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カテゴリ:園長通信 投稿日:2021/09/01

「わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。」(2021年9月保育聖句)

『 母の愛、キリストの愛 』

いよいよ、新学期が始まりました。長い夏休みを家庭で過ごし、成長し元気に登園してくる子どもたちの姿を、職員一同楽しみにしています。コロナウイルスがますます猛威を振るう中、強硬に実施されたオリンピックではありましたが、子どもたちの心の中にも多くのものを残したことと思います。

 長年、中学校で学級担任をしていると、保護者と話をする機会が意外とあります。4月の家庭訪問、1学期、2学期末の三者懇談、学級懇談、PTA学校委員会などが主だったものでしょうか。その他にも、何か問題があった場合、学校へ来ていただくか、家庭訪問をします。私の場合、学校へ来てもらうと、呼びつけられたなどとマイナスのイメージを持たれてしまうので、できるだけこちらから伺うようにしていました。三者懇談はだいたい15分間という短い時間で、学校生活、学習状況、部活動などいろいろな話をします。そんな中、子どもの課題を指摘しても、それを決して認めようとしない保護者や、逆に子どもの良いところを告げても決して認めようとしないやたら厳しいものの見方をする保護者もいます。その場で子どもを大声で怒鳴ったり、時には手を出したりする保護者もいます。怒られて泣く子もいれば、中には反撃する子もいます。そうなると、もう修羅場で何のための懇談かわからなくなってしまいます。帰宅してから、2回戦、3回戦が行われないように、二人を納得させるのに四苦八苦します。15分の懇談時間は、あっという間に30分、1時間と伸びていきます。これらのトラブルも、親が子を思う深い愛情の一つの表現からおこるものだと思います。

 さて、聖書では「愛」を、エロス、フィリア、アガペーの3つに分けているといわれています。エロスは、人間が自分のために何かを求める欲求を表します。フィリアは、友情、親愛等を表し、同等の関係です。最後のアガペーは、自分の利益には一切ならない相手にただ与える無償の愛です。キリストは私たちの罪の贖いのため、自ら十字架にかかりました。これ以上の愛はありません。

 以前私は、どうしても許せない出来事、許せない人がいると述べました。これは、容易に変えることはできません。だから私は日々苦しんでいます。聖書の「あなた方も互いに愛し合いなさい。」で例外は認められません。ですから、これからもこの問題に向き合っていかなければなりません。最後に、聖書が私たちに伝える、愛について書かれた箇所を2つ挙げ、締めくくります。

「復讐してはならない。民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。」(レビ記19章)

「たとえ、山を動かすほどの完全な信仰を持っていようとも、愛がなければ無に等しい。愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない。不義を喜ばず、真実を喜ぶ。すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。愛は決して滅びない。」(コリントの信徒への手紙一13章)

園長 石川 健

 

 

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