中学合同礼拝 中学3年生

聖書:フィリピの信徒への手紙1章9~10節
  「知る力と見抜く力を身につけて、あなたがたの愛がますます豊かになり
      本当に重要なことを見分けられますように」


   私たちは9月15日にリトリートに出かけました。リトリートの目標は「神を信じ、平和をつくり出した人々に学ぶ」で、北杜市の浅川兄弟記念館とポール・ラッシュ記念館・聖アンデレ教会を訪れました。
    この日までに、甲府聖オーガスチン教会の眞野牧師から清里伝道について、山梨英和大学のイ・サンジン先生から浅川兄弟について、ポール・ラッシュ記念館の秦(はた)先生からポール・ラッシュの生涯について学びました。
    これから浅川兄弟のことから学んだことをお話しします。

    浅川伯教(のりたか)と巧の兄弟は、北杜市高根町に生まれ学生時代にキリスト教の洗礼を受け、1910年代に植民地時代の朝鮮に渡りました。兄弟はともに朝鮮の陶磁器の美しさに魅了され、朝鮮の人達への交流を深めました。彼らが生活した当時の朝鮮半島は日本による植民地統治の後、朝鮮の人達を偏見の目で見て差別することが当然のように行われていました。そんな状況を目にした巧は、同じ人間として朝鮮の人達と真の友人として関わりたいと考え、進んで朝鮮の社会に入っていきました。そのため時には同じ日本人から「なんで朝鮮人の味方をするんだ」と軽蔑されることもありました。しかし、巧は抵抗することもせず、この国の人達の苦しみや痛みを知ろうとしました。この姿は、聖書の中で弱い人のそばに寄りそうイエス様の姿と重なるように思いました。
    戦争の近づく社会情勢の中でも、巧は自らの意志で朝鮮の国と文化と人とを心から愛しました。
    巧は荒れ果てた朝鮮の山を緑に変えることを夢み、林業技手として朝鮮の山々を歩き回り、朝鮮の人々と作業を進めました。また、陶磁器や民具を研究し朝鮮民族美術館を設立したりもしました。
    巧が40歳という若さで亡くなった時、多くの朝鮮の人達が悲しみ、「棺をかつがせてほしい」と申し出たそうです。それだけ、巧は朝鮮の人から愛されていたのです。ソウル郊外のマンウリにある巧の墓にはこのように刻まれています。「韓国の山と民芸を愛し、韓国人の心の中に生きた日本人ここ韓国の土になる。」

    今日読んだ聖書の箇所の「知る力と見抜く力を身につけて、あなたがたの愛がますます豊かになり、本当に重要なことを見分けられますように」とは、巧の生き方そのものだと思います。巧は本当に重要なことを見分けました。それは国同士の関係が悪かったとしても人と人との心の交流を大切にすることです。
    誰よりも朝鮮の人を愛し愛された巧の生き方は、日本と朝鮮の未来を築く精神が暗示されているようです。
    私たちも普段の生活の中で迷うことがあると思います。けれども、本当に重要なことをしっかりと見抜いて、人に接することができるようになりたいと思いました。

 2 浅川兄弟記念館の次に、清里清泉寮にあるポール・ラッシュ記念館を訪れ、その後聖アンデレ教会で礼拝をささげました。その時のことをお話しします。
 
  ポール・ラッシュは1925年に東京と横浜のYMCA会館再建のために初来日しました。
 1926年には立教大学教授になり、ポールは日本聖徒アンデレ同胞会を設立し、一時帰国して
からは日本聖路加国際病院建設のために募金活動を行いました。
 戦後の1945年に、連合国軍総司令部の一員として再来日したポールは、1946年「清里教
育実験計画」を開始しました。以後、ポールはキリスト教の隣人愛の精神を類い希な熱意を抱
いて、清里の清泉寮を拠点に高冷地実験農場の設立をはじめ、戦後の農村復興に励み、多くの
人に勇気や感動を与えました。清里の今の発展を築いてくれた人がポール・ラッシュなのです。
 私はポール・ラッシュの生涯の話しを聞いて、日本の人達のことをずっと思い続けていてく
れたことをとてもうれしく思いました。また、一つのことに対して努力していた姿が、すばら
しいと思いました。
 ポール・ラッシュは、縁もゆかりもなかった日本に来て、日本のために生涯をささげました。
戦争に負けた日本のために病院を作り、清里を開拓してくれました。そこにはキリスト教の愛
の精神があふれていると思います。
 私もポール・ラッシュのように何か一つのことに対して努力をし、色々な人の役に立てるよ
うになりたいと思った一日でした。

 お祈りします。
 神様、今日も朝から皆と礼拝できることに感謝します。今日は中3がリトリートで学んだことの一部をお話ししました。私たちも浅川兄弟やポール・ラッシュのように隣人を思いやる気持ちをもつことができますように。
クリスマスまでの日々をイエス様の生涯を思いながら過ごすことができますように。
朝・夕と冷え込んできています。皆の体調が崩れぬようにお見守りください。
このお祈りを尊き主イエス・キリストの御名によって御前におささげいたします。アーメン。