中学合同礼拝 井出先生

聖書 出エジプト記 11章1~10節
今回読んだ聖書の箇所には怖いことが書かれていますね。神様がエジプトの国中の初子をみんな殺してしまうことを予言していることが書かれています。なぜ、神様がこんな恐ろしいことをすることを予言してたのでしょうか。このころ、イスラエルの人々はエジプトで奴隷として働いていました。そんなイスラエルの人々を神様が助けるために、モーセに命じて様々な奇跡をエジプトの王様に見せているのです。最初に読んだ聖書の箇所の前にも神様はナイル川の水を血に変えてしまったり、3日間エジプトを何も見えないくらいの暗闇に変えたりと様々な奇跡を見せました。いろいろな奇跡をみた王様ですが、結局神様の予言を信じなかったことが、この聖書の箇所に書かれています。
みなさんは普段の生活の中で神様はいると感じることはありますか?僕は普段の生活の中でいろいろなときに神様はいると感じています。僕の教えている科目である理科について知っていく中でも神様がいると感じることがあります。例えば、音が聞こえる仕組みについてみなさんは知っていますか。音が耳まで届くと、まず耳介(みなさんが耳と呼んでいるところ)によって音が集められます。そして、耳の穴のことを外耳といいますが、外耳を通って鼓膜まで音が伝わります。鼓膜で音は大きくされ、中耳という場所を通って、内耳という場所まで伝わっていきます。中耳の中にはいろいろな長さの細かい毛が生えており、音が届くとこの毛を揺らします。毛が揺れることで電気が発生し、この電気信号が脳に伝わり、脳が電気信号を解読することで、音を認識しています。僕たちが音を認識するまでにこんな複雑な仕組みが働いているんですね。そして、音が耳に入ってから、脳で認識するまでの時間は一瞬です。一瞬じゃなかったら会話なんてできないですよね。そして、私たちは音を認識するだけではなくて、「ありがとう」と言われたら嬉しくなったり、悪口を言われたら悲しくなったり、また相手が話しているニュアンスなんかでも感情が変化したりします。これってすごい奇跡だとは思いませんか。もし、人間と同じような機械を造ろうとして、世界中で一番頭のいい人たちが集まっても造ることなんてできません。だから、人間よりもはるかに頭が良くて、何でもできてしまうような存在、つまり神様がいないと人間のような奇跡みたいな存在はなかったんじゃないかと思うのです。
今回は耳について紹介したのですが、この英和の中で過ごす中で、みなさんが学校行事や勉強、部活を一生けん命取り組んでいる姿をみて、一人ひとりが奇跡のような存在であるとひしひしと感じています。みなさんは友達の姿を見たり、普段の生活の中で、奇跡だなって感じることはありますか?僕は、神様から毎日奇跡を見せてもらっているのに、出エジプト記に書かれている王様のように、神様の存在を疑ってしまったり、神様から離れて生活をしてしまうこともあります。聖書には王様の心を神様がかたくなにされたと書かれています。神様自身が王様の奇跡を信じられない心をつくっているんです。だから、神様が奇跡を見てすばらしいと感じられるような心を贈ってくださらないと、いくら奇跡が私たちの周りで起こっていたとしてもなかなか気づけないんですね。神様から贈られてくる奇跡のような日々に感謝しながら過ごしていきたいですね。みなさんも、もし心がかたくなになっているなら、神様にお祈りすれば日々見えているものが全然違うものに見えてくると思います。