あなたがたの名が天に書き記されていることを喜びなさい。(ルカによる福音書10章20節) 2021年10月保育聖句
『本当に喜ぶべきこと』
新型コロナウイルスの猛威の中、国により「まん延防止等重点措置」が出されたのを受け、知事から子ども園、保育所、幼稚園等に登園自粛の依頼がありました。これにより、英和3園でも保護者の皆様に登園自粛をお願いしてきましたが、やっと正常に戻り、今は子どもたちが元気一杯登園しています。
今月は、名前の話をします。私がはじめて小学校に赴任した時、小学校では男女混合名簿を使い、男女を問わず全ての児童を〇〇さんという敬称で呼んでいました。男の子に対しては〇〇くん、女の子に対しては〇〇さん、両方に共通の敬称として〇〇ちゃんと普通に使っていた私にとっては、とても違和感があり、戸惑ったことをおぼえています。男女共同参画、ジェンダーという観点からは当たり前のことかもしれませんが、何かしっくりこないという保護者の声も多数ありました。
中学校ではどうかというと、小学校と違い何のルールもありません。苗字で木村君・山本さんと呼ぶ先生、翼君・千春ちゃんと名前で呼ぶ先生、木村・山本、翼・千春と敬称を付けずに呼ぶ先生などさまざまです。ちなみに、私は中学校入学の時に、クラスの生徒全員と二者懇談を実施し、その中で生徒一人一人に何と呼んでほしいか聞いて、よっぽどのことがない限りその呼び方で呼び続けました。ほとんどの生徒が、敬称なしで下の名前で呼んでほしいといいます。だから、千春ちゃんと呼ぶと、「気持ち悪いからちゃんを付けないで」と叱られることもあります。中には、愛称で呼んでほしいという生徒もいます。みっちゃん、きんちゃん、よっしー、まめ、へこた、など大概は、小学校時代の呼び方です。中には由来が全く分からない愛称もありました。そんな中で、理由ははっきりおぼえていませんが、ある男子生徒に「ちんねん。」といってしまったことがありました。その生徒は、頭が丸坊主で可愛らしい顔つきでした。あだ名は、時としていじめのきっかけになったりすることもあるので、「ごめんね。もう二度と言わない。みんなも、絶対いうなよ。」といったのですが、その生徒は「ちんねん」という愛称をとても気に入り、本人の希望でその日以来みんなから「ちんねん」と呼ばれ、親しまれるようになり、中学校を「ちんねん」で卒業していきました。それどころか、30歳を過ぎた今も、みんなから「ちんねん」と呼ばれています。家族も「ちんねん」と呼ぶそうです。
旧約聖書「出エジプト記」の中で、神がモーセに告げた十戒の中に、「あなたの神、主の名をみだりに唱えてはならない。」というものがあります。旧約聖書の中の神は、絶対的なものであり、畏れ多く、神聖なものとされていました。そして、私たちの名前も親や多くの人たちの願いと期待が込められたとても大切なものです。
さて、今月の聖句は私たちの喜びについて語られています。私たちが日常生活を送っている中で、どんな時、どんなことに喜びを感じるでしょうか?仕事がうまくいった時?テストで100点を取った時?子どもの笑顔?自分が愛されていると感じた時?など、人によってさまざまであり、その時の状況によっても変わってきます。子どものころは、自分の喜びがすべてですが、集団という概念が育つと考えが少しずつ変化してきます。例えば野球では、チームの勝利のため自分を犠牲にして送りバンドをします。個人の喜びを上回る質的に一段高い喜びを学びます。でも、聖書の中でイエス・キリストは、これらの喜びは目に見える一時的なものであり、最も喜ぶべきことは、あなたがたの名前が天に記されていることで、これ以上の喜びはないと私たちをいましめています。良いこともあれば悪いこともある人生の中で、さまざまなことに翻弄される私たちですが、とても重い言葉だと思います。
園長 石川 健