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カテゴリ:"ザァカイ"先生の園長通信 投稿日:2020/03/01

「私たちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい」2020年3月保育主題

 わたしたちの主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい。

              エフェソの信徒への手紙5章20節

 

 私達は人に教えられなくても感動できる。しかし感謝することは教えられないとできないと聞いたことがあります。今月の保育主題の聖句にある「感謝しなさい」について考える中でその言葉を思い出しました。同時に思い出したのは児童精神科医の佐々木正美先生の言葉です。

子供に限らず人間は他者との良い交わりを繰り返しながら生きることが幸福であり、そのためには多くの人と日々、喜びと悲しみを分かち合いながら生きることが大切です。人と人とのコミュニケーション、人間関係といってもいいですが、他者との良い交わりをするには、まず、「ありがとう」「ごめんなさい」といえるところから始まるのです。ところがこの二つの言葉が言えない子供達もいます。(中略)それは子供達の責任ではありません。子供達がそれぞれの生い立ちの中で、相手から「ありがとう」「ごめんなさい」といわれるような環境で育てられることが少なかったということでしょう。相手の人に「ありがとう」「ごめんなさい」と心からいえるというのは、相手の人に対する信頼感があるということです。許してもらえるかどうかわからない人に「ごめんなさい」なんていえませんし、簡単に「ありがとう」と心にもないこともいえません。人間というのはそういうものなのです。子供達が相手の人に「ありがとう」と、心からいえる状況に出会うことは幸いなことです。そして相手からも同じように「ありがとう」といわれることはもっと嬉しいことではありませんか。
佐々木正美『完 子どもへのまなざし』福音館書店より

私達の幸福は良い交わりに生きるところにある。そのためには「ありがとう、ごめんなさいといわれるような環境で育てられること」が大切との言葉は重い指摘です。子供達にとって適切な環境、良い交わりを提供できる者でありたいと思います。それによって子供達の心に「相手の人に対する信頼感」がしっかりと芽生え育つことを願います。「基本的な信頼」が育つのは主に乳幼児期だと心理学的にはいわれますが、私達はそれを可能にするそのおおもとには、神様の絶対的な支え、根源的なゆるしがあることを聖書によって知らされます。私達は神様によって命が与えられ、イエス・キリスト(という名前を持つお方)によって見守られている。それがあるからこそ私達は生きることができ、また「相手の人に対する信頼感」を持つことが可能となる。「多くの人と日々、喜びと悲しみを分かち合い」、「良い交わりを繰り返しながら生きる」幸福は、そこから私達にもたらされる。だから聖書は「私達の主イエス・キリストの名により、父である神に感謝しなさい」というのです。そのことを信じ、神様への感謝を覚えるところから「他者との良い交わり」は始まる。山梨英和のこども園が幼稚園時代から「敬神」を校訓の一つとし、それを「神様ありがとう」という言葉で表現してきたのはその思いの表れです。

大木 正人

 

 

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