学者たちはその星を見て喜びにあふれた。(2018年12月保育主題)
学者たちはその星を見て喜びにあふれた。(マタイによる福音書2章10節)
12月の保育主題の聖句が語っている「学者たち」は、こども園のクリスマスページェント(聖誕劇)に登場する「占星術の学者たち」のことです。
イエス・キリストのお生まれについて語っている「マタイによる福音書」には、キリストの誕生を喜んだ人と、そうではなかった人たちのことが記されています。喜んだのはキリストがお生まれになったユダヤから遠く離れた今のイラン辺りにいた占星術の学者たち。不安を覚えたのはユダヤを治めていたヘロデ王と彼を取り巻く貴族や律法学者たちです。
律法学者たちは(旧約)聖書の専門家ですが、メシアとされるお方が生まれたらしいと聞いても喜びません。対照的に占星術の学者たちは「ユダヤ人の王としてお生まれになった」メシア・キリストに一目会うために千キロを越える旅をしてやって来ます。
そのとき来たのは3人だとされていますが、聖書には英語のマジックの元になる言葉の複数形があるだけです。3人という数は彼らが献げた3つの贈り物から来ています。そこから話は広がって、黄金はキリストが神である事を、乳香は王である事を、そして没薬はキリストの死を象徴しているとされ、6世紀頃から彼らには、メルキオール、バルタザール、ガスパールという名前が付けられ、それぞれがアラビアの王、ペルシャの王、インドの王であるとか、ヨーロッパ、アフリカ、アジアの代表だとか、白人、黒人、黄色人種を指しているとか、青年、壮年、老人を代表しているなどとされました。聖書にはない伝説が生まれるほどの影響を彼らは後の人々に与えました。
そんな彼らはユダヤ人ではありません。おそらく聖書を読んだこともありません。それどころか聖書では固く禁じられていた占星術を生業としています。しかし彼らはキリストに会うためにはるばるやって来ます。夜空に輝く一つの星に、新しい時代の始まりを見て取って、それを確かめるためにやって来ます。
彼らは星に導かれた旅を経て、ついに幼子キリストに会うと、その前にひれ伏して拝み、宝の箱を開けて「黄金、乳香、没薬を贈り物として献げ」ます。これらは彼らの生活必需品とも、商売道具だともいわれます。大変貴重な品々を彼らは献げます。そうすることで、彼らは生活の中心にキリストを置き、自分達の仕事をキリストにお仕えする天職として捉え直したのでしょう。いや、もしかしたら、彼らは自分達の商売道具をキリストに献げることで、占星術をやめるという決断をしたのかもしれません。なぜなら彼らはこの時、月や星よりも、もっと確かなお方に出会ったからです。彼らは太陽や月や星をお造りになった神様の御子に出会ったからです。これからはただこのお方に依り頼めばよい。健やかな時も病む時も、喜びの時も悩みの中にある時も、このお方がこれからは常に共にいてくださる。ただそのことを信じればいい。キリストの前に膝をかがめ、「宝の箱を開けて…贈り物」を献げる彼らは心からそれを喜んでいるのかもしれません。
園長 大木 正人