あなたに平和、あなたの家に平和、あなたのものすべてに平和がありますように。
「あなたに平和、あなたの家に平和、あなたのものすべてに平和がありますように。」
サムエル記上 25章6節
日本で先の戦争が終結してから70年。違憲と批判される法案が国会で審議される中で迎えた夏は私達にひとしお強く平和を考えさせる時となったのではないでしょうか。私もその一人です。ずっと本棚に置いていた1冊の小さな本を再読しました。それは本の帯と解説の言葉に惹かれてのことでした。そこにはこうあります。
「じっと世の中を見てきた老哲学者がやむにやまれずペンをとった。哲学ではなく平和を語った。いかにすれば地球上から戦争をなくすことができるのか。」
「もはや手をこまねいてはいられない。国々の指導者、知識人、ものを考える人に問いかけた。どうすれば戦争のない社会をもたらすことができるのか。問いかけるだけでなく私案を示した。自分の考えを述べた。」
『永遠平和のために』カント著、池内紀訳(集英社)より
亡くなる10年前、71歳の時にカントが小さな書物に記した思想から後に国連が、そして日本の平和憲法が生み出されました。決して分かりやすくはないし、私自身理解したとは到底言えないと感じつつも、しかし読むべき価値のある本だとは思いました。それはいくつもの印象深い言葉に打たれたからです。
たとえば、「平和というのは、すべての敵意が終わった状態をさしている」という冒頭の宣言。あるいは次のような鋭い洞察。
「隣合った隣人が平和に暮らしているというのは、人間にとってじつは『自然な状態』ではない。戦争状態、つまり敵意がむき出しというのではないが、いつも敵意で脅かされているのが『自然な状態』である。だからこそ平和状態を根づかせなくてはならない。というのは、敵意がないだけでは平和は保障されない…(中略)からだ。」
そして、最後に刻まれているカントの祈りにも似た言葉。
「永遠平和は空虚な理念ではなく、われわれに課せられた使命である。」
カントの本が世に出て220年。「平和を根づかせる」ために、「敵意」を乗り越えるために、私達に求められていること、私達がなすべきことはなんでしょうか。
今月の保育主題の聖書の言葉は旧約聖書のサムエル記によります。偉大な指導者の死、国王の狂乱、次世代の台頭。欲望と権力闘争が渦巻く中で表題の平和の挨拶が記されます。国王によって命が狙われ逃亡生活を余儀なくされたダビデはこの言葉をおくることで他者との共存の道を探ります。傲慢不遜な男どもがこの挨拶をあざ笑う中にあってただ一人、この言葉を真摯に受け止めて、「今、何をなすべきか、しっかり考えて」行動した一人の女性によって、この後多くの人の命が助かり、平和への道が実現することとなります。今日に問いかけることの多い言葉の一つとしてカントの言葉と共に心に刻みたいと思います。
園長 大木正人