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カテゴリ:"ザァカイ"先生の園長通信 投稿日:2020/07/01

「今日を喜び祝い、喜び躍ろう」2020年7月保育聖句

「今日を喜び祝い、喜び踊ろう」詩編118編24節より

 

『おおにしせんせい』(長谷川義史作 講談社刊)という絵本があります。本の帯に作者の自伝的絵本とあるこの作品を読むたびに、私はある種の感慨を覚えます。

物語の主人公は5年生の「ぼく」です。その日は好きな図画工作があります。ところが、1時間目の国語が始まると「おおにしせんせい」はみんなに「国語の教科書、しまいなさい。今日は1時間目から6時間目まで図画工作。」「ぼく」は大喜び。でも使うのは太い16号の筆一本。「それだと下書きの線からはみ出してしまう」と訴える女の子に先生は「はみ出したらよろしい。塗るんと違う。描くんやで。太い筆で大きく描くんや。細かいところは細かい気持ちで描くんや。」「よーく見て描くんや。」そう言われて渡されたパレットは下敷き。筆を洗う水入れはなんとバケツ!「仕切りのない下敷きに絵の具を出して、自分にしかできない色を作るんや。」「たっぷりの水できれいに筆を洗って、まっさらの色を作るんや。」それでみんなは「学校の中で自分の一番かきたいところを描いてくるんや。」

友達の「まっさん」は廊下をかこうと「ぼく」にいいます。理由は「ここやったら茶色で塗ったらすぐ終わる。あとの時間はチャンバラごっこや。」早速ぼくらは作業を開始。「あっという間にできあがった。」遊んでいると先生が!先生は絵を見て、「この廊下、その茶色に見えますか。絵の具そのままの茶色の色か。よーく見てみ。廊下触ってみ。」そう言われて「ぼく」は廊下に触り、耳を近づけ、鼻を近づけます。給食の時も廊下が気になって、さっさと済ますと「ぼくは廊下をじっと見た。さっきまでの廊下と違って見えた。あそこのところは黄色に見える。けど、絵の具の黄色と違う。(中略) ぼくは、ぼくの、ぼくが感じる廊下を描き始めた。」「廊下が動き出した。」先生が「ぼく」の絵を見て後ろから声をかけます。「『よっしゃ!気がついたな。(中略)いろんな色が重なって、それがほんまの、あんたの廊下や。』ぼくは言った。『おかしいなあ…。さっき給食食べたのに、もうお腹が減った。』するとおおにしせんせいが言った『心が動いて腹が減ったんや。』」そういって笑う先生。少し気恥ずかしい「ぼく」。それを見ている友達。それぞれの表情がとても素敵な最終頁。

 

それにしても「はみ出したらよろしい」「自分にしかできない色を作るんや」という言葉のなんと痛快なこと。この言葉には大きな励ましがあります。この声に支えられて「よーく見る」と世界は違って見えてきます。たくさんの色にあふれた豊かな世界として動き出します。ちょうど「廊下が動き出した」ように。心を傾けて世界を見れば、それは決して単一の茶色のものではないことに気づきます。そのとき心は、今、ここに、こうしてあることの不思議さに打たれ、その尊さに踊ります。それは数知れぬ苦難の只中にありながらも、なお「今日を喜び祝い、喜び踊ろう」と言うことができた人達の思いと通じているに違いありません。願わくは私達が世界の豊かさに気づき、神様の恵みの尊さに感謝できる柔らかな心を持てますように。

園長 大木正人

 

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