2023年10月23日
教育・研究
洪准教授の発表は、韓国で報道されるなど大きな反響がありましたので、内容について、韓国での反響を含めてお伝えします。
マグニチュード7.9の大地震で10万人以上の死傷者が出た関東大震災から今年で100年を迎えた。例年と異なり、今年はマスコミも地震発生日である9月1日以降、関連ドキュメンタリーなどの番組を多く報道しているが、映画界においても、当時広まった流言飛語によって虐殺された多数(約6千人)の朝鮮人と誤認され犠牲になった日本人の問題を扱った『福田村事件』という作品が最近公開されている。
本学の宗教主任である洪伊杓(ホン・イピョ)准教授は、2023年9月2日(土)、ソウルで韓国キリスト教歴史学会が主催した「関東大震災100年と日韓キリスト教」というテーマの学術シンポジウムにパネラーとして参加し、研究論文を発表した。
洪准教授が担当したのは、第3テーマである「日韓キリスト教知識人の関東大震災に対する認識と対応」であった。
(第1テーマ「関東大震災に対する韓国宗教界の認識と対応」は靑巖大学の成周鉉教授が、第2テーマ「日本キリスト教界の関東大震災の歴史叙述に関する諸観点の考察」は関西学院大学の李相勲准教授がそれぞれ担当した。)
洪准教授は、まず天災としての大地震に関する認識を概観した後、人災としての朝鮮人・中国人・社会主義者・アナキストへの虐殺に関する姿勢を類型化して発表した。虐殺事件の発端になった流言飛語を信じるか信じないか、そして自警団への参加・協力あるいは批判などの相反する姿勢を基準とし、 日韓のキリスト教知識人を4つの類型で分けて説明した。
① 積極的肯定型(内村鑑三、徳富蘇峰、尹致昊)
② 消極的肯定型(植村正久、山室軍平、 海老名弾正、柳一宣)
③ 消極的否定型(賀川豊彦、 田川大吉郎、崔泰瑢)
④ 積極的否定型(柏木義円、吉野作造、鈴木文治、布施辰治、浅川巧、永井柳太郎、朴順天、任永信、咸錫憲)
これらの中で特に反響が大きかったのは、韓国でも幅広く人気のあるキリスト教思想家の内村鑑三が、流言飛語を信じ、自警団の活動にも参加したことである。このことは洪准教授の発表によって、韓国の学会及びキリスト教界ではじめて紹介され、キリスト教系の日刊紙新聞である『国民日報』が報道するほどの衝撃を与えた。
思想家内村鑑三、「関東大震災後自警団に加担した」、洪伊杓氏(日本・山梨英和大学)、「朝鮮人による放火などを信じ、夜警などに参加した」9月2日、韓国キリスト教歴史学会学術シンポジウムにて公開
https://www.themission.co.kr/news/articleView.html?idxno=66509
洪准教授は内村と対比して注目されるべき人物として、山梨県北杜市出身の民芸運動家の浅川巧を挙げている。浅川巧は本学の発祥地でもある日本キリスト教団甲府教会で受洗し、その後渡韓して京城メソジスト教会に出席していた。彼が残した日記において浅川巧は関東大震災直後から広まった流言飛語について強い不信感を表し、朝鮮人への虐殺についても憤慨しつつ、暴力によって正義が失われているこの時代にキリスト教会に与えられている預言者的な使命を強調している。
(彼の日記は本学の李尚珍(イ・サンジン)教授によってハングルで翻訳・出版されている。)
「自分は信じる。朝鮮人だけで今回の不時の天変につけこんで放火しようなんと云ふ計画をしたものではないと。(…)呪と云ふことは神の前に出て尚且憎悪を感じてゐることだ。これは両者とも恵まれないことだ。自分はどうしても信ずることが出来ない。東京に居る朝鮮人の多大数が窮してゐる日本人とその家とが焼けることを望んだとは。そんなに朝鮮人が悪い者だと思ひ込んだ日本人も随分根性がよくない。(…)自分は彼等の前に朝鮮人の弁護をするために行き度い気が切にする。(…)一体教会には他の使命がある。それはかゝる天変が告げてゐる神の声を聴くことや日鮮両民族の間に起る多くの問題について祈り、(…)燈台にならなければならん。(…)日本は大東京を誇り軍備を鼻にかけ万世一系を自慢することは少しつつしむべきだと思ふ。」
(浅川巧『日記』大正12年(1923年)9月10日。;『浅川巧全集』231-232。)
洪准教授は、「関東大震災の非常事態に直面し、日韓のキリスト者の中には人間の弱さと限界を見せた人物もあれば、キリスト教信仰による良心に基づいて不当な虐殺事件などの暴力活動を厳しく批判し、再発防止、そして真相究明などを訴えるなど、正義感に満ちたキリスト者も多数存在したことを確認することが出来る」と強調した。そして「自然災害や戦争、地球温暖化と食糧難による諸問題など激変する現代社会の諸課題においても、キリスト教の教えと信仰が示している歩むべき道と方向性は何なのか、過去の歴史は現代の私たちに教訓と智慧を与えている」ということを覚える必要があると伝えた。