13~14節)。ここで言う知恵は、神信頼(校訓第一の敬神)によって授かるものを指しますが、学問的知識や知恵にも相通じる言葉です。いかに不安定な世の中であっても、教育を通して得た学問の基礎があれば、生き抜くことができます。それは批判的思考(critical thinking skills)を伴います。常に根拠をもとに議論し、論理的な考察を通して問題を解決する思考法です。卒論研究によって、この思考法は身につけることができ、さらに大学改革そのものも批判的思考に基づきます。山梨英和大学で修得した知恵と教養が将来を見通すことになるでしょう。
2)学生の振る舞いが大学の看板
本学への入学志望者を引きつける最大の宣伝は、在学生たちの誇らしい振る舞いと表情であり、その口コミです。彼らの誘いは自然であり、志望者たちの共感を呼んで、英和の生きた看板となり得ます。誇らしさとは英和大生としての誇りであって、母校愛に基づきます。学生たちは、大学の優れた教育と授業による学修に充足感を抱き、教員との信頼関係に支えられ、礼拝と学生活動、交友関係と奉仕を喜びとしています。このキャンパスライフがあってこそ、学生は看板となり得ます。
3)研究と教育
キャンパスライフは英和の学風に包まれていますが、それはアカデミズムの枠を超えて対話的かつ実践的です。大学教師は研究者であると同時に、学生一人ひとりを気遣い育てる教育者でもあります。それゆえに、教員アドヴァイザー制を導入しています。その意味では、高学力・学問の水準を維持する教育一辺倒ではなく、学生の心身を配慮した「幅のある大学教育」の在り方が教師に求められます。能力があっても悩める学生が少なからずいる現状を鑑みるならば、強さだけでなく弱さをも見つめる視点が必要です。それに対する組織的な対応としては、「学生相談室」「チャペルセンター」「保健室」は常時開放的に学生に応対しています。その関連で付言するならば、2004年4月に山梨県内唯一の臨床心理学専攻の大学院が開設されましたが、ここでは「人間の心理」を学問的に探究するのみでなく、具体的に「心に悩みをかかえている人」への支援を実践する人材を養成しています。こうしたことも含めて、本学に対して他者から好意的に、「面倒見の良い大学」という評価がなされています。
2.危機的状況における希望-信仰的事柄-
近年本学は、予期せぬ二大存続の危機に直面しました。その一つは、2017年度入学定員250名に対して新入生が94名に激減して定員割れを起こしたことです。この試練を乗り越えるために、学長の指揮のもとに教職員が一丸となり、入試広報活動に主力を注いだ結果、2018年度より新収容定員枠を徐々に満たして回復していきました。
第二の危機は、2020年から勢いを増して国内外を襲ったコロナ・パンデミックです。本学も例外なく4月から学校閉鎖と教育的営為の中断を余儀なくされ、入学式を初めすべての行事と授業と会議をon line方式に切り替えて、何とか急場を凌がざるを得なかったことです。しかしon lineによる遠隔授業や会議や講演が必要に迫られ、社会・学校システムの従来の在り方を変革したことにより、IT/AI技術は予想外に飛躍的な発展を遂げています。
昨今、予期せぬ経済危機、災害危機、環境破壊と地球温暖化の危機、紛争や戦争の危機に見舞われて、社会と国家は生き残りをかけた危機管理を迫られています。滅亡の危機に直面した時、人類は救済と平和を真剣に希求します。これは実に、キリスト教神学にとっても重要なテーマです。
聖書的・神学的な歴史観は、ユートピア的な歴史発展論にくみすることはありません。むしろ一人ひとりの人生に終焉があるのと同様、盛衰を反復する人類の歴史も無限ならぬ有限な性質を露わにして、終末の時を迎えます。御子イエス・キリストの到来による審判(義)と救済(愛)の峻別によって神の国(正義と平和)が完成に至る時、すべての人間は歴史の主である神の御前で申し開きの総決算をするために、世界と歴史の中を(神から委託された管理人として真剣に目を覚まして)どう生きたかが厳粛に問われます(第二コリント書5章10節、マタイ福音書25章14~30節、31~46節など)。ここでは実に、危機管理を含む倫理的生き方が問題になっています。これは神学的に「終末論と倫理」のテーマであって、単なる理想主義でも現実主義でもない、<キリスト教的リアリズム>と言われるもう一つの局面です(他の局面については、2021年5月29日の山梨英和学院・教職員修養会における筆者の講演で述べた)。
寄附行為第3条の「目的」に「キリスト教の信仰に基づく人間形成の学校教育・保育を行い」と掲げられていますが、この信仰は危機管理を含む倫理的生き方の領域にまで踏み込んでいるのです。
3.入試広報・進路指導の活動強化
少子化による18歳人口の確実な減少傾向と、コロナ禍における留学生獲得の困難な現状においても、弛まぬ広報・訪問活動を持続させ、エクセレント入試など奨学金制度を充実させる施策を打ち出しています。具体的に、次のような実現可能な努力目標が打ち出されます。その内実の意義も求められます。
(1)山梨県内の評価を上げ続けること。
(2)長野県を中心に周辺からも入学者を一定数確保し続けること。
(3)学力ある外国人留学生を一定数確保し続けること。
上の(1)を実現するためには、卒業生の就職率を上げて結果を出せるシステムを構築することが肝心です。高額な学費を払う保護者は、それを注視しています。大学評価と結果を上げるための指標は、履修ガイダンスに設定された3領域(心理、文化・国際、情報)に基づく6種類のプログラムであり、それらの高等教育によって学生は、社会で必要とされる高度な能力を獲得して、意欲的に将来の進路を選択します。いわば入口(入学)と出口(進路)を繋ぐものは、在学生がカリキュラムに沿って履修する授業です。これら三局面を本学は、アドミッションポリシー、カリキュラムポリシー、ディプロマパリシーに沿って遂行しています。その場合に本学はもちろん、専門学校・実家学校ではなく、それを超えたキリスト教的倫理観・人間観・世界観を身に着け、物事を洞察する教養と学識の基礎を磨くことに主眼があります。
4.教学マネジメント
教育の中心である対面/on line授業、セミナー、各種の実習、研修会による教師の教授法と教授内容の自己点検が必要となります。参加学生による授業評価とそれに対する教師のリスポンスをポータルなどによって、授業内容は一層有効的かつ公開的に共有でき、担当教師の授業の評価と改善につながります。そのために本学でもSD・FD委員会が指導性を発揮しつつあり、相互研修をしますが、さらなる内実が求められるでしょう。これは、高等教育の質保証(Quality assurance of higher education)と関係します。
質保証については種々の側面がありますが、その要点の一つは、教育の重点を「学生に何を教えたか」(what is taught)から「学生が何を学んだか」(what is learned)へシフトすることです。大学の教育によって学生がどれだけ伸びたか、つまり学修成果(learning outcomes)を重視する姿勢です。教育現場におけるICT環境整備によってDXも進みます*1。この観点からシラバスが整備され、全科目に対して、授業内容や到達目標、予習復習すべき課題、評価指標などは事前に学生に提示されます。こうして学生が選択した授業で、どんなことを学び、どの程度のレベルに達すれば合格できるかが分かるようになります。本学でもその整備は進んでいます。
次に、学修成果は成績評価に直結しますが、大学教育では、点数で評価できる基礎・専門科目の学修だけでなく、汎用力(generic skills)やsoft skillsと呼ばれる人間力の育成も求められます。経済産業省ではそれを社会人基礎力と呼びます。しかし汎用力の評価方法は大きな課題ですが、現在、学生の達成レベルを分かりやすく規定する評価基準としてルーブリック(rubric)による方法が用いられます*2。こうした学修成果の可視化の取り組みが、本学においても進展することが期待されます。
内部質保証システムの整備の一つに、今年度から授業科目を編成するカリキュラム委員会が常設されました。これにより、カリキュラムの点検・改善体制が整い、教学マネジメントとして一歩前進しました。
5.真のキャリア教育
モラトリアム化しがちな若者の背中を押して、社会人としてやり甲斐のある職業に結びつける準備は、在学中の基礎的学問を修めた頃から、インターンシップの機会や進路部での面談によって始まります。
16世紀の宗教改革者であったマルティン・ルターは聖俗二元論的職業観(例:聖職者と俗人)を批判して、俗社会の職業であっても神の召し(Beruf、英語のcalling)を受けた尊い職業(Beruf)、すなわち天職であると説きました。実に、青年は職業を通して自分を磨いて神の召しに応え、社会経済システムと人間関係の中で鍛えられつつ、生活の資を稼ぎ、人に役立つ働き甲斐を感じ取ります。
2004年に文科省は大学を、機能別に次の7種類に分類しようとしました。
1.世界的研究・教育拠点、2.高度専門職業人養成、3.幅広い職業人養成、4.総合的教養教育、5.特定の専門的分野(芸術、体育等)の教育・研究、6.地域の生涯学習機会の拠点、7.社会貢献機能。
山梨英和大学はこの7種類の中から選ぶとしたら、どれに分類されるでしょうか。メイプルカレッジは図書館と連携して、生涯学習の機会を提供しています。しかし、少なくとも第一義的に6番とは言えないでしょう。筆者の見解では、やはり4番ではないでしょうか。そのことは、中高から短大を経て大学開校に至った伝統と歴史を紐解いても確認できます。
従って、高等教育における基礎的知識と見識を修得するプロセスに見合う仕方で、社会人への備えを徐々に推し進めていくことが望まれます。大学生は在学中に、卒後に備えて各種の資格や修了証明書を得たりもしますが、英和大学を巣立った後に、まさに大学で培った教養とキャリア教育の真価が職場で問われることになります。
インターンシップのことに一言触れます。日本では大学新卒者が企業などに就職しても3年以内に離職する割合が3割以上と言われます。苦労して就職しても、すぐに仕事を辞めてしまうのは残念です。その理由は多々あると思われますが、一番の原因は業務内容のミスマッチです。つまり、自分が期待した仕事内容とは違っていたという問題です。働き方改革によって改善されているとはいえ、土日も残業という企業が少なくありません。そこで在学後半期に、学生がある会社・機関・工場でインターンシップを経験し、社内の様子を知って、卒後の職業選択に生かすことが推奨されます。そのために本学では、教職員が後押しています。ただし採用に直結するようなインターンシップやその単位化は、高等教育の本質からして避けるべきでしょう。インターンシップを利用した青田買いや就職協定違反の可能性もあるため、2019年に政府は、21年卒の学生から採用直結型インターンシップの禁止要請を出しました。
IV 教育施設のリニューアル
1.校舎の大規模改修
横根キャンパスに短大・大学の優美な校舎を構えてはや25年が経過しました。建物の土台や柱など骨格部分について、向こう数十年間は堅固な構造をなす耐震建造物となっています。しかし当然ながら、電気・照明・空調系統・水道関係や屋根などに不具合が生じ、雨漏れや各種の故障などが生ずるたびに対処して修理・改修に回る管理費は徐々に増してきました。ここで大幅な改修が求められます。
20周年を期に大規模改修が必要だという外的な必然性には、それに先立つ内的な必然性があります。すなわち、本学の充実した高等教育こそが、それにふさわしい教育環境と研究・教育施設を必然的に要請するという道筋です。決してその逆ではありません。教育の外面的環境と施設が、高等教育の質を決定するわけではないからです。それに因んで、イエスは神の国の譬え話において、有名な格言を残しました。「新しい葡萄酒は、新しい革袋に入れるものだ」(マルコ福音書2章22節、およびマタイ・ルカ福音書の当該並行聖句)。
第一は、研究棟内部の補修が求められます。設備の取替も伴います。最前線で専門研究をする教師たちの研究室の空調・エアコンシステム・照明灯の総入れ替えです。故障続きの研究室で知(地)のブレインたちは不便を強いられているからです。
第二は、教育棟(教室)と会議室等のAV/ICTシステムの設置が新時代とコロナ禍状況にあって不可欠です。すでに無線LAN設備は更新され、WIFI環境も整備されており、全教員・学生間に学修環境に必須のPCが配備されていますが、それに加えて、やはり(遠隔併用可能な)対面によるAV/ICTシステムを具備した複数の特定教室が必要でありましょう。
第三に、事務棟と図書館などを含む施設全体の補修に、高齢者や障害者にも快適なユニバーサルデザイ
ンを反映することです。それに因んで、横根キャンパスは豊かな自然環境に囲まれていますが、学生たちはキャンパス内でも、一層快適な空間を求めています。その願いに応えて、校舎内の部屋や外庭に憩い、寛ぎ、語り合う空間領域を設ける工夫が求められます。
2.学生会館の改築
現在、本館の北側に簡易な二階建て学生クラブハウスが建っています。本来は現在の食堂の下階に設置されていましたが、2004年度に開設された心理臨床センターの使用によって、やむなく現在の位置に移って増設されましたが、経年劣化は明らかです。快適な学生活動のためには、学生の集会室(auditorium)と各種クラブ室を備えた学生会館が切望されます。できれば、屋上に省エネと環境にやさしいソーラーシステムを置くことが好まれます。こうした学生会館の改築を、誰よりも学生たちが心待ちにしており、さらに教職員はもちろんのこと、後援会員たちも切望しています。後援会からはその建設のためにすでに多額の資金を募っています。
3.チャペル(礼拝堂)新築と意義
最後になりましたが、チャペル新築の積極的意義があります。実は横根キャンパスの設立時に計画したチャペル建設は財政的困難のため叶わず、現在まで講義やアセンブリーで使用する大講堂のグリーンバンクホールを代用して礼拝や宗教行事が行われています。全国のほとんどのキリスト教大学にはチャペルが建っています。いったいチャペルとは何であり、なぜ必要なのでしょうか。これに対する中心的答えは、北米由来のキャンパスミニストリー(教育的牧会・伝道/宣教[ミッション])理念の実現のためです。その実現のために、アメリカのプロテスタント諸教派教会では、私立キリスト教大学にチャプレン(学校牧師→校牧)を派遣します。本学で言うならば、日本基督教団・世界宣教委員会を通して派遣された宗教主任がこのチャプレンシー(学校牧会)の職務を負います。chaplainは専任教員として学問研究と教育に従事し、大学会議体に重要メンバーとして参加するのみならず、chapel礼拝と宗教行事を司ります。キャンパスミニストリーの職務の遂行は、チャプレンを含むクリスチャン教員で構成される宗教委員会が担い、その活動の場はチャペルセンターです。この庶務に携わるのは宗教主事です。
チャペルは学内の礼拝堂であり、教育的集会にも供しますが、キャンパス外の県下の諸教会とも密な関係をもちます。山梨英和学院の源流と発展的プロセスがそうであったように、山梨英和大学が何よりも諸教会の支援と献金と祈りに支えられていることが看過されてはなりません。この教会的財宝なしには、山梨英和学院精神の根源的基盤を喪失し、容易にアカデミズムと世俗化に傾斜するからです。
チャペル礼拝に象徴されるキャンパスミニストリーは、広義の教育的牧会・伝道(宣教)ですから、それは、イエス・キリストへの信仰、福音、教会へと、学生・教職員を招き入れる尊い働きです。キリスト教大学は高等教育によってキリスト教文化を広めるのみでなく、歴史の中でそれを生み出した信仰・福音・教会を源流にもつからです。北米屈指の大学(ハーバード大学、プリンストン大学、エモリー大学、その他)も、同様の源流をもちます。学問・良心の自由における招き入れは、決して強要ではありません。
この理念は、本学で言うならば寄附行為第3条の「目的」に掲げられた「キリスト教の信仰に基づく人間形成の学校教育・保育を行い」、および英和の校訓である「敬神、愛人、自修」に直結します。具体的には学校礼拝において、また個別に、学生の魂に語りかけます。魂は人間の心/精神の内奥にあるものなので、御言葉による真剣な語りかけは、現代の悩める若者の魂に慰め、癒し、安らぎ、希望をもたらします。欧米ではこれを臨床牧会、牧会カセリングと呼び、実績と学問において長い伝統をもちます。牧会者やカウンセラーは病院・学校・軍隊など諸領域で活発に貢献し、学問的には神学と心理学との対話を求めます。
AV機能を具備し音響とステンドグラス等の内装が工夫されたチャペルが建つならば、大切な機能と役割を担い得ます。1)祈りと瞑想の場所、1)宗教音楽にふさわしい場所、2)地域の諸教会(教職者、信徒、婦人会、壮年会など)、および三英和学院(山梨・東洋・静岡)や「メソジスト関係学校」(青山学院大学、関西学院大学等)との合同の礼拝・交流・研修の場所、3)卒業生・同窓生のための結婚式場。挙式前に、チャプレンはパートナーのために、聖書的な結婚観、神に祝福される夫婦生活の在り方、家族観について学習会をもちます。
<むすび>
記念事業のソフト面としては、春秋合わせて二回の記念講演会、歴史編纂とパンフレット作成、その他のプログラムが企画されています。ハード面としては、施設のリニューアル(改修・改築・新築)を計画し、そのために学生・教職員を対象としたアンケートも実施しています。それら一つずつ検討して、会議体と法人本部に諮って、決定していくこととなりました。
社会経済の厳しい状況下において、施設の修繕・新築には莫大な総工費がかかります。一挙に推進するのは困難かもしれません。確かに、大学の予算編成は2022年度以降も、理事会の経営方針を遵守して、「業務の合理化、効率化によって不要経費の削減を不断に行っていく」のですが、同時に「戦略的な投資が必要な場合は、各部門(こども園・中高・大学・大学院)の保有する特定資産及び支払資金を財源として予算化することを妨げない」との理事会経営方針に基づき、内的・外的な必要に迫られた今期の記念事業を好機と捉え、将来像を描いて、山梨英和大学が果敢な教育投資を決断して意義ある成果を祝うために、大学会議と理事会での賛同を乞います。さらに、学内外の関係者からの尊い募金をもお願いする次第です。
2021年4月9日の学長就任の辞の中で、筆者は二対のキーワードを述べました。一対はミッションとヴィジョンというキーワードであり、もう一つは信(仰)と知(識)というキーワードです。この二つを改めて想起し、キリスト教信仰に基づく人間形成のミッションを教員と職員とで共有し、バラエティに富む大学改革を推し進めて参りたいと願います。
〈注釈〉
*1 2021年7月6日 日本私立大学連盟が「教育DXの将来と質保証」を総主題とする「令和3年度第1回オンライン学長会議」を開催した。その中で小林浩氏(リクルート進学総研究所長、リクルート「カレッジマネジメント」編集長)は、「DXが拓く大学教育の未来像」と題して、コロナ禍における高等教育の遠隔授業が急速に促進される現在、大学等におけるデジタル・トランスフォーメーション(DX)の迅速な推進によって、学修者本位の教育の実現、学びの質の向上に資する取り組みにおける環境整備を訴えた。AIを活用して学生一人ひとりに個別最適化した学びが提供でき、入学前から卒業後まで一貫した学生支援システムが構築できることを提示した。
*2 村上雅人、『教職協働による大学改革の軌跡』、東信堂、2021年、48~50頁参照