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カテゴリ:園長通信 投稿日:2021/01/08

「神は愛です」ヨハネの手紙Ⅰ4:16 2021年1月保育聖句

「神は愛です。」 ヨハネの手紙 一 4章16節

 

多くの人に知られている賛美歌、Amazing grace (讃美歌21の451番)

1 くすしきみ恵み 我を救い まよいしこの身も たちかえりぬ

2 おそれを信仰に 変えたまいし 我が主のみ恵み 尊きかな

3 思えば過ぎにし すべての日々 苦しみ悩みも またみ恵み

4 我が主のみ誓い 永遠(とわ)にかたし 主こそは我が盾 つきぬ恵み

5 この身はおとろえ 世を去るとき 喜びあふるる み国に生きん

 

 作詞者はイギリスのジョン・ニュートン牧師(1725-1807)です。しかし彼は牧師になる前は奴隷船の船乗りでした。6歳で敬虔なキリスト者であった母を亡くした彼は、11歳で地中海貿易をしていた父の船の乗組員になり、その後、別の船に移って、ある時期からは奴隷売買船の船員になりましたが、22歳の時に直面した暴風雨の海上での死の恐怖の経験によって回心します。これを契機に彼は伝道者を志し、海上生活に終止符を打って神学を学び、1764年に英国国教会の牧師になりました。奴隷船の船乗りだったとき、彼はアフリカで奴隷として買われた人々を船底に押し込んで暴力で押さえつけ、船底にいる女性に暴行を加えることもあったといいます。しかし以前からトマス・ア・ケンピスの『キリストにならいて』という本に影響を受けていた彼は、そのような自分の罪を深く意識していたようです。3節の「苦しみ悩み」はそうしたことを指しているのかもしれません。Amazing grace の1番に「まよいしこの身」という言葉があります。原詞では「wretch」と書かれています。これは「人でなし」とか「卑劣漢」という意味です。傲慢で暴力的で卑怯な奴。卑劣な輩。それゆえに惨めな者。ジョン・ニュートンは自分が紛れもなくそのような者だというのです。しかしそんなとんでもない私を、卑劣で、卑怯なこの私をイエス・キリストは愛して下さっている。命をかけてゆるしてくださった。彼はそのことを聖書から教えられ、死の危機のただなかで回心します。そしてイエス・キリストに委ねて新しい人生へと舵を切り、歩み出します。

もちろん、彼が自らの過ちを悔い改めて歩み始めたからといって、彼が奴隷船の船乗りだった時に苦しめ、痛めつけた人々の命や生活が、人生が取り戻せるわけではありません。彼はその痛みを赦された罪人として負い続けなければなりません。けれども彼の重荷を、その痛みを、苦しみをイエス・キリストが共に担って下さいます。神は愛だからです。私達のことを大切に思って下さる神様の御子であるイエス・キリストが私達の歩みに日々同伴して下さいます。Wretchな私を、自分のようなものを神様が愛して下さっている。独り子の命をかけて救って下さっている。この真実が私達の生きる力の源であり、拠り所です。この詩はそれを作者自身の経験を通して歌っています。ジョン・ニュートンは晩年、物忘れがひどくなり、視力は衰え、ついには盲目となりました。礼拝の時に同じことを繰り返し話すことがしばしばあったそうです。そんなある日の礼拝でのことです。彼が「イエス・キリストは尊いお方です」と二回も続けていうので、そばにいた人が、「先生そのことは二度もおっしゃいましたよ。どうぞ次を」と促したところ、彼はますます大きな声で「イエス・キリストは尊いお方です」と絶叫し、その声は会堂いっぱいに響き渡って、そこにいた人々に大変大きな感銘を与えたそうです。どんなに大きな声をあげ、力の限りに何回繰り返しても決して言い尽くせないほどに「イエス・キリストは尊いお方なのです。」「神様は愛なのです。」その恵みが彼を支え、私達を生かして下さっています。私達に与えられているAmazing grace!

  主の2021年、神様の豊かな恵みと祝福を信じて歩んで行きましょう。

園長 大木正人

 

 

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